若い頃の俺は、正しいことばっかり言ってた。
だからモテなかった。
……いや。
笑い事じゃないんだけどな。
当時は本気だったんだ。
相手のため。
二人のため。
そう思ってた。
「それは違う。」
「こうした方がいい。」
「だから言っただろ。」
今思えば。
ずいぶん面倒くさい男だった。
恋愛ってさ。
正しいことを言えばうまくいくと思ってたんだよ。
間違ってる方を直せば。
話し合えば。
ちゃんと説明すれば。
二人とも幸せになれるって、本気で信じてた。
でも現実は違った。
相手は黙る。
黙るけど。
納得してるわけじゃない。
若い俺には、その違いが分からなかった。
昔、飲み屋で先輩に言われたことがある。
「ケンジ、お前は正しい。」
ここまでは嬉しかった。
でも、その続きがあった。
「でも、お前と飲んでると疲れる。」
失礼だろ。
その場では笑ったよ。
でも心の中では。
「何言ってんだ、このおっさん。」
そう思ってた。
……四十代になった今なら分かる。
あの人、たぶん俺より人生がうまかった。
いや。
こういう言い方すると、また「正しい・間違い」の話になるな。
悪い癖だ。
今日はそんな、昔の俺の話をする。
正論は、人を黙らせることはできる

若い頃の俺は、とにかく理屈が好きだった。
筋が通ってるか。
正しいか。
そこばっかり見てた。
彼女とケンカしても同じだ。
「いや、それはさ。」
「順番がおかしい。」
「普通に考えたら、こっちだろ。」
そんなことばっかり言ってた。
今なら分かる。
恋愛で「普通に考えたら」は、だいたい普通じゃない。
相手は相談したかっただけかもしれない。
「それは大変だったな。」
その一言で終わる話だったのかもしれない。
でも俺は。
原因を探して。
解決策を並べて。
反省会まで始める。
会議じゃないんだから。
……あ、そうだ。
会社員だった頃の話を一つ。
若い後輩が仕事で大きなミスをしたことがあった。
俺は、その場で言った。
「だから確認しろって言っただろ。」
「同じミスを繰り返すな。」
たしかに全部その通りだった。
でも後から上司に呼ばれた。
「ケンジ。」
「お前の言ってることは正しい。」
「でも、あいつは次から困っても、お前には相談しないぞ。」
その一言は、正直ちょっと腹が立った。
俺は間違ってない。
そう思ってたからだ。
でも。
何年も経ってから、その意味が分かった。
人は、正しい人を頼るんじゃない。
安心できる人を頼ることがある。
もちろん。
正論が必要な場面もある。
仕事ならなおさらだ。
でも恋愛も、人間関係も。
正しさだけじゃ、最後まで歩けない。
正論って、人を黙らせることはできる。
でも、「またこの人に話そう」と思わせるのは、たいてい正論じゃない。
それに気づくまで、俺はずいぶん遠回りした。
離婚して分かったことが、一つだけある

