バンドを辞めてから、少女は毎週のように電車へ乗るようになった。
行き先は決まっていない。
地元から少し離れた街。
名前も知らないライブハウス。
地下へ続く細い階段。
煙草の匂い。
壁一面に貼られたライブポスター。
そんな場所を、ひとつずつ巡っていた。
「ここなら何かあるかもしれない」
そんな期待を抱いて電車へ乗る。
ライブが終わる。
駅まで歩く。
また次の街へ行く。
それを何週間も繰り返していた。
音楽を探していたのかもしれない。
仲間を探していたのかもしれない。
いや。
本当は、自分自身を探していたのかもしれない。
ただ、それすら少女にはわからなかった。
わかることは、一つだけ。
ライブが終わるたび、胸の奥に同じ言葉が浮かぶことだった。
「違う。」
何が違うのか。
どう違うのか。
答えはない。
それでも少女は、次のライブハウスへ向かった。

違う街、違う音
最初の街では、メロディアスなロックバンドが演奏していた。
演奏は上手かった。
客席も盛り上がっていた。
ライブが終わると、少女はノートを開き、一言だけ書いた。
「違う。」
翌週は、少し激しいハードコアバンドを観た。
ステージでは汗が飛び、客席では人がぶつかり合っている。
叫び声も、爆音も嫌いじゃなかった。
でも、ライブハウスを出る頃には、また同じ言葉が浮かんでいた。
「違う。」
また別の街。
また別のライブハウス。
パンク。
ガレージロック。
オルタナティブ。
名前も知らないバンドを何組も観た。
どのライブにも熱はあった。
夢もあった。
拍手も歓声もあった。
それなのに。
少女の胸は、少しも満たされなかった。
帰りの電車。
窓に映る自分を見ながら、小さくため息をつく。
何が違うんだろう。
音か。
歌詞か。
演奏か。
それとも、自分なのか。
考えても答えは出ない。
ノートには「違う。」という二文字だけが、ページを埋めていく。
その文字を見るたびに、自分が何か大切なものを探していることだけはわかった。
でも、その「何か」の正体はわからなかった。
ひとりで鳴らす夜
少女は、いくつかのライブハウスで飛び入りライブをするようになった。
バンドはいない。
古いアコースティックギターを一本だけ抱え、マイクの前へ立つ。
荒削りなコード。
喉を裂くような歌声。
楽曲は未完成。
それでも、その数分間だけは、自分の中の何かをそのまま吐き出せる気がした。
ライブが終わる。
客席は静まり返り、少し遅れて拍手が起こる。
「誰、あの子。」
「地元じゃ少し有名らしいよ。」
「また来るかな。」
そんな声が、少しずつ聞こえるようになった。
ライブハウスのスタッフからも、
「来月も空いてるよ。」
「よかったらまた歌わない?」
と声を掛けられる。
少女は軽く頭を下げる。
「考えときます。」
それだけ言って、足早にライブハウスをあとにした。
周囲は、少しずつ少女を評価し始めていた。
でも。
少女だけは、自分の歌に少しも満足していなかった。
帰り道。
イヤホンから流れるUKパンク。
何度聴いても胸が熱くなる。
自分のライブを思い返す。
悪くはない。
でも違う。
何かが足りない。
もっと胸の奥をえぐるような何か。
もっと壊れそうになるような何か。
答えは、見つからなかった。
恋なんて、何がおもしろいんだろう
ライブが終わり、機材を片付けていると、同じ日に出演していたバンドの男が声を掛けてきた。
「さっきのライブ、よかったよ。」
少女は軽く頭を下げる。
「ありがとう。」
「よかったら、このあとみんなで飲みに行かない?」
少女はギターケースを肩へ掛ける。
「行かない。」
男は苦笑いした。
「そっか。」
少し間が空く。
「……彼氏とかいるの?」
少女は小さくため息をついた。
「いない。」
「じゃあさ──」
そこまで聞いて、少女は歩き始めた。
「ごめん。」
「あたし、そういうの興味ないから。」
男は悪い人ではなかった。
むしろ、普通だった。
だからこそ、不思議だった。
どうして人は、少し気になる相手がいると恋愛になるんだろう。
学校でもそうだった。
女友達は、会うたびに好きな人の話をしていた。
誰が好き。
付き合った。
振られた。
泣いた。
笑った。
そんな話ばかり。
ライブハウスへ来ても同じだった。
音楽の話をしていたと思えば、いつの間にか恋愛の話になる。
少女には、それが理解できなかった。
もっと怒ることがある。
もっと叫ぶことがある。
もっと壊したいものがある。
どうして、みんなそんなものに夢中になれるんだろう。
ライブハウスを出る。
夜風が頬を抜ける。
少女はイヤホンを耳に押し込んだ。
爆音のパンクが流れ始める。
その音だけが、いまの自分を少しだけ理解してくれている気がした。

怒っている。でも何に?
ライブハウスを出ると、夜風が少し冷たかった。
終電までは、まだ時間がある。
少女は駅前のベンチへ腰を下ろした。
ギターケースを隣へ置き、小さなノートを開く。
歌詞を書こうとする。
ペンが止まる。
違う。
一行書く。
また違う。
ページを破る。
丸める。
足元には、紙くずだけが増えていく。
少女は夜空を見上げた。
胸の奥では、相変わらず何かが暴れている。
怒っている。
それだけはわかる。
でも。
誰に怒っているんだろう。
世界か。
大人か。
見た目だけで判断する人たちか。
それとも、自分自身なのか。
考えれば考えるほど、輪郭はぼやけていく。
答えが欲しい。
でも、誰かに教えてもらう答えなんていらなかった。
自分で見つけた答えじゃなければ、きっと歌えない。
少女は破った紙を拾い集める。
ギターケースを抱え、ゆっくり立ち上がった。
まだ違う。
でも、探すしかない。
その「違う」の先に、自分が鳴らしたい音がある気がした。




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