その日。
ツムギは、いつものようにこいこと。編集部へ遊びに来ていた。
特に用事があるわけではない。
ミサキに呼ばれたわけでもない。
最近はもう、普通に来る。
ミサキ:あなた、本当にここ好きね
ツムギ:はい。面白い人が多いので
ミサキ:褒められてる気がしないわね
ミサキがパソコンから顔を上げる。
少し離れた席では、ユキノが原稿を確認していた。
マリはコーヒーを飲みながら、のんびり雑誌を眺めている。
そんな、いつもの午後。
ツムギが何気なく言った。
ツムギ:そういえば私、今度合コンに行きます
ミサキの指が止まった。
ミサキ:……何ですって?
ツムギ:合コンです
ミサキ:聞こえてるわよ
ユキノも顔を上げる。
マリは雑誌から静かに視線を移した。
ユキノ:ツムギちゃん、合コン行くの?
ツムギ:はい。大学の友達に誘われました
マリ:初めてなの?
ツムギ:初めてです
ミサキ:へえ
ミサキが椅子の背にもたれる。
その顔は、完全に興味を持った顔だった。
ミサキ:で、どうして行く気になったの?
ツムギ:合コンって、恋に落ちることもあるんですよね?
……。
ユキノ:まあ、可能性としてはあるかな
マリ:出会いの場ではあるものね
ツムギ:じゃあ行ってみたいです
ミサキ:あなた、恋愛の社会科見学だと思ってない?
ツムギ:違うんですか?
ミサキ:違うわよ
ミサキ:……いや、半分くらい合ってるかもしれないけど
ツムギは真剣な顔で頷いた。
ツムギ:初めてなので、ちゃんと学んでから行きたいです
ツムギ:初めての合コンって、女性は何に気をつければいいんですか?
ミサキは小さく笑った。
ミサキ:いいわ
ミサキ:今日は合コン初心者講座ね
ユキノ:安全面もちゃんと話しておこうか
マリ:無理しないことも大事ね
こうして。
恋をまだ知らないツムギのために、
初めての合コンをめぐる座談会が始まった。

初めての合コンは「気合いを入れすぎない」

ツムギ:まず、何を着ていけばいいですか?
ミサキ:出たわね
ツムギ:出ました?
ミサキ:初合コン女子が最初にぶつかる問題よ
ユキノ:服装は気になるよね
ツムギ:はい。ワンピースですか?
ツムギ:それとも大人っぽい服?
ツムギ:ミサキさんみたいな感じですか?
ミサキ:あなたがわたしの真似をしたら事故るわよ
ツムギ:事故
ミサキ:似合わないって意味じゃないわ
ミサキ:普段と違いすぎる格好をすると、自分が落ち着かなくなるの
マリ:服が気になって会話に集中できないこともあるわね
ツムギ:なるほど
ミサキ:少しだけ普段より整える。それくらいでいいわ
ミサキ:清潔感があって、自分が自然に振る舞える服
ミサキ:初めてなら特にね
ツムギ:もっと気合いを入れた方がいいのかと思ってました
ミサキ:何のために?
ツムギ:好かれるためです
ミサキ:誰に?
ツムギ:……合コンに来る人たちに?
ミサキ:全員に好かれる必要ないでしょ
ツムギが少し驚いた顔をする。
ツムギ:全員に好かれなくていいんですか?
ミサキ:あなた何人と付き合うつもり?
ツムギ:一人です
ミサキ:でしょうね
ユキノ:ミサキちゃん、言い方
ミサキ:大事なことでしょ
ミサキ:合コンに行くとね、なぜか「その場にいる全員から好印象を持たれなきゃ」って頑張る人がいるのよ
ミサキ:ずっと笑って、ずっと話して、ずっと感じよくして
ミサキ:帰る頃には疲れ切ってる
マリ:それだと、自分が誰といて楽しかったのか分からなくなっちゃうわね
ツムギ:自分が楽しいかも大事なんですね
ミサキ:むしろそこを見なさい
ミサキ:あなたは審査されに行くんじゃないの
ミサキ:自分も相手を見るのよ
ツムギ:見る
ミサキ:話しやすいか
ミサキ:一緒にいて楽しいか
ミサキ:もう少し話してみたいと思うか
ミサキ:そういうの
ツムギは少し考える。
ツムギ:分かりました
ツムギ:観察してきます
ミサキ:言い方が研究者なのよ
マリ:ふふ。でもツムギちゃんらしいわね
ユキノ:まずは気合いを入れすぎないこと
ユキノ:普段の自分より、ほんの少しだけおしゃれするくらいで大丈夫だよ
ツムギ:はい
ミサキ:あと全員に好かれようとしない
ツムギ:一人でいい
ミサキ:まだ一人を見つけろとも言ってないわよ
ツムギ:難しいですね、合コン
ミサキ:開始前から難しくしないでくださる?
