編集部の休憩時間。
それぞれがスマホをいじったり、飲み物を飲んだりしている中、ミユがふいに顔を上げた。
ミユ:「ねえ、元カレのSNSって見る?」
あまりにも唐突な質問に、ミカコがコーヒーを持ったままミユを見る。
ミカコ:「急だね」
リク:「……何かあったんですか?」
ミユ:「いや、何もないよ。何もないから聞いてるの」
ミカコ:「その言い方、何かあった人のやつじゃない?」
ミユ:「違うって(笑)。たださ、ふと思っただけ。みんな見るのかなーって」
少し離れた席でスマホを見ていたミサキも、会話に気づいて顔を上げる。
ミサキ:「元恋人のSNS?」
ミユ:「そう。別れたあとも見る? 検索したりとか」
リク:「これは結構、人によって分かれそうですね」
ミカコ:「私はだいたい答え決まってるけど」
ミユ:「え、待って。じゃあ順番に聞こうよ」
ただの休憩時間だったはずなのに、いつの間にか四人のスマホがテーブルの上に置かれていた。
元恋人のSNS。
見ないほうが平和なのは、たぶんみんな分かっている。
それでも気になるかどうかは、また別の話らしい。
見る?見ない?

ミユ:「じゃあ、あたしから言うね。……見る」
ミカコ:「早いな(笑)」
ミユ:「だって別に、見るくらいよくない? 元気かなーとか、彼女できたかなーとか、そのくらい」
ミカコ:「それを世間では“気にしてる”って言うんじゃない?」
ミユ:「違う違う。未練じゃないの。観察」
リク:「観察って言うと、ちょっと怖く聞こえますけど」
ミユ:「リクくんまでそっち側?」
リク:「いや、僕も全然見ないわけではないです」
ミユ:「ほら!」
リク:「ただ、自分から検索することはあまりないですね。おすすめに出てきたり、共通の知り合いの投稿にいたりすると……まあ、見ます」
ミカコ:「“たまたま目に入ったから見た”っていう言い訳ね」
リク:「言い訳ではないです(笑)」
ミユ:「でも分かる。検索したら負けみたいな感じあるよね」
リク:「勝ち負けではないと思いますけど」
ミカコ:「私は基本見ないかな」
ミユ:「出た。絶対そう言うと思った」
ミカコ:「だって別れた人でしょ? 今何してるかまで追わなくてもよくない?」
ミユ:「じゃあさ、絶対一回も検索したことない?」
ミカコ:「……絶対って言われると」
ミユ:「あるじゃん!」
ミカコ:「一回くらいはあるよ。人間だから」
リク:「急に理由が壮大ですね」
ミカコ:「でも一回見て、“あ、元気そうだな”で終わり。そこから毎週チェックとかはしない」
ミユ:「毎週って誰も言ってないけど?」
ミカコ:「ミユの顔見てたら、そのくらい行きそうだなって」
ミユ:「失礼だなあ」
三人の視線が、自然とミサキに集まる。
ミサキ:「私?」
ミユ:「もちろん。ミサキは?」
ミサキ:「うーん……あまり見ないかな」
ミユ:「意外」
リク:「……意外なんですか?」
ミユ:「なんとなく」
ミサキは少し考えてから、スマホを伏せた。
ミサキ:「でも、見るならちゃんと見る」
ミカコ:「ちゃんと?」
リク:「その言い方、ちょっと怖いですね」
ミサキ:「そう?」
ミユ:「何を見るの?」
ミサキ:「何って……いろいろ」
ミカコ:「一番気になるやつだ、それ」
見る派、見ない派、見ないつもりだけど見る派。
四人しかいないのに、すでに全員ちょっとずつ違っていた。
何を確認してるの?

ミユ:「でもさ、見るって言っても、何を見るかじゃない?」
ミカコ:「何って、投稿でしょ」
ミユ:「そうじゃなくて(笑)。何を確認したくて見るかってこと」
リク:「なるほど」
ミユ:「あたしはね、彼女できたかなーとか、楽しそうにしてるかなーとか」
ミカコ:「普通に気にしてるじゃん」
ミユ:「だから未練じゃないって!」
リク:「その説明、さっきから苦しくなってません?」
ミユ:「リクくん今日ちょっと厳しくない?」
ミユは笑いながらスマホの画面を指先でくるくる回す。
ミユ:「でも、元カレがすっごい楽しそうだったら、ちょっとモヤっとするかも」
リク:「幸せでいてほしくないんですか?」
ミユ:「幸せではいてほしいよ」
ミカコ:「じゃあいいじゃん」
ミユ:「でも、めちゃくちゃ幸せなのはちょっと」
リク:「難しいですね」
ミユ:「分かんない? “あたしと別れて人生絶好調です!”みたいな感じだったら、なんか悔しくない?」
ミカコ:「じゃあ逆に、めちゃくちゃ落ち込んでたら?」
ミユ:「それはそれで嫌」
リク:「どうしてほしいんですか」
ミユ:「普通に幸せでいてほしい」
ミカコ:「さっきそれだとモヤるって言ってたでしょ」
ミユ:「だから、ほどほどに!」
ミサキ:「難しい注文だね」
ミサキが笑う。
ミユ:「ミサキは何見るの?」
ミサキ:「私は……変わったところかな」
リク:「変わったところ?」
ミサキ:「髪型とか、服とか、よく行く場所とか。付き合ってた頃と違うことしてると、ちょっと気になる」
ミカコ:「意外と細かい」
ミサキ:「そうかな」
ミユ:「でも分かるかも。急におしゃれになってたりしたら、“誰の影響?”って思う」
ミサキ:「そうそう」
リク:「そこまで考えます?」
ミサキ:「考える人は考えるんじゃない?」
そう言って、ミサキがリクを見る。
リク:「……僕に聞かれても困ります」
ミユ:「なんでちょっと目そらしたの?」
リク:「そらしてません(笑)」
ミカコ:「まあでも、見たところで“ふーん”で終わることも多いけどね」
ミユ:「そうなの。見る前はめっちゃ気になるのに、見たら見たで別に大したことなかったりする」
リク:「それなら最初から見なくてもよさそうですけど」
ミユ:「それができたら苦労しないの」
別れた相手の今なんて、知らなくても困らない。
でも、知らなくていいことほど、少しだけ知りたくなる。
そんな話をしながら、四人とも結局スマホから手を離していなかった。
新しい恋人がいたら?

