夕方の編集部。
窓から入るオレンジ色の光の中で、ユキノが資料を整理している。
そこへ、大学帰りのシュウがふらっと顔を出した。
ユキノ:あれ、シュウちゃん。今日は一人?
シュウ:うん。ハルキはバイト、アカリは友達と買い物らしい。
ユキノ:そっか。何か飲む?
シュウ:コーヒーください。
ちょうどそこへナナも編集部へやって来る。
ナナ:お、若者がいる。
シュウ:その言い方、おばさんっぽいですよ。
ナナ:失礼な。お姉さんって言いな。
シュウ:じゃあ、お姉さん。
ナナ:よし。
そんなやり取りを見ながら、ユキノが笑う。
少し雑談が続いたあと、シュウがコーヒーカップを持ったまま、ぽつりと口を開いた。
シュウ:そういえばさ。
ユキノ:うん?
シュウ:友達の好きな人を好きになったら、どうするのが正解なんだろ。
編集部が少しだけ静かになる。
ナナ:急に重いテーマきたね。
シュウ:いや、私の話じゃないよ。
ユキノ:友達の?
シュウ:そう。知り合いがそんな話しててさ。気になっただけ。
そのタイミングで、編集部のソファで昼寝をしていたワニオがゆっくり顔を上げた。
ワニオ:恋は、ときどき友情と同じ席に座ってしまいますね。
ナナ:起きたと思ったら、いきなりワニオ節。
シュウ:でもさ、実際どうなんだろ。
ユキノ:好きになる気持ちは止められない。でも、そのあとどうするかは人によって答えが分かれそうだね。
ナナ:友情を選ぶ人もいるし、恋を選ぶ人もいる。
ワニオ:だからこそ、青春は難しいのでしょうね。
友達の好きな人を好きになってしまった。
誰かが悪いわけではない。
それでも、友情と恋愛の間で悩んでしまう人は少なくない。
今回はそんな少し切なくて、誰にでも起こり得る恋の話をしてみることにした。

友達の好きな人を好きになるのは悪いこと?

ユキノ:まず一番最初に考えたいのは、「好きになってしまったこと自体は悪いことなのか」ってことだね。
シュウ:そこ気になる人、多いと思う。
ナナ:うん。でも私は、好きになること自体は悪くないと思うよ。
シュウ:私もそう思う。
ユキノ:気持ちって「好きにならないようにしよう」って思って止められるものじゃないからね。
ワニオ:恋は雨みたいなものですね。「今日は降らないでください」とお願いしても、空はあまり聞いてくれません。
ナナ:珍しく分かりやすい例え。
ワニオ:ありがとうございます。
シュウ:でもさ。
ユキノ:うん。
シュウ:好きになった瞬間から、「私最低かも」って思う人もいるじゃん。
ナナ:いるね。
ユキノ:でも、それだけ友達を大切に思ってるからこそ悩むんだと思う。
ワニオ:友情がなければ、そもそも悩みませんからね。
シュウ:確かに。
ナナ:だから最初に自分を責めすぎないこと。
ユキノ:好きになる気持ちと、その後どう行動するかは分けて考えていいと思うよ。
大切なのは「好きになった後」の行動
シュウ:結局そこなんだよね。
ナナ:例えば友達がずっと片思いしてる相手に、自分だけ何も言わずアプローチする。
シュウ:それはちょっと違う気がする。
ユキノ:逆に、好きになったからって必ず諦めなきゃいけない、とも言い切れないよね。
ワニオ:恋にも友情にも、共通の正解はありませんね。
ナナ:だから難しいんだよ。
シュウ:もしその友達が、何年も片思いしてたら?
ユキノ:また答えは変わるかもしれない。
ナナ:逆に、「好き」って言ってるだけで何も行動してない人もいるしね。
シュウ:そうそう。
ナナ:状況が違うのに、「友達なんだから絶対ダメ」「恋なんだから絶対自由」って決めつけられない。
ユキノ:だからこそ、一人で答えを急がない方がいいのかもしれないね。
ワニオ:恋は相手がいて初めて動きます。自分の気持ちだけでは完成しませんからね。
シュウ:……それもそうか。
ナナ:ちなみに、その知り合いって。
シュウ:うん?
ナナ:かなり悩んでるの?
シュウ:どうだろ。
シュウは少しだけ考えてから、コーヒーを一口飲んだ。
シュウ:でも、もし私だったら。
そこまで言って、小さく笑う。
シュウ:……いや、違う違う。あくまで例えばね。
ナナ:はいはい。
ユキノ:ふふ。
ワニオ:「もし私だったら」という言葉には、不思議と想像が入りやすいものですね。
シュウ:ワニオ、そういうこと言わなくていいから。
ナナ:じゃあ次は、その恋がどんな状況なのかで考えてみようか。
まず考えたいのは「友達は片思い?付き合っている?」

