商店街の外れ。
昔からある古い店が一軒。
木の看板は、 少し傾いていた。
「長所鑑定所」
ナツメは立ち止まる。
「なんやここ」
店の前には、 長い行列ができていた。
学生。
会社員。
おじいさん。
おばあさん。
みんな、 少し嬉しそうな顔をしている。
ナツメは首をかしげた。
「人気店やん」
ワニオは、 看板を見上げる。
「長所を調べてくださるそうです」
「ええ店やな」
「自己肯定感が上がります」
入口には、 小さな貼り紙。
『鑑定時間 三分』
『結果は一枚の鑑定書でお渡しします』
『紙は折らないでください』
ナツメは最後の一文を読んだ。
「なんでや」
ワニオは肩をすくめる。
「理由は存じません」
ちょうどそのとき。
店から一人の男性が出てきた。
鑑定書を胸に抱え、 満面の笑みを浮かべている。
「私の長所は優しさでした!」
行列から、 拍手が起きた。
続いて女性。
「私は努力家ですって!」
また拍手。
ナツメは、 少し感心した。
「ええ店やな」
「みんな嬉しそうや」
その人たちは、 店の前に置かれたゴミ箱へ歩いていく。
そして、 鑑定書を捨てた。
ナツメは目を丸くする。
「なんで!?」
「長所やったんやろ?」
ワニオは、 静かにゴミ箱を見た。
「はい」
「もう読んだからです」
ナツメは、 ゴミ箱の中を覗く。
くしゃくしゃの鑑定書。
どれも、 表だけが見えていた。
「優しい」
「努力家」
「責任感がある」
「明るい」
ナツメは笑う。
「記念に持って帰ればええのに」
ワニオは、 一枚だけ拾い上げた。
「皆さん」
「表だけ読んで帰られます」
ナツメは首をかしげる。
「裏あるん?」
ワニオは、 小さくうなずいた。
「はい」
「この店は」
「裏を見た方が面白いですよ」
ナツメは、 少しだけ嫌な予感がした。
「……また変な店入るんか」
ワニオは、 静かに扉を開けた。
「人気店には」
「人気の理由があります」
鈴が鳴る。
カラン。
カラン。
二人は、 長所鑑定所へ足を踏み入れた。
リクの「誠実」
店の中は、 驚くほど質素だった。
木の机。
木の椅子。
壁には時計が一つ。
その奥に、 白髪の鑑定士が座っていた。
「次の方」
ちょうど、 リクが席へ座る。
ナツメは小声で言う。
「知り合いや」
ワニオは、 静かにうなずいた。
鑑定士は、 リクの顔を見る。
それだけだった。
質問は一つもない。
紙へ、 さらさらと文字を書く。
三分もかからなかった。
鑑定士は、 紙をリクへ渡す。
リクは、 少し緊張しながら読む。
長所 「誠実」
リクは、 少し照れくさそうに笑った。
「なんだか嬉しいですね」
ナツメは拍手する。
「そのまんまやな」
「ええ結果や」
リクは、 鑑定書を大事そうにしまおうとした。
そのとき。
ワニオが言う。
「裏をご覧になりますか」
リクは止まる。
「裏?」
ゆっくり、 紙を裏返した。
そこには、 一行だけ書かれていた。
短所 「相手の顔色をうかがいすぎる」
リクは、 黙った。
ナツメも、 何も言わない。
少しして、 リクは苦笑した。
「……当たっています」
「断るより」
「我慢する方を選ぶことがあります」
「嫌われたくなくて」
「本音を飲み込むこともあります」
ナツメは、 鑑定書を見比べた。
表。
誠実
裏。
相手の顔色をうかがいすぎる
「全然ちゃうやん」
ワニオは首を横に振る。
「同じものです」
ナツメは首をかしげる。
「どこが?」
ワニオは、 鑑定書を一枚持ち上げた。
「誠実な方ほど」
「自分より相手を優先します」
「優先しすぎると」
「顔色をうかがうようになります」
「長所が一歩進むと」
「短所と呼ばれることがあります」
リクは、 もう一度鑑定書を見る。
そして、 少し笑った。
「どちらも僕なんですね」
鑑定士は、 初めて口を開いた。
「表だけ残すことも」
「裏だけ捨てることもできません」
「一枚の紙ですから」
ナツメは、 静かにその紙を見つめた。
「……なるほど」
「だから折るなって書いてあったんか」
ワニオは、 少しだけ笑った。
「折ると」
「片方しか見えなくなりますので」
そのとき、 店の扉が開いた。
ヒールの音が響く。
コツ。
コツ。
「次、わたしね」
ミサキが、 静かに席へ座った。

ミサキの「向上心」
ミサキは、 椅子へ座った。
