仕事終わりの夜。
ナナ、ミカコ、ユキノの三人は、駅から少し離れたおでん居酒屋にいた。
テーブルの真ん中には、湯気を立てるおでん。
大根、たまご、こんにゃく、牛すじ。
ナナは大根を箸で切りながら、ふと思い出したように顔を上げた。
ナナ:ねえ。これ言ったら怒られるかもしれないんだけどさ。
ミカコ:じゃあ言わなければ?
ナナ:まだ何も言ってないじゃん。
ユキノ:ミカコ、判断が早い。
ミカコ:「怒られるかもしれないんだけど」から始まる話って、だいたい怒られる話だから。
ナナ:そうだけど。
ナナは少し声を落とした。
ナナ:浮気されやすい子って……いるよね?
ユキノが持っていたおちょこを止める。
ミカコは特に驚く様子もなく、牛すじを口に運んだ。
ユキノ:また、なかなかのところから入ったわね。
ナナ:いや、もちろん浮気するほうが悪いのよ。それは大前提。
ミカコ:もう予防線張ってるじゃない。
ナナ:だって今の言い方だけ切り取ったら、私すごい嫌な女みたいじゃん。
ユキノ:それで? 何かあったの?
ナナ:友達の友達の話なんだけど。
ミカコ:遠いわね。
ナナ:そこはいいの。
ナナは箸を置いた。
ナナ:また彼氏に浮気されたんだって。
ユキノ:また?
ナナ:そう。今回で三人目らしい。
ミカコ:三人連続?
ナナ:うん。
そこで初めて、ミカコが少し考える顔をした。
ナナ:もちろんさ、その子が悪いなんて全然思わないのよ。浮気するヤツが悪い。それは絶対なんだけど……。
ナナは言葉を探す。
ナナ:でも三回続くと、「なんで毎回そういう男なんだろう」って、ちょっと思わない?
ユキノはすぐには答えなかった。
そしてミカコは、ほとんど間を置かなかった。
ミカコ:思う。
ナナ:早いな。
ミカコ:三人連続なら、私は本人の男の選び方も見る。
ナナ:いや、でもさ。
ミカコ:ほら。もう反論する。
ナナ:だって、それじゃ浮気された側にも責任あるみたいじゃん。
ミカコ:あるなんて言ってない。
ナナ:今ほぼ言ったじゃん。
ミカコ:言ってない。
ユキノ:はいはい。まだ開始五分だから。
ユキノが静かに割って入る。
ユキノ:おでんが冷める前に喧嘩しないの。
ナナ:喧嘩じゃないよ。
ミカコ:私は普通に話してる。
ユキノ:それ、喧嘩する二人がよく言うやつ。
三人が笑う。
ただ――。
ナナが投げた話題は、そのまま終わりそうになかった。
浮気する人が悪い。
それは三人とも分かっている。
では、なぜか似たような恋愛を繰り返してしまう人については、どう考えるのか。
今夜のおでんは、少し長くなりそうだった。
浮気するほうが悪い。でも「毎回」なら話は別?

ナナは、味の染みた大根を半分に切った。
ナナ:いや、でも私はやっぱり引っかかるなあ。
ミカコ:何が?
ナナ:「男の選び方も見る」ってところ。
ミカコ:まだそこにいたの?
ナナ:いるよ。置いてかないでよ。
ユキノが笑いながら、こんにゃくを取る。
ナナ:だってさ、付き合う前から「僕は半年後に浮気します」なんて言う男いないじゃん。
ユキノ:それはそうね。
ナナ:最初は優しかったかもしれないし、ちゃんとして見えたかもしれない。それで好きになって、付き合って、あとから浮気されたんでしょ?
