カフェは、思っていたより空いていた。
昼過ぎの中途半端な時間。
人はいるけど、騒がしくない。
ちょうどいい温度。
ミユ:このくらいが一番いいよね〜
ミサキ:ええ。無駄に混んでると、それだけで帰りたくなるもの
コーヒーを一口。
ミユはストローをくるくる回しながら、ふと思い出したように言った。
ミユ:てかさ
ミユ:あたしたち、普通に彼氏いないよね
ミサキ:普通にって何よ
ミユ:いや、なんかさ
ミユ:焦ってるわけでもないし、作ろうともしてない感じっていうか
ミサキ:まぁね
ミサキ:いないからって困ってるわけでもないし
ミユ:そうそう、それ
少し間が空く。
どっちも否定しない。
でも、完全に納得してるわけでもない。
ミユ:……これってさ
ミユ:作る気ないのかな、あたしたち
ミサキはカップを置いた。
少しだけ考える。
ほんの一瞬。
ミサキ:ないんじゃなくて
ミサキ:“今はいらない”ってだけでしょ
ミユ:あー……それっぽい
ミユ:なんかさ、いい人いたらいいけど、わざわざ探しに行くほどでもないみたいな
ミサキ:その“わざわざ”が一番面倒なのよ
ミユ:分かる〜
ふたりは、同時に笑った。
軽いノリ。
でも、その裏にあるのは。
“なんとなく恋から距離を取ってる感じ”だった。
なんで彼氏作らないの?
ミユ:でもさ、ほんとなんでなんだろ
ミユ:いないのはいいとして、作ろうともしてないじゃん、あたしたち
ミサキ:……してないわね
ミユ:ね
ミユ:前はもうちょい“欲しいな〜”って感じあった気がするんだけど
ミサキ:あったわね
ミサキ:でも今は、そこまでじゃない
ミユ:なんでだろね
ミサキ:単純よ
ミサキ:「いなくても成立してるから」
ミユは少しだけ止まった。
ミユ:……あー
ミユ:それ、めっちゃ分かるかも
ミユ:毎日普通に楽しいしね
ミサキ:でしょ
ミサキ:仕事もあるし、友達もいるし、やることもある
ミサキ:そこに無理やり誰か入れる必要がないのよ
ミユ:なんかさ
ミユ:昔って“彼氏いない=ちょっと足りない”みたいな感覚なかった?
ミサキ:あったわね
ミサキ:でも今は逆じゃない?
ミサキ:「足りてるからこそ、雑に恋できない」
ミユ:あー……それだ
ミユ:なんか“とりあえず付き合う”みたいなの無理になってる
ミサキ:時間も感情も、そんな安くないのよ
ミユ:ちょっと分かるけど言い方が怖いって笑
ミサキ:まぁ、でもそうでしょ
ミサキ:中途半端な人と会って、気を使って、微妙な空気になって
ミサキ:それで“やっぱ違ったね”ってなるくらいなら
ミサキ:最初から何もしない方が楽
ミユ:……それはほんとにそう
少し、静かになる。
どっちも否定しない。
でも。
ミユ:でもさ
ミユ:それってさ
ミユ:“いらない”ってことじゃないよね
ミサキ:当たり前でしょ
ミサキ:いらないなら、こんな話してないわ
恋したい気持ちはあるの?
ミユ:じゃあさ
ミユ:恋したいかって言われたら、どう?
