朝の坂道って、なんであんなに長く感じるんだろう。
ソウタはいつもの通勤路で、ゆっくりペダルを踏みながらそんなことを考えていた。
別に急な坂じゃない。
でも、毎日通るとなると話は別だ。
じわじわ脚にくる。
あとちょっと、あとちょっと、って思いながら、いつも同じ場所で少しだけ息が上がる。
風は気持ちいいはずなのに、その余裕はあまりない。
むしろ「早く終わってほしい」が勝ってしまう。
ソウタ:
……これ、地味にしんどいよな。
誰に言うわけでもなく、ぽつりとつぶやく。
通勤って、こういう積み重ねなんだと思う。
ちょっとした疲れが、毎日少しずつたまっていく。
大きくはないけど、確実に残る感じ。
その日も、坂を登りきったころには、少しだけ呼吸が乱れていた。
なんとなく、朝から疲れた気がする。
でも、これが普通だと思ってた。
ずっと。
──変わったのは、あの日からだ。
自転車を、変えた。
それだけ。
それだけなのに。
ほんとに、ちょっとだけ。
世界の見え方が変わった気がした。
自転車を変えただけで、世界が変わった
最初は、そこまで期待してなかった。
ただ「ちょっと楽になるらしいよ」って聞いて。
それならいいか、くらいの軽い気持ちで選んだだけだった。
アシスト自転車。
正直、名前は知ってたけど、ちゃんと乗るのは初めてだった。
最初に感じたのは、不思議な乗り心地だった。
ペダルを踏んだ瞬間。
すっと前に出る。
「え?」ってなるくらい自然に。
頑張ってこいでるわけじゃないのに、ちゃんと進む。
むしろ、ちょっと軽すぎてバランスがわからないくらいだった。
ソウタ:
……なにこれ。
誰に言うでもなく、思わず声が出た。
そのまま、いつもの坂道に入る。
あの、毎日ちょっと嫌になる坂。
いつもなら、ここで少し覚悟する。
でもその日は違った。
ペダルを踏んだら、そのまま進んだ。
普通に。
何もなかったみたいに。
息も上がらない。
脚も重くならない。
ただ、すーっと登っていく。
ソウタ:
……え、終わり?
気づいたら、坂の上にいた。
あんなに長く感じてた坂が、やけに短く思えた。
不思議だった。
景色は変わってないのに。
道も同じなのに。
なんか、違う場所みたいだった。
その日から、通勤がちょっと変わった。
「しんどい時間」だったはずの坂が、
ただの「通る場所」になった。
それだけで、朝の気分が少し軽くなる。
ほんとに、ちょっとだけ。
でも、そのちょっとが、意外と大きかった。
アシスト自転車って、すごい
乗り始めて、しばらくして思った。
これ、ちょっと革命だなって。
別に速くなりたいわけじゃない。
楽したいっていうより、ただ普通に進みたいだけだった。
でも、アシスト自転車はそれをちょうどいい感じで叶えてくる。
頑張りすぎなくていい。
でも、ちゃんと進む。
そのバランスが、なんか絶妙だった。
特にわかりやすいのは坂道だ。
前までは、坂に入るたびにちょっと構えてた。
「ここからか」って。
でも今は、その感じがない。
ただの道として通り過ぎていく。
それだけで、気持ちがだいぶ軽い。
あと、地味に違うのが“疲れ方”だった。
全然疲れないわけじゃない。
でも、なんか残らない。
家に帰っても、「あー今日もしんどかったな」ってならない。
その差が、思ってたより大きかった。
ソウタ:
これ、ちょうどいいな。
乗りながら、何度かそう思った。
頑張ってる感じもないのに、
ちゃんと移動してる。
風も感じられるし、景色も見える。
ただ楽なだけじゃなくて、
ちゃんと“自転車に乗ってる感じ”は残ってる。
それが、なんかいい。
あと、ちょっとだけ速い。
無理してるわけじゃないのに、
気づいたらいつもより早く着いてる。
その“ちょっと”が、毎日だとけっこう違う。
余裕ができる。
朝の数分でも、気持ちに余白があると、なんとなく一日がいい感じになる。
アシスト自転車って、
派手な変化じゃない。
でも、じわっと効いてくる。
気づいたら、ちょっと生活が楽になってる。
そういう感じだった。
休日のサイクリング

休日の朝。