無理に場を盛り上げなくていい

ツムギ:会話はどうすればいいですか?
ミサキ:普通に話せばいいじゃない
ツムギ:その普通が分からないから聞いてるんです
ミサキ:あら。ごもっともね
ユキノ:初対面の人ばかりだと、緊張するよね
ツムギ:沈黙したらどうします?
ツムギ:何か話した方がいいですか?
マリ:無理に話さなくてもいいんじゃないかしら
ツムギ:でも、空気が悪くなりません?
マリ:空気って、一人で守るものじゃないわ
ツムギがマリを見る。
マリ:ツムギちゃん一人が頑張って、ずっと話題を探して、みんなを笑わせなくてもいいの
マリ:合コンはみんなで参加しているんだから
ツムギ:でも私が黙ったせいで、つまらなくなったら嫌です
マリ:そうなの
マリ:じゃあ逆に聞くけど
マリ:誰かが少し黙ったら、ツムギちゃんはその人をつまらない人だと思う?
ツムギ:思わないです
マリ:でしょう?
マリ:自分にだけ厳しくしなくていいのよ
ツムギは少し考えてから頷いた。
ミサキ:あと、面白くない話に無理して笑わないことね
ツムギ:笑わないんですか?
ミサキ:真顔で睨めとは言ってないわよ
ユキノ:愛想よく聞くくらいでいいんじゃないかな
ミサキ:そう。笑えないのに大爆笑する必要はないってこと
ミサキ:たまにいるのよ
ミサキ:男性が何か言うたびに「えー! 面白い!」って笑う女
ツムギ:ダメなんですか?
ミサキ:本人が本当に面白いならいいわ
ミサキ:でも好かれるためにやってるなら、そのうち疲れるわよ
マリ:最初に作った自分って、あとから維持するのが大変なのよね
ツムギ:維持
マリ:いつも笑ってくれる人
マリ:何でも話を聞いてくれる人
マリ:ずっと明るい人
マリ:そう思われたあとで「本当は違います」って戻すのは、意外と難しいの
マリ:もう一回話してみたい
ツムギ:じゃあ最初から普通でいる
マリ:そうね
マリ:楽しくないのに、楽しそうにしなくてもいいのよ
ツムギ:マリさんって、合コンでもそんな感じだったんですか?
マリ:どうだったかしら
マリがコーヒーをひと口飲む。
マリ:若い頃は、もっと面倒な女だったから
ツムギ:想像できないです
ミサキ:でしょうね
マリ:ふふ。想像しなくていいのよ
マリは穏やかに笑った。
ツムギは少し不思議そうな顔をしていたが、すぐに話を戻した。
ツムギ:じゃあ、沈黙しても焦らない
マリ:そうね
ツムギ:無理に笑わない
ミサキ:そう
ツムギ:場を盛り上げようとしすぎない
ユキノ:うん
ツムギ:……私、何もしなくて大丈夫ですか?
ミサキ:極端なのよ、あなたは
飲みすぎない。帰り方は先に決めておく

ユキノ:あとは、これはちゃんと話しておきたいんだけど
ツムギ:はい
ユキノ:お酒は飲むの?
ツムギ:少しなら飲みます
ユキノ:じゃあ、自分のペースを崩さないこと
ツムギ:自分のペース
ユキノ:周りが飲んでるからって合わせなくていいよ
ユキノ:初対面の人が多い場所では、自分でちゃんと帰れる状態を残しておこうね
ツムギ:酔っ払わない
ユキノ:そういうこと
ミサキ:初めての合コンで記憶なくしたら、恋を知るどころじゃないわよ
ツムギ:それは困ります
ミサキ:でしょうね
マリ:お酒を勧められても、いらなかったら断っていいのよ
ツムギ:でも、せっかく勧めてくれたのに
ミサキ:出たわね
ツムギ:また出ました?
ミサキ:ツムギの「せっかく相手がしてくれたから」問題
ツムギ:問題になってたんですか?
ミサキ:今わたしが認定したわ
ユキノ:ふふ。でも大事だよ
ユキノ:勧められたから飲む。誘われたから行く。聞かれたから全部答える
ユキノ:そうやって相手に合わせすぎなくていいからね
ツムギ:聞かれたことも答えなくていいんですか?
