店に入った瞬間、ふわっと魚の香ばしい匂いが広がった。
カウンターには大皿の刺身。奥では焼き魚の煙がゆっくりと上がっている。
少し賑やかで、少し雑で、でもどこか落ち着く空気。
前回のワインバルとは違う、生活に近い夜の匂いだった。
ナナ:
いやー、やっぱ海鮮いいわ。テンション上がる
ミカコ:
食べることしか考えてないでしょ
ナナ:
当たり前じゃん。恋も食も全力よ
ナナが早速、刺身をひとつつまむ。その横で、静かにグラスを持ち上げる人影。
今日のゲストはユキノ。
前回と同じく落ち着いた雰囲気だけど、場所が変わるだけでどこか柔らかく見える。
ユキノ:
ここいいね。なんか気楽に話せそう
ミカコ:
そういう店選んだからね
ナナ:
じゃあ今日は軽めの話にする?
ミカコ:
どうせまた恋愛でしょ
ナナ:
そりゃそうでしょ
ナナ:
じゃあ今日のテーマなんだけどさ
ナナ:
都合のいい女って、なんでなっちゃうの?
その一言に、ユキノがほんの少しだけ笑う。
軽く聞こえるけど、どこか引っかかるテーマだった。
都合のいい女ってどんな状態?
ナナ:
でもさ、「都合のいい女」って言うけど、正直グラデーションあるよね。どこからそうなるの?
ミカコ:
ざっくり言うと、相手の都合に合わせすぎてる状態かな
ナナ:
あー、それはわかる。合わせること自体は悪くないけど、気づいたら全部向こう基準になってるやつね
ユキノ:
そうそう。しかもそれが自然になってると厄介なのよね
ミカコ:
自分の予定とか気持ちより、相手優先が当たり前になってるとアウト
ナナ:
経験あるわ、それ。最初は「たまたま合わせてるだけ」って思ってたのに、いつの間にかそれが普通になってるの
ユキノ:
あと特徴として多いのが、相手に選ばれる側にずっといることかな
ナナ:
あー…それもわかる。「誘われたら行く」ばっかりになるやつでしょ
ユキノ:
そう。「会えるときに会う」とか、「連絡来たら返す」とか、全部相手主導で動いてる状態
ミカコ:
自分から決めてないね
焼き魚の皮を軽くはがしながら、ナナが少し苦笑する。
ナナ:
でもさ、それって本人は気づきにくくない?むしろ「ちゃんとやってる」って思ってる時あるよ
ユキノ:
気づいてないことのほうが多いよ。むしろ「相手にちゃんとしてる自分」って思ってるケースが多い
ミカコ:
優しさと勘違いしてるやつね
ナナ:
あー…それ一番危ないやつだわ
ユキノ:
だから難しいのよ。自分ではちゃんとやってるつもりなのに、結果的に都合よく扱われるっていう
ミカコ:
しかも相手は悪気ない場合もあるしね
ナナ:
それもわかる。向こうからしたら「断らない人」って認識になるだけだもんね
ミカコ:
そう。境界線を引いてないのはこっちだから
ナナ:
うわ、ちゃんと刺さる言い方するね
ユキノ:
だから結局、「都合のいい女」って誰かにされるっていうより、自分でそのポジションに入っていってることが多いんだと思う
なぜ都合のいい女になってしまうのか

ナナ:
でもさ、なんでそうなっちゃうんだろうね。わかっててもハマるときあるじゃん
ミカコ:
原因はいくつかあるけど、一番大きいのは嫌われたくない気持ちかな
ナナ:
あー…それはある。関係切れるくらいなら我慢するほう選んじゃうときあるもん
ユキノ:
うん。それにプラスで、期待しちゃう気持ちも大きいと思う
ナナ:
期待?
ユキノ:
「これだけやってたら、そのうちちゃんと扱ってくれるかも」とか、「いつか本気になるかも」っていうやつ
ミカコ:
それね。未来に期待して今を我慢する構図
ナナ:
うわ、それめっちゃわかる。今ちょっと雑でも、あとでちゃんと来るならいいかって思っちゃうんだよね
刺身の盛り合わせから一切れ取って、ナナがゆっくり口に運ぶ。さっきまでの軽さとは少し違う、現実に寄った空気になる。
ユキノ:
でもね、その「あとでちゃんと来る」は、来ないことのほうが多いよ
ナナ:
やめてくれる?知ってるけど言われると刺さる
ミカコ:
だって相手は最初からその距離感で満足してるんだから、変える理由がない
ナナ:
まぁそうなんだよね…
ユキノ:
あともう一つは、自分の価値を相手基準で見ちゃうことかな
ナナ:
どういうこと?
