駅から少し離れた路地裏に、そのスペインバルはあった。
暖色の照明に照らされた店内には、仕事帰りらしい客たちの笑い声がほどよく響いている。
カウンターには生ハムの原木。
奥のテーブルではアヒージョの香りが漂い、ワインボトルが並ぶ棚が店の雰囲気を作っていた。
ナナは赤ワインを軽く揺らしながら、テーブルに置かれた生ハムをつまむ。
ナナ:
ここ好きなんだよね。料理うまいし、恋バナするのにちょうどいい
ミカコ:
恋バナ向きの店って何よ
ナナ:
なんとなくあるのよ。別れる話は居酒屋、恋する話はカフェ、本音はバル
ミカコ:
意味分かりそうで分からない
そんなやり取りをしているところへ、ユキノがやってきた。
ベージュのジャケットに黒のパンツ。
編集部帰りらしい落ち着いた服装だ。
ユキノ:
お待たせ。今日は何の会なの?
ナナ:
危険な会
ユキノ:
嫌な予感しかしない
ミカコ:
今日はたぶん、読者が一番知りたいテーマかもね
店員がワインを注ぎ終える。
三人のグラスが静かに並んだ。
ナナ:
じゃあ今日のテーマいくよ
ナナ:
「本命と遊びって、どう見分けるの?」
ユキノが思わず笑う。
ユキノ:
あー、それは永遠のテーマだね
ミカコ:
恋愛相談で一番多いかもしれない
ナナ:
好きになっちゃうと判断力なくなるからねぇ
ユキノ:
うん。だからこそ外から見る視点って大事なんだと思う
アヒージョが運ばれてくる。
ぐつぐつと音を立てるオリーブオイルの香りが、テーブルを包んだ。
ミカコ:
じゃあ今日は、恋愛経験積んだ三人で本音を話しますか
ナナ:
若い頃なら騙されてた話も含めてね
ユキノ:
それ絶対あるわ
男は本命と遊びで何が違う?

ナナ:
じゃあまず聞きたいんだけどさ。
ナナ:
結局、本命と遊びって何が違うと思う?
ミカコ:
行動かな
ナナ:
即答だね
ミカコ:
だって本当にそうだから
ミカコ:
恋愛相談受けてると、「すごく優しいんです」とか「LINEマメなんです」って話よく聞くけど、それだけじゃ分からない
ユキノ:
うん。言葉って結構誰にでも言えるしね
ナナ:
あー、それはある
店員が焼きたてのバゲットを運んでくる。
ナナはアヒージョのオイルをつけながら話を続けた。
ナナ:
若い頃さ、「好きだよ」って言われると信じちゃってたのよ
ミカコ:
みんな通る道ね
ナナ:
でも後から思うと、本命だった人って言葉より行動だったなって
ユキノ:
分かる
ユキノ:
本命って、会ってる時間だけじゃなくて、会ってない時間にも気にかけてくれるんだよね
ミカコ:
それ大きい
ミカコ:
遊びの相手って、その場はすごく盛り上がることもある
ミカコ:
でも本命は、相手の生活全体を見ようとする
ナナ:
生活全体?
ミカコ:
仕事どうなのとか、最近元気ないけど何かあったとか
ミカコ:
相手そのものに興味があるんだよね
ユキノ:
逆に遊びの場合は、自分が楽しいかどうかが中心になりやすいかも
ナナ:
なるほどねぇ
ユキノ:
もちろん例外はあるけど、本命って「知りたい」が増える恋なんだと思う
ミカコ:
あー、それいい表現
ナナ:
確かに好きな人のことって、どうでもいいことまで知りたくなるもんね
ユキノ:
好きな食べ物とか、休日の過ごし方とかね
ミカコ:
だから本命かどうか見極めたいなら、「相手が自分を知ろうとしているか」は結構大事なポイントだと思う
ナナ:
今日は初っ端から核心きてるね
本命は“都合”より“未来”を見る
ナナ:
でもさ、本命か遊びかって、一番分かりやすい違いある気がするんだよね
ミカコ:
なに?
ナナ:
未来の話があるかどうか
ユキノ:
あー、それはあるかも
ナナ:
遊びの人って今日とか今週とかの話しかしないのよ
ナナ:
でも本命って自然と来月とか半年後とかの話が出るじゃない?
