都合のいい女だった頃の私に、今なら一杯おごる

昔の私に会えるなら、説教はしない。

とりあえず飲みに連れていく。

駅前の、ちょっとうるさい居酒屋でいい。

生ビールを二つ頼んで、枝豆と冷奴。あと唐揚げ。昔の私はこういう時でも「太るから」とか言いそうだから、勝手に頼む。

そしてビールが来たら、一口飲ませる。

多分、昔の私はスマホを気にしている。

テーブルに置いて。

画面を伏せて。

でも三分に一回くらい触る。

分かる。

その男から連絡が来るかもしれないんだろ。

知ってるよ。

私だから。

だから私は、昔の私に聞く。

「で。その男のどこがそんなにいいの?」

多分、怒る。

何も知らないくせに。

優しいところもある。

二人でいる時は違う。

私にしか見せない顔がある。

きっとそんなことを言う。

うん。

知ってる。

全部、私も言った。

今なら分かる。

あの頃の私は、たぶん「都合のいい女」だった。

でもね。

だからって、昔の自分の胸ぐらをつかんで「目を覚ませ!」なんて言う気にはならない。

目なんて覚めない。

好きな時は。

正論を十個並べても、好きな男から「今から会える?」と一通来れば全部吹き飛ぶ。

恋愛コラムを書く人間としてどうかと思うけど、まあ事実だから仕方ない。

だから今なら。

あの頃の私に、一杯おごる。

まずは話を聞く。

好きだった男の話を。

何回聞いても同じ話を。

「それ先週も聞いた」と思いながら。

もう一回聞く。

そして多分。

二杯目くらいから、私は少しずつ腹が立ってくる。

昔の私ではなく。

その男に。

いや。

やっぱり昔の私にも、ちょっと腹が立つ。

今日はそんな話をしようと思う。

都合のいい女だった頃の、私の話。

目次

私は「都合のいい女」じゃないと思っていた

最初に言っておく。

当時の私は、自分が都合のいい女だなんて一ミリも思っていなかった。

むしろ逆。

私は「理解のある女」だと思っていた。

彼が忙しいなら待つ。

連絡が少なくても催促しない。

会える日が急に決まっても文句を言わない。

「今から会える?」と夜に連絡が来れば、予定がなければ会いに行く。

いや。

予定があっても、ちょっと動かしていたかもしれない。

そこはもう記憶を美化するのをやめよう。

動かしてた。

かなり。

でも私は、それを我慢だと思っていなかった。

好きだから。

会いたいから。

私がそうしたいから。

誰にも強制されていない。

だから問題ない。

そう思っていた。

彼の交友関係にも口を出さなかった。

誰と飲みに行こうが自由。

女友達がいようが気にしない。

少なくとも、気にしていない顔はできた。

今の私なら分かる。

最後の一行が全部だ。

気にしていないんじゃない。気にしていない女をやっていた。

束縛する女になりたくなかった。

面倒くさいと思われたくなかった。

重い女だと思われたら嫌だった。

だから私は、何も聞かなかった。

「昨日どこにいたの?」

聞かない。

「誰と飲んでたの?」

聞かない。

「なんで連絡くれなかったの?」

絶対に聞かない。

私は余裕のある女だから。

理解があるから。

男の自由を尊重できるから。

……笑う。

今なら笑う。

当時の私が目の前にいたら、肩を叩いて言ってやりたい。

ナナ。

お前、それ。

我慢に洒落た名前つけてるだけだぞ。

「都合のいい女」という店に、「理解のある女」という立派な看板を出していた。

店内はボロボロ。

店主は毎晩泣いてる。

なのに看板だけ立派。

最悪の経営状態だ。

でも、あの頃の私は本気だった。

私が我慢すれば、うまくいくと思っていた。

彼にとって居心地のいい女でいれば、いつかもっと大切にしてもらえると思っていた。

面倒なことを言わない。

急に呼ばれても笑って会う。

寂しくても「大丈夫」と言う。

そうしていれば。

いつか。

彼が。

私を選ぶ。

そんなことを、どこかで期待していた。

認める。

期待してた。

めちゃくちゃ期待してた。

「別に付き合いたいとかじゃないし」なんて友達には言っていたけど。

嘘だ。

付き合いたかった。

ちゃんと彼女になりたかった。

でも、それを言って今の関係がなくなるのが怖かった。

だから言わない。

言わない代わりに、いい女でいる。

そしてまた彼から連絡が来る。

スマホが光る。

名前を見る。

嬉しくなる。

「今から会える?」

私は多分、五分くらい待ってから返信していた。

すぐ返すと、待っていたみたいだから。

待ってたけど。

ものすごく待ってたけど。

それでも五分待つ。

昔の私なりの、精いっぱいの余裕だった。

そして送る。

「うん。会えるよ」

その瞬間。

私はまた、自分が選ばれたような気になっていた。

好きな人に呼び出されて喜ぶ若い頃のナナ。

「会いたい」と言われるだけで、選ばれた気になっていた

好きな男から「会いたい」と言われる。

そりゃ嬉しい。

これは今でもそう思う。

好きでもない男から夜中に「会える?」と来たら、寝ろと思う。

でも好きな男なら話は別だ。

スマホの画面に名前が出ただけで、さっきまで眠かった人間が急に元気になる。

風呂にも入れる。

化粧もできる。

服も選べる。

恋愛というのは恐ろしい。

下手な栄養ドリンクより効く。

当時の私は、彼から「会いたい」と言われるたびに嬉しかった。

私に会いたいんだ。

私の顔が見たいんだ。

私と一緒にいたいんだ。

そう思っていた。

いや。

そう思いたかった。

でも今になって振り返ると、少し違う。

彼が私に連絡してくるのは、いつも彼のタイミングだった。

仕事が早く終わった。

飲み会がなくなった。

友達との予定がなくなった。

なんとなく暇になった。

そんな時。

私のスマホが鳴る。

私は彼の予定に入っていたんじゃない。

彼の予定に空いた穴へ、きれいに収まっていた。

今書いていて、なかなか腹が立つ。

昔の私。

もう一杯飲むか?

