日曜の午後。ミユとワニオは、いつものカフェにいた。
ミユはキャラメルラテの上に乗ったホイップを、無意味にぐるぐるとかき混ぜている。ワニオは相変わらず水。しかも氷なし。感情も温度も、今日もフラットである。
ミユ:ねぇワニオ。
ワニオ:はい。ホイップの遠心力が心配です。
ミユ:そこじゃないのよ。あたしたちさ、親友なの?
ワニオはストローを止めた。ほんの0.3秒だけ。ワニにしては長考である。
ワニオ:定義から整理しましょう。
ミユ:出た、ワニの会議モード。
窓の外では、秋の風がやわらかく木の葉を揺らしている。カフェのBGMは穏やかなジャズ。こんな平和な空間で、“親友とは何か”というテーマを持ち出す女がひとり。
ミユ:だってさ、あたしたちよく一緒にいるじゃん? カフェも行くし、恋バナもするし、ワニオは観察とか言ってるけど。
ワニオ:観察は感情の一形態です。
ミユ:初耳なんだけどその理論。
ワニオ:親友という言葉は、感情の強度を示すラベルです。しかし実態は、関係の持続性にあります。
ミユ:ちょっと待って。あたしは“うちら親友だよね?”って聞いただけなのに、急に論文出てきた。
ワニオ:結論を急ぐのは人間の悪い癖です。
ミユはホイップをすくって口に入れ、少しだけむくれた。
ミユ:じゃあさ、毎日連絡しなくても親友?
ワニオ:問題ありません。
ミユ:既読スルーでも?
ワニオ:内容によります。
ミユ:そこはブレるんかい。
ワニオは真顔のまま水を飲んだ。表情は変わらないのに、なぜか場はゆるく笑える。
ミユ:ねぇワニオ。親友ってさ、なんでも話せる人のことじゃないの?
ワニオ:いえ。
ミユ:即否定!?
ワニオ:なんでも話さなくても、続く人です。
ミユは一瞬、言葉を失った。
ミユ:……それ、ちょっと名言っぽい。
ワニオ:そうでしょう。ワニは時々深いのです。
ミユ:ドヤ顔が見えないのが逆に腹立つ。
カフェの窓から差し込む光が、ふたりのテーブルをやわらかく照らす。恋の話じゃないのに、なぜか少しだけ胸の奥があたたかい。
ミユ:で、結局どうなの。あたしたち。
ワニオ:まだ議論は始まったばかりです。
ミユ:めんどくさい親友候補だなあ、あんた。
ワニオ:候補、ですか。
ミユ:え、そこ気にする?
ワニオは静かにストローを置いた。
ワニオ:では、本題に入りましょう。“親友とは何か”。
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親友の条件、いくつ必要?
ミユ:じゃあさ、具体的に聞くね。親友って何個くらい条件クリアしたら認定なの?
ワニオ:認定制度ではありません。
ミユ:え、ポイントカード制じゃないの?
ワニオ:10回来店で親友昇格、みたいな仕組みではないですね。
ミユ:まぁ、そうだよね。
ミユはテーブルに肘をつき、少しだけ真面目な顔になる。
ミユ:でもさ、よく言うじゃん。“困ったときに駆けつけてくれる人が親友”って。
ワニオ:それは理想像です。
ミユ:また現実ぶった切る。
ワニオ:駆けつけられない距離でも、関係は続きます。
ミユ:遠距離親友ってこと?
ワニオ:むしろ、距離があっても消えない関係こそ強いです。
ミユは少しだけ黙った。
ミユ:じゃあ、毎日連絡しなくてもいい?
ワニオ:はい。
ミユ:半年ぶりでも?
ワニオ:はい。
ミユ:既読無視三連発でも?
ワニオ:内容によります。
ミユ:そこブレるのやめて。
ワニオは水を一口飲み、淡々と続ける。
ワニオ:親友とは、“連絡頻度”ではなく、“再会したときの違和感のなさ”です。
ミユ:……それ、なんかズルいくらい刺さる。
ワニオ:人間は、時間で関係を測りがちです。
ミユ:だって不安になるじゃん。疎遠になったら終わりかもって。
ワニオ:終わる関係は、そもそも親友ではありません。
ミユ:ワニ、今日ちょっと強気じゃない?