人生で一度だけ、結婚していたことがある。
終わった。
理由を一つにするのは難しい。
ああいうのは、大体いろんなことが重なる。
だから今日は、「誰が悪かった」なんて話はしない。
それを話し始めると、また昔の俺が出てくるからな。
「いや、それは違う。」
「本当はこうだった。」
「俺にも言い分がある。」
ほら。
もう始まってる。
悪い癖だ。
離婚したばかりの頃は、自分の中で裁判をやってた。
俺は悪くない。
いや、少しは悪い。
でも向こうだって。
そんなことを何回も繰り返してた。
勝った日もあった。
負けた日もあった。
……全部、一人で。
虚しいよな。
ある日、飲み屋のカウンターで酒飲んでたら。
顔なじみの大将に言われたんだ。
「ケンジ。」
「まだ勝とうとしてるのか。」
酒が少し苦くなった。
図星だったからだ。
正しいかどうか。
悪いのは誰か。
そこばっかり考えてた。
でも。
終わった関係に勝ち負けなんてないんだよな。
残るのは。
寂しかったこと。
楽しかったこと。
それと、少しの後悔くらいだ。
あの頃の俺に一つだけ言うなら。
「勝つな。」
それだけだ。
恋愛は、勝った方が幸せになるゲームじゃない。
二人とも笑えなくなったら、その時点で負けなんだ。
40代になると、「ごめん」が少し早くなる
若い頃は。
謝ったら負けだと思ってた。
意地もあった。
プライドもあった。
「俺は悪くない。」
その一言を守るために。
ずいぶん無駄な時間を使った気がする。
今は違う。
俺が悪かった。
そう思ったら、割とすぐ言う。
別に人格者になったわけじゃない。
面倒だからだ。
ケンカって疲れるだろ。
空気も悪くなる。
飯もうまくない。
酒もまずい。
だったら。
「悪かった。」
その一言で終わるなら、その方がいい。
もちろん。
何でも謝ればいいって話じゃない。
違うと思うことは、今でも違うと言う。
でも。
昔みたいに、最後まで勝とうとは思わなくなった。
勝ったところで。
部屋の空気が重いままじゃ意味がない。
昔の俺は。
相手を言い負かすことが、話し合いだと思ってた。
今は。
相手が笑って帰れるなら、それで十分だと思う。
年を取るって、不思議だ。
強くなることだと思ってた。
実際は。
力の抜き方を覚えることなのかもしれない。
若い頃は、勝ちたかった。
今は、笑って「またな」って言える方が好きだ。
若い人へ一つだけ言うなら

ここまで読んだ若い人がいたら。
「おっさんの昔話、長いな。」
そう思ってるかもしれない。
正解だ。
俺も若い頃、そう思ってた。
だから今日は説教しない。
……いや。
一つだけ。
一つだけ言わせてくれ。
恋愛でも。
仕事でも。
友達でも。
「正しいことを言うか。」
それで迷ったら。
一回だけ考えてみてほしい。
その正しさ。
相手のためか。
それとも。
自分がスッキリしたいだけか。
これ、意外と分からない。
俺はずっと分からなかった。
「相手のためだ。」
そう思ってた。
でも本当は。
自分が正しいことを証明したかっただけの日も、たくさんあった。
人間なんて、そのくらい格好悪い。
だから安心しろ。
格好悪いままでも、大人にはなれる。
俺は今でも失敗する。
これからも失敗する。
余計なこと言って。
あとで「あー、またやった。」って酒飲んでる。
四十代でも、それだ。
だから二十代で完璧になろうなんて思うな。
そんな奴、俺は一人も見たことがない。
恋愛も人生も。
上手くやるより。
失敗したあと、ちゃんと笑える方が大事だ。
若い頃の俺は、正しい大人になりたかった。
今の俺は、一緒に飲んで笑える大人でいたい。
昔の俺は、正しい男だった
ここまで昔話ばっかりしてきた。
付き合ってくれてありがとう。
酒が入ると、どうしても長くなる。
……いや。
今日は酒飲んでないけどな。
結局さ。
若い頃の俺は、正しい男だったんだ。
正しく仕事をして。
正しく恋愛をしてるつもりで。
正しく生きてるつもりだった。
でも。
生きてると。
正しいことだけじゃ、どうにもならない夜がある。
どっちも悪くないのに終わる恋もある。
頑張ったのに届かない言葉もある。
「なんでこうなった。」
そんな夜は、誰にでも来る。
俺にも来た。
たぶん、これからも来る。
だから最近は。
答えを出すのを急がなくなった。
人の話を最後まで聞くようになった。
「まあ、一杯飲め。」
そう言うことが増えた。
酒で解決なんかしない。
でも。
酒を飲みながら笑ってるうちに。
答えなんかどうでもよくなる夜はある。
人生って、そのくらいでいいのかもしれない。
そう思えるようになった。
昔の俺は。
正しい男だった。
今の俺は。
できれば。
「またケンジと飲みたいな。」
そう思ってもらえる男でいたい。
その方が。
正しい男でいるより、ずっと嬉しいからな。
人生は、正解を知ってる人より。
「お疲れ。」って笑える人の方が、案外いい人生を歩くのかもしれない。


