春の公園と、ちいさな野良猫親子
午後の公園は、春の匂いがしていた。
ベンチでは、ミユがコンビニのカフェラテを飲みながら、ぼんやり空を見ている。
ワニオは隣で、いつものように水を持っていた。
ミユ:
ねえワニオ。見て。
ミユが指をさした先を、小さな影が横切っていく。
少し痩せた親猫。
その後ろを、ちいさな子猫が必死について歩いていた。
子猫は途中でよろける。
でも親猫は、少し立ち止まって後ろを確認すると、またゆっくり歩き出した。
ミユ:
かわい……。
ワニオ:
ええ。かなり小さいですね。
ミユ:
ちっちゃい生き物って、なんでこんな破壊力あるんだろ。
ワニオ:
人間は“守れそうなサイズ感”に弱いのです。
ミユ:
言い方。
ミユは少し笑ってから、また親猫たちを見つめた。
春の風が吹く。
子猫のしっぽが、ふわっと揺れた。
ミユ:
でもさぁ……。
ミユ:
野良猫って、現実はかなり過酷なんだよね。
ワニオ:
そうですね。
ワニオ:
“かわいい”だけでは、越えられない現実が多いです。
ミユ:
なんかSNSとかだと、つい癒やされる〜って見ちゃうけどさ。
ミユ:
実際は、ごはん探すだけでも大変なんだろうなぁ。
ワニオは、親猫の歩く方向を静かに見ていた。
ワニオ:
野良猫の寿命は、飼い猫よりかなり短いです。
ミユ:
……だよね。
ワニオ:
交通事故。
病気。
縄張り争い。
夏の暑さと、冬の寒さ。
それから、人間。
ミユ:
最後ちょっと怖いんだけど。
ワニオ:
優しい人間もいます。
ですが、怖い人間もいるのです。
ミユはカフェラテを持ったまま、小さく黙った。
遠くで、子猫がまた少し転びそうになる。
そのたびに親猫が振り返る。
ミユ:
お母さん猫って、ずっと気張って生きてるんだろうなぁ。
ワニオ:
ええ。
ワニオ:
野良の親猫は、“安心して眠る”という時間がかなり少ないです。
ミユ:
うわぁ……。
ワニオ:
特に子育て中は、ほぼ警戒モードです。
ワニオ:
つまり今のあの親猫は、“24時間営業の警備員”みたいなものですね。
ミユ:
急にたとえがビル管理会社なのよ。
ワニオ:
しかも無休です。
ミユ:
ブラックすぎる……。
親猫は、植え込みの奥へ入っていった。
子猫たちも、小さい足で一生懸命ついていく。
その後ろ姿を、ミユはしばらく見送っていた。
ミユ:
……みんな無事に育ってほしいなぁ。
ワニオ:
そう願う人間がいるだけでも、少し救いです。
ミユ:
ワニオってさ。
たまに急に優しいこと言うよね。
ワニオ:
観察結果です。
ミユ:
便利ワードすぎるんだよそれ。
春の風がまた吹いた。
公園には、やわらかい午後の光が落ちていた。

親猫は、“かわいそう”より先に生かそうとしている

ミユ:
なんかさ。
見てると、“大変そう”より先に“必死”って感じするね。
ワニオ:
ええ。
親猫にとって重要なのは、“感動的に生きること”ではありません。
ワニオ:
まず、“今日を越えること”です。
ミユ:
うん……。
ワニオ:
人類は、野良猫を見ると“自由そう”と言うことがあります。
ミユ:
あー……たしかに言う人いるかも。
ワニオ:
ですが実際は、かなり忙しいです。
ワニオ:
安全な場所探し。
食料探し。
危険確認。
縄張り問題。
雨風。
そして子育て。
ワニオ:
わりと常時サバイバルです。
ミユ:
ハードモードすぎる……。
ワニオ:
しかも子猫は、かなり無防備です。
ワニオ:
つまり親猫は、“自分の分まで周囲を警戒する存在”になります。
ミユ:
……それ、人間のお母さんも少し近いのかもね。
ワニオ:
本質的には近いです。
ワニオ:
守る対象ができると、生き物は急に“休まなくなる”傾向があります。
ミユ:
あー……なんかわかる。
ワニオ:
だから親猫は、かわいい子猫を見て癒やされている暇があまりありません。
ミユ:
切ない言い方するじゃん……。
ワニオ:
むしろ常に、
「この子をどう生かすか」
を考えています。
少し風が吹いた。
植え込みの奥では、子猫の小さな鳴き声が聞こえる。
ミユ:
