恋なんてムダ?ワニが編集部にやってきた理由──「こいこと。」に問う愛の存在意義

「失礼しまーす……あ、ここが“こいこと。”の編集部ですか?」
ある日の午後。編集部のドアが開き、姿を現したのは──どう見てもワニだった。

妙にきちんとした格好で、片手には文庫本がぎっしり詰まった書類ケース。 そして開口一番、彼は言った。

「ぼく、ワニオといいます。“こいこと。”の記事をいくつか読んだんですが……なんでこんなに恋愛ばっかり取り上げてるんですか?」

──場が、静まり返る。
「恋愛メディア」である当編集部で、「恋愛ってそんなに大切ですか?」という哲学的な問いを投げかけられたのだ。

「正直、ぼくにはよくわからないんです。誰かを好きになるって、非合理だし、傷つくこともあるじゃないですか。それって、本当に価値あるんですか?」

“恋愛って、そんなに意味あるの?”
そんな疑問を胸に、わざわざ編集部にまで乗り込んできたワニオ。
今回は、恋愛命なギャル系ライター・アカリが、真っ向からこの問いに向き合います!

目次

アカリ、登場。「ついにワニまで来たか…」

「……あれ?なんか静かすぎない?」
編集部の扉を開けて、奥からひょこっと顔をのぞかせたのは、こいこと。ライターのアカリ。 いつものように明るい雰囲気をまとって、髪をふわっとまとめ、手にはコンビニのドリンク。

彼女の視線がソファに座るワニの姿を捉えた瞬間、小さくつぶやく。
「……ついにワニまで来たか……」

「え、あの……こんにちは。突然すみません。僕、ワニオっていいます」
「あ、どうもこんにちは。アカリって言います。えっと、もしかして……こいこと。の読者さんですか?」
「いや、正直あんまり読んでないです。でも恋愛メディアって最近よく見かけるので、なんでみんなそこまで“恋愛”を特集するのか、気になってて」

「……へぇ、なるほど。それで、わざわざ来てくれたんですね。なんか不思議な感じですけど、嬉しいです」

ワニオは少し身じろぎして、言葉を選びながら続けた。
「僕、恋愛って正直よくわからなくて。むしろ、“そんなに大事なことなんですか?”って疑問があって。だから今日は、その理由を編集部の人に直接聞いてみたいなと思ったんです」

アカリは小さくうなずきながら、持っていたドリンクのストローを軽く吸う。
「なるほど。うん、たしかにそう思う人もいるかも。たとえば、恋愛にあまり関心がない人からしたら、“なんでそんなことで悩んだり泣いたりするの?”って思っちゃうのも、わかる気がする」

「……あ、でもひとつだけ言っておきますけど、冷やかしとかじゃなくて、ちゃんと考えがあって来てますからね」
「うん、大丈夫。そういうの、ちゃんと伝わってます」

アカリはふっと笑ったあと、まっすぐワニオを見た。 その笑顔には、“問いかけを歓迎する余裕”と“恋愛を語る覚悟”が混ざっていた。

「じゃあ今日は、“恋愛って、なんでそんなに意味があるの?”ってテーマで話してみようか」
「……はい。お願いします」

こうして、“恋愛に意味はあるのか?”をめぐる、ワニオとアカリのちょっと不思議な対話が幕を開けた──。

恋愛に意味なんてある?──ワニオの主張

「そもそもなんですけど、恋愛って“意味”ありますか?」

アカリがソファに腰を下ろすと、ワニオは少し身を乗り出して、静かにそう切り出した。 その表情は真剣で、どこか疲れたようでもある。

「みんな、恋がしたいとか、彼氏ほしいとか言うけど。
別にひとりでも生きていけるし、誰かと付き合ったからって、それが幸せに直結するわけでもないですよね?
むしろ、めんどくさいことのほうが多いんじゃないかって思ってて」

アカリは少し考え込みながら、うなずいた。
「うん……たしかに、そういう一面もあるかもしれない。
好きになった分だけ、期待もしちゃうし、不安になったり、傷ついたりもするし。
それなら、最初から誰かを好きにならない方が、楽だって思う人もいるかもね」

「そうなんですよ。なんか、リスクに対して見返りがよくわからないっていうか……」
ワニオは言葉を選びながら、じわじわと自分の本音を出していく。 「それに、SNSとかでも“彼氏いない自分に価値ないのかな”みたいに考えちゃってる人、いますよね。
でも恋愛って、そんなにアイデンティティに関わることなんですか?」

アカリはその言葉に、しっかりと視線を返す。
「うん……なんだろう。恋愛って、“意味があるからする”というより、“してしまうもの”って感じが近いかも」

「してしまう、か」
「うん。たとえば、誰かを好きになったときって、理由とか意味ってそんなに考えてない気がする。
ただ、“この人に会いたい”とか、“声が聞きたい”とか、そういう気持ちが自然に湧いてきて。
意味をあとから探すことはあるけど、最初はもっとシンプルな感情かもしれない」

ワニオはゆっくりと腕を組み、黙ってうなずいた。
意味よりも感情。効率よりも衝動。
──アカリの言葉は、まるで体温を帯びた風のように、ワニオの中のロジックをゆっくり揺らし始めていた。