ユキノ:もちろん
ユキノ:住所とか、大学の細かいこととか
ユキノ:初対面の人に詳しく話したくないことは、ぼかして大丈夫
ツムギ:嘘をつく?
ユキノ:嘘をつかなくても「その辺です」とか「都内の大学です」とかでいいんだよ
マリ:まだよく知らない人に、自分のことを全部教える必要はないものね
ツムギ:なるほど
ミサキ:あと帰り
ツムギ:帰り?
ミサキ:二次会
ツムギ:行った方がいいですか?
ミサキ:行きたければ行く
ツムギ:行きたくなかったら?
ミサキ:帰る
ツムギ:簡単ですね
ミサキ:簡単なのよ
ミサキ:みんな行くからとか、断ったら感じ悪いかなとか
ミサキ:余計なこと考えるから難しくなるの
マリ:違和感があったら、その違和感を大事にしてね
ツムギがマリを見る。
ツムギ:違和感?
マリ:そう
マリ:なんとなく嫌だなとか
マリ:この人と二人になるのは少し不安だなとか
マリ:うまく説明できなくてもいいの
マリ:自分が嫌だと思ったら、離れていいのよ
ツムギ:理由がなくても?
マリ:理由はあとから分かることもあるわ
マリ:その場では、自分の感覚を信じていいの
ツムギは真剣な顔で頷いた。
ツムギ:分かりました
ユキノ:終電の時間も見ておこうね
ツムギ:はい
ユキノ:友達と一緒に帰れるなら、それもいいと思う
ツムギ:はい
ミサキ:急に優等生になったわね
ツムギ:大事な話なので
ミサキ:さっきの服装も大事な話だったんだけど?
ツムギ:それは事故ると言われたので
ミサキ:まだ根に持ってるの?
マリ:ふふ
ユキノ:とにかく、楽しむためにも自分で帰れる状態は残しておくこと
ツムギ:分かりました
ツムギ:恋に落ちても、終電では帰ります
ミサキ:まだ落ちる前提なのが気になるわね
連絡先は全員と交換しなくてもいい

ツムギ:連絡先はどうすればいいですか?
ミサキ:どうって?
ツムギ:合コンって、最後にみんなで交換するんですよね?
ミサキ:そういう流れになることは多いわね
ツムギ:じゃあ交換します
ミサキ:早いわよ
ツムギ:違うんですか?
ミサキ:別に交換してもいいけど
ミサキ:全員と交換しなきゃいけない決まりはないわ
ツムギ:断ってもいいんですか?
ミサキ:いいわよ
ツムギ:感じ悪くないですか?
ミサキ:またそれ?
ツムギ:またです
ユキノ:グループLINEだけ作る場合もあるしね
ユキノ:その場では交換して、あとから特に連絡を取らないことも普通にあるよ
ツムギ:交換したのに?
ユキノ:うん
ツムギ:何のために交換するんですか?
ユキノが少し困ったように笑った。
ユキノ:……何のためだろうね
ミサキ:合コンの七不思議よ
ツムギ:七つもあるんですか?
ミサキ:今作ったわ
マリ:ふふ
ツムギ:でも、相手から連絡が来たら返信しますよね?
ミサキ:返したければ返す
ツムギ:返したくなかったら?
ミサキ:返さない
ツムギ:でも一回返したら?
ミサキ:何よ
ツムギ:次も返しますよね?
ミサキ:返したければね
ツムギ:その次は?
ミサキ:あなた一生返信する気?
ツムギが黙った。
ツムギ:確かに終わりがないですね
ミサキ:今気づいたの?
マリ:ツムギちゃんは、相手に悪いって思っちゃうのね
ツムギ:はい
ツムギ:せっかく連絡してくれたのに無視するのは、少し申し訳ないです
マリ:そうね
マリ:でも、やり取りを続けることが相手への優しさとは限らないわ
ツムギ:違うんですか?
マリ:その気がないのに期待させてしまうこともあるもの
マリ:だから、自分がどうしたいかで決めていいのよ
ツムギは少し考える。
ツムギ:もう少し話したいと思った人には返信する
マリ:そうね
ツムギ:そう思わなかったら、無理に続けない
ミサキ:正解
ツムギ:難しいですね
ミサキ:何が?
ツムギ:まだ好きじゃない人と、もう少し話したいか考えるの
三人が少し黙った。
ツムギらしい疑問だった。
ツムギ:好きなら分かりやすいですよね?
