リクの誠実めし|よかれと思った言葉が、届かなかった日

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よかれと思って言っただけだった

編集部で、アカリに声をかけられた。

「この記事、どう思う?」

聞き方は軽かった。

ちょっと見てほしい、くらいの感じ。

僕は原稿を読んで、
正直に言って、悪くないと思った。

勢いもあるし、
アカリらしい言葉もちゃんとある。

ただ、少しだけ引っかかるところがあった。

構成の順番。
言い切りの強さ。
読者との距離。

だから、言った。

「ここ、もう少し抑えてもいいかも」

「この言い方だと、受け取る人を選ぶ気がする」

「全体はすごくいいから、ここ整えたらもっと伝わると思う」

全部、よかれと思って。

なるべく柔らかく、
上からにならないように。

でも、話してる途中で、
アカリの反応が少し変わった。

うなずいてはいるけど、
さっきより目が合わない。

それに気づいた瞬間、
もう遅かった。

少し間があって、
アカリが言った。

「それ、ちょっと上から言われてる感じするかも」

冗談みたいなトーンだった。

でも、言葉は本気だった。

僕は、何も言えなくなった。

そんなつもりはなかった。

むしろ逆で、
ちゃんと向き合ってるつもりだった。

でも、その“つもり”は、
相手のところまで届いていなかった。

正しかったかどうかより、聞かれていたかどうか

編集部を出てからも、
アカリの言葉が頭に残っていた。

「上から言われてる感じするかも」

強い言い方じゃなかった。

むしろ、気を遣ってくれてたと思う。

だから余計に、
ちゃんと受け取らなきゃいけない気がした。

自分の言ったことを、
一つずつ思い返してみる。

内容自体は、間違ってなかったと思う。

構成の話も、
言葉選びの話も、
実際に読者の反応を想像すれば、
必要な視点だった。

でも、たぶんそこじゃない。

問題は、
「何を言ったか」よりも、
「今、それを言う役割だったかどうか」だった。

アカリは、
正解を求めていたわけじゃなかったのかもしれない。

「大丈夫そう?」とか、
「どこ悩んでる?」とか、
そういう一言を待っていただけだった可能性もある。

それなのに僕は、
いきなり答えを並べてしまった。

聞かれていないアドバイス。

よかれと思って、
先回りして、
整えてあげようとして。

それは、
親切というより、
踏み込みだったのかもしれない。

自分がされたらどうだろう、と考える。

まだ考え中のところに、
正論を置かれたら。

「否定されてるわけじゃない」って頭では分かっても、
気持ちは置いていかれる。

たぶん、アカリもそうだった。

年下とか、年上とか、
立場の問題でもない。

正しいかどうかでもない。

ただ、距離の問題。

一歩、近づきすぎた。

そう気づいたとき、
ようやく自分の中で、
少しだけ整理がついた。

今日は誠実めしが必要だ。

今日の誠実めしは、混ぜすぎない

今日は、答えを出す日じゃない。

正しさを並べる日でもない。

相手の中にあるものを、
勝手に整えようとしない。

今日の誠実めしの方針は、
はっきりしていた。

手を出しすぎない。

混ぜすぎない。

火を入れすぎない。

素材がすでに持っている状態を、
尊重する。

余計なことはしない。

今日は、それだけでいい。

作るのは、
豆腐と卵のとろとろ中華スープ。

具材は少ない。

味付けも、控えめ。

かき混ぜすぎると、
一気に崩れてしまう料理。

だからこそ、
今の自分にちょうどいい気がした。

火を入れる。静かに待つ

鍋に水を入れる。

火をつける。

強火にはしない。

急ぐ理由は、今日はどこにもない。

沸いてきたところで、
豆腐を入れる。

切り方は、大きめ。

形が多少いびつでも、
そのままにする。

触りすぎると、崩れる。

だから、菜箸はあまり動かさない。

次に、卵。

溶いて、
鍋の縁から、静かに回し入れる。

ここで混ぜたくなるけど、
我慢する。

卵が勝手に広がって、
勝手に固まっていくのを、
ただ見ている。

味付けは、
鶏ガラスープの素を少し。

足りなければ、あとで足せばいい。

今は、これくらいで止める。

最後に、ごま油をほんの少し。

鍋を火から下ろす。

それで完成。

ちゃんと作った感じはあるけど、
やりすぎた感じはしない。

今日は、それが大事だった。

誠実めしメモ

・具材は少なめ

・豆腐は崩さない

・卵は混ぜすぎない

・味は最初から決めきらない

・足りないなら、あとで足す

料理も、言葉も、
一度入れたら戻せない。

だから今日は、
控えめにしておく。

食べながら、少しだけ整理する

スープをすくう。

派手な味じゃない。

でも、ちゃんと温かい。

豆腐は、そのまま。

卵は、とろっとしている。

口に入れて、
ようやく思考がゆっくりになる。

あのとき、
僕は何をしたかったんだろう。

記事を良くしたかった。

それは本当。

でも同時に、
「ちゃんと分かってる自分」でいたかったのかもしれない。

そう考えると、
少しだけ、苦くなった。

次に同じ場面が来たら、
まず聞こうと思う。

「今、どんな感じ?」

それだけで、
距離は変わる気がする。

今日は、答えを出さなくていい。

このスープみたいに、
混ぜすぎなかったことを、
よしとする。

次は、聞くところから始めようと思った

食べ終わって、
鍋を洗って、
キッチンに何も残らなくなる。

それだけで、
気持ちも少し静かになった。

アカリには、
そのあと特に何も言っていない。

謝罪もしなかったし、
言い訳もしなかった。

「さっきはごめん」と言えば、
それで済んだのかもしれない。

でも今日は、
何かを片づける日じゃなかった。

気づいただけで、十分な日だった。

正しさを渡す前に、
相手が今、何を求めているのか。

答えなのか、
確認なのか、
ただの共感なのか。

それを聞かずに踏み込んだら、
やっぱり近すぎる。

次に同じ場面が来たら、
最初に言う言葉は決めている。

「どうした?」

それだけでいい。

今日は、
混ぜすぎなかった。

火も、
言葉も、
少し弱めにできた。

それで、今日は終わり。

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