ミカコ:
分かる
ミカコ:
恋愛相談でもあるんだけど、「好きって言ってくれるのに不安です」って人の話を聞くと、だいたい未来がない
ユキノ:
約束がないんだよね
ミカコ:
そう
ミカコ:
来月どこ行こうとか、次の連休どうする?とかがない
ミカコ:
関係を続ける前提で動いてないの
ユキノが白ワインを少し口に含む。
店内にはスペイン語の音楽が静かに流れていた。
ユキノ:
あと、本命って時間の使い方も違う気がする
ナナ:
どういうこと?
ユキノ:
例えば忙しい人っているじゃない
ユキノ:
仕事もあるし趣味もあるし
ユキノ:
でも本命には、その中から時間を作ろうとするんだよね
ミカコ:
それ重要だね
ユキノ:
逆に遊びだと、「空いたから会う」になりやすい
ナナ:
うわぁ、耳が痛い人いっぱいいそう
ミカコ:
でも本質だと思う
ミカコ:
本命は予定に入る。遊びは空き時間に入る。
ナナ:
名言出たじゃん
ユキノ:
確かに分かりやすいかも
ナナ:
あと夜しか会わない人ね
ミカコ:
出た
ナナ:
もちろん仕事の都合もあるよ?
ナナ:
でも何ヶ月も昼デートなし、友達紹介なし、生活見えないはちょっと怪しい
ユキノ:
うん。全部が全部じゃないけど、警戒はしていいと思う
ミカコ:
本命って、相手を自分の世界に入れようとするからね
ユキノ:
だから本命か見極めたいなら、好きって言葉より、未来に自分が存在しているかを見た方がいいかもしれないね
ナナ:
今日はなかなか刺さる回だわ
女性が勘違いしやすいポイント

ナナ:
でもさ、ここからが難しいんだよね
ナナ:
女性って結構勘違いしちゃうじゃない?
ミカコ:
するね
ユキノ:
わたしも若い頃はした
ナナ:
例えばさ、「LINEが毎日来る」
ミカコ:
あるある
ナナ:
「優しい」
ユキノ:
あるある
ナナ:
「会うと楽しい」
ミカコ:
それもあるある
ナナ:
で、「これは本命だ!」ってなるのよ
ユキノ:
でも違うことあるんだよねぇ
生ハムをつまみながら、ユキノが苦笑する。
ミカコ:
むしろその3つだけだと判断できないと思う
ナナ:
厳しいねぇ
ミカコ:
だって優しい人は誰にでも優しいし
ミカコ:
LINE好きな人は誰にでも送るし
ミカコ:
会えば楽しいなんて当たり前だから
ユキノ:
確かにね
ミカコ:
だから女性が見なきゃいけないのは、「特別扱いされてるか」なんだと思う
ナナ:
おぉ
ユキノ:
それ分かりやすいかも
ミカコ:
例えば忙しいのに時間作るとか
ミカコ:
苦手なことでも頑張るとか
ミカコ:
わざわざ会いに来るとか
ミカコ:
そういうのは「その人だから」やってる可能性が高い
ナナ:
逆にみんなにやってることは、本命サインじゃないってことね
ミカコ:
そういうこと
店員が海老のアヒージョを追加で運んでくる。
ぐつぐつと音を立てる鍋から、にんにくの香りが立ち上った。
ユキノ:
あとさ、本命かどうかで一番分かりやすいのって、実は嬉しい時じゃない気がする
ナナ:
どういうこと?
ユキノ:
困った時かな
ミカコ:
あー、それはある
ユキノ:
体調崩した時とか、落ち込んでる時とか
ユキノ:
そういう時にどう接してくるかで、その人の本気度って結構見える
ナナ:
楽しい時間を共有するのは簡単だからね
ミカコ:
でも面倒な時間を一緒に過ごせるかは別
ユキノ:
本命って、相手の楽しい部分だけじゃなくて、面倒な部分も引き受けようとするんだと思う
ナナが静かに頷いた。
ナナ:
それ、恋愛ベテランの意見って感じするわ
遊びの男性が絶対にやらないこと
ナナ:
じゃあ逆にさ、遊びの男性が絶対やらないことってある?