ナナ:それで「あなたの男の選び方にも問題あるんじゃない?」って言われたら、私だったら腹立つ。
ミカコ:だから、浮気された直後の本人には言わないわよ。
ナナ:思ってはいるんだ。
ミカコ:三人連続なら思う。
ナナ:冷たいなあ。
ミカコ:冷たいんじゃなくて、別の話をしてるの。
ミカコはグラスを置いた。
ミカコ:浮気した責任は、浮気した本人にある。そこは私もナナと同じ。
ナナ:うん。
ミカコ:でも、一人目も二人目も三人目も似たような男で、毎回似たような終わり方をしてるなら、四人目を探す前に自分の選び方を振り返る必要はあるでしょ。
ナナ:……。
ミカコ:そこまで全部「運が悪かった」で片づけるほうが、私は無責任だと思う。
ナナが露骨に難しい顔をする。
ナナ:理屈は分かるんだけどさあ。
ミカコ:分かってるならいいじゃない。
ナナ:感情が納得してないの。
ミカコ:面倒ね。
ナナ:人間はそういう生き物なの!
ユキノ:急に人類代表になったわね。
ユキノがくすっと笑った。
ナナ:じゃあミカコはさ。どんなところを見るの?
ミカコ:何が?
ナナ:「また同じタイプ選んでるな」って。
ミカコは少し考えた。
ミカコ:たとえば、最初から違和感があるのに見ないふりするとか。
ナナ:違和感?
ミカコ:女性関係が妙にだらしないとか、元カノとの距離がおかしいとか、平気で小さい嘘をつくとか。
ユキノ:付き合ってから突然すべてが変わる人ばかりじゃないものね。
ミカコ:そう。後から考えたら「あれ、最初から出てたな」ってこと、あるでしょ。
ナナ:あー……。
ナナが何かを思い出したような顔をした。
ミカコ:あるのね。
ナナ:私の話じゃない。
ミカコ:まだ何も聞いてないけど。
ナナ:先に言っといただけ。
ユキノ:今日は予防線が多いわね。
ナナはごまかすように牛すじを一つ取った。
ナナ:でもさ。
ナナ:違和感があったとしても、好きになったら「まあ、これくらい」って思っちゃうことない?
ミカコ:あるんじゃない?
ナナ:ほら!
ミカコ:何の勝利なの、それ。
ナナ:だって恋愛ってそういうもんじゃん。好きになった瞬間から急に冷静な審査員になれるわけじゃないし。
ユキノ:好きだからこそ、相手に都合よく解釈することはあるでしょうね。
ナナ:でしょ?
味方を得たナナが、少し嬉しそうにユキノを見る。
ところがユキノは、そのまま続けた。
ユキノ:ただ、それと「何度でも見ないふりをする」は、また別かな。
ナナ:ユキノまでそっち行く?
ユキノ:そっちとかないの。
ミカコ:多数決じゃないから。
ナナ:今日、私だけ感情派みたいになってるじゃん。
ミカコ:いつもじゃない?
ナナ:乾杯したばっかりなのに帰ろうかな。
ユキノ:まだ大根しか食べてないでしょ。
ナナは帰らなかった。
むしろ、ここから少し身を乗り出した。
理屈では分かる。
でも、好きになった人をそんなに冷静に見られるものなのか。
今度はナナが、二人にそれを問い始めた。
好きになったら、そんなに冷静でいられない

追加で頼んだおでんが運ばれてきた。
はんぺん、つくね、餅巾着。
ナナは餅巾着を取りながら、まだ納得していない顔をしている。
ナナ:じゃあ聞くけど。
ナナ:二人は好きになった男にちょっと怪しいところがあったら、すぐ切れるの?
ミカコ:程度による。
ナナ:ほら!
ミカコ:だから何の「ほら」なのよ。
ナナ:ミカコだって完璧に見抜けるわけじゃないんじゃん。
ミカコ:当たり前でしょ。私、探偵じゃないもの。
ユキノ:誰も付き合う前に身辺調査なんてしないからね。
ナナ:そうなのよ。
ナナ:恋愛って、後からなら何とでも言えるじゃん。
ナナ:「あの時のLINEの返し方がおかしかった」とか、「女友達多かったよね」とか、「飲み会多かったよね」とか。
ナナ:でも好きな真っ最中なんてさ。
ナナ:「まあモテる人だし」とか、「友達多いだけだし」とか、普通に思っちゃうでしょ。
ユキノ:それはあると思う。
ナナ:でしょ?
ユキノ:私も恋愛してる時に、全部を冷静に判断できてたかって言われたら、そんなことないもの。
ナナが嬉しそうにミカコを見る。
ナナ:聞いた?