ユキノ:
相手が優しくしてくれたら「自分は大事にされてる」って思うし、冷たくされたら「自分に問題あるのかも」って思う
ミカコ:
それは危険だね。評価軸が完全に相手にある
ナナ:
あー…それもやったことあるわ。ちょっと優しくされると一気に上がるやつ
ユキノ:
そう。それが積み重なると、少しの優しさでも離れられなくなるのよ
ミカコ:
だから抜け出しにくくなる
ナナ:
なるほどね…じゃあ結局、好きとか優しさとかじゃなくて
ナナ:
不安と期待で続いてる関係になるってことか
ユキノ:
そういうことだと思う
“優しさ”と“都合のよさ”の違い
ナナ:
でもさ、ここ一番ややこしくない?自分では優しくしてるつもりなのに、それが都合よくなってるってさ
ミカコ:
そこははっきり分けたほうがいいね。優しさは相手のため、都合のよさは自分を削ってる状態
ナナ:
うわ、それシンプルだけど刺さる
ユキノ:
優しさってね、余裕があるときにできるものなのよ。無理してやってる時点でちょっと違う
ナナ:
あー…無理してるかどうかか
ミカコ:
そう。あともう一つは、ちゃんと断れるかどうか
ナナ:
出た、それ苦手なやつ
ミカコ:
断れない優しさは、ただの都合のよさになる
運ばれてきた焼きホタテの香りが広がる。ナナは箸を止めて、一瞬だけ考え込む。
ナナ:
でもさ、断ったら嫌われるかもって思うじゃん
ユキノ:
思うよ。でもね、断ったくらいで崩れる関係って、そもそも対等じゃないのよ
ミカコ:
それは本質だね
ナナ:
たしかに…なんでもOKしてるから続いてる関係って、ちょっと変かも
ユキノ:
そう。優しさって本来、相手と対等な位置にあるものだから
ミカコ:
だから都合のいい状態っていうのは、バランスが崩れてるサインでもある
ナナ:
なるほどね…優しいつもりでバランス壊してるってことか
ユキノ:
そういうこと。だから大事なのは、自分を守りながらできてるかどうかなんだと思う
都合のいい女をやめられない理由

ナナ:
でもさ、ここまで分かっててもやめられない人多くない?
ミカコ:
多いね。むしろ分かってるのに抜けられないのが厄介
ユキノ:
うん、頭では分かってるのに続けちゃうのよね
日本酒を一口含んで、ユキノが小さく息をつく。店のざわめきが少しだけ遠くに感じる。
ナナ:
なんでなんだろうね。普通に考えたら離れたほうがいいのに
ミカコ:
理由はいくつかあるけど、まずは離れる決定打がないことかな
ナナ:
あー…めっちゃわかる。決定的に嫌なことされたわけじゃないんだよね
ユキノ:
そうそう。たまに優しかったりするから、余計に切れない
ミカコ:
その“たまに”が曲者。不安定な優しさほど依存を強くするから
ナナ:
うわ、それ聞きたくなかったやつ
ユキノ:
でも本当にそう。毎回優しい人より、たまに優しい人のほうが期待しちゃうのよ
ナナ:
あー…それで離れられなくなるのか
ミカコ:
あとはシンプルに、今の関係を手放すのが怖いっていうのもあるね
ナナ:
ゼロになるのが怖いってやつね
ユキノ:
そう。完全に終わるくらいなら、このままでいいかって思っちゃう
ナナ:
それも経験あるわ…中途半端でも繋がってるほうが楽なんだよね
テーブルの上の刺身は少し減って、代わりに空いた皿が増えていく。時間が進むほどに、話も現実に寄っていく。
ミカコ:
あともう一つは、自分が頑張れば変わると思ってるパターン
ナナ:
出たそれ
ユキノ:
でもね、それってほとんどの場合うまくいかないよ
ナナ:
まぁ…そうだよね
ユキノ:
相手が変わるきっかけって、自分が頑張ることじゃなくて、環境が変わるとか、本人が気づくとかだから
ミカコ:
だから結局、相手に期待してる限り抜けられない
ナナ:
なるほどね…じゃあやめられない理由って
ナナ:
優しさでも好きでもなくて、不安と期待ってことか
ユキノ:
うん、それが一番しっくりくると思う
抜け出すために必要なこと
ナナ:
じゃあさ、そこから抜け出すにはどうすればいいの?
