仕事帰りの人たちで賑わう串揚げ屋。
店内には揚げたての串が運ばれるたび、香ばしい衣の匂いが広がっていた。
「二度漬け禁止でお願いします!」
店員の元気な声に、周りの客から小さな笑いが起こる。
そんな活気のある店の一角で、ナナは揚げたてのレンコン串を頬張っていた。
ナナ:
熱っ…でもうまっ
ミカコ:
毎回揚げたてからいくよね
ナナ:
揚げたては待っちゃダメなのよ
向かいではミカコがハイボールをひと口。
ユキノはベージュのジャケットを椅子に掛け、レモンサワーを手に微笑んでいる。
ユキノ:
串揚げってテンション上がるよね
ナナ:
一本ずつ来るから永遠に食べられる気がする
ミカコ:
その理論で毎回食べ過ぎてるけどね
三人が笑う。
ちょうど目の前には、アスパラ、うずら、えび、紅しょうがの串が並んだ。
ナナ:
ねぇ、今日ちょっと聞きたいことあるんだけど
ミカコ:
なに?
ユキノ:
今日は恋愛?人生?
ナナ:
恋愛かな。好きじゃない人と付き合ったことある?
一瞬だけ、テーブルの空気が止まる。
ミカコはハイボールを置き、ユキノは少しだけ考えるように視線を落とした。
ミカコ:
……面白い質問するね
ユキノ:
これ、人によって全然答え違いそう
ナナ:
だから聞いてみたかったの。「好きじゃないなら付き合わない」って人もいるし、「付き合ってから好きになることもある」って人もいるじゃない?
ミカコ:
確かに
ユキノ:
今日は意見が分かれそうだね
揚げたての串揚げから、ジュッと小さな音が聞こえる。
恋愛に正解はあるのか。
三人の答えは、意外にもきれいに分かれることになる。
「好き」じゃなくても付き合ったことはある?

ナナ:
じゃあ順番にいこうか。
ナナ:
私は、ある。
ミカコ:
あるんだ。
ナナ:
好きっていうより、「いい人だな」って感じだったの。
ナナ:
優しいし、一緒にいて楽だったし、「付き合ったら好きになるかも」って思って。
ユキノ:
その気持ちは分かるなぁ。
ナナ:
でもね、結局恋愛にはならなかった。
ナナ:
嫌いじゃない。でもドキドキもしない。
ナナ:
なんか友達の延長だった。
店員が揚げたてのえび串を運んでくる。
衣の弾ける音と香ばしい匂いに、三人の箸が自然と伸びた。
ミカコ:
私は逆かな。
ミカコ:
好きじゃない人とは付き合ったことない。
ナナ:
やっぱりそうなんだ。
ミカコ:
相手にも失礼だと思っちゃうから。
ミカコ:
「好きになるかもしれない」で付き合うのは、私はできなかった。
ユキノ:
ミカコらしいね。
ミカコ:
もちろん考え方は人それぞれだけどね。
ミカコ:
私は付き合うなら、「この人と一緒にいたい」って気持ちが最初に欲しかった。
ナナ:
そこブレないよね。
ユキノ:
私は二人のちょうど真ん中かも。
ナナ:
おっ、きた。
ユキノ:
好きじゃないというより、「まだ好きじゃない」人と付き合ったことはある。
ミカコ:
その表現いいね。
ユキノ:
一緒にいる時間が増えたら、好きになることもあるんじゃないかなって思ってたの。
ナナ:
で、実際どうだった?
ユキノ:
恋になったこともあるし、ならなかったこともある。
ユキノ:
だから私は、「好きは育つこともある」って今でも思ってる。
ミカコ:
なるほどね。
ナナ:
面白いね。
ナナ:
三人とも経験あるのに、答えがこんなに違うんだ。
ミカコ:
恋愛って、正解が一つじゃない証拠だね。
好きは育つ?育たない?

ナナ:
でもさ、ここが一番気になるんだけど。
ナナ:
好きって育つものなのかな?
ミカコ:
私は恋愛感情は育ちにくいと思ってる。
ユキノ:
私は逆かな。
ユキノ:
育つ恋もあると思う。
ナナ:
ほら、もう割れた。
店員が揚げたてのアスパラ串を運んでくる。
サクッという軽い音がして、三人は思わず顔を見合わせた。
ミカコ:
もちろん、人として好きになることはあるよ。
ミカコ:
尊敬も信頼も、一緒に過ごせば深くなる。
ミカコ:
でも、恋愛の「会いたい」とか「触れたい」とか、そういう気持ちは最初からある程度ないと難しい気がする。
ナナ:
なるほどねぇ。
ユキノ:
私は昔、それが分からなかったの。
ユキノ:
最初は友達みたいだった人を、だんだん好きになった経験があって。
ユキノ:
だから「最初から好きじゃないとダメ」とは思えないんだよね。
ミカコ:
それは実際に経験したから言えることだね。
ナナ:
私は二人の間かな。
ナナ:
好きになる可能性があるなら付き合うのもアリ。
ナナ:
でも、「そのうち好きになるはず」って自分に言い聞かせ続ける恋は、だいたいうまくいかなかった。
ユキノ:
その違いは大きいね。
ミカコ:
期待と我慢は別だから。
ナナ:
あ、それ名言。
ミカコ:
付き合ってから相手を知るのは自然。
ミカコ:
でも「好きにならなきゃ」と自分に無理をさせる恋は長続きしないと思う。
ユキノがレモンサワーをひと口飲む。
ユキノ:
結局、「育つ恋」はある。
ユキノ:
でも、育つかどうかは付き合ってみないと分からない。
ユキノ:
だからこそ、相手をちゃんと知りたいと思えるかは大事なんじゃないかな。
ナナ:
「好きだから付き合う」だけじゃなくて、「もっと知りたいから付き合う」もあるってことか。
ミカコ:
そう考えると、恋愛ってやっぱり人それぞれだね。
「いい人だから」は付き合う理由になる?

