夕方のこいこと。編集部。
仕事もだいたい落ち着いて。
みんな、なんとなく雑談モードになっていた。
アカリ:え、シュウも来る?じゃあドリンクバー無限じゃん。
シュウ:いや無限ではないでしょ。
ハルキ:ポテト頼もうぜポテト。
青春トリオは、どうやらこのあとファミレスに行くらしい。
わいわいしている。
ナナ:ミカコ、今日あの店空いてっかな。
ミカコ:金曜だし混んでそうだけどね。
ナナ:まあ入れなかったら別の店にすりゃいいか。
ナナとミカコは飲みに行くっぽい。
大人って感じだ。
その横では。
ミサキ:ユウカ、その店ほんとに美味しいんでしょうね?
ユウカ:だいじょぶだって。ミサキ絶対好きなやつ。
ミサキ:舌に合わなかったら帰るわよ。
ユウカ:めんどくさっ。
ミサキとユウカも、なんだかんだ仲が良い。
さらに奥では。
ユキノ:サヨちゃん、そのカフェ気になってたんだよね。
サヨ:パンケーキ美味しいらしいです……!
そんな会話も聞こえる。
編集部はいつも通り賑やかだった。
わたしも普通に笑ってた。
うるさいなーとか。
みんな元気だなーとか。
そんな感じで。
でも。
ふと。
なんとなく思った。
ミユ:……みんな、それぞれの人生って感じだなぁ。
別に仲間外れとかじゃない。
誰かに冷たくされたわけでもない。
でもなんか。
みんな自然に「誰か」と予定がある。
その感じが。
ちょっとだけ。
胸の奥に、ぽこっと穴が空くみたいだった。
わたしはそっと席を立つ。
ミユ:ちょっとコンビニ行ってくるねー。
アカリ:あ、アイスあったらお願いー!
ミユ:りょーかい。
返事をしながら。
わたしは、なんとなく公園の方へ歩いていた。

編集部にいるのに、なんかひとり
夕方の公園は、少しだけ涼しかった。
コンビニで買ったカフェオレを飲みながら歩く。
ベンチのあたりを見ると。
いた。
いつものワニ。
ワニオはベンチに座って、鳩を見ていた。
何を考えているのかは、よくわからない。
たぶん本人もそんなに深く考えていない。
ミユ:いた。
ワニオ:いました。
いつものテンションである。
わたしはベンチに座った。
ついでに、コンビニで買ったメロンパンをワニオに渡す。
ワニオ:ありがとうございます。
ミユ:パンで飼い慣らされるワニ。
ワニオ:野生を失っています。
ワニオは普通にパンを食べ始めた。
その横顔を見ながら。
わたしは、なんとなく言った。
ミユ:……なんかさ。
ミユ:みんな、それぞれって感じだった。
ワニオ:編集部ですか。
ミユ:うん。
ミユ:アカリたちはファミレス行くらしいし。
ミユ:ナナさんたちは飲み行くし。
ミユ:ミサキとユウカさんもどっか行くし。
ミユ:ユキノさんとサヨちゃんも遊ぶ話してたし。
ミユ:なんかさー……。
そこまで言って。
自分でも、少し変だなと思った。
別に。
誰かに嫌われてるわけじゃない。
普通に仲良い。
なのに。
ミユ:……なんか、急に孤独感じちゃった。
ワニオは少しだけ考える。
いや。
考えてないかもしれない。
ワニは表情で判断が難しい。
そのあと。
ワニオは、公園を歩いてる鳩を見ながら言った。
ワニオ:人間は、「自分だけ止まっている」と感じることがあります。
ミユ:……うん。
ワニオ:ですが観察すると、だいたい全員そう思っています。
ミユ:えー。
ワニオ:自分以外は、全員うまくやっているように見えるからです。
ワニオ:これは、SNSの鳥類版みたいなものです。
ミユ:鳥類版ってなに。
ワニオ:鳩です。
ワニオ:群れて楽しそうに見えますが、よく観察すると一羽で歩いている時間も長いです。
ワニオ:ですが、人間は「群れてる瞬間」だけ見ます。
ミユ:……あー。
ワニオ:なので、「自分だけ孤独だ」と錯覚します。

