休日の午後。
いつもの公園。
池のほとりのベンチに、ワニオが座っていた。
相変わらず、ぼんやり池を見ている。
何を見ているのかは、本人しか知らない。
少しして。
聞き慣れた声が近づいてきた。
ミユ:ワニオー!
ワニオが振り向く。
今日はミユだけじゃない。
隣には、同じくらいの年齢の女性が立っていた。
ミユ:今日は友達連れてきた!
ワニオ:おや。人類が一人増えました。
ミユ:友達のリナ!
リナ:はじめまして……。
ワニオ:はじめまして。ワニオです。
リナはワニオと、ミユの顔を交互に見た。
リナ:……。
リナ:ミユ。
ミユ:ん?
リナ:ワニの友達いるんだ……。
ミユ:あはは!みんな最初それ言う!
ミユ:でもね、結構ためになること言ってくれるんだよ。
ワニオ:今日は期待値が高そうですね。
ミユ:プレッシャー感じなくていいから!
三人はベンチに座った。
風が吹いて、池に小さな波紋が広がる。
リナは少しだけ言いづらそうに、膝の上で指を組んだ。
ワニオ:それで。
ワニオ:今日は、どんなお話でしょう。
「別れた方がいい」って、みんな言う

リナは少しだけ息を吸って、ゆっくり話し始めた。
リナ:あの……彼氏のことなんです。
ミユ:うん。
リナ:付き合って一年くらいなんですけど……。
リナ:浮気っぽいことが何回かあって。
リナ:お金も結構ルーズなんです。
リナ:約束も、よく忘れるし……。
ミユは思わず顔をしかめた。
ミユ:えぇ……。
ミユ:それ、結構しんどくない?
リナ:うん……。
リナ:友達にも別れた方がいいって言われる。
ミユ:あたしも……正直そう思うかも。
リナ:でもね。
リナ:普段はそうなんだけど……。
リナ:たまに、すごく優しい日があるの。
ミユ:優しい日?
リナ:うん。
リナ:落ち込んでるときは、ずっと話聞いてくれたり。
リナ:誕生日はちゃんとお祝いしてくれたり。
リナ:そのときは、「やっぱりこの人が好き」って思っちゃう。
ミユ:うーん……。
ミユ:でもさ、その優しい日だけで付き合い続けるのって違う気もするんだよね。
リナ:わかってる。
リナ:わかってるんだけど……。
リナ:別れようって思うと、急に優しくなるの。
ミユはワニオを見た。
ミユ:ほら。
ミユ:こういうの、どう思う?
ワニオはすぐには答えなかった。
池を見る。
一羽のカモが、水面をゆっくり横切っていく。
その姿を少しだけ眺めてから、静かに口を開いた。
ワニオ:一つだけ、聞いてもいいですか。
「優しい日」は、どれくらいありますか

ワニオはリナの顔を見た。
ワニオ:一つだけ、聞いてもいいですか。
リナ:はい。
ワニオ:彼が優しい日は、一か月にどれくらいありますか。
リナは少し考えた。
リナ:えっと……。
リナ:二、三日くらい……かな。
ワニオ:なるほど。
ワニオ:では残りの日は。
リナ:ケンカしたり。
リナ:連絡が雑だったり。
リナ:お金のことでモヤモヤしたり……。
ミユは思わず首をかしげた。
ミユ:やっぱり、あたし別れた方がいい気がするなぁ。
ワニオ:そう思う理由は何ですか。
ミユ:だって。
ミユ:優しい日より、つらい日の方が多いじゃん。
ワニオ:なるほど。
ワニオは池を泳ぐカモを見つめた。
しばらくして、小さく笑う。
ワニオ:あそこにいるカモをご覧ください。
ミユ:うん。
ワニオ:たまに誰かがパンをくれます。
ワニオ:毎日ではありません。
ワニオ:でも、一度もらえると。
ワニオ:また明日も来ます。
ミユ:たしかに。
ワニオ:「今日はもらえるかもしれない。」
ワニオ:そう思うからです。
リナは静かに聞いていた。
ワニオ:人類も、ときどき似ています。
ワニオ:毎日優しい人より。
ワニオ:たまに、とても優しい人から離れられなくなることがあります。
ミユ:……。
リナ:それ……。
リナ:なんか、今のあたしかも。
優しい日は、悲しかった日を消してくれますか
少しだけ沈黙が流れた。
池の水面が、風でゆっくり揺れる。
ワニオはリナを見た。
ワニオ:もう一つだけ、聞いてもいいですか。
リナ:はい。
ワニオ:彼が優しい日は。
ワニオ:今まで悲しかった日を、全部消してくれますか。
リナは答えなかった。
少しだけ視線を下げる。
リナ:……消えません。
リナ:その日は嬉しいんです。
リナ:「やっぱり好きかも」って思うし。
リナ:でも。
リナ:また同じことがあると、「ああ、またか」って。
リナ:結局、前に悲しかったことも思い出します。
ワニオは静かにうなずいた。
ワニオ:そうですよね。
ワニオ:人類は、不思議です。
ワニオ:たまに優しくされると、未来を信じたくなります。
ワニオ:ですが。
ワニオ:一緒に生きる相手を見るなら。
ワニオ:特別な一日ではなく、普通の日を見た方がいいと思います。
ミユ:普通の日?
ワニオ:はい。
ワニオ:誕生日や記念日は、誰でも少し頑張れます。
ワニオ:ですが。
ワニオ:何もない火曜日。
ワニオ:疲れて帰ってきた木曜日。
ワニオ:そういう日の優しさが、その人の日常です。
ミユは「なるほど……」と小さくつぶやいた。
ワニオ:恋愛は。
ワニオ:特別な日を一緒に過ごす時間より。
ワニオ:普通の日を一緒に過ごす時間の方が、ずっと長いですから。
リナは何も言わなかった。
でも、その表情は。
少しだけ、自分の気持ちを整理し始めているように見えた。
答えは、もうリナさんの中にあります