ツムギ:好きだから連絡する
ツムギ:でも、まだ好きじゃない
ツムギ:その人と連絡を続けるかどうかって、何で決めるんですか?
ミサキが口を開こうとした。
その前に。
マリが穏やかに言った。
マリ:「もう少し知りたい」でいいんじゃないかしら
ツムギ:もう少し知りたい
マリ:そう
マリ:好きじゃなくてもいいの
マリ:この人のこと、もう少し知りたい
マリ:最初はそれくらいでも十分なのよ
ツムギは黙ってマリを見ていた。
ツムギ:……それも恋なんですか?
マリ:まだ恋じゃないかもしれないわね
マリ:でも、恋になることはあるんじゃないかしら
ツムギの顔が、少しだけ真剣になった。
ミサキ:どうやら次の話に進んだ方がよさそうね
ユキノ:うん
ミサキ:ツムギ
ミサキ:合コンで「タイプじゃない」と思った男、あなたならどうする?
ツムギ:タイプじゃないなら、好きにならないんじゃないですか?
ミサキ:ほら
ミサキ:今日はそこも教えてあげるわ
「タイプじゃない」で切るのは、少し早いかもしれない

ツムギ:タイプじゃない人でも、好きになるんですか?
ミサキ:なることはあるわよ
ツムギ:どうしてですか?
ミサキ:どうしてって言われてもね
ミサキ:恋愛が全部、顔見た瞬間に始まるなら苦労しないわよ
ツムギ:でも、一目惚れもありますよね?
ミサキ:あるわね
ツムギ:ソウタさんもそうでした
ミサキが一瞬黙る。
ミサキ:……そうね
ユキノ:ソウタくんの話、聞いたんだ?
ツムギ:はい
ツムギ:どんな感じだったのか教えてもらいました
ミサキ:本人に?
ツムギ:本人に
ミサキ:あなた本当に容赦ないわね
ツムギ:ちゃんと答えてくれましたよ?
ミサキ:でしょうね。ソウタだから
マリ:ふふ
ツムギ:ソウタさんは、最初に私を見て可愛いと思ったそうです
ミサキ:そこまで聞いたの?
ツムギ:はい
ツムギ:それで、気づいたら好きになっていたって
ユキノ:なるほどね
ツムギ:だから私は、合コンでもそういう人を探せばいいのかなって
ミサキ:どういう人?
ツムギ:見た瞬間に何か感じる人です
ミサキ:極端なのよ
ツムギ:違うんですか?
マリ:違うというより、それだけじゃないんじゃないかしら
マリが穏やかに笑う。
マリ:最初は何とも思っていなかった人を、あとから好きになることもあるわ
ツムギ:何も感じなかったのに?
マリ:そうなの
ツムギ:急に?
マリ:急に気づくことはあるかもしれないわね
ツムギ:難しいです
ミサキ:だから恋愛は面倒なのよ
ユキノ:話していて楽しいとか
ユキノ:一緒にいると落ち着くとか
ユキノ:また会ってもいいかなって思うとか
ユキノ:最初はそういう感覚でもいいんじゃないかな
ツムギ:ドキドキしなくても?
ユキノ:うん
ツムギ:顔がタイプじゃなくても?
ミサキ:顔がタイプじゃない男と付き合ってる女なんて山ほどいるわよ
ツムギ:ミサキ様が言うと不思議ですね
ミサキ:どういう意味?
ツムギ:ミサキ様は顔も大事にしそうなので
ミサキ:大事よ
ツムギ:大事なんですね
ミサキ:わたしの話はいいの
マリ:ふふ
ツムギは少し考え込んだ。
ツムギ:じゃあ、合コンで何も感じなかった人も
ツムギ:すぐに「違う」って決めなくていいんですか?
マリ:そうね
マリ:もちろん、嫌だと思った人に無理して近づく必要はないわ
マリ:でもね
マリ:「好きじゃない」と「興味がない」は、少し違うと思うの
ツムギが顔を上げる。
マリ:好きじゃないのは当たり前よ
マリ:だって初めて会った人だもの
マリ:でも、もう少し話してみたいと思うなら
マリ:その気持ちは大事にしてもいいんじゃないかしら
ツムギ:……もう少し話してみたい
マリ:そう
マリ:好きって、最初から名前がついているとは限らないのよ
ツムギは黙った。
いつものように。
何かを頭の中で考えている顔だった。
ツムギ:ソウタさんとは、もう少し話したいです
今度は。
ミサキとユキノが黙った。
マリだけが、少し笑っていた。
ツムギ:……何ですか?