ナナ:
でもさ、「いい人なんだけどね」ってあるじゃない。
ミカコ:
恋愛相談で一番聞く言葉かもしれない。
ユキノ:
「優しいし、誠実なんだけど…」ってやつね。
ナナ:
そうそう。その「…」が問題なのよ。
店員が紅しょうがの串揚げを置く。
ナナは興味津々で手を伸ばした。
ナナ:
でもさ、いい人なら付き合った方が幸せになれそうって思わない?
ミカコ:
頭では思う。
ミカコ:
でも恋愛って、頭だけではできないからね。
ユキノ:
うん。
ユキノ:
条件だけで好きにはなれないんだよね。
ナナ:
分かるなぁ。
ナナ:
昔、「この人と結婚したら幸せなんだろうな」って思った人いたもん。
ミカコ:
でも?
ナナ:
会う日が近づいてもワクワクしなかった。
ナナ:
むしろ「何話そうかな」って考えてる自分がいた。
ユキノ:
それって結構答え出てるよね。
ミカコ:
恋愛って、「いい人」かどうかだけじゃなくて、「また会いたい」と自然に思えるかも大事だから。
ナナ:
そうなんだよね。
ユキノ:
逆に、好きな人って理由なく会いたくなるもんね。
ミカコ:
忙しくても時間を作りたくなるし。
ナナ:
「いい人」と「好きな人」は似てるようで違うんだ。
ユキノ:
でも、「いい人」を好きになることももちろんあるよ。
ユキノ:
だから無理に線を引かなくてもいいと思う。
ユキノ:
ただ、「いい人だから好きにならなきゃ」って思い始めたら、少し苦しくなるかもしれないね。
三人とも静かに頷く。
串揚げは揚げたてが一番おいしい。
恋愛もまた、気持ちを無理に温めようとしてもうまくいかないことがあるのかもしれなかった。
正解は人それぞれ。でも、自分の気持ちには嘘をつかない

ナナ:
今日話してて思ったけどさ。
ナナ:
「好きじゃない人とは付き合うな」って言い切れないし、「付き合えば好きになる」って言い切ることもできないね。
ミカコ:
うん。どっちも本当だから。
ユキノ:
恋愛って、人によって始まり方が違うもんね。
店内は相変わらず賑やかだった。
カウンターでは串が次々と揚がり、仕事帰りの人たちが笑い合っている。
ナナ:
でも一つだけ思うの。
ナナ:
昔の私は、「好きにならなきゃ」って頑張りすぎてたかもしれない。
ミカコ:
責任感が強い人ほど、そうなりがちだよね。
ユキノ:
相手がいい人だと、なおさらね。
ナナ:
そうなのよ。
ナナ:
「こんなに優しい人なんだから、好きになれない私がおかしいのかな」って思っちゃってた。
ミカコ:
でも恋愛感情って、努力して作るものじゃないから。
ユキノ:
自分を責める必要もないよね。
ミカコ:
付き合う理由も、別れる理由も、人それぞれ。
ミカコ:
でも自分の気持ちを無視し続ける恋愛だけは、誰も幸せになりにくいと思う。
その言葉に、ナナが静かに頷いた。
ナナ:
結局、一番かわいそうなのって、お互いなんだよね。
ユキノ:
うん。
ユキノ:
相手に期待させてしまうこともあるし、自分も無理を続けることになる。
ナナ:
だから、「いい人だから付き合う」じゃなくて、「この人と一緒にいたい」って思えるかを大事にしたいな。
ミカコ:
私はそれが一番自然だと思う。
ユキノ:
私は「付き合って好きになる恋」も信じてる。
ユキノ:
でも、それは「もっとこの人を知りたい」って気持ちがあることが前提かな。
ナナ:
なるほどね。
ナナ:
今日は三人とも答え違ったけど、不思議と全部納得できた。
ミカコ:
恋愛に正解は一つじゃないからね。
ナナ:
じゃあ最後に。
ナナ:
素直な気持ちに。
ミカコ:
無理をしない恋に。
ユキノ:
自分らしく始まる恋に。
三人のグラスが、軽やかな音を立てて重なった。
恋の始まり方は、人それぞれ。
だからこそ、自分の気持ちだけは、ごまかさないでいたい。
まとめ
好きじゃない人と付き合うことに、正解はありません。
付き合ってから恋愛感情が育つ人もいれば、友達のまま変わらない人もいます。
大切なのは、「好きにならなきゃ」と自分に無理をさせないこと。
相手を大切にすることと同じくらい、自分の気持ちも大切にしながら恋愛を選んでいきたいですね。