ミサキは少しだけ考えた。
でも、間は長くなかった。
ミサキ:したいわよ
ミユ:だよね
ミユ:あたしもしたい
即答だった。
さっきまでの空気と、少しだけズレる。
ミユ:なんかさ
ミユ:キュンとか欲しいし
ミユ:「好きだな〜」って思う瞬間も普通に好きなんだよね
ミサキ:分かるわ
ミサキ:ああいうのは、やっぱり代わりがないもの
ミユ:そうそう、それ
少しだけテンションが上がる。
でも、そのあと。
ミユ:……でもさ
ミユ:めんどくさいのも分かってるじゃん
ミサキ:そこよ
ミサキ:「したい」と「やる」が一致してないの
ミユ:あー……
ミユ:したいけど、動きたくはないみたいな
ミサキ:そう
ミサキ:感情としては欲しいのよ
ミサキ:でも、そこに至るまでの工程がだるい
ミユ:それ言うと全部終わるんだけど笑
ミサキ:でも事実でしょ
ミサキ:会って、探って、気を使って、期待して、落ちて
ミサキ:そこまでしてでも欲しいかって言われると、今は違う
ミユ:……それな
ミユ:昔はもっと勢いでいけた気がするんだけどね
ミサキ:勢いでいけなくなったのよ
ミサキ:ちゃんと分かるようになっちゃったから
ミユはストローをくるくる回す。
少しだけ、考える。
ミユ:なんかさ
ミユ:“楽しい部分だけ欲しい”って思っちゃうの、ダメかな
ミサキ:別にダメじゃないわよ
ミサキ:ただ、それは恋じゃないだけ
ミユ:うわ、出た
ミユ:ちょい厳しいやつ
ミサキ:だってそうでしょ
ミサキ:恋って、良いとこ取りできるもんじゃないもの
ミユ:……まぁね
静かに、笑う。
でも、完全には否定しない。
ミユ:でもさ
ミユ:それでもしたくなるとき、あるじゃん
ミサキ:あるわね
ミサキ:そういうときは、だいたい終わるのよ
ミユ:どういう意味?笑
ミサキ:落ちるってこと
ミサキ:考える前に、もう終わってるやつ
いい人がいないのか、自分が変わったのか
ミユ:なんかさ
ミユ:昔より、好きになること減ってない?
ミサキ:減ってるわね
ミサキ:明らかに
ミユ:だよね
ミユ:いい人がいないのかさ
ミユ:自分が変わったのか、どっちなんだろ
ミサキは笑いながら言った
ミサキ:両方でしょ
ミユ:あ、両方なんだ笑
ミサキ:いい人はいると思うわよ
ミサキ:ただ、昔みたいに“なんとなくいい”じゃ無理になっただけ
ミユ:あー……それ分かる
ミユ:ちょっと優しいとか、ちょっと楽しいとかじゃ動かない
ミサキ:でしょ
ミサキ:判断基準が上がったのよ
ミユ:それってさ
ミユ:いいことなのか、悪いことなのか分かんなくない?
ミサキ:いいことよ
ミサキ:無駄な恋しなくなるから
ミユ:でもさ
ミユ:その分、チャンス減ってる気もする
ミサキ:減ってるでしょうね
ミサキ:でもそれって
ミサキ:“選んで減らしてる”のよ
ミユ:……あー
ミユ:自分で削ってるってことか
ミサキ:そう
ミサキ:昔はフィルターがゆるかっただけ
ミユ:言い方ひどいけど分かる笑
なんとなく、間が空く。
コーヒーの湯気がゆっくり上がる。
ミユ:でもさ
ミユ:それってさ
ミユ:ちょっと寂しくない?
ミサキ:……まぁね
ミサキ:昔みたいに、簡単に好きになれた方が楽ではある
ミユ:でしょ
ミユ:あの頃の方が、恋してた感じあるもん
ミサキ:でもね
ミサキ:戻りたいとは思わないでしょ
ミユ:……思わないね
ミユ:なんか、もう無理かも
ミサキ:そういうこと
ミサキ:変わったのよ、ちゃんと
じゃあどんな人なら付き合う?

ミユ:じゃあさ
ミユ:もし今、付き合うとしたらどんな人?
ミサキはカップを持ったまま、視線を上に向けた。
考えているというより、条件を整理している感じだった。
ミサキ:……面白い人
ミユ:あ、出た
ミユ:それ毎回言ってる気がする笑
ミサキ:だって重要でしょ
ミサキ:つまらない人といる時間が一番無駄なのよ
ミユ:それは分かるけどさ
ミユ:“面白い”ってどの方向?