ミサキ:別に
ユキノ:うん。何でもないよ
ツムギ:絶対何かありますよね?
マリ:今はそれでいいんじゃないかしら
ツムギ:何がですか?
マリ:もう少し話したいって思うこと
ツムギはまた少し考えた。
そして。
ツムギ:分かりました
ツムギ:合コンでも「もう少し話したい人」を探してみます
ミサキ:そうしなさい
ツムギ:恋に落ちる人じゃなくて?
ミサキ:あなたの場合、まずそこからよ

合コンは「恋人を作る場所」じゃなくてもいい

ツムギ:でも、誰も好きにならなかったらどうします?
ミサキ:どうもしないわよ
ツムギ:どうもしない?
ミサキ:帰る
ツムギ:終電で?
ミサキ:そこだけ律儀に覚えてるわね
ユキノ:ふふ
ツムギ:でも、合コンに行くなら恋人を探すんですよね?
ユキノ:そういう人もいると思うよ
ツムギ:違う人もいるんですか?
ユキノ:友達に誘われたから来た人もいるだろうし
ユキノ:新しい人と話してみたい人もいる
ユキノ:いい人がいたら嬉しいな、くらいの人もいるんじゃないかな
ツムギ:絶対に恋人を作る場所ではない
ユキノ:うん
ユキノ:だから、何も起きなくても失敗じゃないよ
ツムギが少し驚いた顔をする。
ツムギ:失敗じゃないんですか?
ミサキ:あなた、合コンに成果報告書でも提出する気?
ツムギ:提出先はどこですか?
ミサキ:ないわよ
マリ:ツムギちゃんは真面目ね
ツムギ:初めてなので、成功した方がいいのかなって
ユキノ:じゃあ、成功の意味を変えてみたら?
ツムギ:変える?
ユキノ:恋人を作ることじゃなくて
ユキノ:自分がどんな人といる時に楽しいのか知ること
ツムギが黙る。
ユキノ:話しやすい人
ユキノ:もっと話したくなる人
ユキノ:逆に、少し疲れる人
ユキノ:そういうのを自分で感じてみるだけでも、十分だと思うよ
ツムギ:自分を知るんですか?
ユキノ:そう
ユキノ:ツムギちゃんは今、好きっていう気持ちを知りたいんだよね?
ツムギ:はい
ユキノ:だったら、誰かを好きになろうとするより
ユキノ:自分が人に対して何を感じるのか、見てみたらいいんじゃないかな
ツムギ:何を感じるか
ユキノ:うん
ツムギ:楽しいとか?
ユキノ:そう
ツムギ:もう少し話したいとか?
マリ:そうね
ツムギ:また会いたいとか?
ミサキ:いいじゃない。だいぶ分かってきたわね
ツムギは嬉しそうに頷いた。
ツムギ:分かりました
ツムギ:自分が何を感じるか、観察してきます
ミサキ:結局観察なのね
ツムギ:大事ですよね?
ミサキ:まあ、あなたの場合はね
マリ:でも、観察ばかりして自分の気持ちを置いていかないようにね
ツムギ:置いていく?
マリ:相手がどういう人かを見るだけじゃなくて
マリ:その人といる自分がどうだったかも、覚えておくの
ツムギ:その人といる自分
マリ:よく笑っていたとか
マリ:自然に話せたとか
マリ:時間が早く感じたとか
マリ:そういうのね
ツムギは真剣な顔で頷く。
ツムギ:分かりました
ツムギ:相手と、自分を観察します
ミサキ:合コン会場で双眼鏡出さないでよ
ツムギ:持っていきませんよ
ミサキ:冗談よ
ツムギ:私だってそれくらい分かります
ユキノ:ふふ。じゃあ大丈夫そうだね
ツムギ:はい
ツムギは、今日聞いたことを思い返すように少し黙った。
気合いを入れすぎない。
全員に好かれようとしない。
無理に盛り上げない。
飲みすぎない。
嫌な時は帰る。
そして。
自分が何を感じるのかを見る。
ツムギ:分かりました
ツムギ:恋に落ちるか観察してきます
三人が黙った。
ミサキ:あなた、自分が参加者だって分かってる?
ツムギ:分かってますよ?
ミサキ:その顔が一番信用できないのよ
マリが小さく笑う。
ユキノも困ったように笑っていた。
こうして。
ツムギは、初めての合コンへ行くことになった。