“誰かを好きになる”ってどういうこと?──アカリの視点

「……わたしね、最初に“好き”って思ったときの気持ち、たぶん一生忘れないと思う」

アカリがぽつりと語り出した。 口調はゆっくりで、思い出を大切にすくい上げるような優しさがあった。

「中学生のとき、先輩の声を聞いた瞬間に、ドキッとしたの。
顔がタイプとか、優しいとか、そういうのじゃなくて、本当に一瞬で身体が反応した感じ。
それで、家に帰ってからも、その声がずっと耳に残ってて……気づいたら、好きになってた」

アカリの目は少し潤んでいた。
ワニオは何か言おうとしてやめ、ただ黙って耳を傾けている。

「“好き”って、頭で考えるより先に、心とか身体が動くことなんだと思う。
わたしの場合はそうだったし、きっとみんなにも、そんな瞬間ってあるんじゃないかなって」

「……でも、それって危うくないですか?」
ワニオが静かに口を開いた。
「そんなふうに、根拠もなく誰かに惹かれて、それで傷ついたらどうするんですか。
相手にその気がなかったり、裏切られたり、ただの勘違いだったり……」

アカリはうなずいた。
「うん、それもある。というか、わたしも失恋したことあるし。泣いたし。
でも、それでも……“好きになったこと”自体は、後悔してないの」

ワニオは目を見開いた。
まるで、そんなふうに言い切る人が、世の中に本当にいるとは思っていなかったかのように。

「誰かを好きになるってことは、わたしにとっては、“今の自分が、こう感じた”って証拠だと思う。
その瞬間の気持ちはウソじゃないから。だから、恋愛ってただのイベントじゃなくて、“自分の感情を信じること”でもあるんだと思う」

アカリの言葉が、ふわっと空気の中に溶けていく。
ワニオは何も返さなかった。ただその表情に、少しだけ迷いがにじんでいた。

恋愛はウイルス?──ワニオの“真剣な疑問”

「僕、ひとつ仮説があるんです」

ワニオが、じっと遠くを見つめながら口を開いた。
「恋愛って、風邪みたいなものじゃないですか?」

「風邪……?」アカリが目をぱちぱちさせる。

「最初はくしゃみひとつ程度。でも気づいたら、熱が出て、ごはんも喉を通らなくなって、誰かのことばっかり考えるようになる。もしかしてそれって、体が正常に動いてないってことじゃないですか?」

「いや……その例えだと、恋に落ちるのは不健康みたいに聞こえるけど?」

「ええ。だから僕は、恋愛は“人類最大のバグ”だと思っています」

「いきなり強い単語きたね……」

「だって、不安定になるし、論理は乱れるし、冷静な判断力は低下するし。しかもそれを“美しいこと”って言ってる人たちが、なぜか偉そうにしてるんです」

「ちょっと待って、それ“こいこと。”のことじゃない?」

「……だから僕は、確かめたかったんです。恋愛を肯定するこのメディアには、どんな思想が流れてるのか。なぜ人は、そこまでして恋を求めるのか」

アカリはしばらく黙って、それからくすっと笑った。
「なんか……真面目に話してるのに、ところどころズレてて、逆に面白いよワニオさん」

「ズレてるのは地軸です」

「うわー、返しもズレてる!」

会話がかみ合ってるようでかみ合っていない。だけどなぜか不思議とテンポが良く、アカリは自然と笑っていた。

恋って、もっとポジティブなものじゃない?

「わたしはね、恋ってもっと“元気をくれるもの”だと思うの」

アカリはドリンクを飲みながら、さっきまでのワニオの言葉を思い出す。

「もちろん、不安になることもあるし、しんどいこともある。でも、好きな人ができたら、朝ちょっと早く起きられたり、髪型を整えようって思えたり、LINEの返信をもらっただけで一日うれしくなったりするんだよ」

「それって、“体調が良くなる”みたいな現象ですね」

「そうそう!ある意味では恋って、“栄養ドリンク”みたいなものじゃない?」

「副作用もあるけど、短期的には元気になる……なるほど。じゃあ、ドーピングみたいなものですか」

「例えがスポーツっぽいなあ(笑)」

アカリは笑った。
「でもね、わたしはそういう“ちょっとの元気”が、すごく大事だと思うの。恋してると、世界がちょっとだけキラキラして見える。だから、もし誰かを好きになったなら、それはきっと素敵なことだって信じたいんだ」

「キラキラ……ですか。僕にはまだ見えませんね」

「じゃあ、こいこと。の記事、もっと読んでみてよ」
アカリはウィンクしながらスマホを差し出す。画面には「初恋応援!片思いを味方にする5つの魔法」という記事が開かれていた。

──そして、ワニオは言った。

編集部の扉を出る前、ワニオはふと立ち止まった。

「なるほど……恋というのは、意外と生命活動と関係があるものなんですね」

「うん、めっちゃ関係あると思うよ」アカリが笑顔で返す。

「しかし……結局のところ、皆さんは“恋を肯定したいだけ”なのかもしれません。僕には、まだ確信が持てません」

「じゃあ、また来てみたら?もっと話そうよ」

「ええ、そのうち……もしかしたら、また来るかもしれません」
「なぜなら──」

ワニオは少しだけ口元をゆるめ、意味深に言った。

「“僕の尾が、さっきより少しだけ軽い”気がするんです」

そう言って階段をゆっくりと降りていくワニオの背中を、アカリは見送った。

「ワニオ……。こいこと。ってなんでもありやな」
ポツリとつぶやいたその声には、少しだけ、誇らしげな響きがあった。

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