ミカコ:聞いてる。
ナナ:ユキノでもそうなんだよ。
ミカコ:ユキノを何だと思ってるの。
ユキノ:私も普通に失敗するわよ。
ナナ:なんかユキノって、恋愛でも確定申告みたいにちゃんとしてそうだから。
ユキノ:恋愛に領収書は出ないの。
ミカコが小さく笑った。
ミカコ:でもナナ、それと私が言ってることは矛盾してない。
ナナ:また始まった。
ミカコ:最初に見抜けなかったことを責めてるんじゃない。
ミカコ:付き合って、何度も嘘をつかれて、怪しいことが続いて、それでも全部「好きだから」で処理するなら話は変わってくるって言ってるの。
ナナ:……まあね。
ミカコ:一回目の違和感を見逃すのは分かる。
ミカコ:二回目もあるかもしれない。
ミカコ:でも十回目まで「信じたいから」で通してたら、私は友達なら止める。
ナナ:十回は私も止めるよ。
ミカコ:じゃあ五回。
ナナ:急に値切るみたいに回数下げないでよ。
ユキノ:違和感に定価はないから。
三人が笑った。
ナナ:でもさあ。
ナナ:ダメだって分かってるのに好きなことって、あるじゃん。
今度は少しだけ、ナナの声が落ち着いた。
ナナ:友達から見たら「やめなよ、そんな男」って簡単に言える。
ナナ:本人だって、本当は分かってたりするのよ。
ナナ:でも会ったら好きだし、優しくされたら嬉しいし、別れるって考えたら寂しい。
ナナ:そういうのを全部飛ばして、「見る目ないね」で終わらせるのは違うと思う。
ミカコはすぐには返さなかった。
ユキノ:そこは私もナナに近いかな。
ミカコ:私だって「見る目ないね」で終わらせないわよ。
ナナ:ミカコなら言いそう。
ミカコ:言わない。
ナナ:心の中では?
ミカコ:場合によっては思う。
ナナ:思うんじゃん!
ユキノ:正直ねえ。
ミカコ:でも、好きになることと、その人と付き合い続けることは別でしょ。
ナナ:……。
ミカコ:好きだから離れられない気持ちは分かる。
ミカコ:でも「好きなんだから仕方ない」で、自分を雑に扱う人のそばに居続けることまで正当化しなくていい。
ナナは黙って餅巾着をつついた。
ナナ:そういう言い方されると分かるんだけどな。
ミカコ:さっきから同じこと言ってる。
ナナ:言い方って大事なの。
ユキノ:前回の話が生きてるわね。
ナナ:そうそう。まず受け止めてから。
ミカコ:面倒くさい。
ナナ:ほら! そういうとこ!
また三人が笑う。
ひとしきり笑ったあと、ユキノがおちょこをテーブルに戻した。
ユキノ:でも、二人の話を聞いてたら、ちょっと分かってきたかも。
ナナ:何が?
ユキノ:二人とも、さっきから違う「責任」の話をしてる。
ミカコ:……というと?
ユキノ:ナナは「浮気された責任」の話をしてる。
ユキノ:ミカコは「同じ恋愛を繰り返さないために、自分ができること」の話をしてる。
ナナとミカコが、同時にユキノを見る。
ユキノ:だから二人とも、たぶん間違ってないのよ。
ナナ:……それ言われると、ミカコに反論しづらくなるんだけど。
ミカコ:反論しなくていいのよ。
ナナ:そういうとこなんだって。
「浮気された責任」と「次の恋愛」は分けて考える

ユキノは、出汁割りをひと口飲んだ。
ユキノ:たとえばね。
ユキノ:誰かに浮気されて泣いてる友達がいたとして。
ユキノ:その時に「あなたにも原因があったんじゃない?」って言う必要は、私はないと思う。
ナナ:そう! それ!
ユキノ:まだナナの勝ちって話じゃないからね。
ナナ:はい。
ナナが素直に引っ込む。
ユキノ:だって、その人は浮気を選んでないでしょう?
