玄関のドアが開いた瞬間、落ち着いた香りがした。
なんとなく、静かな家だなと思う。
音がないわけじゃないのに、空気がゆっくりしている感じ。
ミユ:
おじゃましまーす!
マリ:
いらっしゃい。そろそろ来ると思ってたわ。
そう言ってマリは、笑った。
無理に明るくする感じじゃなくて、自然に出る笑い方。
それがなんとなく、落ち着く。
ミユは持ってきた紙袋を軽く持ち上げた。
ミユ:
今日ね、パン買ってきたんだよ。
マリ:
あら、いいわね。
テーブルの上には、すでにグラスがふたつ用意されていた。
細くて、少し背の高いグラス。
その横には、まだ開けていないワインのボトル。
なんとなく、それだけで空気が整っている気がする。
ミユ:
……なんかさ、こういうのいいよね。
マリ:
どういうの?
ミユ:
なんていうか、ゆっくりしてる感じ。
ミユは紙袋を開けた。
中には、いくつかのパン。
クロワッサン。
あんバター。
それから、ふわふわの食パン。
袋を開けた瞬間、バターと小麦のやさしい香りが広がる。
思わず、少しだけ顔がゆるむ。
ミユ:
あたしさ、ほんとパン好きなんだよね。
マリ:
知ってるわ。顔に出てるもの。
ミユ:
え、それ言われたことないんだけど。
ミユは笑いながら、パンをひとつ取り出した。
その様子を、マリは静かに見ている。
否定もしないし、強く共感もしない。
ただ、そのまま受け取っている感じ。
少しだけ間があって、マリがボトルに手を伸ばした。
マリ:
それ、ワインと合わせてみる?
ミユ:
え、パンとワイン?
ミユは少しだけ驚いた顔をする。
パンは好き。
でも、ワインと一緒に、というのはあまり考えたことがなかった。
マリはグラスを手に取って、軽く傾けた。
マリ:
意外と合うのよ。
その言い方が自然で、押しつける感じがない。
だから、ちょっと試してみたくなる。
パン好き女子と、ワインが好きな人。
少しだけ違うふたりの時間が、静かに始まった。

マリの家とワイン

マリはボトルの首を軽く持ち上げて、テーブルの上に置いた。
ラベルはシンプルで、飾り気がない。
でも、なんとなくちゃんとしてる感じがする。
それだけで、少しだけ期待が上がる。
コルクにスクリューを差し込む。
くるくると回して、ゆっくり引き上げる。
ぽん、という軽い音。
小さくて、でもちゃんと響く音だった。
その瞬間、ふわっと香りが立つ。
強すぎない。
でも、ちゃんとある。
少しだけ果物みたいな甘さと、奥にある落ち着いた匂い。
ミユ:
……いい匂い。
マリ:
でしょ。
マリはグラスにワインを注いだ。
細いグラスの中で、赤い色がゆっくり広がる。
光に当たると、少しだけ透ける。
深い色なのに、どこかやわらかい。
そのまま、ミユの前にそっと置いた。
マリ:
どうぞ。
ミユは少しだけ緊張したようにグラスを持つ。
普段飲まないわけじゃないけど、
こういう飲み方は、なんとなく特別に感じる。
そっと口をつける。
少しだけ傾けて、ゆっくり飲む。
最初に感じるのは、軽い酸味。
そのあとに、ふわっと広がるやさしい甘さ。
最後に、少しだけ残る余韻。
思ってたより、飲みやすい。
でも、ちゃんと“味がある”。
ミユ:
……あ、これ好きかも。
マリ:
よかった。
マリはそう言って、自分のグラスにも口をつけた。
ゆっくり飲んで、目を細める。
無理に味を説明しない。
ただ、好きなものをそのまま飲んでいる感じ。
それが、なんかいいなと思った。
マリ:
ワインってね、難しく考えなくていいのよ。
マリ:
美味しいと思えば、それで十分。
その言い方が、すごく自然だった。
知識とかじゃなくて、
ただ“好き”で飲んでる感じ。
ミユはもう一口、グラスを傾けた。
さっきより、少し味がわかる気がする。
そして、そのままパンに目を向けた。
なんとなく。
一緒に食べたら、どうなるんだろうって思った。
ワインとパン、合うんだ