ユキノ:実はね、このテーマって状況によって答えが結構変わるんだよね。
シュウ:状況?
ユキノ:例えば、その友達が付き合ってる相手なのか、それとも片思いなのか。
ナナ:ここは大きい。
シュウ:確かに。
ユキノ:もし付き合っている相手なら、友達との関係も含めて慎重に考えた方がいいと思う。
ナナ:さすがにそこへ飛び込むのは、友情にも恋愛にも傷が残りやすいかな。
シュウ:うん。
ユキノ:でも片思いだったら、少し話は変わってくる。
シュウ:まだ誰とも付き合ってないもんね。
ナナ:そう。
ナナ:友達が好きなのは自由。
ナナ:自分が好きになるのも自由。
ナナ:問題は、そのあとどう動くかなんだよ。
ワニオ:恋は映画館の席みたいですね。
シュウ:また始まった。
ワニオ:隣の席が空いているからといって、自分の席とは限りません。
ナナ:あー。
ユキノ:なるほど。
ワニオ:でも上映が始まる前なら、まだ座る人は決まっていないこともあります。
シュウ:……なんか分かるのが悔しい。
ナナ:ワニオってたまにそういうのあるよね。
ワニオ:ありがとうございます。
友達が「好き」と言っているだけなら答えは一つじゃない
ユキノ:友達が「好きなんだよね」って話してるだけの場合もあるよね。
シュウ:うん。告白もしてないし、相手も知らない。
ナナ:その状態なら、「友達だから絶対諦めなきゃいけない」とまでは私は思わないかな。
シュウ:でも動きづらいよね。
ナナ:もちろんね。
ユキノ:友情を優先する人もいるし、「恋は誰のものでもない」って考える人もいる。
ワニオ:恋は予約席ではありませんからね。
シュウ:今日は席シリーズ?
ワニオ:今気付きました。
ナナ:無意識だったんだ。
シュウ:ちなみに、その知り合いは。
ユキノ:うん。
シュウ:友達が好きって知ってから、その人を好きになったらしい。
ナナ:後からなんだ。
シュウ:そういうこともあるよね。
ユキノ:あると思う。
ワニオ:恋は落とし物みたいですね。
シュウ:今度は落とし物?
ワニオ:探しに行く人より、「あれ、ここにあった」と拾う人の方が多い気がします。
ナナ:……それ、ちょっと好き。
ユキノ:好きになろうと思って好きになることって、案外少ないもんね。
シュウ:だから難しいんだよ。
ナナ:じゃあ次は、その恋を友達に話すべきなのか考えてみようか。
友達には話した方がいい?
ユキノ:じゃあ次は、「友達に話した方がいいの?」っていう悩みについて考えてみようか。
シュウ:これ、一番難しい気がする。
ナナ:うん。正解は一つじゃないね。
ワニオ:秘密は、お弁当のおかずみたいですね。
シュウ:また始まった。
ワニオ:早く開けた方がおいしいものもあれば、最後まで残しておいた方がいいものもあります。
ナナ:今日は食べ物シリーズか。
ワニオ:お腹が空いているのかもしれません。
シュウ:正直でよろしい。
話した方がいいケースもある
ユキノ:例えば、友達とすごく仲が良くて、このままだと隠し続ける方がつらいなら、話すという選択もあると思う。
ナナ:あと、自分がその人にアプローチしようと思ってるならね。
シュウ:黙ったまま動くのは、あとで余計こじれそう。
ユキノ:そうなんだよね。結果より、「何も知らなかった」が一番ショックになることもあるから。
ワニオ:あとから地図を渡されても、「もう通り過ぎました」となることがありますね。
シュウ:それはちょっと分かる。
でも、急いで伝えなくてもいい場合もある
ナナ:逆に、まだ自分の気持ちも整理できてないなら、無理に話さなくてもいいと思うよ。
ユキノ:「好きかもしれない」くらいなら、自分の気持ちを落ち着いて見つめる時間も必要だよね。
シュウ:うん。
ナナ:焦って全部話した結果、余計に関係がぎくしゃくすることもあるし。
シュウ:その知り合いも、たぶんそこなんだよね。
ユキノ:まだ自分でも気持ちがはっきりしてない?
シュウ:それもあるし。
シュウは少しだけ言葉を探す。
シュウ:友達はたぶん気付いてないんだけど。
ナナ:うん。
シュウ:周りから見たら、相手のこと好きそうなんだよね。
ユキノ:……なるほど。
シュウ:しかも相手も、たぶんその友達のこと好きそう。
ナナ:じゃあ、その知り合いは余計動きにくいか。
シュウ:そういうこと。
ワニオ:春になる前の桜みたいですね。
シュウ:桜?
ワニオ:本人はまだ咲いていないと思っていても、周りは「もうすぐだな」と気付いています。
ナナ:ああ、それ今日一番好きかも。
ユキノ:本人だけが気付いてない恋って、意外とあるからね。
シュウ:……あるよね。
ナナ:じゃあ次は、その恋を選ぶのか、それとも友情を選ぶのか。
ユキノ:そこをもう少し考えてみよう。
友情を選ぶ?それとも恋を選ぶ?

