午後の編集部。
ひと仕事終えたミユが、デスクに頬杖をつきながら小さくため息をついた。
ミユ: なんかさ、あたし最近ちょっと嫌なんだよね
ミカコ: また急だね
リク: 何かあったんですか?
ミユ: いや、大したことじゃないんだけど。人の嫌なとこばっか目につく時ない?
少し離れたところで資料をまとめていたマリが、手を止めて顔を上げる。
マリ: 嫌なところばかり?
ミユ: そう。友達でも、恋人でも、仕事の人でもさ。最初は普通にいい人だなって思ってるのに、だんだん細かいとこ気になってくるの
ミカコ: また減点方式になってる?
ミユ: それ! まさにそれ!
リク: 例えばどんなところです?
ミユ: 返信ちょっと遅いとか、話をさえぎるとか、店員さんへの言い方ちょっと気になるとか。あと一回気になると、そこばっか見ちゃう
ミカコ: で、いいところ全部どっか行くんだ
ミユ: そうなの。自分でも性格悪いなって思うんだけど
ケンジ: 性格悪いって決めるのも早いぞ
いつの間にか近くに来ていたケンジが、コーヒー片手に会話へ入ってくる。
ミユ: ケンジさんいたの?
ケンジ: いたよ。人の欠点ばっか探してるって話が聞こえたからな
ミカコ: 言い方(笑)
ケンジ: でもまあ、人間なんてそんなもんだ。いいところは慣れる。悪いところは刺さる
リク: それはちょっと分かります
マリ: 近くなるほど、見えるものも増えるからね
ミユ: でもさ、見えるのは仕方ないとしても、その人全部を短所で評価しちゃうのは嫌なんだよね
ミカコ: そこまで自覚してるなら、まだ大丈夫じゃない?
ミユ: そういうもん?
ケンジ: 人間を中古車査定みたいに見る癖がつく前にな
ミユ: 例えが(笑)
リク: でも、減点してる感じはちょっと近いかもしれませんね
いいところも知っている。
嫌なところも見えてくる。
それなのに、なぜか後者ばかり大きく感じることがある。
そんな、人間関係でありがちな話が、編集部の休憩時間にゆるく始まった。
気づいたら減点方式になってない?

ミユ: でもさ、ほんと気づいたら減点してるんだよ
ミカコ: どのくらい細かく?
ミユ: 遅刻した、マイナス5点。返信ちょっと雑、マイナス3点。店員さんへの言い方ちょっと気になる、マイナス10点
リク: 採点がかなり具体的ですね
ケンジ: そのうち百点満点で人間見るようになるぞ
ミユ: もう半分なってるかも(笑)
ミカコ: でも短所に気づくこと自体は別に悪くないでしょ
ミユ: そうなの?
ミカコ: だって、嫌なものは嫌じゃん。そこまで無理に「全部いいところに変換しよう」とかしなくていいと思う
リク: 僕も、気づくことと、それだけでその人全部を決めることは別かなと思います
ミユ: あー、なるほど
マリ: 近くなるほど、どうしても細かいところまで見えるからね
ミユ: それ友達でもある?
マリ: あると思うよ。最初は「優しい人だな」とか「話しやすいな」とか、大きな印象で見るでしょう? でも仲良くなると、その人の癖とか、ちょっと不器用なところまで見えてくる
ケンジ: 付き合い長くなると、包装紙が取れて中身が出てくるんだよ
ミカコ: また例え始まった
ケンジ: 最初から裸で人間関係始めるやつはいないからな
ミユ: 言い方(笑)
リク: でも確かに、最初に見えていた長所はそのままなのに、後から短所が追加されていく感じはありますね
ミユ: それ! 長所が消えたわけじゃないのに、短所が見えた瞬間そっちに全部持ってかれる
ミカコ: じゃあミユの中では、加点が保存されてないんじゃない?
ミユ: 加点の保存?
ミカコ: 優しかった、楽しかった、助けてもらった。そういうのはすぐ「普通」にして、嫌だったことだけ記録してる
ミユ: うわ、それちょっとあるかも
ケンジ: 悪い口コミだけ覚えてる客みたいなもんだな
リク: それは分かりやすいですね
マリ: でもね、短所が見えるってことは、その人をちゃんと見始めたってことでもあると思うよ
ミユ: ちゃんと見始めた?
マリ: うん。最初の印象だけじゃなくて、その人のいろんな面が見えてきたということだから
ミカコ: 短所が見えた=関係失敗、ではないってことね
マリ: そう。そこで急に全部嫌いにしなくてもいいんじゃないかな
ミユ: でも一回気になると、めっちゃそこ見ちゃうんだよなあ
ケンジ: じゃあ一回、査定表しまえ
ミユ: 査定表なんて持ってないから(笑)
ケンジ: 心の中にあるんだよ。赤ペン付きで
ミカコ: それはちょっとありそう
リク: でも、誰かの短所に気づいた時に「はい減点」じゃなくて、「そういうところもあるんだな」くらいで止めるのはよさそうですね
ミユ: 保留ってこと?
リク: そんな感じです
ミユ: それならできるかも
ミカコ: まだ採点制度は残すんだ
ミユ: 急に廃止は無理(笑)
短所に気づくこと自体は、たぶん誰にでもある。
問題は、その一つを見つけた瞬間に、その人全部を同じ色で塗ってしまうことなのかもしれない。
長所より短所の方が目につくのはなんで?

