「真面目だね」と言われすぎる日の、雑じゃないラーメン|リクの誠実めし⑦

目次

「真面目ですね」は一日に何回まで大丈夫なんだろう

編集部で言われた。

「リクは真面目だからね」

うん、知ってる。たぶん褒めてくれてる。
少なくとも悪口ではない。

だから僕も、いつも通りに受け取った。

「ありがとうございます。……でも、普通だと思います」

そう返したら、編集部の誰かが笑った。

「そこが真面目なんだよ」

ああ、なるほど。
僕はその場で、軽くうなずいた。

その日の午後、取材先でも言われた。

「リクさんって、本当に真面目ですよね」

……あ、今日それ、二回目だ。

真面目。
真面目。
真面目。

言葉としては、きれいだ。
意味も悪くない。

むしろ、
「安心できます」
「誠実そうです」
そういうニュアンスも含んでいると思う。

でも、妙に回数が重なると、
少しだけ、別の音に聞こえてくる。

たとえば。

「真面目=無難」
「真面目=安心」
「真面目=……面白みは、まあ、ない」

もちろん、今のは僕の妄想だ。
相手はそんなこと、一言も言っていない。

ただ、
人の頭の中って、勝手に補完する。

取材中、相手はこうも言った。

「ちゃんとしてますよね。言葉も丁寧で」

僕は反射で、こう返していた。

「いえ、全然……気をつけてるだけです」

その瞬間、
自分で自分の首を絞めた気がした。

気をつけてるだけ。
ちゃんとしてるだけ。

つまり僕は、
『真面目であること』を、
自分でも維持しようとしている。

取材が終わって、外に出る。

風が少し冷たい。
冬の入口みたいな空気だった。

歩きながら、僕は考える。

真面目って、悪い意味じゃない。
むしろ、ありがたい評価だ。

でも、言われすぎると、
妙に気になってくる。

たとえば、明日。

もし誰かに、

「リクさんって、真面目ですよね」

って言われたら、
僕はまた同じ顔で笑うだろう。

「ありがとうございます」

って言って。

でも、その後で、
ちょっとだけ確認したくなる。

僕は、真面目でいいのかな。
それだけの人、みたいになってないかな。

家に帰ったら、今日はラーメンにしよう。

真面目に作る必要はない。
ちゃんとした料理じゃなくていい。

むしろ今日は、
少しだけ雑に、適当に、気を抜く。

そういう誠実めしが必要な気がした。

今日は「ちゃんとしない」ラーメンを作る

帰宅して、上着を脱ぐ。

ネクタイはないけど、
なんとなく一日分の「ちゃんと」が肩に残っている。

今日はラーメンにする。

インスタント。
袋麺。

だけど、
そのまま作るのは少し味気ない。

だから今日は、
「真面目すぎないアレンジ」をする。

まず、鍋に水。

そこに、
にんにくを一かけ。

みじん切りにするほど丁寧じゃなくていい。
包丁の腹で潰して、ざっくり。

火にかける前に、
ごま油を少し。

ジュッ、という音はまだしないけど、
にんにくの匂いが先に立つ。

ああ、今日はこれでいい。

水が温まってきたら、
袋麺のスープは半分だけ入れる。

全部入れない。
ちゃんと守らない。

代わりに、
白だしをほんの少し。

「ラーメンなのに?」
ってツッコミが入りそうだけど、今日は無視する。

麺を入れる。

タイマーは使わない。
表示も見ない。

菜箸でほぐして、
だいたい、いい感じのところで火を止める。

具は、冷蔵庫にあったもの。

卵。
ネギ。
昨日の残りのチャーシュー。

完璧じゃない。
映えもしない。

でも、湯気はちゃんと立っている。

どんぶりに移して、
最後に黒胡椒を少し多め。

ここだけは、
意図的にやりすぎる。

「真面目ですね」って言われない量。

テーブルに置いて、
深く息を吐いた。

今日のラーメンは、
正解じゃないかもしれない。

でも、今の僕には、
これくらいがちょうどいい。

誠実めしメモ(ちゃんとしないラーメン)

今日は、正解を作らない。

評価される味でも、
人に出す前提でもない。

  • 袋麺はベース。全部守らなくていい
  • スープは半分。足りない分は白だしで調整
  • にんにくは雑でいい。香り重視
  • 具は冷蔵庫にあるものだけ

タイマーを使わない。
量らない。
盛り付けも気にしない。

今日は、
「ちゃんとして見えるか」より
「食べたいかどうか」を基準にする。

それくらいで、ちょうどいい。



一口目で、肩の力が抜ける

箸を持って、
まずは麺から。

少し柔らかい。
たぶん、茹で時間は適当だった。

でも、
にんにくの香りと、
ごま油のコクがちゃんと来る。

「あ、これ好きだ」

思わず、そう思った。

味は、決して上品じゃない。
雑味もある。

それでも、
胃のあたりが、素直に反応する。

今日一日、
どこかでずっと力が入っていたことに、
ここでようやく気づいた。

ラーメンを食べながら、
取材先の言葉を思い出す。

「真面目ですよね」

たしかに、
真面目でいようとはしている。

でも、
今食べているこのラーメンは、
どう見ても真面目じゃない。

それでいい。

むしろ、
それが救いだった。



結局、真面目って言われる

翌日、編集部でナナに話した。

「昨日さ、ラーメン作ったんですけど」

ナナはコーヒーを飲みながら、
ふーん、という顔をする。

「袋麺?」

「うん。袋麺」

「で、普通に作ったの?」

少し考えてから、答える。

「いや、まあ……
スープ半分にして、
にんにく入れて、
白だしちょっと足して」

そこまで言ったところで、
ナナが手を止めた。

「ちょっと待って」

ナナは眉を上げる。

「それ、あたしからすると、
もう十分アレンジなんだけど」

「え、そう?」

「あたし、袋麺はさ」

「鍋に水入れて、
麺入れて、
粉入れて、終わりだよ」

「具?」

ナナは即答した。

「入れない」

「アレンジ?」

「しない」

「洗い物?」

「増やさない」

しばらく、沈黙。

ナナが、ふっと笑った。

「それで『雑に作った』って言うんだ」

「……うん」

「さすがリクだねぇ」

「どういう意味?」

ナナは肩をすくめる。

「どう頑張っても、
真面目が滲み出るって意味」

その言い方が、
昨日聞いた『真面目ですね』とは
少し違って聞こえた。

悪くない。

むしろ、
ちょっと笑える。

真面目は、
引き出しのひとつ。

全部それで埋めなくていいけど、
完全になくすことも、たぶんできない。

まあ、それでいいか。

次にラーメンを作るときは、
もう少し雑にできる気もするし、
やっぱり、できない気もする。

ナナがカップを持って言った。

「まあでもさ」

「そのラーメン、
たぶん普通にうまいでしょ」

それを聞いて、
少しだけ胸を張りたくなった。



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