飲め。

今日は私のおごりだ。

でもね。

あの頃は、そんなこと考えなかった。

彼が誰と会う予定だったのかなんてどうでもよかった。

予定がなくなった理由も聞かなかった。

私に連絡が来た。

それだけでよかった。

必要とされている気がした。

これが厄介だった。

必要とされるのは気持ちいい。

頼られる。

呼ばれる。

会いたいと言われる。

自分には価値があるような気がする。

彼の中に、ちゃんと私の場所があるような気がする。

でも。

今の私は知っている。

必要とされることと、大切にされることは同じじゃない。

便利だから必要なものもある。

寂しい時だけ必要な人もいる。

暇な夜だけ会いたくなる相手もいる。

必要とされている。

だから愛されている。

そんな単純な話じゃない。

でも、当時の私はそこを一緒にしていた。

彼が私を呼ぶ。

私は行く。

彼が笑う。

私も笑う。

楽しい。

本当に楽しかった。

ここは強がらずに書いておく。

楽しかったんだよ。

嫌な思い出ばかりじゃない。

だから余計に離れられなかった。

都合よく扱われている女は、毎日泣いていると思われがちだけど。

そんなことはない。

笑う日もある。

楽しい夜もある。

優しくされる瞬間もある。

幸せだと思う時間だってある。

だから続く。

毎日最悪なら、案外すぐ逃げられる。

たまに最高だから、面倒なんだ。

彼と別れた帰り道。

私は一人で電車に乗る。

楽しかった会話を思い出す。

彼が笑った顔を思い出す。

今日も会えてよかった。

そう思う。

そして家に着く。

次の日。

連絡はない。

その次の日もない。

私はスマホを見る。

何度も見る。

でも自分からは送らない。

重い女になりたくないから。

そして数日後。

スマホが光る。

彼の名前。

私は嬉しくなる。

また選ばれた。

そう思う。

違う。

今なら分かる。

選ばれていたんじゃない。

呼ばれていただけだ。

でも。

昔の私にそれを言ったら、多分また怒る。

「違う。あの人はそんな人じゃない」

うん。

言うよね。

知ってる。

次は多分。

友達に同じことを言われるから。

呼び出されて急いで支度をする若い頃のナナ。

友達の正論が、死ぬほど腹立たしかった

当然だけど。

友達は気づいていた。

私よりずっと早く。

「ナナ、それやめた方がいいよ」

言われた。

何回も。

「その人、ナナのこと大事にしてなくない?」

言われた。

「都合よく扱われてるように見える」

言われた。

そして私は。

死ぬほど腹が立った。

何も知らないくせに。

そう思った。

友達は彼のことを知らない。

二人でいる時の彼を知らない。

優しいところも知らない。

私が落ち込んでいた時、黙って話を聞いてくれたことも知らない。

ふざけて笑わせてくれた夜も知らない。

だから簡単に言えるんだ。

「やめた方がいい」なんて。

こっちは好きなんだよ。

そんな簡単にやめられるなら、とっくにやめてる。

……と。

当時の私は思っていた。

そして友達に言う。

「でも優しいところもあるんだよ」

出た。

都合のいい女・第一防御呪文。

さらに続ける。

「二人でいる時は全然違うから」

第二防御呪文。

そして最後。

「多分、あの人もいろいろあるんだと思う」

第三防御呪文。

完成。

これを三つ唱えると、友達の正論をだいたい無効化できる。

本人の中では。

友達には一切効いていない。

今なら分かる。

友達は私を傷つけたかったわけじゃない。

彼を悪者にして楽しんでいたわけでもない。

ただ。

私が泣いていたから。

何度も同じことで落ち込んでいたから。

見ていられなかったんだと思う。

でもね。

正論が届かない夜ってある。

これは今でも思う。

「大切にしてくれない男なんてやめなよ」

正しい。

百点。

赤ペン先生も花丸をつける。

でも。

好きな女には届かないことがある。

だって本人は、その男の悪いところなんて多分もう知ってる。

連絡が来ないことも。

自分ばかり予定を合わせていることも。

都合のいい時だけ呼ばれていることも。

薄々分かってる。

