下のフロアで話題になっていた人

夜の編集部。
ほとんどの人が帰宅し、フロアには静かな空気が流れている。
休憩室では、ミユとアカリがコンビニで買ったお菓子をつまみながら雑談していた。
アカリ:そういえばさ。
ミユ:ん?
アカリ:今日、下のフロアの人たちが話してたんだけど。
ミユ:うん。
アカリ:ミサキさんってすごい美人だよねって。
ミユ:ああ。
アカリ:まあ、それはそう。
ミユ:それはそうだね。
アカリ:なんか、こいこと。編集部に女優さんみたいな人いるって言ってた。
ミユ:ちょっと盛られてる気もするけど。
アカリ:でも実際きれいじゃん。
ミユ:まあね。
アカリ:でね。
ミユ:うん。
アカリ:ミユのことは可愛いって。
ミユ:え。
アカリ:付き合うならミユがいいって言ってた。
ミユ:なにその情報。
アカリ:報告しとこうと思って。
ミユ:いらないいらない。
アカリ:喜ぶかと思った。
ミユ:知らない人に評価された報告って、反応困るんだよ。
アカリ:確かに。
ミユ:というか、人の見た目を勝手に品評会みたいにするの良くないからね。
アカリ:それはそう。
ミユ:美人とか可愛いとか言うのは自由だけどさ。
アカリ:うん。
ミユ:本人いないところで順位付けみたいになると、なんか嫌。
アカリ:たしかにね。
???:でも気になるじゃない。
いつの間にか休憩室の入口に、ミサキが立っていた。
ミユ:うわっ。
アカリ:ミサキさん!
ミサキ:続けて?
ミユ:絶対聞いてたでしょ。
ミサキ:途中からね。
アカリ:じゃあ聞くけど。
ミサキ:なによ。
アカリ:美人と可愛いって、どっちが得なの?
ミユ:始まった。
ミサキ:面白い質問するじゃない。
美人と可愛い、どっちが得?

ミサキ:まず確認したいんだけど。
アカリ:うん。
ミサキ:なんでわたしが美人側で、ミユが可愛い側なの?
ミユ:そこからなの?
アカリ:だってそんな感じじゃん。
ミサキ:そんな感じって便利な言葉ね。
ミユ:まあでも、分かる気はする。
アカリ:でしょ?
ミユ:ミサキは美人。
アカリ:うん。
ミユ:わたしは可愛い。
アカリ:うん。
ミユ:……自分で言うと恥ずかしいな。
ミサキ:今さらでしょ。
ミユ:ミサキには言われたくない。
アカリ:でも実際どうなの?
ミサキ:なにが?
アカリ:得するのは。
ミサキ:ケースによる。
ミユ:出た。大人の答え。
ミサキ:だって本当にそうだもの。
アカリ:じゃあ美人のメリットは?
ミサキ:覚えられやすい。
ミユ:あー。
ミサキ:初対面で印象に残りやすい。
アカリ:確かに。
ミサキ:何もしなくても話しかけられることもある。
ミユ:それは得じゃん。
ミサキ:得ね。
ミユ:即答だ。
ミサキ:でも、その代わり勝手に性格まで決めつけられる。
アカリ:どういうこと?
ミサキ:冷たそうとか。
ミユ:あー。
ミサキ:プライド高そうとか。
アカリ:言われそう。
ミサキ:怖そうとか。
ミユ:言われそう。
ミサキ:なんで二人ともそんなに納得してるの?
アカリ:ごめん。
ミユ:説得力がありすぎて。
ミサキ:失礼ね。
三人は少し笑った。
アカリ:じゃあ可愛いは?
ミユ:なんか親しみやすいイメージあるかも。
アカリ:話しかけやすそう。
ミサキ:それはあると思う。
ミユ:やった。
ミサキ:でもね。
ミユ:うん?
ミサキ:可愛いも結構大変よ。
ミユ:なんで?
ミサキ:甘えてると思われたり。
アカリ:あー。
ミサキ:軽く見られたり。
ミユ:それはあるかも。
ミサキ:結局、どっちも勝手なイメージを背負わされるの。
アカリ:なるほど。
ミユ:じゃあ結論。
ミサキ:なによ。
ミユ:どっちも大変。
ミサキ:そういうこと。
アカリ:夢のない結論だなあ。
結局、見た目だけでは勝負できない