足を組み、 少し微笑む。
「楽しみね」
鑑定士は、 静かにミサキを見る。
ペンが走る。
さらさら。
さらさら。
数秒後。
鑑定書が渡された。
ミサキは、 迷わず表を見る。
長所 「向上心」
ミサキは、 満足そうに笑った。
「いいじゃない」
「好きな言葉だわ」
ナツメもうなずく。
「似合っとる」
ワニオは、 静かに言う。
「裏もございます」
ミサキは、 ためらわず紙を裏返した。
そこには、 一行だけ。
短所 「嫉妬心」
部屋が、 少し静かになった。
ナツメは、 ミサキを見る。
ミサキは、 鑑定書を見つめたままだった。
しばらくして、 ふっと笑う。
「言い方が悪いわね」
「負けず嫌いって書けばいいのに」
鑑定士は答えた。
「同じ意味です」
ミサキは、 少し眉を上げた。
「違うと思うけど?」
ワニオは、 静かに口を開く。
「誰かを見て」
「悔しいと思うから努力できます」
「悔しいと思わなければ」
「追いかける理由もありません」
ナツメは、 腕を組む。
「じゃあ嫉妬って」
「悪いもんちゃうんか」
ワニオは首を横に振った。
「火と同じです」
「料理もできます」
「家も燃えます」
ミサキは、 少しだけ笑った。
「その例えは好き」
もう一度、 鑑定書を見る。
表。
向上心
裏。
嫉妬心
ミサキは、 紙を光へかざした。
少し透けて見える。
「裏の文字」
「表からもうっすら見えるのね」
鑑定士は、 静かにうなずいた。
「完全には隠れません」
「人も同じです」
ナツメは、 思わず笑った。
「隠しきれへんのか」
ミサキは、 鑑定書を丁寧に折り……
かけて、 手を止めた。
入口の貼り紙を思い出す。
『紙は折らないでください』
ミサキは苦笑した。
「そういうこと」
「片方だけ隠そうとするからなのね」
ワニオは、 静かにうなずいた。
「長所だけ見ても」
「短所だけ見ても」
「正しい鑑定にはなりません」
そのとき。
店の奥から、 元気な声が聞こえた。
「えーっ!」
「長所なんて絶対ないよー!」
ナツメは振り返る。
「次はミユやな」

ミユの長所は?
「絶対ないもん!」
ミユは、 椅子へ座る前から困った顔だった。
「長所なんてないよ〜」
「ポンコツだし」
「忘れっぽいし」
「失敗ばっかりするし」
ナツメは笑う。
「始まる前から反省会やな」
鑑定士は、 いつも通り紙へ文字を書く。
さらさら。
数秒後。
鑑定書を渡した。
ミユは、 ため息をつきながら紙を見る。
そして、 固まった。
短所 「ポンコツ」
「ほらぁ〜!!」
「やっぱり!」
「知ってたもん!」
ナツメは目を丸くする。
「え?」
「短所から始まるん?」
ワニオも、 少し驚いていた。
「珍しいですね」
ミユは、 肩を落とす。
「だから言ったじゃん〜」
「長所なんてないんだって」
鑑定士は、 静かに言った。
「裏をご覧ください」
ミユは、 半信半疑で紙を裏返す。
そこには、 大きく書かれていた。
長所 「愛嬌」
「……え?」
ナツメは笑った。
「裏返った」
ミユは、 何度も表と裏を見る。
「ポンコツ」
「愛嬌」
「ポンコツ」
「愛嬌」
「同じこと?」
ワニオは、 静かにうなずく。
「はい」
「失敗しても」
「周りが笑って許したくなる方は」
「愛嬌があります」
ミユは、 少し照れた。
「そんな言い方されたら」
「ちょっと嬉しい」
鑑定士は、 もう一枚紙を差し出した。
表。
短所 「忘れっぽい」
裏。
長所 「切り替えが早い」
さらにもう一枚。
表。
短所 「妄想しすぎる」
裏。
長所 「想像力が豊か」
ミユは、 目を丸くした。
「全部?」
「全部なの?」
鑑定士は微笑む。
「人は」
「長所だけではできていません」
「短所だけでもできていません」
「どちらも」
「あなたです」
ナツメは、 ミユの鑑定書を眺める。
「お前」
「短所しかない言うてたやん」
ミユは、 照れ笑いした。
「うん」
「ずっと裏しか見てなかったみたい」
部屋が、 少し静かになった。
ワニオは、 ぽつりと言う。
「自分の長所が分からない方はいます」
「そして」
「短所だけ見えている方も」
「同じくらい多いですね」
ナツメは、 ミユの鑑定書を裏返した。
また裏返した。
何度返しても、 一枚の紙だった。
「見る向きで」
「こんなに変わるんやな」