分かってないふりをしているだけだ。

そこに正論を持っていって。

「ほら。あなたは大切にされてません」

と突きつける。

そりゃ怒る。

相手にじゃない。

言ってきた友達に。

理不尽だ。

本当に申し訳ない。

当時の友達には、今度会ったら酒をおごりたい。

いや。

多分もう何回かおごってるからいいか。

それくらい迷惑をかけた。

今の私は、恋愛相談を聞くことがある。

すると時々。

昔の私が座っている。

もちろん別人だ。

でも言うことが同じ。

「でも優しいんです」

来た。

第一防御呪文。

「二人の時は違うんです」

第二。

「仕事が大変みたいで」

アレンジ版第三。

私は心の中で思う。

知ってる。

その呪文、全部使った。

だから。

昔なら言っていたかもしれない。

「そんな男やめな」

今は、少し待つ。

話を聞く。

その男のどこが好きなのか。

何が嬉しかったのか。

どんな時に泣いたのか。

多分、同じ話を何回も聞く。

面倒だ。

正直に言う。

結構面倒だ。

でも聞く。

正論で人の恋を終わらせることは、案外できないから。

本人が「もういい」と思うまで。

本人が自分の涙に気づくまで。

少し時間がかかることがある。

昔の私もそうだった。

友達の言葉を無視した。

何度も同じ男のことで泣いた。

それでも会った。

今思えば。

本当にバカだったと思う。

でも。

だからって。

あの頃の自分を殴りたいとは思わない。

友達の忠告を素直に聞けない若い頃のナナ。

それでも私は、あの頃の自分を殴りたくない

昔の私はバカだった。

これはもう認める。

見る目もなかった。

同じことで何回も泣いた。

友達に相談して。

「もう会わない」と宣言して。

数日後には会っていた。

ひどい。

相談された側からしたら、たまったもんじゃない。

あれだけ話を聞いた時間を返せと思う。

今の私なら思う。

いや。

多分、当時の友達も思っていた。

でも。

昔の私に会えたとして。

胸ぐらをつかんで。

「いい加減にしろ!」

と怒鳴りたいかと言われたら。

そうでもない。

説教したいことは山ほどある。

予定を空けるな。

スマホを三分おきに見るな。

「大丈夫」と言うな。

寝ろ。

ちゃんと飯を食え。

あと酒を飲みすぎるな。

……最後のは今の私にも言える。

まあいい。

それでも。

あの頃の自分を殴りたいとは思わない。

だって、本当に好きだったから。

ここを無視したくない。

都合のいい女だった。

大切にされていなかった。

もっと早く離れればよかった。

今なら全部言える。

でも。

好きだった。

これも本当だ。

彼から連絡が来れば嬉しかった。

会えば楽しかった。

くだらないことで笑った。

優しくされた夜もあった。

帰りたくないと思ったこともある。

あの時間まで全部。

「見る目がなかった」の一言で捨てる気にはならない。

たまにいる。

別れた男のことを、全部悪く言わないと前に進めないと思っている人。

「最低だった」

「時間の無駄だった」

「黒歴史」

別にそう思うならいい。

本当に最低な男もいる。

そんな記憶、ゴミ袋に入れて燃える日に出せと思う恋愛もある。

でも。

好きだった自分まで一緒に捨てなくていい。

相手を見る目がなかったことと、好きだった気持ちが嘘だったことは別だ。

私は見る目がなかった。

でも好きだった。

両方、本当。

それでいい。

昔の私に。

「なんでそんな男好きなの?」

と聞いたら。

きっと一生懸命説明すると思う。

優しいところ。

笑った顔。

二人だけにしか分からない話。

私が落ち込んだ日に言ってくれた言葉。

今の私は多分。

途中でビールを飲みながら思う。

うん。

でもそいつ、やめた方がいいぞ。

絶対思う。

ただ。

口には出さない。

もう少し聞く。

昔の私が、どんな顔でその男の話をするのか見る。

多分。

笑ってる。

ちょっと嬉しそうに。

だったら。

一杯目くらいは好きに話せばいい。

私はそう思う。

恋愛で失敗した過去を見ると。

人はすぐ、昔の自分を叱りたくなる。

もっと早く気づけ。

なんで離れなかった。