アカリ:でもさ。
ミユ:うん。
アカリ:どっちも大変なのは分かったけど。
ミユ:うん。
アカリ:やっぱり美人は得してる気がする。
ミユ:それはちょっと思う。
ミサキ:まあ、得することはあるわよ。
ミユ:認めた。
ミサキ:でもね。
アカリ:うん。
ミサキ:見た目だけでずっと勝てると思ったら危ない。
ミユ:お。
アカリ:急に真面目。
ミサキ:だって本当だもの。
ミサキはペットボトルの水をひと口飲んだ。
さっきまでの軽い雑談とは少し違う落ち着いた声になる。
ミサキ:見た目って最初の入口にはなるのよ。
ミユ:うん。
ミサキ:でも、その先は別。
アカリ:別?
ミサキ:一緒にいて楽しいとか。
ミユ:うん。
ミサキ:話していて落ち着くとか。
アカリ:うん。
ミサキ:信頼できるとか。
ミユ:あー。
ミサキ:結局そういうところが残るの。
アカリ:たしかに。
ミユ:それは恋愛だけじゃないかも。
ミサキ:そうね。
ミユ:友達もそうだし。
アカリ:仕事もそうか。
ミサキ:むしろ仕事の方がそうかもしれない。
アカリ:じゃあミサキさんも不安になることある?
ミサキ:なにが?
アカリ:年齢とか。
ミユ:おお。
アカリ:見た目が変わることとか。
ミユ:それ聞く?
アカリ:ダメだった?
ミサキ:別にいいわよ。
アカリ:で、どうなの?
ミサキ:変わるでしょ。
ミユ:あっさり認めた。
ミサキ:当たり前じゃない。
アカリ:気にしないの?
ミサキ:気にはするわよ。
ミユ:するんだ。
ミサキ:でも、全員平等だから。
アカリ:あ。
ミサキ:二十歳も三十歳も四十歳も、いつか歳を取る。
ミユ:まあね。
ミサキ:だから見た目だけに全振りするのは危険なの。
アカリ:全振り。
ミサキ:だってそれ以外が何もなかったら困るじゃない。
ミユ:ゲームのステータスみたいに言うな。
ミサキ:人生も割とそうよ。
アカリ:恋愛ステータス。
ミユ:会話力。
アカリ:優しさ。
ミユ:面白さ。
ミサキ:仕事力。
アカリ:コミュ力。
ミユ:それ全部上げるの大変じゃん。
ミサキ:だから人生って暇しないのよ。
アカリ:なんか今日のミサキさん、ちょっといいこと言うな。
ミユ:珍しい。
ミサキ:失礼ね。
ミサキの武器はひとつじゃない

アカリ:じゃあさ。
ミユ:うん。
アカリ:ミサキさんは不安じゃないの?
ミサキ:何が?
アカリ:見た目以外も大事って言うけど。
ミユ:うん。
アカリ:もし見た目で得してきたなら、その武器が弱くなるの怖くない?
ミユ:たしかに。
ミサキ:別に。
アカリ:即答だ。
ミユ:一秒も悩まなかった。
ミサキ:だってわたし、美人以外の武器もたくさんあるもの。
ミユ:出た。
アカリ:出た。
ミサキ:何その反応。
ミユ:いや、来ると思った。
アカリ:うちも思った。
ミサキ:事実だから仕方ないでしょ。
ミユ:ちなみに何があるの?
ミサキ:教養。
アカリ:おお。
ミサキ:コミュニケーション能力。
ミユ:なるほど。
ミサキ:文章力。
アカリ:まあ、たしかに。
ミサキ:人を見る目。
ミユ:それはちょっと怪しい。
ミサキ:失礼ね。
アカリ:元カレの話すると長くなりそうだからやめとこ。
ミサキ:賢明な判断ね。
ミユ:否定しないんだ。
三人は笑った。
ミサキ:でも本当にね。
ミユ:うん。
ミサキ:ひとつしか武器がない人の方が大変だと思うの。
アカリ:あ。
ミサキ:見た目でも、お金でも、仕事でも。
ミユ:なるほど。
ミサキ:それがなくなったら終わりって状態は怖いじゃない。
アカリ:たしかに。
ミユ:だから増やしていくんだ。
ミサキ:そういうこと。
アカリ:なんか今日、人生の授業みたいになってる。
ミユ:美人と可愛いの話だったのにね。
ミサキ:結局そこなのよ。
アカリ:そこ?
ミサキ:美人か可愛いかなんて、入口の話。
ミユ:うん。
ミサキ:その先に何があるかの方が大事なの。
アカリ:かっこいいこと言うじゃん。
ミユ:ちょっと見直した。
ミサキ:ちょっとなの?
ミユ:全部は無理。
アカリ:日頃の行い。
ミサキ:覚えてなさい。
そう言いながらも、ミサキは少し楽しそうだった。
夜の休憩室には、三人の笑い声が小さく響いていた。
結論は出なかったけど

休憩室の時計は、もうすぐ二十二時を指そうとしていた。
アカリ:結局さ。
ミユ:うん。
アカリ:美人と可愛い、どっちが得なの?
ミユ:まだ言ってる。
ミサキ:だから場合によるって。
アカリ:納得いかないなあ。
ミユ:でもさ。
アカリ:ん?
ミユ:今日の話聞いてると、どっちでもいい気がしてきた。
ミサキ:ほう。
ミユ:だって結局、その人が魅力的かどうかじゃん。
アカリ:あー。
ミユ:美人でも感じ悪かったら嫌だし。
アカリ:うん。
ミユ:可愛くても一緒にいて楽しくなかったら微妙だし。
ミサキ:正解。
アカリ:じゃあうちは?
ミユ:急に採点待ちするな。
アカリ:気になるじゃん。
ミサキ:アカリはアカリでしょ。
アカリ:なにそれ。
ミサキ:褒めてるのよ。
ミユ:たぶんね。
アカリ:たぶんなんだ。
三人は顔を見合わせて笑った。
結局、美人と可愛いの答えは出なかった。
でもそれでいい気もした。
見た目の話から始まった夜だったけれど、最後に残ったのは、それぞれ違う魅力があるという当たり前のことだった。
ミサキ:じゃ、わたし帰るわ。
ミユ:お疲れー。
アカリ:お疲れさまです。
ミサキ:あと一応言っておくけど。
ミユ:なに?
ミサキ:今日の話の結論は、わたしが一番魅力的ってことでいいわよ。
ミユ:台無しだ。
アカリ:最後までブレなかった。
夜の休憩室に、また笑い声が響いた。

