ある日。
アカリとハルキは、編集部へ向かう坂道を並んで歩いていた。
アカリ:なんか今日あったかくない?
ハルキ:春っていうか、もうちょいで夏って感じ。
アカリ:あ、それちょっと分かる。空気が“夕方の部活帰り”っぽい。
ハルキ:なにその限定的な表現。
アカリ:え、あるじゃん。ちょっと湿った青春みたいな空気。
ハルキ:まぁ……なくはない。
その時だった。
後ろから、少し控えめな声が聞こえた。
???:あ、あの……!
ふたりが振り返ると、制服姿の女の子が立っていた。
肩にスクールバッグ。
少し緊張した顔。
アカリ:えっ、うちら?
???:はい……。
ハルキ:どうしたの?
???:その……こいこと。の人ですよね?
アカリ:あっ、見てくれてる!?
???:はい。たまに……。
アカリ:え、うれし〜!
ハルキ:ありがとう。
???:あの、わたし……チカって言います。
アカリ:チカちゃん!
チカ:前に、リクさんがやってた文章講座を受けてて……。
ハルキ:あー、あれか。
アカリ:えっ、受講生!?
チカ:はい。
そこで一度、チカは言葉を止めた。
少し迷うみたいに視線を落として、それから小さく息を吸う。
チカ:……相談、したくて。
アカリ:相談?
チカ:その……。
夕方の風が、チカの髪を少し揺らした。
チカ:わたし、リクさんのこと好きになっちゃったみたいなんです。
アカリ:……おぉ〜〜〜。
ハルキ:マジか。
チカ:やっぱ変ですよね。高校生なのに。
アカリ:いや、変っていうか……。
ハルキ:まぁ、年上好きになる気持ちは分かるかも。
アカリ:リクさん優しいしねぇ。
チカ:講座の時、わたしの文章ちゃんと読んでくれて。
アカリ:うんうん。
チカ:「気持ちがちゃんと入ってる文章だね」って言ってくれたんです。
ハルキ:うわ、リクさんっぽい。
アカリ:それは好きになるって〜!
チカ:でも、どうしたらいいのか分からなくて……。
アカリ:うーん……。
ハルキ:とりあえず編集部来る?
アカリ:ユキノさんいるかもだし。大人の意見聞ける!
チカ:えっ、大丈夫ですか!?
アカリ:全然! 恋バナなら歓迎!
「高校生が大人を好きになるのって変ですか?」
編集部に着くと、ユキノがノートパソコンを開きながら作業していた。
ユキノ:おかえり……って、あれ?
アカリ:相談者連れてきた!
ユキノ:軽いなぁ(笑)
チカ:す、すみません……急に……。
ユキノ:大丈夫だよ。座る?
ユキノの落ち着いた声に、チカは少しだけ緊張をゆるめた。
ハルキ:リクさんの文章講座の受講生なんだって。
ユキノ:あぁ、あの時の。
アカリ:でね、リクさんのこと好きになっちゃったらしい!
チカ:アカリさん!!
ユキノ:ふふっ。
チカ:でも……やっぱり変ですよね。
ユキノ:何が?
チカ:高校生が、大人を好きになるのって。
少しだけ、部屋が静かになった。
ハルキ:まぁでも、年上ってカッコよく見えるよな。
アカリ:分かる! 高校生の時って、20代後半とかめっちゃ“大人”に見えるし。
ユキノ:うん。全然不思議じゃないと思う。
チカ:……ほんとですか?
ユキノ:だって、“優しくしてくれた人”を好きになるのって、すごく自然なことだから。
チカ:……。
アカリ:リクさん、優しいもんねぇ。
ハルキ:ちゃんと話聞いてくれるし。
チカ:講座の時も、みんなの文章ちゃんと読んでて。
ユキノ:リクらしいなぁ。
チカ:わたし、自分の文章とか、ちゃんと褒められたことなかったんです。
アカリ:あ〜……。
チカ:だから、「気持ちが入ってる文章だね」って言われた時、すごく嬉しくて。
ユキノ:“ちゃんと見てもらえた”って、特別だもんね。
チカ:はい……。
ハルキ:なんか分かるかも。
アカリ:でもさぁ、それだけじゃなくて、普通にリクさんって“大人の余裕”あるじゃん。
ハルキ:それズルいんだよなぁ。
ユキノ:高校生くらいって、“憧れ”と“恋”が近い時期でもあるからね。
チカ:憧れ……。
ユキノ:うん。「こんな人になりたい」と、「この人を好き」が混ざる時期。
アカリ:なんかそれ青春って感じ。
チカ:でも……もし迷惑だったらどうしようって思って。
ハルキ:あー……。
ユキノ:チカちゃんは、リクにどうしたいの?
