ナツメ式|虹色町を歩く日

雨上がりだった。

町は、 少し湿っている。

電柱。

古い自販機。

濡れたアスファルト。

どこもかしこも、 水を吸って重そうだった。

ナツメは、 商店街の端を歩いている。

虹色の毛並みは、 雨の日だけ少し鈍くなる。

遠くで、 踏切の音がした。

カン、カン、カン。

町は、 今日も妙だった。

花屋の前では、 植木鉢が恋愛相談している。

八百屋の大根は、 なぜか全員うつむいていた。

理由は、 誰も説明しない。

説明すると、 壊れるからだ。

ナツメは、 コンビニの前で立ち止まる。

ガラスに、 大きな目が映っていた。

最初、 窓かと思った。

でも、 違った。

ソウタだった。

顔より、 目のほうが大きい。

その目で、 向かいのカフェを見ている。

ナツメは、 しばらく黙って眺めていた。

ソウタは、 ぽつりと言う。

「一目惚れってさ〜」

「遠くまで見えるようになるんだよな〜」

その直後、 足元の段差で転んだ。

ナツメは、 濡れた道路を見ながら言う。

「近いもん見えてへんやん」

ソウタは、 転んだまま笑った。

「うん〜」

「近いの苦手なんだよね〜」

目次

しゃべる階段

団地は、 町の奥のほうにあった。

雨を吸ったコンクリートが、 少し黒い。

古い郵便受け。

薄いカレーの匂い。

どこかの部屋で、 大音量で演歌が流れている。

ナツメは、 団地の階段を見上げた。

階段は、 少し湿っていた。

そして、 少し喋った。

「また来たんか」

ナツメは、 黙って一段目に前足を置く。

「今日は重そうやな」

二段目。

「その顔、寝不足やろ」

三段目。

「あと、その恋やめとけ」

ナツメは、 足を止めた。

「誰に言うてるん」

階段は、 ミシッときしんだ。

「だいたい全員や」

上の階から、 買い物袋を持ったマリが降りてくる。

階段は、 急に静かになった。

マリは、 ナツメを見つけて笑う。

「また来てたの?」

ナツメは、 階段を見た。

さっきまで喋っていたのに、 もう何も言わない。

ただ、 湿っている。

マリが通り過ぎたあと、 階段が小さくつぶやいた。

「……あの人は重い」

ナツメは、 少し考える。

「体重?」

階段は、 しばらく黙っていた。

それから、 少しだけきしむ。

「人生や」

遠くで、 また踏切の音がした。

ワニオの口の中

公園には、 午後の湿気がたまっていた。

ブランコは止まっている。

砂場には、 なぜかスプーンだけ刺さっていた。

誰も使っていないのに、 温かそうだった。

ワニオは、 ベンチの横で口を開けて寝ていた。

大きく。

だらしなく。

雨上がりの空みたいに。

ナツメは、 なんとなく中を覗く。

ケンジが寝ていた。

普通に。

口の中で。

腕を組んで、 少し幸せそうに寝ている。

ナツメは、 しばらく黙って見ていた。

それから、 聞く。

「何してんの」

ケンジは、 目を閉じたまま答えた。

「落ち着くんだよ」

ワニオが、 薄く目を開ける。

「湿度がちょうどいい」

口を開けたまま言うので、 少し響いた。

ナツメは、 前足でワニオの歯を触る。

少し冷たい。

「胃袋やぞ、そこ」

ケンジは、 小さく笑った。

「胃袋って案外やさしいんだよ」

遠くで、 子どもがサッカーボールを蹴る。

ボールは、 なぜか空に消えた。

誰も気にしていない。

ワニオは、 新聞を読んでいた。

口を開けたまま。

ケンジは、 少しずつ奥に流されていく。

ナツメは、 それを見ながら言った。

「そのうち消化されるで」

ケンジは、 眠そうに答える。

「それも悪くないかもなぁ」

ワニオは、 新聞をめくりながら言った。

「人間、疲れると誰かの内側に入りたがる」

風が吹いた。

公園の木が、わずかに揺れた。

青春畑

青春畑の描写。生える青春トリオ、詰むツムギとミサキ。

町外れには、 畑がある。

昔はキャベツ畑だったらしい。

いまは、 青春が生えている。

風が吹くたび、 ざわざわ揺れる。

まだ青い。

どこか未完成で、 少しだけ眩しい。

アカリは、 土から肩まで出ていた。

「今日めっちゃ晴れてる〜!」

両手を振っている。

ハルキは、 少し離れた場所で揺れていた。

「水くれ〜」

「あとギター」

シュウは、 葉っぱを頭につけたまま言う。

「雑草扱いしないで」

畑は、 全体的にうるさかった。

でも、 少し気持ちいい。

ナツメは、 畑のあぜ道を歩いていく。

足元は柔らかい。

ところどころ、 恋愛相談が埋まっていた。

踏むと、 小さく「どう思う?」って聞こえる。

ツムギは、 大きなカゴを持っていた。

目が輝いている。

「かわいい〜!」

「いっぱい採れる〜!」

そう言って、 アカリを引っこ抜こうとする。

アカリは、 慣れた感じで言った。

「根っこ痛いって〜!」

ハルキは、 風に揺れながら叫ぶ。

「オレまだ育つ途中だからな!?」

シュウだけ、 少し冷静だった。

「この畑、収穫時期あいまい」