でもさ。
それでもちゃんと舐めたり、一緒に寝たりするんだよね。
ワニオ:
ええ。
ワニオ:
生き物は、“余裕があるから優しくする”わけではありません。
ワニオ:
余裕がなくても、寄り添う時があります。
ミユは少し黙った。
それから、小さく笑う。
ミユ:
……なんか今日のワニオ、静かに刺してくるなぁ。
ワニオ:
春は、生き物の話をしたくなる季節です。
ミユ:
詩人ワニじゃん。
ワニオ:
本日は湿度が高めです。
ミユ:
感受性を天気で説明するな。
温かい飲み物を持って日向ぼっこできる時点で、わりと平和です
ミユ:
なんかさ。
野良猫見てると、“普通に暮らせる”ってすごいことなんだなぁって思うね。
ワニオ:
ええ。
ワニオ:
温かい飲み物を持って、
公園で日向ぼっこできる時点で、
わりと安全圏です。
ミユ:
たしかに。
ワニオ:
野良猫から見れば、かなり高待遇です。
ミユは少し笑ってから、空を見上げた。
春の光が、木の葉の間からゆっくり落ちてくる。
ミユ:
でも人間って、それでも悩むじゃん。
ミユ:
恋愛とか。
仕事とか。
SNSとか。
ワニオ:
ええ。
ワニオ:
ですが、それは“生き延びる”以外を考えられる環境だからです。
ミユ:
……あー。
ワニオ:
もし毎日、
「今日どこで寝るか」
「今日食べられるか」
だけで精一杯なら。
ワニオ:
既読スルーについて三時間悩む余裕はありません。
ミユ:
たしかにそうだけど、例えが急に現代人。
ワニオ:
つまり人間は、“心の問題”を考えられるところまで来た生き物です。
ワニオ:
孤独。
承認欲求。
恋愛。
人間関係。
それらは全部、“安心できる瞬間”があるから生まれる悩みでもあります。
ミユ:
……なんか不思議だね。
ワニオ:
もちろん、悩みが軽いという意味ではありません。
ワニオ:
人間は、心で傷つく生き物ですから。
ミユ:
ワニオ、たまに急に優しい補足入れるよね。
ワニオ:
クレーム対策です。
ミユ:
企業ワニやめろ。
公園では、小学生たちがボール遊びを始めていた。
その向こうで、親猫が子猫を連れて植え込みの奥へ消えていく。
ミユ:
……無事に育つといいなぁ。
ワニオ:
ええ。
ワニオ:
“心配できる”というのも、人間の良い能力です。
ミユ:
今日ちょっと、ワニオが哲学猫みたいになってる。
ワニオ:
ワニです。
ミユ:
そこは譲らないんだ。
それでも親猫は、ちゃんと子猫を舐める
親猫たちは、もう植え込みの奥に消えていた。
でも時々、小さな鳴き声だけが聞こえる。
ミユは、空になったカフェラテのカップを両手で持ったまま、ぼんやりその方向を見ていた。
ミユ:
なんかさ。
大変な世界なのに、ちゃんと子育てしてるのすごいよね。
ワニオ:
ええ。
ワニオ:
生き物は、不安だからこそ寄り添う時があります。
ミユ:
……それ、なんかいいね。
ワニオ:
余裕があるから優しくできる、とは限りません。
ワニオ:
むしろ厳しい環境ほど、“そばにいること”が重要になる場合もあります。
ミユ:
野良猫の世界でも、ちゃんと“ぬくもり”あるんだね。
ワニオ:
ええ。
ワニオ:
親猫は、子猫を舐めます。
温めます。
隣で眠ります。
かなり忙しい状況でも、それはやめません。
ミユ:
……なんか泣きそう。
ワニオ:
人類は、“小さい命が頑張ってる光景”に弱いですね。
ミユ:
うるさいなぁ。
でもミユは少し笑っていた。
春の風が吹く。
公園の木々が、やわらかく揺れている。
ミユ:
みんな、ちゃんと生き延びてほしいなぁ。
ワニオ:
そうですね。
ワニオ:
生きるのは、わりと大変ですから。
ミユ:
ワニオって、たまに世界を俯瞰しすぎて怖いんだよね。
ワニオ:
昼間はだいたい公園にいますので。
ミユ:
理由になってるようでなってないのよ。
ふたりは少し笑った。
遠くで、また子猫の鳴き声が聞こえる。
それは小さかったけれど、不思議とちゃんと“生きてる音”だった。
ミユはベンチにもたれながら、春の空を見上げる。
やわらかい午後の光が、公園を静かに包んでいた。