チカ:えっ。
ユキノ:告白したい? 近づきたい? それとも、ただ気持ちを整理したい?
チカ:……それが、まだ自分でも分からなくて。
「好き」と「付き合いたい」は、同じじゃない時もある

アカリ:でもさぁ、“好き”ってなったら告白したくならない?
ハルキ:アカリは一直線タイプだからなぁ。
アカリ:え、だって気持ち伝えたいじゃん!
チカ:……でも、もし困らせたら嫌だなって。
ユキノ:チカちゃん、優しいね。
チカ:いや、なんか……。
チカ:好きなんですけど、“付き合いたい”なのかは、自分でもまだ分からなくて。
アカリ:あっ……。
ハルキ:なるほど。
ユキノ:それ、すごく大事な感覚かも。
チカ:え?
ユキノ:“好き”にも色んな形があるから。
アカリ:たしかに。憧れっぽい好きもあるよね。
ユキノ:うん。「この人みたいになりたい」とか、「この人に認められたい」とか。
チカ:……。
ハルキ:高校生くらいだと、その辺混ざる時あるよな。
アカリ:あるある。うちも高校の時、バイト先の年上の人めっちゃ好きだったもん。
ユキノ:年上って、“知らない世界”を持ってるように見えるからね。
チカ:リクさんも、なんかそうなんです。
アカリ:どんな感じ?
チカ:落ち着いてるし、ちゃんと人の話聞くし……。
ハルキ:分かる。リクさんって焦らないもんな。
チカ:あと、自分の知らない言葉とか考え方いっぱい知ってて。
ユキノ:“大人”に見えるんだね。
チカ:はい。
アカリ:それは惹かれるわ〜。
ユキノ:でもね、チカちゃん。
チカ:はい。
ユキノ:今すぐ答えを出さなくてもいいと思う。
チカ:……。
ユキノ:“好き”って、急いで結論にしなきゃいけないものじゃないから。
ハルキ:たしかに。
アカリ:なんかそれ、大人って感じ。
ユキノ:無理に告白するより、「なんでこんなに惹かれるんだろ」って、自分の気持ち見てる時間も大事だったりするよ。
チカ:……ちょっと、安心しました。
アカリ:ていうかチカちゃん、ちゃんと考えられる子だよね。
ハルキ:勢いだけじゃない感じする。
チカ:……リクさんが相手だから、ちゃんと考えたいのかもです。
「大人を好きになる恋」は、悪いことじゃない
チカ:でも、周りに言ったら「やめときなよ」って言われそうで。
アカリ:まぁ、“高校生と大人”って聞くとビックリはするかもね。
ハルキ:でも、“好きになること自体”は別に悪くないと思う。
ユキノ:うん。気持ちって、理屈で止められるものじゃないから。
チカ:……。
ユキノ:大人を好きになる恋って、実はそんなに珍しくないんだよ。
アカリ:先生好きになる子とかいるしね。
ハルキ:あとバイト先の先輩とか。
チカ:でも、“叶わない恋”って感じもしてて。
ユキノ:そう思うと苦しい?
チカ:……ちょっと。
アカリ:うわ〜、青春だ……。
ハルキ:お前、すぐ青春認定するな。
アカリ:だって本当にそうじゃん!
チカ:なんか、リクさんと話してると、自分が子どもっぽく感じるんです。
ユキノ:うん。
チカ:でもそれが悔しいっていうか、もっと大人になりたいって思うっていうか……。
ハルキ:あー……。
ユキノ:それ、恋と憧れが混ざってる時の感覚かもしれないね。
チカ:……。
ユキノ:でもね、チカちゃん。
チカ:はい。
ユキノ:“今の自分じゃダメ”って思いすぎなくていいと思う。
チカ:えっ。
ユキノ:高校生には、高校生にしかない魅力もあるから。
アカリ:それはマジでそう!
ハルキ:変に大人ぶってるより、自然なほうがいいしな。
チカ:……なんか、ちょっと安心します。
アカリ:ていうかさ。
チカ:?
アカリ:好きな人できると、“もっとちゃんとしたい”って思うの普通じゃない?