通勤じゃない日に乗る自転車は、なんかちょっとだけ違って感じる。
急ぐ理由もないし、時間も気にしなくていい。
ただ、行きたい方向に進めばいい。
ペダルを踏むと、すっと前に出る。
あの感覚は、やっぱり気持ちいい。
風が顔に当たる。
少し冷たくて、でもちゃんとやさしい。
そのまま、なんとなく川沿いの道に入った。
水がゆっくり流れてて、空も広く見える場所。
こういうところを走ってると、考え事がちょっとだけ軽くなる。
なんか、余計なことが抜けていく感じ。
ソウタ:
……いいな、これ。
思わず、口に出た。
別に誰かに聞かせるわけでもないのに。
ただ、そう思った。
前の自転車だったら、ここまで来るだけで少し疲れてたと思う。
でも今は、まだ余裕がある。
その余裕で、ちょっと遠くまで行ける。
それが、なんかいい。
ふと、思った。
こういうの、誰かと一緒でもいいかもしれないなって。
目的地に着いて、風が気持ちいいね、って言い合うだけでも、たぶん楽しい。
頭に浮かんだのは、最近よく思い出す顔だった。
笑うと、ちょっとだけ無防備になるあの感じ。
ツムギ。
別に約束してるわけじゃない。
そんな話をしたこともない。
でも、なんとなく。
こういう道を一緒に走れたら、いいかもなって思った。
ソウタ:
……誘ったら、来るかな。
少しだけ照れくさくなって、ひとりで笑う。
風がまた、少し強くなった。
自転車はそのまま、前に進む。
なんか、こういう時間が増えただけでも。
アシスト自転車にしてよかったなって思った。


ちょっとだけ、生活がいい感じになる
アシスト自転車に変えてから、特別なことは何もしてない。
通勤して。
帰ってきて。
たまに、こうやって休日に乗るだけ。
それだけなのに、なんか少しだけ違う。
朝、坂を登るときにため息をつかなくなったし、
帰り道も、前より余裕がある。
ちょっと遠回りして帰ろうかな、って思える日も増えた。
それって、そんなに大きな変化じゃない。
でも、毎日続くと、ちゃんと違いになる。
ソウタ:
……こういうのでいいんだよな。
乗りながら、ふと思う。
頑張って何かを変えたわけじゃない。
ただ、自転車を変えただけ。
それだけで、ちょっと楽になって、ちょっと気分がよくなる。
そのくらいが、ちょうどいい気がした。
そういえばこの自転車も、店で買ったわけじゃない。
なんとなく見てたサイトで見つけて、
そのままオンラインで注文した。
最初は少しだけ不安だったけど、
届いて乗ってみたら、そんなのすぐ忘れた。
むしろ、
「もっと早く変えればよかったな」って思ったくらいだった。
最近はこういうのも、普通に選択肢なんだと思う。
お店に行かなくても、
ちゃんと自分に合うものが見つかる。
そういう買い方も、悪くない。
風が少しだけ強くなって、ソウタの髪を揺らした。
ペダルを踏むと、またすっと前に進む。
それだけで、なんかいい日になる気がした。
いいと思ったものは、誰かに渡したくなる
帰り道、ソウタはいつもより少しだけゆっくり走っていた。
風はやわらかくて、ペダルも軽い。
急ぐ理由はないし、ただなんとなく、この時間を長く感じていたかった。
ソウタ:
……これ、いいな。
何度目かのその感想が、自然と口から出る。
アシスト自転車に変えてから、
通勤も、休日も、ちょっとだけ楽になった。
大きな変化じゃない。
でも、毎日の中でじわっと効いてくる感じがある。
そのとき、ふと思い出した。
ツムギのこと。
たしか、自転車で大学に通ってたはずだ。
坂、多かったよな。
前にそんな話をしていた気がする。
あのとき、ちょっと大変そうだったなって、今になって思い出す。
ペダルを踏みながら、少しだけ考える。
ソウタ:
……これ、あの子にも合いそうだな。
別に、理由があるわけじゃない。
ただ、自分がいいと思ったものを、
誰かにも使ってほしいって思っただけだ。
それが、あの子だった。
風が少しだけ強くなって、背中を押す。
自転車は、そのまま前に進む。
なんとなく。
次に会ったとき、少しだけ話してみようかな、と思った。