ミユ: でもさ、なんで短所ってこんなに目立つんだろうね
ミカコ: 良いところって慣れるからじゃない?
ミユ: 慣れる?
ミカコ: 毎回ちゃんと話聞いてくれるとか、いつも優しいとか。最初は嬉しくても、そのうち普通になるでしょ
リク: ありますね。毎回してくれていることほど、ありがたさを忘れやすいというか
ミユ: それで一回だけ冷たかったりすると、そっちだけめっちゃ残るのか
ミカコ: そういうこと
ケンジ: 毎日うまい味噌汁出しても褒めないのに、一回しょっぱかったら「今日しょっぱくない?」って言うだろ
ミユ: 例えが家庭(笑)
ケンジ: でも人間そんなもんだ。普通に良かった日は流す。引っかかった日だけ覚えてる
リク: 確かに、違和感って残りやすいですね
マリ: それに、近い人には少し期待も増えるからね
ミユ: 期待?
マリ: この人なら分かってくれるはず、とか。こうしてくれるはず、とか。知らない人には思わないことを、親しい人には思うでしょう?
ミカコ: あー、それはある
マリ: だから、その期待から少し外れただけでも大きく感じることがあるんだと思う
ミユ: なんかそれ、恋人とかめっちゃありそう
リク: 恋人は特にありそうですね。距離が近い分、理想も増えやすいですし
ケンジ: 「好きなんだから分かれよ」は危険な言葉だからな
ミユ: 急にケンジさんの過去がありそうな発言(笑)
ケンジ: 大人はな、だいたい過去があるんだよ
ミカコ: 便利な逃げ方
少し笑いが起きる。
ミユ: でも、友達でもあるなあ。前はすごい好きだったのに、仲良くなるほど「ここ苦手だな」って増えること
マリ: それ自体は自然だと思うよ
ミユ: ほんと?
マリ: 人って、近くで見れば見るほど単純じゃなくなるから
リク: 良い人、悪い人みたいに分けられなくなっていくってことですね
マリ: うん。優しいけど頑固だったり、頼れるけど少し雑だったり。どっちもその人なんだと思う
ミカコ: 長所だけでできてる人なんていないしね
ミユ: 分かってはいるんだけどさあ
ケンジ: 分かってても気になる。それが人間だ
ミユ: 今日ケンジさん、全部人間でまとめるね
ケンジ: 最後はだいたいそこに戻る
リク: でも、短所が目についた時に「この人はダメだ」まで一気に行かないことは大事かもしれませんね
ミカコ: 気になる部分がある、で止めとけばいいんじゃない?
ミユ: また保留だ
マリ: 保留って悪くないよ。すぐに好きか嫌いか決めなくてもいいでしょう?
ミユ: それくらいなら、ちょっと楽かも
良いところは、いつの間にか日常になっていく。
嫌なところは、小さくても引っかかって残る。
だからこそ、その引っかかりだけで相手全部を決めないくらいが、ちょうどいいのかもしれない。
短所って、本当に短所?