ユキノ:裏切るって決めたのは相手なんだから、そこまで背負わせる必要はない。
ミカコ:そこは同意。
ユキノ:でも。
ユキノ:少し時間が経って、その子がまた恋愛したいと思った時には、別の話ができると思う。
ナナ:どんな?
ユキノ:「前の恋愛で、最初に気になってたことってなかった?」とか。
ユキノ:「いつもどんな人を好きになる?」とか。
ユキノ:誰かを責めるためじゃなくて、次の恋愛で同じ苦しみ方をしないためにね。
ミカコ:そう。それが私の言いたかったこと。
ナナ:……。
ミカコ:何、その顔。
ナナ:ユキノが言うと優しいんだよなあ。
ミカコ:内容ほぼ同じだけど。
ナナ:ミカコは「四人目探す前に自分を振り返れ」だったじゃん。
ミカコ:事実でしょ。
ナナ:ほら、そういうところ。
ユキノ:二人とも、また戻らないの。
ユキノが笑いながら二人を止める。
ナナ:でもユキノはさ。
ナナ:もし仲いい友達が、浮気した男と別れないって言ったらどうする?
ユキノ:一回なら話を聞くかな。
ナナ:一回?
ユキノ:本人が考えて、それでも続けるって決めたなら、その選択までは否定しない。
ミカコ:私は二回目やったら言う。
ナナ:何を?
ミカコ:「もう偶然じゃないよ」って。
ナナ:うわぁ、ミカコだ。
ミカコ:何よ、それ。
ミカコ:一度浮気して、謝って、もうしないって言って、また浮気したんでしょ?
ミカコ:そこでまだ「でも普段は優しいから」って相談されたら、私は優しく聞いてるだけは無理。
ナナ:私は……。
ナナが少し考える。
ナナ:たぶん最初は「別れなよ!」って言う。
ミカコ:私より早いじゃない。
ユキノ:ナナは考える前に怒りそう。
ナナ:だって友達泣かせてるんでしょ?
ナナ:そりゃ腹立つよ。
ミカコ:それで友達が「でも別れたくない」って言ったら?
ナナ:……。
ナナは黙った。
ナナ:たぶん、「なんでよ!」ってもう一回怒る。
ユキノ:友達にも怒るの?
ナナ:怒るっていうか……。
ナナ:もう! なんでそんなヤツ好きなのよ!って。
ミカコ:結局、一番感情的に本人へ踏み込むのナナじゃない。
ナナ:……ほんとだ。
三人が笑った。
ユキノ:でも、それもナナのいいところだと思う。
ユキノ:ミカコは「次に同じことを繰り返さないためにどうするか」を考える。
ユキノ:私は、本人が自分で決められるところまで一緒に整理したい。
ユキノ:ナナはたぶん、そんなことより先に「私の友達を泣かせるな」って思う。
ナナ:うん。それは思う。
ミカコ:すごく思いそう。
ナナ:めちゃくちゃ思う。
ナナはそう言って、冷めかけたおでんの大根を口に運んだ。
ナナ:でもさ。
ナナ:今話してて、ちょっと思った。
ユキノ:なに?
ナナ:「浮気されやすい子」って言い方が、そもそもちょっと違うのかも。
ミカコ:というと?
ナナ:浮気するような男に当たっちゃうこと自体は、誰にでもあり得るじゃん。
ナナ:でも、そこで離れられる人と、ずっと離れられない人はいるのかなって。
ミカコが小さく頷く。
ミカコ:それなら、私は最初からかなり納得する。
ナナ:なんか悔しい。
ユキノ:なんでよ。
ナナ:私がミカコ側に寄ったみたいで。
ミカコ:別に陣営じゃないのよ。
三人の間に、また笑いが起きる。
「浮気されやすい人」がいるのか。
話し始めた時より、その言葉は少し違って見えてきていた。
「浮気されやすい」より、離れられない恋愛はあるのかも

テーブルのおでんも、だいぶ少なくなっていた。
残っているのは、たまごが一つと、こんにゃくが二つ。
ナナ:じゃあさ。
ナナ:浮気されて、それでも別れられない子って、何でなんだろうね。
ミカコ:好きだからでしょ。
ナナ:身も蓋もない。
ミカコ:でも結局そこじゃない?