そのとき、 ワニオの名前が呼ばれた。
「次の方」
ナツメは笑う。
「お前は何も書いてなさそうやな」

ワニオの鑑定書
「次の方」
ワニオは、 静かに椅子へ座った。
鑑定士は、 いつも通りワニオを見る。
しかし。
ペンが止まった。
さらさら。
……
動かない。
ナツメは笑う。
「壊れた?」
鑑定士は、 首を横に振る。
「少々お待ちください」
さらに一分。
店の中は、 静まり返る。
ようやく、 鑑定士が紙を差し出した。
ワニオは、 静かに受け取る。
表を見る。
そこには、 何も書かれていなかった。
真っ白。
ナツメは吹き出す。
「何もないやん!」
「長所ゼロか!」
ワニオは、 裏返した。
裏も真っ白だった。
「短所もありません」
ナツメは、 紙を奪う。
何度見ても、 真っ白。
「故障や!」
鑑定士は、 静かに首を振った。
「故障ではありません」
「この方は」
「まだ名前を付けておりません」
ナツメは首をかしげる。
「名前?」
鑑定士は続ける。
「人は」
「自分で何度も口にした言葉が」
「長所になります」
「同時に」
「短所にもなります」
ワニオは、 静かに聞いていた。
「ですが」
「ワニオさんは」
「ご自分を定義しておりません」
「だから」
「まだ印刷されていないのです」
ナツメは、 少し考えた。
「じゃあ」
「今から何にでもなれるんか」
鑑定士は、 微笑んだ。
「はい」
「真っ白な紙は」
「完成ではありません」
「可能性です」
ワニオは、 鑑定書を見つめる。
「面白いですね」
「何も書かれていない紙を」
「初めて大切だと思いました」
ナツメは笑う。
「羨ましいわ」
「わしなんか」
「もう裏までびっしりや」
店を出ようとしたそのとき。
鑑定士が、 最後に一枚の紙を机へ置いた。
誰の名前も書かれていない。
ナツメは、 不思議そうに手に取る。
鑑定士は、 静かに言った。
「最後は」
「あなた方でお確かめください」
ナツメは、 その紙を裏返した。
そして、 少し笑った。
「なるほど」
「そういうことか」

同じ紙
店を出る。
夕日が、 商店街をオレンジ色に染めていた。
ナツメは、 歩きながら鑑定書を並べる。
リク。
ミサキ。
ミユ。
何枚も、 道端へ広げた。
表。
裏。
表。
裏。
何度も、 何度も返してみる。
ナツメは、 急に笑った。
「なんや」
「全部一緒や」
ワニオは、 静かにうなずく。
「はい」
ナツメは、 リクの紙を持ち上げる。
「誠実」
裏返す。
「顔色をうかがう」
ミサキ。
「向上心」
裏返す。
「嫉妬心」
ミユ。
「愛嬌」
裏返す。
「ポンコツ」
ナツメは、 紙を重ねた。
厚さは、 全部同じだった。
「表だけ厚い紙も」
「裏だけ厚い紙もないな」
ワニオは言う。
「はい」
「人も同じです」
ナツメは、 ふと聞いた。
「じゃあ」
「長所だけ欲しいって言う人は?」
ワニオは、 少し考えた。
「表だけ印刷してください」
「と言っているようなものです」
「できます?」
「できません」
ナツメは笑う。
「そうやな」
ワニオは、 鑑定書を夕日に透かした。
裏の文字が、 少しだけ浮かび上がる。
「紙は」
「裏がないと、表にも印刷できません。」
ナツメは、 しばらく黙っていた。
そして、 自分の手を見る。
「短所って」
「なくすもんやと思ってた」
ワニオは、 静かに首を横へ振る。
「磨き方を覚えるものです」
「向きを変えるとも言います」
ちょうどそのとき。
商店街の角で、 小さな男の子が泣いていた。
「ぼく」
「泣き虫だから嫌い」
隣にいた母親は、 しゃがみこんで笑った。
「違うよ」
「優しいから泣けるんだよ」
男の子は、 少しだけ笑った。
ナツメは、 その親子を見送る。
「もう」
「鑑定書持っとるやん」
ワニオは、 少しだけ笑った。
「はい」
「人は案外」
「誰かに裏返してもらいながら生きています」
ナツメは、 夕焼け空を見上げた。
「なるほどな」
「だから」
「一人やと自分の長所って分からへんのか」
ワニオは、 静かに歩き出す。
「ええ」
「裏も表も」
「自分では見えにくいものですから」
夕日を背に、 二人は商店街を歩いていく。
長所鑑定所には、 今日も長い行列ができていた。
けれど、 店を出る人のほとんどは、 まだ紙を裏返していなかった。