ワニオ:日光不足が解消された影響です。
ミユ:全部太陽のせいにするな。
カフェのドアが開き、冷たい風が一瞬入り込む。
ミユ:じゃあさ、恋人ができたら? 親友って後回しになる?
ワニオ:順位づけする時点で、関係が揺らいでいます。
ミユ:え、親友と恋人は別枠?
ワニオ:比較対象ではありません。
ミユ:なんか今日、ワニオが賢すぎて怖い。
ワニオ:ワニは基本的に賢い生き物です。
ミユ:そこ自分で言う!?
ミユは笑いながら、少しだけ肩の力を抜いた。
ミユ:じゃあさ、最後に聞く。親友って“宣言”するもの?
ワニオ:いえ。
ミユ:また即答。
ワニオ:宣言しないと不安な関係は、まだ途中段階です。
ミユはストローをくわえたまま、しばらく黙った。
ミユ:……あたし、ちょっと安心したかも。
ワニオ:なぜですか。
ミユ:だって、うちら別に宣言してないけど、普通に一緒にいるじゃん。
ワニオ:ええ。観察対象としては最上位です。
ミユ:だからその言い方。
親友って、裏切る?
カフェの中は少しだけ静かになっていた。さっきまで笑っていたミユが、急にストローをいじり始める。
ミユ:ねぇさ、ワニオ。
ワニオ:はい。水はまだ冷えております。
ミユ:水の報告じゃないのよ。親友って、裏切ることある?
ワニオは一瞬だけ目を細めた。ほんの少しだけ、観察モードが深くなる。
ワニオ:あります。
ミユ:即答!
ワニオ:人間とはそういうものです。
ミユ:ちょっと待って、夢壊すの早すぎる。
ワニオ:裏切らない人間は存在しません。
ミユ:いやいやいや、そんな絶望理論いらない。
ワニオ:ただし、裏切る“可能性”と、裏切る“本質”は別です。
ミユ:難しい言い回しやめて。翻訳して。
ワニオ:感情が揺れることはあります。しかし、根っこにある信頼が消えるとは限りません。
ミユは少しだけ黙る。
ミユ:……なんかさ、あたし昔、仲良かった子と急に疎遠になったことあってさ。
ワニオ:はい。
ミユ:喧嘩したわけでもないのに、なんとなく距離できて、そのまま終わった。
ワニオ:よくある現象です。
ミユ:現象って言い方が冷たい。
ワニオ:ですが、それは裏切りではありません。成長速度の差です。
ミユ:……成長速度。
ワニオ:同じ方向を向いていた期間が終わっただけです。
ミユは少しだけ視線を落とした。
ミユ:じゃあさ、それでも“親友だった”って言っていいのかな。
ワニオ:もちろんです。
ミユ:終わったのに?
ワニオ:その時間が嘘だったわけではありません。
ミユ:……ワニ、今日やけに優しいじゃん。
ワニオ:観察結果です。
ミユ:全部観察でまとめるな。
少しだけ空気がやわらぐ。
ミユ:でもさ、親友って一生ものってイメージあるじゃん。
ワニオ:一生続く関係もあります。
ミユ:でも全部は無理?
ワニオ:全部一生だと、人間は疲れます。
ミユ:え、どういうこと。
ワニオ:人間は、変化する生き物です。変わることを許せる関係が、結果的に長く続きます。
ミユ:変わらないことじゃなくて、変わっても大丈夫なこと?
ワニオ:その通りです。
ミユ:ちょっと待って、それかなり名言じゃない?
ワニオ:本日二つ目です。
ミユ:ドヤ顔が見えないのが悔しい。
店員が新しいお客を案内する声が聞こえる。時間はゆっくり進んでいる。
ミユ:じゃあさ、親友って何人まで?
ワニオ:人数制限はありません。
ミユ:え、じゃあ百人いてもいいの?
