なんかさ。
たまに思うんだよね。
あたし、何ができるんだろって。
別に、何もしてないわけじゃない。
仕事もしてるし、普通に生活してるし、 友達と遊んだりもする。
でもさ。
これが得意ですって言えるもの、なくない?
SNS見てるとさ、すごい人いっぱいいるじゃん。
料理が得意な人とか、 仕事めっちゃできる人とか、 趣味でキラキラしてる人とか。
ああいうの見てると、ちょっと思う。
あたし、何もないなって。
いや、別に落ち込んでるとかじゃないんだけど。
なんかこう、じわっとくるやつ。
夜とかに急にくるやつ。
「で、あたしって何ができる人なんだっけ」みたいな。
答えは出ないまま、スマホだけ見てる時間。
……うん、あれね。
あれが来てた。
ということで。
こういうとき、わたしがすることはひとつ。
恋はしないけど、恋の話はめちゃくちゃ冷静に分析するやつに聞く。
そう。
ワニオである。

得意なことがないってダメ?
数時間後。
わたしはいつものカフェで、ワニオと向かい合っていた。
アイスカフェラテを一口飲んでから、ため息まじりに言う。
ミユ:ねぇワニオ、あたしさ。
ワニオ:はい。
ミユ:得意なこと、ない気がする。
ワニオはストローをくわえたまま、少しだけ止まった。
0.2秒くらい。
ワニにしては長考である。
ワニオ:定義から整理しましょう。
ミユ:出た、会議モード。
ワニオ:「得意」とは何を指しますか。
ミユ:え、普通に人よりできることとかじゃない?
ワニオ:では質問です。
ミユ:質問多いな今日。
ワニオ:ミユさんは、水を飲むのが得意ですか。
ミユ:いや誰でもできるでしょ。
ワニオ:では、それは「得意ではない」のですか。
ミユ:……え?
ワニオ:呼吸はどうでしょう。
ミユ:いやそれも全員できるし。
ワニオ:つまりミユさんは、日常的に高度なことを複数こなしています。
ミユ:急に人間のハードル下げすぎじゃない?
ワニオ:いいえ。
ワニオ:できていることは、できているがゆえに認識されません。
ミユ:……なんかそれっぽいこと言ってる。
ワニオ:人間は「できないこと」には敏感ですが、「できていること」には鈍感です。
ミユ:あー……それはちょっとわかるかも。
わたしはストローをくるくる回しながら続ける。
ミユ:でもさ、それって結局「普通」ってことじゃん。
ワニオ:はい。
ミユ:普通ってさ、一番何もない感じしない?
ワニオ:逆です。
ミユ:え?
ワニオ:普通とは、最も安定して再現できる能力です。
ミユ:なにその言い方、めっちゃ仕事できる人みたい。
ワニオ:事実です。
ワニオ:毎回同じようにできることは、実は難しいのです。
ミユ:……あー。
言われてみると、ちょっとだけ納得する。
ミユ:でもさ、それでも「得意です!」って言えるもの欲しくない?
ワニオ:それは肩書きの問題です。
ミユ:また出た難しいやつ。
ワニオ:たとえば、ただ料理をする人がいます。
ワニオ:それを「料理が得意」と呼ぶかどうかは、周囲の評価次第です。
ミユ:つまり?
ワニオ:得意とは、能力ではなくラベルです。
ミユ:急にシールみたいな扱いになった。
ワニオ:似ています。
ミユ:全部シールに例えるな。
わたしは思わず笑った。
なんか、よくわからないけど。
ちょっとだけ、肩の力が抜ける。
ミユ:じゃあさ、あたしに得意なことってあるの?
ワニオ:あります。
ミユ:即答!?
ワニオ:ミユさんは、人の感情を拾うのが上手いです。
ミユ:え、それ得意って言っていいの?
ワニオ:はい。
ワニオ:それは恋愛において非常に有利な能力です。
ミユ:急に恋愛評価きた。
ワニオ:私は観察者なので。
ミユ:出た観察者ポジション。
わたしは少しだけ笑って、カップに口をつけた。
なんか。
まだモヤっとしてるけど。
でもさっきよりは、ちょっとだけ軽いかも。
なんで人と比べちゃうの?