ミカコ:嫌いな男に浮気されたら、別れるの簡単でしょ。
ユキノ:それはもう、浮気がなくても別れそうだけどね。
ナナ:確かに。
ミカコ:好きだから、許す理由を探す。
ミカコ:「今回だけかもしれない」とか、「私にも悪いところがあったのかも」とか。
ナナ:あー……。
ユキノ:別れる痛みと、付き合い続ける痛みを比べて、今は別れるほうがつらいって感じることもあると思う。
ナナ:それ、分かる気がする。
ナナ:浮気された瞬間って、嫌いになるとは限らないもんね。
ユキノ:そうね。
ユキノ:傷ついたからって、それまで好きだった気持ちが一瞬で消えるわけじゃない。
ミカコ:だから一回許すのは、私は別にいいと思う。
ナナ:意外。
ミカコ:私を何だと思ってるのよ。
ナナ:浮気した男を玄関で処分する人。
ミカコ:粗大ゴミじゃないんだから。
ユキノ:回収日もないからね。
ナナが吹き出す。
ミカコ:一度裏切られて、それでももう一度信じたいって本人が決めるなら、それは本人の自由。
ミカコ:ただね。
ミカコが少しだけ表情を変えた。
ミカコ:二回、三回と繰り返されても、「私がもっといい彼女になれば」って考え始めたら、私は止める。
ナナ:それは私も嫌だ。
ミカコ:浮気したのは相手なのに、なぜか浮気された側だけが努力し始める恋愛ってあるのよ。
ユキノ:自分が変われば、相手も変わってくれると思ってしまうのかもしれないね。
ミカコ:でも、他人の誠実さまでこっちが育てる必要ないでしょ。
ナナ:うわ、それ好き。
ミカコ:何が?
ナナ:今の。
ナナ:「他人の誠実さまでこっちが育てる必要ない」。
ナナ:浮気されて「私の何がダメだったんだろう」って落ち込んでる友達いたら、言ってあげたい。
ユキノ:でも、その直後に「だから別れな!」まで付けそう。
ナナ:付ける。
ミカコ:台無し。
ナナ:だってさあ。
ナナ:友達が「でも彼にもいいところがあって……」とか言い始めたら、私たぶん耐えられない。
ミカコ:いいところくらいあるでしょ。
ナナ:ミカコがそっち庇うの!?
ミカコ:庇ってない。
ミカコ:浮気する人間にもいいところくらいあるって話。
ミカコ:悪いところしかない人だったら、そもそも誰も付き合わないでしょ。
ナナ:ああ……それもそうか。
ユキノ:だから離れにくいんでしょうね。
ユキノ:優しかった時間も、楽しかった思い出も、本物だったりするから。
ナナ:……そっか。
ユキノ:「浮気したんだから全部嘘だった」って単純に思えたら、たぶん楽なのよ。
ユキノ:でも人って、そんなに一色じゃないでしょう?
ミカコ:だからこそ、自分で線を引くしかない。
ナナ:線?
ミカコ:私はどこまでなら許すのか。
ミカコ:何をされたら、この人から離れるのか。
ミカコ:そこを相手任せにしてると、ずるずるいく。
ナナ:でも私、その線、好きな人相手だと動かしそう。
ミカコ:でしょうね。
ナナ:即答やめて。
ユキノ:でも、ナナだけじゃないと思う。
ユキノ:恋愛してたら、昨日まで「絶対無理」って言ってたことを許してしまうこともある。
ユキノ:だから大事なのは、完璧に強くなることじゃなくて。
ユキノ:自分がどんどん苦しくなっていることには、ちゃんと気づいてあげることなんじゃないかな。
ナナは少し黙ってから、最後のたまごを半分に割った。
ナナ:じゃあ結局。
ナナ:「浮気されやすい子」がいるっていうより……。
ナナ:傷ついても、その恋愛から離れにくい子はいる。
ミカコ:私はそっちの言い方のほうがしっくりくる。
ユキノ:私もかな。
ナナ:なんだ。
ナナ:最初からこれ言えば、こんなに揉めなかったじゃん。
ミカコ:言い出したのナナでしょ。
ナナ:そうでした。
三人の笑い声が、おでんの湯気の向こうに溶けていった。
まとめ|誰が悪いかと、次にどうするかは別の話

追加のお酒が届いた頃には、おでん鍋もすっかり寂しくなっていた。
ナナ:最初に私、「浮気されやすい子っているよね」って言ったじゃん。
ミカコ:言ったね。
ナナ:今はちょっと違うなって思ってる。
ユキノ:どう変わった?