リナは池を見つめたまま、小さく笑った。
リナ:なんか……。
リナ:答え、わかってる気がしてきました。
ミユ:え?
リナ:ほんとはね。
リナ:別れた方がいいって、自分でも思ってる。
リナ:だから、友達みんなに相談してるんだと思う。
ミユ:……。
リナ:誰かに「そのままでいいよ」って言ってほしかっただけなのかも。
ワニオは静かにうなずいた。
ワニオ:人類は、ときどきそうですね。
ワニオ:相談しているようで。
ワニオ:本当は、自分の答えを確認しています。
ミユ:それ、あるかも。
ワニオ:なので私は。
ワニオ:「別れた方がいい」とは言いません。
ワニオ:それを決めるのは、リナさんです。
ワニオ:ですが、一つだけ覚えていてほしいことがあります。
リナはまっすぐワニオを見た。
ワニオ:恋愛は。
ワニオ:「たまに幸せになること」ではなく、「普段を穏やかに過ごせること」の方が大切です。
ワニオ:毎日が少しずつ苦しい恋は。
ワニオ:その苦しさに慣れてしまいます。
ワニオ:慣れることと、幸せになることは違います。
リナは何も言わなかった。
少しして、深呼吸を一つする。
リナ:……ありがとう。
リナ:まだ今日すぐ決められるかわからないけど。
リナ:ちゃんと、自分で考えてみる。
ミユ:うん!
ミユ:焦らなくていいけど、自分を大事にね。
リナ:うん。
三人の前を、一羽のカモがゆっくり歩いていく。
ワニオはその姿を見送りながら、小さくつぶやいた。
ワニオ:カモは、一度住む池を変えると。
ワニオ:最初は落ち着かないそうです。
ワニオ:ですが。
ワニオ:新しい池にも、ちゃんと慣れます。
ミユ:最後までカモで例えるんだ。
ワニオ:今日はカモが近くにいましたので。
リナは思わず吹き出した。
さっきまで曇っていた表情が、少しだけ軽くなっていた。
恋は終わっても、自分は終わりません

リナが帰ったあと。
ミユとワニオは、しばらくベンチに座っていた。
池では相変わらずカモがのんびり泳いでいる。
ミユ:ねぇ。
ミユ:ワニオってさ。
ミユ:恋愛しないのに、なんで恋愛相談うまいの?
ワニオ:恋愛はしませんが。
ワニオ:人類を観察していますので。
ミユ:その観察、役に立ちすぎなんだよなぁ。
ワニオ:今日はリナさんが、自分で答えを見つけました。
ミユ:うん。
ミユ:あたしたちは、ちょっと背中押しただけだね。
ワニオ:そういうものだと思います。
ワニオ:人は、自分で決めたことの方が前へ進めますから。
ミユは池を眺めながら、小さく笑った。
ミユ:リナ、大丈夫かな。
ワニオ:大丈夫ですよ。
ワニオ:恋が終わることはあります。
ワニオ:ですが。
ワニオ:恋が終わっても、その人の人生まで終わるわけではありません。
ミユ:……うん。
ワニオ:新しい池は、最初こそ落ち着きません。
ワニオ:ですが。
ワニオ:しばらくすると、それが当たり前になります。
ミユ:またカモの話だ。
ワニオ:今日はサービスです。
ミユ:サービスなんだ。
二人は顔を見合わせて笑った。
風が吹く。
池の水面がきらりと光る。
恋を続けるのも。
恋を終わらせるのも。
簡単なことではない。
だからこそ。
誰かを大切にするように。
自分の毎日も、大切にしてほしい。
そんなことを思った、午後だった。


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