あんまり褒めるの、やめてくれる?

ある日の編集部。
あたしはいつも通り席に座って、コーヒーを飲んでいた。
あの記事は、すでに公開されている。
まあ、いつも通りよ。
そう思っていたのに。
ミユ
「ナナさん…今回のやつ、めっちゃ良かった…」
やめなさい。
その入り方、やめなさい。
ナナ
「なによ急に」
ミユ
「なんかさ…大人の恋って感じで…」
ミユ
「ちょっと泣きそうになったんだけど」
は?
あたしはカップを置いた。
いや、ちょっと待ちなさい。
そんな話じゃないでしょ、あれ。
リク
「“始めない選択”ってすごく誠実だと思いました」
出た。
誠実ボーイの分析。
リク
「関係を壊さないために距離を選ぶって、なかなかできることじゃないですよね」
いやいやいや。
そこまで深い話じゃないのよ。
あたしはちょっと視線を逸らした。
なんか、居心地が悪い。
ソウタ
「氷の音が、なんか印象的でした」
なんなのこの子たち。
評論家なの?
ナナ
「ちょっとやめてくれる?」
ナナ
「そういうの、こそばゆいのよ」
ミユ
「えーいいじゃん!」
ミユ
「ナナさんってこういうの書けるんだ〜って思った!」
……。
その言い方、ちょっと引っかかるわね。
“こういうの書けるんだ”ってなによ。
あたし、普段なに書いてると思ってるのよ。
でも。
その一方で、胸の奥がちょっとだけざわついた。
あの記事は。
たしかに、ちょっとだけ——
綺麗に書きすぎた気がする。
あたしはあんな女じゃないし。
……いや。
あの夜は、ちょっとだけそうだったかもしれないけど。
リク
「ナナさん、すごく良かったですよ」
ナナ
「もういいってば」
ダメだ。
この空気、無理。
なんかこう——
ちゃんと褒められると、逃げ場がなくなるのよ。
あたしは立ち上がった。
ミユ
「え、どこ行くの?」
ナナ
「帰る」
ナナ
「……今夜は姉御めしよ」
理由なんてない。
ただ、このままじゃダメな気がしただけ。
あたしはバッグを肩にかけて、そのまま編集部を出た。
文学のあとに食う飯じゃない
編集部を出て、外の空気を吸う。
……。
あたしは少しだけ眉をひそめた。
さっきのやつ。
なんなのよ、あの空気。
「大人の恋」だの、「誠実な選択」だの。
あたし、そんな女だった?
いや、まあ。
あの夜は、ちょっとだけそうだったかもしれないけど。
でもさ。
あれが“あたし”みたいに言われるのは、ちょっと違うでしょ。
なんかこう。
いい女扱いされすぎると、落ち着かないのよ。
似合わない服を着せられてる感じ。
……ダメね。
このまま帰ると、変に引きずる。
あたしは足を止めた。
目の前、スーパー。
よし。
バランス取りましょう。
店内に入る。
カゴを取る。
まずビール。
ここはブレない。
次、惣菜コーナー。
焼きそば。
餃子。
……うん。
この組み合わせ、いいわね。
さっきまでの“しっとりした女”を、全部ひっくり返せる感じ。
あたしはカゴに入れた。
今日はこれでいく。
帰宅。
袋をテーブルに置く。
キッチンに立つ。
あたしは腕を組んだ。
……さて。
ここからが料理よ。
いい?
ここ、料理。
まず焼きそば。
パックから取り出して、皿に移す。
そのままじゃない。
盛り付け。
これ、大事。
次に餃子。
これもそのままじゃない。
あたしは一瞬だけ考える。
どうするか。
どう配置するか。
……。
上ね。
焼きそばの上に、餃子をドン。
迷いなし。
重ねることで生まれる、立体感。
これがね。
料理なのよ。
あたしは冷蔵庫からマヨネーズを取り出した。
キャップを開ける。
そして。
躊躇なく、かける。
にゅるるるる。
麺にマヨ。
これがパンチ。
あの記事の“繊細さ”を、全部上書きする一手。
あたしは満足げにうなずいた。
よし。
完成。
ビールを開ける。
プシュッ。
一口飲む。
……はぁ。
いい。
完全にいい。
あの“いい女っぽい空気”が、全部消えていく。
餃子を一つ取る。
そのまま焼きそばと一緒に口に入れる。
……。
うん。
雑で、最高。
油。
ソース。
マヨネーズ。
全部わかりやすい味。
こういうのでいいのよ。
いや。
こういうのがいいのよ。
あたしはもう一口食べる。
ビールを流し込む。
……。
あの夜の記事。
悪くはなかった。
でも。
あれはあれ。
これはこれ。
どっちもあたし。
どっちかだけじゃ、バランス悪いのよ。
あたしは箸を置いた。
そして小さく笑う。
……。
いい女のあとって、ちゃんとジャンクが必要なのよね。

褒めるのか貶すのかハッキリしなさい
翌日、編集部。
あたしはコーヒーを片手に、席に座っていた。
……まあ、昨日のことは置いといて。
普通に仕事よ、普通に。
そう思ってたのに。
ミカコ
「ナナ、あの記事」
ナナ
「なによ」
ミカコ
「ちょっと盛ってるでしょ」
……。
は?
ナナ
「いきなり何言ってんのよ」
ミカコ
「“始めない選択”とか」
ミカコ
「だいぶキレイにまとめてたなって」
この女、言い方。
あたしはカップを置いた。
ナナ
「まとめただけよ」
ナナ
「別に嘘は書いてないでしょ」
ミカコ
「嘘ではないけど、ちょっと演出強め」
……。
いや。
まあ。
それは。
……あるけど。
ミサキ
「わたしも思ったわ」
あーもう来た。
ミサキ
「あんな綺麗に終わらせるタイプだったかしら?」
ミサキ
「ナナさんって、もっとぶつかるでしょ?」
ぐっ。
ピンポイントで刺してくるのやめなさいよ。
ナナ
「たまにはああいう日もあんのよ」
ミサキ
「へえ」
ミサキ
「じゃあ“あれが本音”ってこと?」
……。
いや違う。
でも違うって言うのもなんか違う。
あーもうめんどくさい。
ナナ
「昨日はあんな褒められてたのにね」
ナナ
「今日はこの感じ」
ミサキ
「振れ幅すごいわね」
うるさいわね。
あたしは椅子にもたれた。
ナナ
「いい?ちょっと聞きなさいよ」
ナナ
「褒められたら気まずいし」
ナナ
「ツッコまれたら腹立つのよ」
ナナ
「どっちでもめんどくさいの!」
ミカコが軽く笑う。
ミカコ
「まあ、ナナだしね」
ミサキが肩をすくめる。
ミサキ
「バランス取るの大変そうね」
……。
あたしは小さく息を吐いた。
で、思う。
やっぱり昨日のあれ、正解だったわね。
ナナ
「……今夜も雑でいいか」