ミサキ:読めない人
ミユ:あー……
ミユ:なんかちょっと分かる
ミサキ:コントロールできない人がいいの
ミユ:それちょっと危なくない?笑
ミサキ:危ないくらいでちょうどいいわよ
ミサキ:全部分かる人って、すぐ飽きるから
ミユ:あー……それはあるかも
ミユ:安心だけだと、物足りなくなるやつ
ミサキ:そう
ミサキ:でも不安だけでも無理
ミサキ:バランスは必要
ミユ:結局そこに戻るんだ笑
ミユは少し考えてから、ストローを置いた。
ミユ:あたしはね
ミユ:一緒にいて楽な人かな
ミサキ:そっちなのね
ミユ:うん
ミユ:無理して頑張らなくていい人
ミユ:気使いすぎなくていい人
ミユ:なんかさ、自然でいられる人がいい
ミサキ:それも分かるわ
ミサキ:結局、そこが一番長く続くものね
ミユ:でしょ
ミユ:ドキドキもいいけど、疲れるのは嫌だし
ミサキ:欲張りね
ミユ:え、だって両方欲しくない?
ミサキ:欲しいわよ
ミサキ:ただ、最初から揃ってることはない
ミユ:あー……
ミユ:育てる感じ?
ミサキ:そういうこと
ミサキ:もしくは、途中で崩れるか
ミユ:急に現実的になるのやめて笑
恋愛しないのってアリ?
ミユ:結局さ
ミユ:恋愛してない今って、どうなんだろうね
ミサキ:何が?
ミユ:アリなのかなって
ミユ:なんかさ、周り見てると普通に恋愛してる人も多いじゃん
ミサキ:してるわね
ミサキ:してる人は、してる
ミユ:それ見るとさ
ミユ:“あれ、自分このままでいいのかな”ってちょっと思うときある
ミサキは、少しだけ笑った。
ミサキ:いいんじゃない?
ミサキ:誰にも迷惑かけてないんだから
ミユ:まぁ、それはそうなんだけどさ笑
ミサキ:恋愛って義務じゃないでしょ
ミユ:うん
ミサキ:してないからって、何か足りないわけでもない
ミユ:……だよね
ミユ:普通に生活してるし
ミユ:楽しいし
ミサキ:でしょ
ミサキ:だから別に、“してない状態”は問題じゃないのよ
ミユ:じゃあさ
ミユ:ずっとこのままでもいいってこと?
少し間ができる。
ミサキはカップを見つめたまま、答えた。
ミサキ:それは違うわね
ミユ:え
ミサキ:“しない”って決めてるならいいけど
ミサキ:そうじゃないなら
ミサキ:来たときに動ける状態ではいた方がいい
ミユ:……来たとき
ミサキ:そう
ミサキ:急に来るから、ああいうのって
ミユ:確かに
ミユ:準備してるときに来ないもんね笑
ミサキ:でしょ
ミサキ:だから今は別にしなくていい
ミサキ:でも、来たときに“めんどくさいからいいや”で逃げるのはもったいない
ミユ:あー……
ミユ:それはちょっと分かるかも
ミユ:せっかく来たなら、ちゃんと向き合いたいよね
ミサキ:そういうこと
ミサキ:しない自由もあるし、する自由もある
ミサキ:どっちも持ってる状態が一番いい
ミユはストローをくるくる回すのをやめて、ふっと笑った。
ミユ:なんかさ
ミユ:今は今でいいけど、いつかはちゃんと恋したいね
ミサキ:そうね
ミサキ:落ちたら、そのときは本気でやればいい
ミユ:あ、それちょっと楽しみかも
ミサキ:まぁ、面白いネタにはなるでしょうね
ミユ:そっちなの!?笑
ふたりは笑った。
カフェの空気は、変わらない。
でも。
ほんのり、未来の話が混ざっていた。