ミユはテーブルの上に並べたパンを、ひとつひとつ見ていった。
クロワッサン。
あんバター。
それから、少し色の濃い、ずっしりしたパン。
表面はしっかり焼かれていて、ところどころにドライフルーツが見えている。
ミユ:
これ、なんか大人っぽいよね。
マリ:
ドライフルーツが入ってるやつ。ワインに合うのよ。
ミユはそのパンを手に取った。
少し硬めで、ずっしりしている。
軽くちぎると、中はしっとりしていて、甘い香りがふわっと広がった。
レーズンと、少しだけナッツの匂い。
そのまま、ひと口。
外側はしっかりしているのに、中はやわらかい。
噛むほどに、じんわり甘さが出てくる。
ドライフルーツの少し酸味のある甘さと、小麦の味が混ざる。
そのあと、ミユはワインを口に含んだ。
さっきより、味が近い。
パンの甘さと、ワインの果実っぽい風味が、なんとなく重なる。
そのまま、ゆっくり広がっていく。
ミユ:
……あ、これすごい。
マリ:
でしょ。
マリは静かにグラスを傾けた。
マリ:
同じ系統の味だと、ちゃんと合うのよ。
ミユはもう一口パンをかじる。
今度は少しだけゆっくり噛んだ。
甘さと香りが、さっきよりはっきり感じられる。
そのあとに飲むワインが、また少し変わる。
やわらかくなって、長く残る。
ミユ:
なんかさ。
ミユ:
パンとワインって、別々でも美味しいけど、一緒だと、しっかり意味ある感じするね。
マリ:
そういうものよ。
マリはあっさり言う。
難しい説明はしない。
でも、その言葉はちゃんと納得できた。
ミユはもう一度、パンとワインを交互に口に運んだ。
少しずつ味が変わっていくのが、なんか楽しい。
パン好きの時間に、ワインが入る。
それだけで、少しだけ世界が広がった気がした。
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マリは特に何も言わずに、グラスを軽く回した。
赤い液体が、ゆっくり揺れる。
それを眺めてから、口をつける。
その動きが、やけに自然だった。
慣れてる感じ。
でも、見せつけるような感じはない。
ただ、好きだからやってるだけ、みたいな。
ミユ:
マリさんってさ、ワインほんと好きだよね。
マリ:
好きね。
ミユ:
なんか詳しそう。
マリ:
そんなでもないわよ。
マリ:
気に入ったのを飲んでるだけ。
マリはそう言って、またグラスを傾けた。
難しい話はしない。
でも、しっかり“好き”がある。
それがなんとなく、かっこいい。
ミユ:
でもさ、どうやって選んでるの?
ミユはパンをかじりながら聞いた。
マリは少しだけ考えてから、肩をすくめる。
マリ:
そのときの気分。
ミユ:
え、それだけ?
マリ:
それだけ。
少しだけ間があって、マリが続ける。
マリ:
あと、最近は届けてもらうことも多いわね。
ミユ:
届けるって?
マリ:
定期的にワインが届くやつ。
ミユは少しだけ目を丸くした。
ミユ:
え、そんなのあるの?
マリ:
あるわよ。
マリ:
自分で選ばなくてもいいし、知らないのも来るから、ちょっと楽しいの。
マリは軽く笑う。
特別な話じゃないみたいに。
でも、それがなんかいいなと思った。
ワインを選ぶのが面倒な日もある。
でも、家にあれば飲める。
それだけで、ちょっと余裕ができる。
ミユ:
いいな、それ。
ミユ:
なんか大人って感じする。
マリ:
ただ楽してるだけよ。
マリはそう言って、またグラスに口をつけた。
でも、その“楽してる感じ”が、どこか心地よく見えた。
好きなものが、ちゃんと生活にある感じ。
無理してないのに、ちょっといい時間になる。
それが、マリのワインの飲み方だった。
こういう時間、いいなと思った

気づいたら、パンはだいぶ減っていた。
グラスの中のワインも、さっきより軽くなっている。
特別なことはしていない。
ただ、パンを食べて、ワインを飲んで。
少し話して、また食べて。
それだけ。
でも、その“それだけ”が、なんだかちょうどよかった。
ミユ:
……なんかさ。
ミユ:
今日のこれ、すごい好きかも。
マリ:
そう?
ミユ:
うん。
ミユ:
パンってさ、外で食べるのも楽しいけど、
ミユ:
こうやってゆっくり食べるのもいいね。
少しだけ考えて、続ける。
ミユ:
ワインあると、なんかちょっと違うし。
マリは軽く笑った。
マリ:
気分が変わるのよ。
その言い方が、やっぱり自然だった。
特別なことにしすぎない。
でも、ちゃんと“いい時間”になっている。
ミユは残っていたパンをひと口かじって、
そのあとにワインを少し飲んだ。
さっきより、味がわかる気がする。
ワインに慣れてきたのかもしれない。
ミユ:
……また来ていい?
思ったままを、そのまま口に出す。
マリ:
いいわよ。
マリ:
パン、また持ってきて。
ミユ:
任せて。
ふたりは笑った。
外はもう、暗くなり始めている。
部屋の中は静かで、時間がゆっくり流れていた。
パンがあって。
ワインがあって。
ちゃんと満たされる時間がある。
なんか、それがいいなと思った。