ミカコ:
まず一番シンプルなのは、自分の中で基準を決めることかな
ナナ:
基準?
ミカコ:
どこまでなら許せて、どこからは無理か。それを自分で決めておかないと、流され続ける
ユキノ:
うん、それすごく大事。曖昧なままだと、相手に合わせるしかなくなるからね
ナナ:
たしかに…その場の空気でOKしちゃうこと多いかも
ミカコ:
あとは、小さくでもいいから“NO”を言うこと
ナナ:
いきなり全部断るのは無理だもんね
ミカコ:
そう。いきなり関係切る必要はないけど、少しずつバランス戻していく感じ
ナナがグラスを持ち上げて、少し考えながら一口飲む。さっきよりも、どこか整理された表情だった。
ユキノ:
あとね、これ一番大事かもだけど、相手が変わるのを待たないこと
ナナ:
出た、本質
ミカコ:
それに尽きるね
ユキノ:
期待して待ってる間って、ずっと同じ状態が続くだけなのよ。だから変えるなら、自分の行動しかない
ナナ:
まぁ…耳が痛いけど納得だわ
ミカコ:
結局、関係の主導権を取り戻すことだね
ナナ:
主導権かぁ…それ持ってる感じ、全然なかったかも
ユキノ:
でも取り戻せるよ。最初は小さなことでいいから、自分で決める回数増やしていけばいい
ナナ:
なるほどね…全部変えるんじゃなくて、ちょっとずつか
ミカコ:
そう。無理して強くなる必要はないけど、自分を後回しにしないことは意識したほうがいい
ユキノ:
うん。それができるようになると、自然と都合のいい関係は減っていくから
都合のいい関係じゃなく、自分で選ぶ恋を
ナナ:
なんか今日さ、普通に刺さる話多かったんだけど
ミカコ:
だいたい毎回そうでしょ
ナナ:
まぁそうなんだけどさ、今日はちょっと自分のこと考えたわ
ユキノ:
いいじゃん、それで
焼き魚の最後の一切れをつまみながら、ナナが少しだけ笑う。さっきまでよりも、どこか肩の力が抜けた表情だった。
ナナ:
でもさ、都合のいい女ってさ、なろうとしてなるわけじゃないんだよね
ミカコ:
結果的になってるパターンがほとんど
ユキノ:
うん。だから責める必要はないと思うよ。ただ気づいたら、変えればいいだけ
ナナ:
気づいたらねぇ…そこが一番難しいんだけど
ミカコ:
まぁね。でも今日みたいに話してる時点で一歩進んでるでしょ
ナナ:
それはそうかも
ユキノ:
あとは、自分で選ぶって意識かな。続けるのも、やめるのも、自分で決める
ナナ:
…それできたら、だいぶ変わるよね
ミカコ:
変わるね。少なくとも“流される恋”ではなくなる
ナナ:
よし、じゃあ次の恋はちゃんと自分で選びます
ミカコ:
宣言したね
ユキノ:
いいと思う。そういうの大事
テーブルの上には空いた皿とグラスが並び、店内のざわめきも少し落ち着いてきていた。
ナナ:
じゃあ最後にいきますか
ナナ:
自分で選ぶ恋に
ミカコ:
乾杯
ユキノ:
いい恋できますように
カチン、と軽く響くグラスの音。
少しだけ現実を知って、少しだけ前向きになった夜だった。
まとめ
都合のいい関係は、誰かにされるものじゃなくて、 気づかないうちに自分で選んでいることもある。
でも、それに気づけたなら、 少しずつでも変えていける。
恋は、流されるものじゃなくて、自分で選んでいい。