ツムギは、 どんどんカゴに詰める。

青春は、 摘みたてが一番かわいいらしい。

ナツメは、 その様子を見ながら、 畑の土を前足で掘った。

中から、 小さい失恋が出てくる。

まだ少し温かい。

ナツメは、 それを土に戻しながら言った。

「青春って」

「だいたい半分くらい腐りかけなんやな」

風が吹く。

畑全体が、 ケラケラと笑った気がした。

穴の空いた袋

夕方になると、 畑の色は少し変わる。

青春は、 昼より夕方のほうが匂う。

甘くて、 少し焦げたみたいな匂い。

ナツメが畑を出るころ、 向こうからミサキが歩いてきた。

大きな袋を背負っている。

黒くて、 やたら口が広い。

ミサキは、 畑を見るなり目を細めた。

「いいじゃない」

「まだ青いわね」

ツムギは、 少し警戒する。

「食べるんですか?」

ミサキは、 笑った。

「食べないわよ」

「集めるの」

そう言って、 アカリを袋に入れる。

ハルキも入れる。

シュウも入れる。

恋。

青春。

話題性。

若さ。

勢い。

思いついたものを、 どんどん詰め込んでいく。

袋は、 どれだけ入れても膨らまない。

その代わり、 背中側に穴が空いていた。

詰めたものが、 少しずつ落ちていく。

青春が落ちる。

恋が落ちる。

若さが転がる。

でも、 ミサキは止めない。

拾って、 また詰める。

落ちて、 また拾う。

ナツメは、 しばらく黙って見ていた。

それから、 小さく言う。

「穴あいとるで」

ミサキは、 袋を抱えたまま答えた。

「知ってるわよ」

「でも、入れ続けないと空っぽになるでしょ」

風が吹く。

袋の奥から、 小さい恋が何個か落ちた。

ミサキは、 気づかないふりをした。

少しだけ、 夕日が赤い。

屋台 姉御めし

屋台姉御めし。サバサバ丼を作るナナ、鯖になるリク、砂漠化するミカコ。

夜になるころ、 商店街の奥に赤提灯が灯る。

『姉御めし』

少し傾いた看板。

その下で、 ナナが鍋を振っていた。

湯気が、 やたら勢いよく立っている。

ナツメは、 屋台の隅に座った。

ナナは、 大きな丼を置く。

「はい、サバサバ丼」

隣の客が聞く。

「鯖?」

ナナは、 すぐ返した。

「違うわよ」

「サバサバ」

何が違うのかは、 誰も説明できない。

でも、 食べると少し吹っ切れる。

失恋した女は、 三口で立ち直った。

会社を辞めた男は、 食後に急に笑い始めた。

みんな、 少し雑になる。

「まぁいっか」

そういう顔で帰っていく。

リクは、 黙って食べていた。

真面目に。

丁寧に。

スープまで飲み干した。

次の日、 誠実な鯖になっていた。

ネクタイを締めた鯖。

駅前で、 誰かに頭を下げている。

「確認不足でした」

「申し訳ありません」

やたら丁寧だった。

ナツメは、 しばらく見てから言う。

「誠実すぎて魚類になったか」

一方、 ミカコは丼を断っていた。

「わたし元からサバサバしてるし」

そう言って、 水だけ飲む。

数日後、 少し乾燥し始めた。

腕がひび割れる。

歩くたび、 砂が落ちる。

最終的に、 駅前で小さい砂丘みたいになった。

でも本人は平気そうだった。

「人間関係ラク」

風が吹くたび、 少し崩れる。

ナツメは、 飛んできた砂を前足で払う。

それから、 夜空を見上げた。

「乾きすぎると」

「風で飛ぶんやな」

屋台の湯気だけが、 まだ少し湿っていた。

夕方の町

町は、 ゆっくり暗くなっていった。

雨の匂いは、 まだ少し残っている。

商店街の電気がつき始める。

どの光も、 少し古かった。

ソウタは、 川沿いに座っていた。

巨大な目に、 夕日が映っている。

「夕焼けってさ〜」

「一目惚れに似てるんだよね〜」

誰も聞いていない。

団地の階段は、 もう喋らなかった。

湿ったまま、 静かに夜を待っている。

ワニオは、 口を閉じて寝ていた。

ケンジだけ、 まだ中で眠っている。

たまに、 小さい寝息が漏れる。

青春畑では、 風が揺れていた。

アカリが笑い、 ハルキが叫び、 シュウがため息をつく。

どれも、 遠くから聞くと、 虫の声みたいだった。

ミサキは、 畑の脇でしゃがんでいた。

袋から落ちた青春を、 ひとつずつ拾っている。

拾って、 詰める。

落ちる。

また拾う。

ずっと繰り返していた。

駅前では、 ミカコが少し風に飛ばされていた。

本人は、 わりと平気そうだった。

「軽くてラク」

そう言いながら、 少し崩れる。

ナツメは、 橋の上に座って町を見ていた。

変な町だった。

でも、 嫌いではない。

遠くで、 踏切が鳴る。

カン、カン、カン。

ナツメは、 空を見上げた。

雲の隙間に、 うっすら星が見える。

ナツメは、 小さく言った。

「なんやこの町」

少し考える。

「……まあ、普通か」

風が吹いた。

町のどこかで、 誰かの恋が転がる音がした。

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