ユキノ:ここまで話してきて思うのは、「友情を選ぶべき」「恋を選ぶべき」って簡単には言えないってことなんだよね。
シュウ:うん。
ナナ:どっちを選んでも、何かは失うかもしれない。
ワニオ:恋はシーソーみたいですね。
シュウ:次は遊具シリーズ?
ワニオ:気付いたら乗っていました。
ナナ:続けて。
ワニオ:友情だけを重くすると恋が浮いてしまいますし、恋だけを重くすると友情が浮いてしまいます。大切なのは、どちらが正しいかではなく、自分がどちらに座るかですね。
シュウ:……なるほど。
諦めても後悔、動いても後悔することがある
ユキノ:友達を大切にしたくて、自分の恋を諦める人もいる。
ナナ:逆に、「あの時ちゃんと伝えればよかった」って何年も引きずる人もいる。
シュウ:どっちもありそう。
ユキノ:だから、後悔しない選択を探すというより、自分で納得できる選択を考えた方がいいのかもしれないね。
ワニオ:恋はテストではありませんからね。
シュウ:急に学校。
ワニオ:正解を書いても百点とは限りませんし、不正解でも大切なことを覚える日があります。
ナナ:それは結構好き。
シュウ:ワニオって、たまにズルいよね。
ワニオ:ありがとうございます。
大切なのは「誰かを悪者にしない」こと
ユキノ:このテーマって、誰かを悪者にしたくなるけど。
ナナ:実際は誰も悪くないことも多いんだよね。
シュウ:友達も悪くない。
ユキノ:好きになった自分も悪くない。
ナナ:もちろん、好きになられた相手も悪くない。
シュウ:だから難しい。
ワニオ:恋は椅子取りゲームではありません。
シュウ:また遊びになった。
ワニオ:座れなかった人が負けるわけではありませんし、座った人が勝ちとも限りません。
ナナ:ああ、それ恋愛っぽい。
ユキノ:誰かを責めるより、自分がどうしたいのかを考える方が前に進める気がする。
シュウ:……うん。
シュウはカップの中を見つめたまま、小さく息を吐いた。
シュウ:その知り合いもさ。
ユキノ:うん。
シュウ:たぶん誰のことも嫌いになりたくないんだと思う。
ナナ:優しい子なんだね。
シュウ:たぶんね。
ワニオ:優しい人ほど、信号が全部青になる道を探してしまいます。
シュウ:そんな道ある?
ワニオ:私はまだ見つけたことがありません。
ナナ:だからみんな、どこかで立ち止まるんだろうね。
ユキノ:恋も友情も大事だからこそ、簡単には決められない。
シュウ:……そうだね。
その返事は短かった。
ナナ:じゃあ最後に、一つだけ気になること聞いてもいい?
シュウ:なに?
ナナ:その知り合い、本当に「知り合い」なんだよね?
シュウ:……さあね。
そう言って笑ったシュウの表情は、いつもと何も変わらなかった。
本当に「友達」の話だったのかな

ユキノ:今日話してみて思ったけど、このテーマって正解を探すより、自分がどうしたいかを考える時間なのかもしれないね。
ナナ:うん。答えを急ぐと、どっちも大事なのにどっちも失うこともあるし。
シュウ:そうだね。
ワニオ:青春は、急いでページをめくると、しおりを落としてしまいますね。
シュウ:読書シリーズ。
ワニオ:静かな図書館みたいな話でしたので。
ナナ:ワニオなりに空気読んでたんだ。
ワニオ:読めているかは分かりません。
みんなが笑う。
少し空気が柔らかくなった。
ユキノ:ところで、その知り合いは今どうしてるの?
シュウ:どうもしないんじゃないかな。
ナナ:様子見?
シュウ:たぶん。
ユキノ:それでいい時もあるよ。
シュウ:うん。
シュウは立ち上がり、空になったカップを流しへ持っていく。
シュウ:じゃ、そろそろ帰るね。
ナナ:気を付けて。
ユキノ:また遊びにおいで。
シュウ:うん。
編集部を出ると、夕焼けが薄くなっていた。
駅へ向かって歩いていると、前の方から聞き慣れた笑い声がする。
アカリだった。
その隣にはハルキ。
二人は何か楽しそうに話しながら歩いている。
シュウは足を止めた。
アカリ:あ、シュウ!
ハルキ:お、編集部帰り?
シュウ:うん。ちょっとね。
アカリ:今から駅?
シュウ:そうそう。
ハルキ:じゃ、一緒に行く?
シュウ:いや、今日はいいや。
アカリ:そっか。またね!
シュウ:うん。またね。
二人はそのまま並んで歩いていく。
シュウも反対方向へ歩き出した。
振り返ることはなかった。
ただ、小さく笑ってつぶやく。
シュウ:……まあ、いっか。
編集部
ワニオ:青春は、不思議ですね。
ナナ:急にどうしたの。
ワニオ:本人より、周りの人の方が物語の続きを想像してしまいます。
ユキノ:……そうかもしれないね。




