夕方。
ミユは公園のベンチに座っていた。
手にはスマホ。
画面には、一通のメッセージが表示されている。
男性:また都合のいい日があったら教えてください(^ ^)
その顔文字が妙に胸に刺さった。
ミユ:ううう……。
ミユ:わたし最低かもしれない……。
ベンチの反対側では、ワニオがお茶を飲んでいた。
いつもの光景である。
ワニオ:人類は一日に三回くらい最低認定しますね。
ミユ:今日は本当に最低なの。
ミユ:たぶん今年トップクラス。
ワニオ:今年はまだ半分残っています。
ミユ:そういう問題じゃない。
ミユはスマホを見つめた。
数週間前。
知り合いの男性から食事に誘われた。
嫌な相手ではない。
むしろ好印象だった。
ミユ:誘われた時は普通に嬉しかったんだよ。
ミユ:わたしなんかでいいのかなーって思ったし。
ミユ:ちょっと楽しみだったし。
ワニオ:なるほど。
ミユ:だから普通にOKしたの。
ミユ:行く気だったの。
ミユ:本当に。
ワニオは静かに頷く。
ミユ:でもね。
ミユ:前日くらいから変になってきて。
ミユ:なんか気が重いなーって。
ミユ:当日の朝には。
ミユ:行きたくない……。
ミユ:ってなっちゃった。
夕方の風が吹く。
公園の木々が少し揺れた。
ミユ:結局。
ミユ:体調不良って言ってキャンセルした。
ミユ:本当に体調悪かったわけじゃないのに。
ミユ:最低だよね……。
ワニオは少し考えた。
そしてお茶を一口飲む。
ワニオ:なるほど。
ワニオ:では最初の質問です。
ミユ:うん。
ワニオ:本当に会いたくなかったのですか。
ミユ:……え?

行きたくないのか、怖いのか

ミユ:え?
ワニオ:本当に会いたくなかったのですか。
ワニオ:それとも別の何かですか。
ミユ:うーん……。
ミユ:わかんない。
ミユ:だって会う約束したのわたしだし。
ミユ:嫌いな人じゃないし。
ミユ:むしろ優しい人だし。
ワニオ:なるほど。
ミユ:でも当日になると。
ミユ:なんかお腹重い感じになって。
ミユ:行きたくないなぁって。
ワニオ:会ったら何が起きますか。
ミユ:え?
ワニオ:想像してください。
ワニオ:食事します。
ワニオ:話します。
ワニオ:その後です。
ミユ:その後……。
ミユは少し考えた。
ミユ:もし。
ミユ:相手がもっとわたしを好きになったらどうしようとか。
ワニオ:ほう。
ミユ:逆に。
ミユ:わたしが好きになれなかったらどうしようとか。
ミユ:期待させちゃったら悪いなとか。
ミユ:そういうの考えてたかも。
ワニオ:なるほど。
ミユ:あと。
ミユ:つまらなかったらどうしようとか。
ミユ:沈黙になったらどうしようとか。
ミユ:なんかいっぱい出てくる。
ワニオ:会う前からですか。
ミユ:会う前から。
ワニオ:一人で。
ミユ:一人で。
ワニオ:人類は想像力が豊かですね。
ミユ:褒められてる気がしない。
ワニオ:つまり。
ワニオ:ミユさんは会うことが嫌だったのではありません。
ワニオ:会った後に起きるかもしれない未来が怖かったのです。
ミユ:……。
ワニオ:会う前のミユさんは。
ワニオ:まだ何も失っていません。
ワニオ:傷ついてもいません。
ワニオ:相手を傷つけてもいません。
ワニオ:ですが会うと。
ワニオ:何かが始まる可能性があります。
ワニオ:人類は時々。
ワニオ:始まることより、始まった後を怖がります。
ミユ:あー……。
ミユ:なんか。
ミユ:それかもしれない。
ミユ:会うのが嫌だったんじゃなくて。
ミユ:その先が怖かったのかも。
恋愛のスタートラインが苦手な人類

ミユ:でもさ。
ミユ:こういうの、わたしだけじゃない?
ワニオ:いいえ。
ワニオ:わりといます。
ミユ:本当に?