わたしはカップを置いて、少しだけ顔をしかめた。
ミユ:でもさ。
ミユ:結局これって、人と比べちゃうからじゃない?
ワニオ:はい。
ミユ:即答だね。
ワニオ:人間は比較する生き物です。
ミユ:やっぱりそうなんだ。
ワニオ:ただし、比較の仕方に問題があります。
ミユ:え、なにそれ。
ワニオはストローを軽く回しながら言った。
ワニオ:ミユさんは、魚に「なぜ空を飛べないのか」と言いますか。
ミユ:いや言わないでしょ。
ワニオ:ですが人間は、自分に対してそれをやります。
ミユ:あー……
ワニオ:得意な人を見て、同じことができない自分を評価する。
ワニオ:これは競技が違うのに勝負している状態です。
ミユ:急にスポーツ大会始まった。
ワニオ:しかもルール無視です。
ミユ:それはズルすぎるな。
わたしは思わず笑ってしまう。
ミユ:でもさ、SNSとか見てるとさ。
ミユ:みんな何かしらすごく見えるじゃん。
ワニオ:はい。
ワニオ:人間はハイライトだけを見て比較します。
ミユ:ハイライト。
ワニオ:努力や失敗の部分は表示されません。
ワニオ:ですが比較だけはフルスケールで行います。
ミユ:めちゃくちゃ不公平じゃんそれ。
ワニオ:その通りです。
ワニオ:しかも自分には、すべての過程が見えています。
ミユ:あー……それで負けた気になるのか。
ワニオ:はい。
ワニオ:比較するほど、自分の価値は見えなくなります。
ミユ:なんか今日、名言多くない?
ワニオ:日光不足が解消された影響です。
ミユ:太陽のせいにするな。
わたしは笑いながら、少しだけ息をついた。
そっか。
あたし、ずっと違う競技で戦ってたのかも。
得意なことがないんじゃなくて
少しだけ、店内が静かになっていた。
わたしはグラスの氷を揺らしながら、ぼんやり考える。
ミユ:じゃあさ。
ミユ:あたしって結局、得意なことあるの?ないの?
ワニオ:あります。
ミユ:また即答。
ワニオ:ただし、認識されていないだけです。
ミユ:認識。
ワニオ:得意なことがないのではありません。
ワニオ:まだ名前がついていないだけです。
ミユ:……名前。
ワニオ:人は、言葉にできたものだけを「能力」として扱います。
ワニオ:言葉になっていないものは、見えません。
ミユ:じゃああたし、ずっと見えてなかっただけ?
ワニオ:はい。
ワニオ:観察不足です。
ミユ:自分に対しても観察って必要なんだ。
ワニオ:むしろ一番必要です。
わたしは少し笑った。
ミユ:なんかさ。
ミユ:今日、ちょっと楽になったかも。
ワニオ:それは良かったです。
ミユ:得意なことがないっていうより。
ミユ:まだ見つけてないだけって思えばさ。
ミユ:けっこう前向きじゃない?
ワニオ:ええ。
ワニオ:人間は、発見する生き物ですから。
ミユ:なんかそれ、ちょっとかっこいいじゃん。
ワニオ:たまに出ます。
ミユ:たまにかい。
わたしは笑って、グラスを持ち上げた。
なんかさ。
すごい答えが出たわけじゃないけど。
でも。
あたし、何もないわけじゃないのかもしれない。
ただ、まだちゃんと見えてなかっただけで。
そう思えたら。
それだけで、十分な気がした。
ミユ:ねぇワニオ。
ワニオ:はい。
ミユ:あたしのこと、ちゃんと観察しといてよ。
ワニオ:もちろんです。
ワニオ:最上位対象ですので。
ミユ:その言い方は相変わらずだけど。
でも、まあいいか。
少なくとも今は。
わたしには、こうやって話を聞いてくれる相手がいる。
それだけで。
なんだか自分のことを好きになれそうだった。