ミユ: でもさ、短所ってほんとに短所なのかな
ミカコ: 急に哲学っぽくなったね
ミユ: いや、だってさ。細かい人って面倒だけど、丁寧とも言えるじゃん?
リク: それはありますね
ケンジ: 頑固なやつも、見方変えりゃ芯がある
ミカコ: ただの頑固な人もいるけどね
ケンジ: そこはそうだ(笑)
マリ: 無理に全部を長所に変えなくてもいいと思うよ
ミユ: あ、やっぱり?
マリ: 嫌だなって感じたことまで、無理に「これは長所なんだ」って思い込まなくてもいいでしょう?
ミカコ: そうそう。嫌なものは嫌でいい
リク: ただ、一つの性質だけでその人全部を決めない、くらいですかね
ミユ: 例えば?
リク: 優柔不断でイライラするけど、そのぶん慎重で大きなミスは少ないとか。話が長くて疲れるけど、ちゃんと人に興味を持って話してるとか
ミカコ: まあ、見え方が一個じゃないってことね
ミユ: なるほどなあ
ケンジ: 短所ってのは、だいたい長所の裏側にぶら下がってるんだよ
ミカコ: たまに単独でぶら下がってる短所もあるけど
ケンジ: お前は現実を足すな(笑)
ミユ: でもそこ大事だよね。なんでも「見方を変えれば長所!」って言われると、ちょっと違う気もする
マリ: うん。短所を消さなくていいんだと思う
ミユ: 消さなくていい?
マリ: この人にはこういうところがある。でも、こういういいところもある。両方そのまま置いておけばいいんじゃないかな
リク: 白黒つけないってことですね
マリ: そうね。人って、そんなにきれいに分けられないから
ミユは少し考えるように、テーブルの上のペンを指先で転がした。
ミユ: なんかさ、短所見つけると「はい、この人こういう人」って決めたくなるんだよね
ミカコ: ラベル貼ると楽だからじゃない?
ミユ: あー、分かりやすくなるもんね
リク: でも「遅刻する人」と「いつも遅刻する人」も違いますしね
ケンジ: 一回の失敗で人物紹介完成させるなってことだ
ミユ: 人物紹介(笑)
ケンジ: 「この人は無神経です」「この人はケチです」って、一行で人間まとめたらそりゃ雑だろ
ミカコ: それは確かに雑
マリ: 短所がある人と付き合ってる、じゃなくて。短所もある人と付き合ってる、くらいでいいんじゃない?
ミユ: あ、それ好きかも
リク: 「も」が入るだけでかなり違いますね
ミカコ: 短所だけが主役じゃなくなるしね
ミユ: じゃあ今度から、嫌なとこ見つけても「この人はダメ」じゃなくて、「こういうとこもある」にする
ケンジ: お、査定表が少し丸くなったな
ミユ: まだ査定表ある前提なのやめて(笑)
短所を好きになる必要はない。
嫌なところまで無理に褒める必要もない。
ただ、それだけがその人の全部ではない。
そう思えるだけでも、誰かを見る目は少しだけやわらかくなるのかもしれない。
自分も誰かに減点されてる

ミユ: なんかさ、ここまで話して急に怖くなってきた
ミカコ: 何が?
ミユ: あたしも誰かにめっちゃ減点されてるんじゃないかって
リク: それは……たぶん多少は(笑)
ミユ: リクくん、そこは否定してよ!
ミカコ: いや、自分だけ採点する側だと思ってたの?
ミユ: 思ってないけど、言われると急に刺さる
ケンジ: そりゃそうだ。こっちが人の欠点見てる間に、向こうもこっち見てる
ミユ: やだなあ
ケンジ: でも、それでいいんだよ
ミユ: いいの?
ケンジ: 完璧な人間同士じゃないと付き合えないなら、世の中ほとんど孤独だぞ
ミカコ: それはそうね
リク: お互いに苦手なところがあって、それでも関係が続いてるってこともありますしね
マリ: 誰かにとっての短所が、別の人にはそこまで気にならないこともあるしね
ミユ: あー、それある
マリ: 自分がすごく気になることを、相手は全然気にしてなかったり。その逆もあるでしょう?
ミカコ: 結局、相性もあるってことね
リク: 全員から高得点を取る必要はないですしね
ミユ: それちょっと救われる
ケンジ: 人生はオーディションじゃないんだからな
ミカコ: 今日ずっと採点から離れないね(笑)
ケンジ: ミユが採点始めたからだろ
ミユ: あたしのせいになった(笑)
少し笑ってから、ミユは椅子の背にもたれた。
ミユ: でもほんと、自分だって欠点いっぱいあるもんなあ
ミカコ: いっぱいあるね
ミユ: 即答すんな!
リク: そこは僕も否定しづらいです
ミユ: リクくんまで!
マリ: でも、それでも一緒に笑ってくれる人がいるでしょう?
ミユが一瞬黙る。
ミユ: ……いるね
マリ: たぶん、自分も誰かにそんなふうに見てもらってるんだと思うよ
ミユ: 欠点あるけど、まあいいかって?
マリ: うん。それくらいでいいんじゃないかな
ケンジ: 完璧な人探すより、欠点込みで笑える相手探した方が早いぞ
ミカコ: 珍しくきれいにまとめた
ケンジ: 珍しくは余計だ
リク: でも、短所を見ないようにするんじゃなくて、それだけで全部決めないってことなんでしょうね
マリ: そうね。嫌なところに気づいても、それでその人全部を決めない。それくらいで十分だと思う
ミユ: よし。じゃあ明日から減点じゃなくて保留にする
ミカコ: 採点自体は続けるんだ
ミユ: いきなり制度廃止は無理(笑)
ケンジ: じゃあ赤ペンじゃなくて鉛筆にしとけ
リク: 消せるように、ですか?
ケンジ: そういうこと
ミユ: それならちょっといいかも
午後の編集部に、またいつもの笑い声が戻る。
誰かの短所に気づくことは、たぶんこれからもある。
自分だって、誰かから見れば気になるところだらけかもしれない。
それでも、一つの欠点だけでその人全部を決めない。
そのくらいの余白がある方が、人間関係は少し楽なのかもしれない。



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