ワニオ:ええ。
ワニオ:恋愛したくない人類ではありません。
ワニオ:恋愛のスタートラインが苦手な人類です。
ミユ:スタートライン。
ワニオ:付き合った後ではありません。
ワニオ:結婚でもありません。
ワニオ:始まる前です。
ワニオ:そこが一番怖い人類がいます。
ミユ:あー……。
ワニオ:まだ何も起きていないので。
ワニオ:想像だけが大きくなります。
ミユ:それはある。
ミユ:勝手に映画一本作れるもん。
ワニオ:人類の脳は高性能です。
ワニオ:上映しなくていい作品まで制作します。
ミユ:やめてほしい。
ワニオは池を見ながら続ける。
ワニオ:例えばミサキさん。
ミユ:うん。
ワニオ:ミサキさんは、とりあえず会います。
ワニオ:会ってから考えます。
ミユ:たしかに。
ミユ:あの人、飛び込むの早い。
ワニオ:長所です。
ワニオ:ただし。
ワニオ:飛び込んだ後に後悔することもあります。
ミユ:それもありそう。
ワニオ:一方で。
ワニオ:ミユさんは飛び込む前に考えます。
ミユ:考えるねぇ。
ワニオ:かなり考えます。
ワニオ:おそらく人類平均の三倍くらいです。
ミユ:多くない?
ワニオ:体感です。
ワニオ:なので。
ワニオ:傷つきそうな場所を先に見つけます。
ワニオ:相手が悲しむ未来も想像します。
ワニオ:自分が傷つく未来も想像します。
ワニオ:そして。
ワニオ:怖くなります。
ミユ:……。
ミユ:めちゃくちゃ心当たりある。
ワニオ:なので今回の件は。
ワニオ:恋愛したくなかったわけではありません。
ワニオ:恋愛が始まるかもしれない状況に、怖くなった可能性があります。
ミユ:なんか。
ミユ:ちょっと安心した。
ミユ:わたし恋愛嫌いなのかもって思ってた。
ワニオ:違います。
ワニオ:人類は時々。
ワニオ:ブレーキを踏みながら前に進もうとします。
ミユ:それ進まないでしょ。
ワニオ:ええ。
ワニオ:なので煙が出ます。
ドタキャンは悪い。でも、それで終わりではない
ミユ:でもさ。
ミユ:理由がどうあれ。
ミユ:ドタキャンしたのは事実なんだよね。
ミユ:相手、予定空けてくれてたのに。
ワニオ:ええ。
ワニオ:それは事実です。
ミユ:ほらぁ。
ワニオ:ドタキャンは褒められません。
ワニオ:相手の時間を使っていますから。
ミユ:うぅ……。
ワニオ:ですが。
ワニオ:人類は時々。
ワニオ:一回の失敗で全部を否定します。
ミユ:全部?
ワニオ:ええ。
ワニオ:今回なら。
ワニオ:「ドタキャンしてしまった」
ワニオ:から。
ワニオ:「私は恋愛に向いていない」
ワニオ:まで飛びます。
ミユ:あ。
ワニオ:心当たりがありますね。
ミユ:ある。
ミユ:かなりある。
ワニオ:ですが。
ワニオ:失敗と適性は別問題です。
ミユ:……。
ワニオ:例えば。
ワニオ:転んだから散歩に向いていない人類とはなりません。
ミユ:たしかに。
ワニオ:料理を焦がしたから料理人類失格ともなりません。
ミユ:料理人類って何。
ワニオ:正式名称は知りません。
ミユ:絶対ないでしょ。
少しだけ笑う。
さっきより胸が軽くなっていた。
ワニオ:今回の件で反省するべきことはあります。
ワニオ:ですが。
ワニオ:反省と自己否定は違います。
ミユ:それ。
ミユ:人類みんな苦手そう。
ワニオ:ええ。
ワニオ:人類は反省する代わりに、自分を殴り始めます。
ミユ:比喩が痛い。
ワニオ:なので。
ワニオ:今回考えるべきなのは。
ワニオ:「私はダメな人間だ」ではありません。
ワニオ:次に同じことをしないためにはどうするかです。
ミユ:なるほど。
ミユ:なんか。
ミユ:そっちの方が前向きだね。
ワニオ:人類は前を向いた方が歩きやすいですから。
その日行けなかったなら、次に誘えばいい
しばらく。
ミユは池を眺めていた。
夕方の光が、水面に揺れている。
ミユ:でもさ。
ミユ:今さら連絡しづらいんだけど。
ミユ:向こうも怒ってるかもしれないし。
ワニオ:怒っている可能性はあります。
ミユ:うわぁ。
ワニオ:残念ながら。
ワニオ:ドタキャンは好感度が上がる行動ではありません。
ミユ:知ってる。
ワニオ:ですが。
ワニオ:人類は意外と、やり直しもします。
ミユ:やり直し?
