謎の喫茶店「ギャルソン・ド・無重力」。店内は床がねじれている。コーヒーはゼリー状。窓の外ではクラゲが浮遊中。
テーブルの上には、おにぎりとピザと紫陽花の花瓶。ナツメはスパンコールのついた袈裟を羽織っている。ミカコはメガネの奥でため息。
ミカコ「ねぇナツメ、今日は“恋愛相談”っていう普通のテーマでいける?」
ナツメ「ほいさ。好きじゃない人と付き合っているってのは、たとえばバナナの皮と結婚したみたいなもんやな」
ミカコ「あぁ、今日は無理かもしれない。」
ナツメ「いやいや真面目な話や。皮を食べようとしてる時点でズレてるやろ?恋愛ってのは実が主役。でも、たまに“皮が好きかも”って勘違いする時あるやん?」
ミカコ「ちょっと待って。それって“情”の話?」
ナツメ「ちゃう。情やのうて、錯覚やな。優しくされると、好きになった気がする。コンビニでストロー2本くれるだけで“運命かも”って思うやろ?」
ミカコ「いや思わないけど。たぶんそれ、あんたが思い込み激しいだけ」
“好きじゃないけど、別れる理由もない”は罪か?
ミカコ「たまに聞くよ。『優しいし、安定してるし、好きじゃないけど一緒にいる』って。私は悪いことだとは思わない。」
ナツメ「ワイはそれ、“情けのカタログ通販”やと思っとる。愛してないけど嫌ってもない。その間にあるのが“善人消費”や」
ミカコ「善人消費……ちょっと刺さる言葉だね」
ナツメ「相手の“いいところ”だけで付き合ってると、だんだん“まあええかスープ”に浸かってまう。そのスープ、最初はぬるいけど、いつか全部、味せんようになる」
ミカコ「つまり、惰性ってこと?」
ナツメ「そう。惰性の海でボート漕いどる。でもオールがパンケーキやから進まへん。んで、気づいたらクラゲと同棲してる」
ミカコ「わけがわからないけど、すごくわかる自分が腹立つ」
好きじゃないけど、必要とされる心地よさ
ミカコ「でも、必要とされると人って弱いよ。“自分じゃなくてもいいはずなのに、自分を選んでくれてる”っていう安心感、あると思う。」
ナツメ「それ、恋やのうて、選ばれ願望ちゃう?」
ミカコ「そうかもしれない。でもそれを否定できる人ばっかりじゃない。私も……過去に一度だけ、そういう関係を続けてた」
ナツメ「おぉ?ミカコの恋バナ、貴重やな。サバサバに見えて、実は人肌恋しいゴリラタイプ?」
ミカコ「黙れ。──相手は“いい人”だった。でも、“好き”とは違った。手を繋がれると少しだけゾワッとしたのに、なぜか一緒にいた」
ナツメ「ゾワ恋。そういうのって、心がまだ誰かを待ってる時に起きるやつやな」
ミカコ「……うん。その通りかも」
その恋が“終わってる”ことを認める勇気
ナツメ「好きじゃない人と付き合ってるって、ほんまは“終わりかけの花火大会”みたいなもんや。煙だらけで、光が見えへん。でも音だけは鳴っとる。だから、“まだいける”って錯覚する」
ミカコ「でも、離れるって、エネルギー使うじゃん。罪悪感もあるし」
ナツメ「せやから、“嘘つかんでええ恋”を選んだほうがええ。好きでもない人と一緒におると、自分の時間を嘘で埋めてまう。誠実に振る舞うほど、内側がすり減っていく」
ミカコ「……それって、一番キツいやつだね」
ナツメ「好きやないなら、正直に言えばええ。『あなたは嫌いじゃない。でも、好きでもない』ってな。──それで怒るなら、向こうも正直になってほしかったんやと思うわ」
じゃあ、なぜ付き合ったのか
ミカコ「じゃあ、ナツメならどうして好きじゃない人と付き合ったと思う?」
ナツメ「たぶん、暇やったんやろな」
ミカコ「身も蓋もない」
ナツメ「孤独に耐える根性って、めっちゃ必要やで。世間は“恋してない人”を減点方式で見るからな。だから“誰かがいる”って状態に逃げてまう。でもそれ、結局“自分を裏切る関係”や」
ミカコ「じゃあさ、好きじゃない人と付き合うのって、ダメなこと?」
ナツメ「ダメじゃない。ただ、“そこにいていい自分”になれないなら、きっとその恋は自分を減らす恋や」
結論なんていらないけど──
ミカコ「結局、付き合ってみないと分からないってこともあるよね。最初は“好きじゃない”と思ってたけど、後から情が愛に変わることだってあるし」
ナツメ「うん。でも、育つ愛と無理やり水やる愛の違いは、案外はっきりしてる」
ミカコ「……ねぇ、ナツメ。コーヒー、味見してくれる?この店、ゼリー状なんだけど」
ナツメ「ん〜〜。これは恋やな。口に入れた瞬間、意味不明。飲み込んだあと、なぜか泣けてくる味」
ミカコ「まるであんたそのものじゃん」
ナツメ「いやいや、ワイは味のない飴やで。噛んだら爆発するやつ」
ミカコ「……もうやだこの人」
ナツメ「人生はビニール傘や。透明やと思っても、曇っとる日がある。……そういう時は、逆さにして空をすくおう」
ミカコ「それもう傘じゃない。ただの哲学兵器」
【後日談】
ミカコはその夜、家に帰ってからスマホを開き、今付き合っている彼氏に短いメッセージを打った。
「ちょっと考えたいことがある。また話そう」
ナツメはといえば、謎のカフェでまだ何かの楽器(たぶん洗面器)を叩いていた。
窓の外のクラゲが、彼に拍手を送っていた──。