ワニオ:その場合、管理能力が問われます。
ミユ:管理って言うな。
ワニオ:深く安心できる人数は、そう多くありません。
ミユ:……ワニは何人?
ワニオ:数えたことはありません。
ミユ:逃げた。
ワニオ:ですが、長く静かに続いている関係は、いくつかあります。
ミユ:……あたし入ってる?
ワニオは、水のコップをそっと置いた。
ワニオ:先ほども言いましたが、観察対象としては、最上位です。
ミユ:それ褒めてるんだよね?
ワニオ:ええ。最上位は、簡単には変わりません。
ミユは少しだけ笑った。少しだけ目がやわらかくなる。
ミユ:ねぇワニオ。親友ってさ、なんか特別な証明書があるわけじゃないけど。
ワニオ:はい。
ミユ:こうやって普通に笑って話せる相手のこと、たぶん親友って言うんじゃない?
ワニオ:定義として、悪くありません。
ミユ:上から目線やめて。
ふたりは同時に笑った。
結論:うちら親友なの?

ミユは身を乗り出した。
ミユ:でさ。結局どうなのよ。うちら親友?
ワニオ:定義上は可能性が高いです。
ミユ:はっきり言え!
ワニオ:親友である確率、現在78%です。
ミユ:微妙!
ワニオ:昨日あなたが私のポテトを無断で食べたため、5%減点されました。
ミユ:まだ根に持ってるの!?
ワニオ:芋は信頼の象徴です。
ミユ:知らない世界線すぎる。
ミユはテーブルを軽く叩く。
ミユ:じゃあ何%になったら親友確定なの?
ワニオ:85%です。
ミユ:あと7%!?
ワニオ:条件は三つあります。
ミユ:出た、謎の条件制度。
ワニオ:一つ。ポテトは事前許可制。
ミユ:却下。
ワニオ:二つ。私の昼寝を邪魔しない。
ミユ:それ守ってるでしょ!
ワニオ:三つ。将来、私が池に住んでも会いに来ること。
ミユ:スケール急にでかいな!?
ワニオ:親友とは、住処が変わっても続く関係です。
ミユ:ちょっと名言っぽいの混ぜるのやめて。
ワニオは静かにコップの水を飲む。
ワニオ:あなたはどうなのですか。
ミユ:何が?
ワニオ:私を親友だと思っていますか。
ミユは少しだけ考えるふりをして、わざとらしく腕を組む。
ミユ:うーん……
ワニオ:減点しますよ。
ミユ:早い早い。
ミユ:親友かどうかは知らないけどさ。
ワニオ:はい。
ミユ:あたしが変なこと言っても、ちゃんと聞いてくれるし。
ワニオ:観察です。
ミユ:うるさい。
ミユ:恋で落ち込んだら隣にいるし。
ワニオ:水を差し出します。
ミユ:絶妙に情緒ないな。
ミユ:でもさ、なんか…安心はしてる。
ワニオ:安心は最高ランクの評価です。
ミユ:じゃあもう親友でよくない?
ワニオ:……
ミユ:なにその沈黙。
ワニオ:親友は、言葉で決めるものではありません。
ミユ:またそれ!?
ワニオ:気づいたらなっているものです。
ミユ:ちょっと待って、それさっきからずっと言ってない?
ワニオ:重要事項なので三回目です。
ミユ:説明資料か。
ふたりは顔を見合わせて、同時に笑う。
ミユ:じゃあさ、これからも一緒にいれば勝手に親友ってことでいい?
ワニオ:ええ。
ミユ:今何%?
ワニオ:84%です。
ミユ:なんで減ってるのよ!
ワニオ:今、私のクッキーを見つめましたね。
ミユ:バレた!?
ワニオ:ワニは視野が広いのです。
ミユ:もういい、食べる。
ワニオ:親友確定は遠のきました。
ミユ:じゃあ永遠に未確定でいこ!
ワニオ:それもまた、関係の形です。
その日も、証明書は発行されなかった。
でも、たぶんそれでいいのだ。