ワニオ:ええ。
ワニオ:謝る。
ワニオ:理由を説明する。
ワニオ:次はこちらから誘う。
ワニオ:それだけです。
ミユ:そんな簡単かなぁ。
ワニオ:簡単ではありません。
ワニオ:ですが単純です。
ミユ:あー。
ワニオ:人類は時々。
ワニオ:失敗した瞬間に試合終了だと思います。
ワニオ:ですが実際は。
ワニオ:そこからどう動くかの方が見られています。
ミユ:……。
ワニオ:例えば。
ワニオ:相手の立場になって考えてみましょう。
ワニオ:ドタキャンされました。
ワニオ:その後何も連絡がありません。
ワニオ:どう思いますか。
ミユ:あー……。
ミユ:脈なしだったんだなって思う。
ワニオ:ええ。
ワニオ:では。
ワニオ:後日。
ワニオ:「本当にごめんなさい」
ワニオ:「もしよかったら今度は私から誘わせてください」
ワニオ:と連絡が来たら。
ミユ:あ。
ミユ:全然印象変わるかも。
ワニオ:そういうことです。
ワニオ:恋愛上手な人類は失敗しないのではありません。
ワニオ:失敗した後の修正が上手なのです。
ミユ:それはちょっと希望あるな。
ワニオ:あります。
ワニオ:今回の件は。
ワニオ:終わった恋愛ではありません。
ワニオ:まだ一回目の失敗です。
ミユ:一回目って言われると、なんか軽く聞こえる。
ワニオ:人類はもっと失敗します。
ミユ:そこは希望になってない。
ミユは少し笑った。
そしてスマホを開く。
さっきまで見たくなかったメッセージを、もう一度開いた。
恋愛は、逃げた後に戻る方が難しい

ミユはスマホを見つめた。
画面には、あの男性とのトーク画面。
数時間前まで開くのも嫌だったのに。
今は少しだけ違った。
ミユ:ねぇ。
ワニオ:はい。
ミユ:もし。
ミユ:もしだよ?
ミユ:わたしから誘ったら変かな。
ワニオ:変ではありません。
ワニオ:むしろ自然です。
ミユ:そっか。
ワニオ:人類は。
ワニオ:失敗した後ほど動かなくなります。
ワニオ:恥ずかしいからです。
ワニオ:怖いからです。
ワニオ:ですが。
ワニオ:そこでもう一歩出せる人類は強いです。
ミユ:強いかなぁ。
ワニオ:ええ。
ワニオ:恋愛は前に進むことより、逃げた後に戻る方が難しいです。
ミユ:……。
ワニオ:なので。
ワニオ:戻れる人類は、わりと立派です。
夕方の風が吹いた。
ミユは小さく笑う。
ミユ:じゃあ。
ミユ:ちゃんと謝ってみる。
ミユ:それで。
ミユ:今度はわたしから誘ってみる。
ワニオ:なるほど。
ワニオ:人類が進化しました。
ミユ:だからその言い方やめて。
ワニオ:失礼しました。
ワニオ:ミユさんがレベルアップしました。
ミユ:ゲームみたいになってる。
二人の前を、小学生たちが走っていく。
夕方は少しずつ夜に近づいていた。
ミユはスマホを開く。
そして。
今度は閉じなかった。
まとめ
デートの約束をした時は楽しみだったのに。
当日になると急に行きたくなくなる。
そんな経験がある人は、意外と少なくありません。
その理由は。
相手が嫌だからではなく。
恋愛が始まった後の未来が怖いからかもしれません。
もちろん。
ドタキャンは褒められることではありません。
相手の時間も気持ちも使っています。
ですが。
一度逃げてしまったからといって。
恋愛に向いていないと決めつける必要もありません。
大切なのは、失敗しないことではなく、失敗した後にどう動くかです。
謝る。
やり直す。
自分から誘ってみる。
恋愛上手な人も、だいたいその繰り返しです。
ワニオ:なお。
ワニオ:未来が怖いからといって、現在までキャンセルしないようにしましょう。
ミユ:うまいこと言ったみたいな顔してる。
ワニオ:しています。