ナナ:浮気するような人と付き合っちゃうことなんて、誰にでもあると思うのよ。
ナナ:だって最初から分かんないもん。
ナナ:でも、同じような相手を選んだり、何回傷つけられても離れられなかったりすることは……あるのかもしれない。
ミカコ:ずいぶんこっちに来たわね。
ナナ:だから陣営にするな。
ユキノ:でも今日の話って、結局そこなのかもしれないね。
ユキノ:浮気した責任まで、浮気された人が背負う必要はない。
ユキノ:でも、その恋愛が終わったあとに「私はどうしてこの人を選んだんだろう」って振り返ることは、自分を責めることとは違うと思う。
ミカコ:そう。
ミカコ:私はそこを全部「相手が悪かった」で終わらせるのは、もったいないと思う。
ナナ:ミカコは最後まで厳しいなあ。
ミカコ:だって次も同じことで泣きたくないでしょ。
ナナ:まあ……それはそう。
ミカコ:だったら見るしかないじゃない。
ミカコ:自分がどういう人に惹かれるのか。
ミカコ:どんな違和感を見ないふりしやすいのか。
ミカコ:どこまでされると、自分の中の線を動かしてしまうのか。
ナナ:はい、反省会始まりました。
ミカコ:ナナもやったほうがいいんじゃない?
ナナ:なんで私まで!?
ユキノ:浮気されてないのに。
ナナ:そうだよ!
ナナは笑いながらグラスを持ち上げた。
ナナ:でも私はやっぱり、友達が浮気されて泣いてたらさ。
ナナ:そんな分析とか全部あと。
ナナ:最初は一緒に「ふざけんな!」って怒ると思う。
ミカコ:ナナはそれでいいんじゃない。
ナナ:お。認めた。
ミカコ:その代わり、三回目くらいになったら私のところに連れてきて。
ナナ:何するの?
ミカコ:反省会。
ナナ:怖いって。
ユキノ:じゃあ私は、その間くらいにいようかな。
ナナ:やっぱユキノが一番安心する。
ミカコ:私も別に危険人物じゃないんだけど。
ナナ:恋愛反省会の講師みたいになってたよ。
ミカコ:受講料取ろうかしら。
ユキノ:おでん代くらいにしておきなさい。
三人が笑う。
そして、ナナがふと思いついたように言った。
ナナ:でもさ。
ナナ:好きになる前に、その人の頭の上に「過去の浮気回数」が表示されたら楽なのにね。
ミカコ:それなら私は「嘘をついた回数」も欲しい。
ナナ:あと元カノとの別れた理由。
ミカコ:借金。
ナナ:酒癖。
ミカコ:ギャンブル。
ユキノ:二人とも。
ユキノ:恋愛を中古車選びみたいにしないの。
ナナ:でも事故歴は知りたいじゃん。
ミカコ:それは知りたい。
ユキノ:もう乾杯しよ。
ユキノが苦笑しながらグラスを差し出す。
ナナとミカコも、それぞれのグラスを持ち上げた。
ナナ:じゃあ――次こそいい恋愛をする人に。
ミカコ:同じ失敗を繰り返さない冷静さに。
ユキノ:好きな人と、自分自身の両方を大切にできる恋愛に。
三つのグラスが、軽く重なる。
浮気されやすい人は、本当にいるのか。
結局、三人の答えが完全に同じになることはなかった。
それでも。
誰かに裏切られたことで、自分まで悪かったことにする必要はない。
そして次の恋をするときには、少しだけ自分の恋愛も振り返ってみる。
その二つは、きっと両立する。
そんなところに今夜は着地して――。
三人は最後に残ったこんにゃくを誰が食べるかで、また揉め始めた。



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