あたし、運転はけっこう上手なほうだと思ってる。
別にプロ級ってほどじゃないけど。
でもさ。
バックでの駐車とか、普通にできる。
むしろ、ちょっと得意くらい。
……の、はずだった。
その日、あたしは編集部の社用車で取材に向かっていた。
目的地に着いて、駐車場に入る。
空いてるスペースを見つけて、いつも通りバックで入れようとした、そのとき。
なんか、視線を感じた。
ふと横を見ると。
学生の集団がいた。
5人くらい。
なんか知らないけど。
全員、こっち見てる。
え、なんで?
なんでそんなガン見してんの?
まあいいや、とりあえず駐車しよ。
いつも通りやればいいだけ。
バック入れて。
ハンドル切って。
……あれ?
ちょっとズレた。
まあまあ、こんなこともある。
切り返して、もう一回。
……あれ?
なんかさっきよりズレてない?
え、ちょっと待って。
なんで?
普通にやればいいだけじゃん。
……って思った瞬間。
見られてる。
いやさっきから見られてるんだけど。
なんか急に意識した。
え、これ。
ミスったらちょっと恥ずかしいやつじゃない?
いやいやいや。
落ち着けあたし。
普段通りやればいい。
深呼吸。
よし。
もう一回。
……あれ?
なんか、全然入らないんだけど。
え、うそでしょ。
さっきまで普通にできてたよね?
なんで急に下手になってんの?
チラッと横を見る。
学生たち。
まだ見てる。
しかもなんか。
ちょっと笑ってない?
ムキー!!!!
結局あたしは、3回くらい切り返して、なんとか駐車した。
いや、できたよ?
できたけどさ。
なんか。
めちゃくちゃ負けた気がする。
なんでよ。
普段なら一発で入るのに。
なんで見られてるだけで、こんなことになるの。
納得いかないまま、あたしは車を降りた。
……ということで。
こういうときに頼る相手は決まっている。
恋はしないのに、人のことはやたら分析してくるやつ。
そう。
ワニオである。

見られてるとできないのなんで?

その日の夕方。
わたしは近くの公園で、ベンチに座っていた。
隣にはワニオ。
いつもの無表情で、缶コーヒーを持っている。
ミユ:ねぇワニオ。
ワニオ:はい。
ミユ:あたし、今日めちゃくちゃ恥ずかしいことあったんだけど。
ワニオ:予想はついています。
ミユ:え、なんで。
ワニオ:ミユさんは今、敗北感をまとっています。
ミユ:オーラみたいに言うな。
わたしは一気に愚痴った。
ミユ:いやさ、駐車場でさ!普通にバックで入れようとしたらさ!
ミユ:なんか学生の集団に見られててさ!
ミユ:そしたら全然できなくなってさ!
ミユ:いや普段なら一発だよ!?
ミユ:なのに3回も切り返したんだけど!?
ミユ:しかも笑われたし!!
ミユ:意味わかんない!!
ワニオは静かに一口飲んだ。
ワニオ:はい。
ミユ:はい、じゃないのよ。
ワニオ:よくある現象です。
ミユ:え、あるの?
ワニオ:あります。
ワニオ:人は「見られている」と意識した瞬間、行動が崩れます。
ミユ:なんでよ。
ワニオ:理由は単純です。
ワニオ:自分を操作しようとするからです。
ミユ:操作?
ワニオ:はい。
ワニオ:「うまくやろう」と思った瞬間。
ワニオ:人は自然な動きをやめます。
ミユ:えー……
ワニオ:質問です。
ミユ:また来た。
ワニオ:ミユさんは、鏡を見ながら歩けますか。
ミユ:いや無理でしょ。
ワニオ:それと同じです。
ミユ:いや同じじゃないでしょ。
ワニオ:本質は同じです。
ワニオ:自分を見ながら行動すると、ズレます。
ミユ:……あー。
ちょっとだけ、わかる。
ワニオ:普段のミユさんは、駐車を「考えずに」やっています。
ミユ:うん。
ワニオ:ですが見られた瞬間。
ワニオ:「うまくやろう」「変に思われたくない」
ワニオ:そう考え始める。
ミユ:……それそれそれ。
ワニオ:その時点で。
ワニオ:本来の動きではなく、演技になります。
ミユ:演技……。
ワニオ:はい。
ワニオ:そして演技は、だいたい下手です。
ミユ:ひどくない?
ワニオ:事実です。
わたしは思わず笑ってしまった。
なんか悔しいけど、納得してる自分がいる。
ミユ:じゃあさ、見られてるときってどうすればいいの?
ワニオ:簡単です。
ミユ:ほんと?
ワニオ:見られていない前提で動くことです。
ミユ:いや無理でしょそれ。
ワニオ:ではもう一つの方法です。
ミユ:なに。
ワニオ:見られている自分を、気にしない練習をすることです。
ミユ:それが一番むずいのよ。
ワニオ:ええ。
ワニオ:だから人は、よく失敗します。
ミユ:救いないじゃん。
ワニオ:あります。
ミユ:あるの?
ワニオ:はい。
ワニオ:ミユさんは、今日失敗しました。
ミユ:うん。
ワニオ:ですが、それを分析しています。
ワニオ:次は、少しだけうまくなります。
ミユ:……ちょっとずつってこと?
ワニオ:そうです。
ワニオ:人間は、慣れる生き物です。
わたしは少しだけ空を見た。
なんかさ。
あの駐車、めちゃくちゃ恥ずかしかったけど。
でも。
次は、ちょっとマシになるかもしれない。
見られても、まあいいかって思えたら
少し風が吹いた。
公園の木が揺れて、葉っぱの音がする。
わたしはベンチにもたれながら、小さく息をついた。
ミユ:でもさ。
ミユ:見られてるの気にしないとか、やっぱ無理じゃない?
ワニオ:はい。
ミユ:即答きた。
ワニオ:人は社会的な生き物です。
ワニオ:他人の視線を完全に無視することはできません。
ミユ:だよねー。
ワニオ:ですが。
ワニオ:少しだけ、気にしないことはできます。
ミユ:少しだけ。
ワニオ:はい。
ワニオ:たとえば今日の駐車。
ワニオ:ミユさんは、かなり気にしていました。
ミユ:そりゃそうでしょ。
ワニオ:ですが次は。
ワニオ:「まあ見られてるけど、いいか」
ワニオ:その程度で止めることができます。
ミユ:……なるほどね。
ワニオ:完璧に無視する必要はありません。
ワニオ:少し鈍くなれば十分です。
ミユ:鈍くなるって、なんか悪口っぽいけど。
ワニオ:防御力の向上です。
ミユ:ゲームみたいに言うな。
わたしは笑って、背伸びをした。
なんかさ。
今日めちゃくちゃ恥ずかしかったけど。
でも。
ちょっとだけ仕組みわかったかも。
ミユ:次さ。
ミユ:また見られてても、ちょっとだけ気にしないでやってみるわ。
ワニオ:それで十分です。
ワニオ:人は少しずつ、慣れます。
ミユ:あたしも慣れるかな。
ワニオ:はい。
ワニオ:観察対象として有望です。
ミユ:そこは普通に応援しろ。
わたしは笑いながら立ち上がった。
まあいいや。
今日のあれは、ちょっと悔しいけど。
でも次は、もう少しうまくできる気がする。
見られてても。
ちょっとくらいグダっても。
まあ、いいか。
そう思えたら、それだけでちょっと強い。