ミユ:「じゃあ一番イヤなやつ聞いていい?」
ミカコ:「もうイヤなやつって言ってるじゃん」
ミユ:「元恋人のSNS見たら、新しい恋人いた。どうする?」
リク:「どうするって……どうもしないですよね」
ミユ:「そういう正論じゃなくて!」
リク:「でも、本当にそれしかなくないですか(笑)」
ミカコ:「別れてるんだから普通でしょ。いつかはそうなるよ」
ミユ:「ミカコさん強いなあ」
ミカコ:「強いっていうか、そういうもんじゃない?」
ミユ:「でも実際見たら、“あ、この人なんだ”ってめちゃくちゃ見ちゃわない?」
ミカコ:「その新しい人のアカウントまで?」
ミユ:「まあ……行けるなら」
リク:「だんだん調査になってきましたね」
ミユ:「気になるじゃん! どんな人なのかなって」
ミサキ:「それはちょっと分かる」
ミユ:「ほら!」
ミサキ:「顔とかより、どういうところに行ってるのかなって見るかも」
ミカコ:「そこなんだ」
ミサキ:「例えば、自分と付き合ってたときには全然行かなかった場所に行ってたりすると、ちょっと思わない?」
ミユ:「あー! 分かる!」
リク:「……何をですか?」
ミサキ:「“私とは行かなかったのに”って」
一瞬だけ、場が静かになる。
ミユ:「それはある。めちゃくちゃある」
ミカコ:「新しい相手がそういう場所好きなだけかもしれないけどね」
ミサキ:「もちろん分かってるよ。でも、思うものは思うでしょ」
リク:「まあ……多少は」
ミユ:「リクくん、なんか急に歯切れ悪くない?」
リク:「そんなことないです」
ミユ:「今、ちょっとミサキさんの方見たよね?」
リク:「見てませんって(笑)」
ミサキは何も言わず、少しだけ笑っている。
ミカコ:「こういう時だけミユの観察力すごいね」
ミユ:「恋バナ中だけ性能上がるの」
リク:「便利なのか不便なのか分からないですね」
ミユ:「でもさ、新しい恋人見つけたら、もう見ないようにしようって思うかも」
ミカコ:「それがいいんじゃない?」
ミユ:「思うだけね」
リク:「そこは実行してくださいよ」
見る前は、ただ少し気になっただけ。
でも見れば、また別の何かが気になる。
元恋人のSNSは、だいたいそんなふうにできているのかもしれない。
見ない方が平和なのかもしれない

ミカコ:「ここまで話して思ったけど、やっぱ見ても大体いいことないね」
ミユ:「うん」
リク:「珍しく素直ですね」
ミユ:「でも見るけどね」
リク:「早いな(笑)」
ミカコ:「今の“うん”何だったの?」
ミユ:「頭では分かってるの。見ない方が平和。ほんとにそれは分かってる」
リク:「じゃあ見なければいいじゃないですか」
ミユ:「人ってそんなに簡単じゃないんだよ、リクくん」
ミカコ:「急に人生語り始めた」
ミサキ:「でも、ちょっと分かるな」
ミユ:「でしょ?」
ミサキ:「見ない方が平和なのは分かってる。でも、平和だけで生きてないからね」
リク:「なんか名言っぽくなりましたね」
ミカコ:「元恋人のSNSの話なのに」
ミユ:「でもほんとそう。見て、ちょっとモヤって、もう見ないって決めて、またしばらくしたら見る」
リク:「ループしてますね」
ミユ:「恋愛ってだいたいループじゃない?」
ミカコ:「主語が大きい」
ミユは笑いながら、テーブルに置いていたスマホを手に取る。
その瞬間、ミカコがじっと画面を見る。
ミカコ:「で、さっき誰のSNS見てたの?」
ミユ:「……え?」
リク:「やっぱり何かあったんじゃないですか」
ミユ:「違う違う。これは、たまたま」
ミカコ:「おすすめに出てきた?」
ミユ:「そうそう!」
リク:「僕の言い訳、使わないでください(笑)」
ミサキ:「誰だったの?」
三人から見られて、ミユはスマホを胸元に隠した。
ミユ:「それは言わない」
ミカコ:「怪しい」
ミユ:「恋バナには秘密が必要なの!」
そう言って笑うミユを見ながら、三人もそれ以上は追及しなかった。
元恋人のSNSを見るか、見ないか。
たぶん正解はない。
ただ、見ない方が平和だと分かっていても、たまに気になってしまう。
そのくらいが、案外いちばん普通なのかもしれない。


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