ミカコ:
あると思う
ユキノ:
わたしもあると思うな
ナナ:
こういうの読者好きそう
ミカコ:
まず一つ目は、面倒なことに付き合うこと
ナナ:
あー…
ユキノ:
分かる
ミカコ:
楽しい時間だけ共有するのは簡単なの
ミカコ:
でも愚痴を聞いたり、不安に付き合ったり、体調悪い時に気にかけたりは手間がかかる
ミカコ:
遊びなら、そのコストを払いたがらない
ナナ:
なるほどねぇ
ナナがワインを飲みながら頷く。
この手の話は、経験がある人ほど反応が早い。
ユキノ:
あと、自分の生活を見せない人も多いかも
ナナ:
出た
ミカコ:
それ大きいね
ユキノ:
友達の話が出ないとか
ユキノ:
休日何してるか分からないとか
ユキノ:
住んでる場所や生活リズムが謎とか
ナナ:
いるいる
ミカコ:
だって本命なら、いずれ生活が交わる可能性あるからね
ミカコ:
隠す必要があまりない
ユキノ:
そう
ユキノ:
もちろん慎重な人もいるけど、何ヶ月経っても何も見えてこないなら少し考えた方がいいかも
店員が生ハムを追加で削り始める。
カウンター越しに聞こえる包丁の音が心地よかった。
ナナ:
あとさ、本命って友達に紹介される率高くない?
ミカコ:
高い
ユキノ:
高いね
ナナ:
あたしの経験上だけど、本命はどこかで人に話したくなるのよ
ミカコ:
隠す理由がないからね
ユキノ:
むしろ存在を自然に生活の中へ入れていく感じかな
ミカコ:
結局さ
ミカコ:
遊びって責任を持たなくても成立するの
ミカコ:
でも本命は違う
ミカコ:
本命って、その人の人生に少しずつ責任を持とうとする恋愛なんだよね
その言葉に、ナナもユキノも静かに頷いた。
ユキノ:
うん。それが一番しっくりくるかもしれない
ナナ:
今日の名言、今のところそれだわ
最後は“自分の扱われ方”を見る

ナナ:
なんか今日話してて思ったけどさ
ナナ:
結局、好きになると分からなくなるんだよね
ミカコ:
それはそう
ユキノ:
恋愛してる時って、自分だけは冷静だと思ってるしね
ナナ:
あたし何回も騙されたわ
ミカコ:
騙されたというか、見たいものだけ見てたんでしょ
ナナ:
やめて、正論やめて
三人が笑う。
店内の空気はすっかり和やかになっていた。
最初は恋愛テクニックの話だったのに、いつの間にか人を見る話になっている。
ユキノ:
でも本当に思うのは、言葉だけ見ちゃダメだなってことかな
ミカコ:
うん
ユキノ:
好きって言われた回数とか、LINEの頻度とか
ユキノ:
そういうのももちろん大事なんだけど
ユキノ:
最終的にはどう扱われているかだと思う
ナナ:
それよねぇ
ミカコ:
大事にされてるかどうか
ナナ:
雑に扱われてるのに「でも優しいんです」って相談、結構あるしね
ユキノ:
あるある
ミカコ:
恋愛って不思議で、言葉より行動の方が本音出るから
ミカコ:
会いたい時だけ連絡してくるのか
ミカコ:
困った時もそばにいるのか
ミカコ:
未来に自分を入れてくれるのか
ミカコ:
そういう積み重ねを見る方が正確
ユキノ:
あとね
ユキノ:
本命か遊びかを見極めるために一番大事なのは、自分を安売りしないことかもしれない
ナナ:
おぉ
ユキノ:
雑に扱われても我慢したり、自分ばっかり頑張ったりすると、判断できなくなるから
ミカコ:
それは本当にそう
ユキノ:
自分を大事にできる人ほど、相手が自分を大事にしているか見えるんだと思う
少しだけ静かな時間が流れる。
誰も反論しなかった。
きっと三人とも、過去に思い当たる恋があったからだ。
ナナ:
じゃあ今日は締めますか
ミカコ:
そうだね
ナナ:
本命を見抜く目に
ミカコ:
言葉より行動を見る力に
ユキノ:
自分を安売りしない恋に
三人のグラスが静かに重なる。
カチン、と小さな音が鳴った。
恋愛は難しい。
でも、自分を大切にしてくれる人は、案外ちゃんと行動で教えてくれているのかもしれない。