チカ:……うん。
アカリ:だからその恋、悪い恋じゃないと思う。
ユキノ:うん。無理に否定しなくていい。
ハルキ:ただ、急いで答え出さなくてもいいとは思うけど。
チカ:……はい。
“好き”だけじゃ難しいこともある
チカ:……でも、もし告白したら困らせますよね。
アカリ:うーん……。
ハルキ:まぁ、正直簡単ではないと思う。
チカ:……ですよね。
ユキノ:でもね、チカちゃん。
チカ:はい。
ユキノ:“好きになること”と、“実際に付き合うこと”って、別の難しさがあるの。
チカ:……。
ユキノ:高校生と大人って、思ってる以上に“生活”が違うから。
アカリ:たしかに。学校と社会人って、世界かなり違うよね。
ハルキ:時間の使い方とか、責任とかも全然違うし。
チカ:……。
ユキノ:あとね、リクみたいなタイプって。
アカリ:あ〜。
ユキノ:たぶん、“高校生だから”って軽く近づく人じゃないと思う。
チカ:……はい。
ハルキ:リクさん、そういうとこ真面目そうだもんな。
ユキノ:うん。だからこそチカちゃんも惹かれたんじゃない?
チカ:……かもしれないです。
アカリ:でもさ、“好きになっちゃダメ”ではないと思うんだよね。
ユキノ:うん。それは違う。
ユキノ:恋って、“正しい相手だけ好きになる機能”じゃないから。
チカ:……。
ハルキ:ただ、今すぐ答え出さなくてもいいんじゃない?
アカリ:うんうん。
ハルキ:高校生の一年って結構デカいし。
チカ:……。
ユキノ:今のチカちゃんから見えてる“リク”も、本当に一部分かもしれない。
チカ:あ……。
ユキノ:逆に、これからチカちゃん自身の世界も広がると思う。
アカリ:大学とかバイトとか始まると、一気に変わるよね。
ハルキ:同世代でも急に“大人っぽく”なるやついるし。
チカ:……そっか。
ユキノ:だから、“今の好き”を急いで結論にしなくてもいいと思う。
チカ:……はい。
アカリ:なんかチカちゃん、ちゃんと考えられる子だから大丈夫そう。
チカ:ありがとうございます……。
ユキノ:その恋、大事にしていいよ。
ユキノ:ただ、“大事にする”って、必ずしも“今すぐ行動する”じゃないからね。
「もう少し、この気持ちを大事にしてみる」
窓の外は、すっかり夕方になっていた。
オレンジ色の光が、編集部のテーブルをゆっくり照らしている。
アカリ:なんか青春映画みたいな空気になってきた。
ハルキ:すぐ青春映画にするな。
チカ:……ふふ。
チカは少しだけ笑った。
さっき編集部に来た時より、表情がやわらかくなっていた。
ユキノ:チカちゃん、少し整理できた?
チカ:……はい。
アカリ:どうする? 告白する?
ハルキ:お前またすぐ結論急がせる。
アカリ:だって気になるじゃん!
チカ:いや……。
チカは少し考えて、それから静かに首を振った。
チカ:もう少し、この気持ちを大事にしてみようかなって思います。
ユキノ:うん。
チカ:なんか、“好き”ってなった瞬間に、すぐ答え出さなきゃって思ってたけど。
ハルキ:まぁ分かる。
チカ:でも、今はまだ「リクさんを好きな自分」をちゃんと見てたいかもです。
アカリ:うわ、それなんかいい。
ユキノ:恋って、“どうするか”より、“どう感じてるか”が大事な時もあるからね。
チカ:はい。
ハルキ:ていうか、リクさんのこと好きになる気持ちは普通に分かるしな。
アカリ:うん。優しいし。
チカ:……ですよね。
アカリ:あ、ちょっと嬉しそう(笑)
チカ:だって……。
ユキノ:でもね、チカちゃん。
チカ:はい。
ユキノ:今の恋がどう終わっても、“誰かにちゃんと惹かれた”って経験は、きっとチカちゃんの中に残ると思う。
チカ:……。
ユキノ:だから、焦らなくていい。
チカ:はい。
アカリ:なんかうちら、普通に恋バナしてただけなのに、急に名作みたいになってない?
ハルキ:ユキノさんいると急に深み出るんだよな。
ユキノ:なにそれ(笑)
その時、編集部の奥から声が聞こえた。
リク:あれ、アカリさんたち戻ってたんですね。
チカ:……っ。
チカの肩が、少しだけ揺れる。
アカリ:あっ、リクさん!
ハルキ:お疲れ様です。
リク:あれ?
リクはチカを見て、少し驚いた顔をした。
リク:あ、講座の時の。
チカ:……はい。
リク:来てくれてたんですね。元気そうでよかった。
チカ:……ありがとうございます。
それだけだった。
でもチカは、少し照れたように笑っていた。
チカ:……もう少し、大人になってから考えてみます。