人間は、帰る方向が違います

公園の街灯が、少しだけ光っていた。
鳩はもういない。
代わりに、犬を散歩している人が通っていく。
ワニオはメロンパンを食べながら、ぼんやりそれを見ていた。
ミユ:でもさ。
ミユ:なんか今日、みんなキラキラして見えたんだよね。
ミユ:ちゃんと誰かと予定あって。
ミユ:それぞれ楽しそうで。
ミユ:あたしだけ、急に“空き時間”みたいな感じして。
ワニオは少しだけ考える。
たぶん、考えている。
今日はそんな気がした。
ワニオ:学校の帰り道に似ています。
ミユ:帰り道?
ワニオ:はい。
ワニオ:最初はみんな同じ方向です。
ワニオ:ですが、途中で少しずつ別れます。
ワニオ:コンビニに行く人。
ワニオ:まっすぐ帰る人。
ワニオ:公園に寄る人。
ワニオ:途中でラーメンを食べ始める人もいます。
ミユ:ハルキじゃん。
ワニオ:ですが。
ワニオ:別に、仲が悪くなったわけではありません。
ミユ:……あー。
ワニオ:人間は、ずっと同じ動きをする生物ではないです。
ワニオ:意外と個別行動です。
ミユ:ワニオってたまに、人間を野生動物みたいに言うよね。
ワニオ:かなり近いです。
ミユ:近くないと思う。
でも、笑ってしまった。
ワニオは続ける。
ワニオ:あと、人間は「誰かが楽しそうな瞬間」を見つけるのが得意です。
ワニオ:逆に、「一人でぼーっとしている時間」は見ません。
ワニオ:なので、全員が充実して見えます。
ミユ:たしかに……。
ワニオ:ですが観察すると。
ワニオ:だいたい全員、一人の時間があります。
ワニオ:電池の充電みたいなものです。
ワニオ:常に接続していると、熱を持ちます。
ミユ:スマホみたいに言うじゃん。
ワニオ:人間も、だいたい精密機械です。
ミユ:いや雑に生きてる人めっちゃいるけど。
ワニオ:それでも、たまに休ませないと動きが悪くなります。
ミユ:……。
ミユはカフェオレを一口飲んだ。
少しぬるくなっていた。
ミユ:なんかさ。
ミユ:置いていかれた感じしてたけど。
ミユ:別に、そういうわけじゃないのかもね。
ワニオ:はい。
ワニオ:今日はたまたま、みんな別方向だっただけです。

人間は、勝手に孤独になります
しばらく、ふたりで黙っていた。
公園の空気は静かで。
編集部の賑やかさが、少し遠く感じる。
ミユ:……なんかさ。
ミユ:みんな普通に優しいんだけどね。
ワニオ:はい。
ミユ:別に嫌われてるとかじゃないし。
ミユ:普通に話すし。
ミユ:でも急に、「あ、みんなそれぞれなんだ」って思っちゃった。
ワニオ:駅に似ています。
ミユ:また始まった。
ワニオ:編集部は、駅です。
ワニオ:一度みんな集まります。
ワニオ:ですが、そのあと別々の場所へ移動します。
ワニオ:飲みに行く人。
ワニオ:恋をする人。
ワニオ:ラーメンを食べる人。
ミユ:またハルキいる。
ワニオ:ですが翌日になると、また集まります。
ワニオ:人間関係は、ずっと密着している状態の方が珍しいです。
ミユ:……たしかに。
ワニオ:あと。
ワニオ:人間は、急に「自分だけ孤独だ」と思い始めます。
ミユ:うわ、言い方。
ワニオ:事実です。
ワニオ:観察していると、突然そうなります。
ワニオ:猫も急に窓の外を見つめます。
ワニオ:あれに近いです。
ミユ:絶対違う。
ワニオ:ですが。
ワニオ:孤独を感じること自体は、そんなに悪いことではありません。
ミユ:そうなの?
ワニオ:はい。
ワニオ:「誰かと繋がりたい」と思っている証拠だからです。
ワニオ:完全に興味がなくなると、そもそも孤独を感じません。
ミユ:……あー。
ワニオ:なので、少し寂しいくらいが普通です。
ワニオ:むしろ、人間っぽいです。
ミユ:ワニに人間っぽいって言われるの、なんか複雑なんだけど。
ミユは少し笑った。
そのタイミングで。
スマホが震える。
ミユ:ん。
画面を見る。
通知が何件か来ていた。
アカリ:
ポテト余ったから来る???
ナナ:
二軒目くるなら連絡しなー。
ミサキ:
ユウカがミユも呼べばよかったって言ってるわよ。
ミユは、少しだけ目を丸くした。
それから。
ふっと笑う。
ミユ:……なんだ。
ミユ:ちゃんと繋がってんじゃん。
ワニオ:はい。
ワニオ:人間は、たまに勝手に孤独になります。
ミユ:めんどくさい生き物だねー。
ワニオ:かなり。
公園に、ミユの笑い声が少し響いた。
ミユはスマホをしまって、立ち上がった。
ミユ:じゃ、あたし行こっかな。
ワニオ:はい。
ミユ:……ワニオは?
ワニオ:もう少し観察しています。
ミユ:相変わらず暇そうだね。
ワニオ:かなり忙しいです。
ミユ:絶対うそ。
ミユは笑った。
さっきまで胸の奥にあった、ぽこっとした穴みたいな感覚は。
いつの間にか、少し小さくなっていた。
みんな、それぞれの人生がある。
たぶん、それは自分も同じだ。
そして。
帰る場所が完全にバラバラになったわけでもない。
この公園に来れば、だいたいワニオはいる。
それだけで。
なんとなく安心する日も、あるのだった。