どうしてあんなことを許した。

でも。

当時の自分だって、好きで傷ついていた。

多分。

あの頃の私に一番厳しかったのは、あの頃の私自身だった。

大丈夫なふりをして。

余裕のある女をやって。

泣いたら「また泣いてる」と自分に腹を立てた。

それ以上。

今の私まで昔の私を責めなくていい。

だから。

もし会えるなら。

私はやっぱり、あの頃の自分を飲みに連れていく。

説教はまだしない。

まだ。

一杯目だから。

若い頃のナナの話を聞く現在のナナ。

だから今なら、一杯おごる

話を戻そう。

昔の私が、目の前にいる。

駅前の居酒屋。

少しうるさい店内。

テーブルには枝豆と冷奴。

唐揚げは半分なくなっている。

多分、私が食べた。

昔の私は、まだスマホを気にしている。

画面を伏せて。

ビールを飲んで。

またスマホを見る。

私は何も言わない。

「そんなに待っても連絡来ないよ」

言わない。

「来てもどうせ急な呼び出しでしょ」

言わない。

「いい加減、目を覚ませ」

それも言わない。

代わりに聞く。

「で?」

昔の私が顔を上げる。

「何?」

「その男の話。まだあるんでしょ」

多分。

少し嬉しそうな顔をする。

そしてまた話し始める。

「でもね。優しい時もあるんだよ」

うん。

「この前も私が落ち込んでたら、ずっと話聞いてくれて」

うん。

「二人でいる時は本当に楽しいの」

うん。

「私のこと、少しは好きだと思う」

そうかもね。

私は否定しない。

彼が昔の私を一ミリも好きじゃなかったなんて、今の私にも分からない。

好きだったかもしれない。

少しは。

でも。

少し好きだったことと。

大切にすることは。

やっぱり別だ。

ただ、それを今ここで言っても。

昔の私は多分、聞かない。

だから。

もう少し飲ませる。

話させる。

何度も聞いたような話を聞く。

彼が笑った話。

彼が珍しく連絡をくれた話。

二人で朝までいた話。

次はどこに行きたいという話。

私はビールを飲みながら聞く。

昔の私。

よく喋る。

今の私もよく喋るけど。

そこは変わってないらしい。

そして。

話が少し途切れたところで。

私は聞く。

「楽しい?」

昔の私は笑う。

「楽しいよ」

即答する。

そう。

楽しかったんだよな。

知ってる。

じゃあ、もう一つ。

「幸せ?」

多分。

昔の私は少し黙る。

スマホを見る。

ビールを飲む。

枝豆を一つ食べる。

それから。

「……分かんない」

と言う。

私は多分。

そこで初めて。

少しだけ腹が立つ。

彼に。

そして。

昔の私にも。

でも怒鳴らない。

ビールを置く。

そして言う。

「でもあんた。泣きすぎじゃない?」

昔の私は黙る。

「別に」

多分そう言う。

「泣いてないし」

嘘つけ。

知ってるぞ。

私だから。

夜中に一人で泣いた。

朝起きて目が腫れていた。

仕事に行く前、冷たいタオルを目に当てた。

鏡を見て。

「何やってんだろ」

って思った。

全部知ってる。

だから私は言う。

「好きなのは分かった」

「楽しいのも分かった」

「優しい時があるのも分かった」

「でも」

「あんたが泣いてることまで、なかったことにするな」

多分。

昔の私は怒る。

「何も知らないくせに」

言うかもしれない。

だから。

私は笑う。

知ってるよ。

私だから。

その言葉を、もう一回言う。

そして店員さんを呼ぶ。

「生、二つ」

昔の私が言う。

「まだ飲むの?」

飲むよ。

一杯目は、あんたの話を聞く酒だった。

二杯目は、私が話す酒だ。

さて。

昔の私。

覚悟しろ。

さめざめと泣く若い頃のナナ。

都合のいい女だった頃の私へ

さて。

二杯目だ。

ここからは私が話す。

昔の私。

まず。

その男とは、多分うまくいかない。

ごめん。

いきなり結論から言った。

でも安心しろ。

今すぐ別れろとは言わない。

そもそも付き合ってない。

……書いていて腹が立ってきた。

まあいい。

あんたは多分、もう少しその男を好きでいる。

何度か会う。

何度か笑う。

そして何度か泣く。

友達にもまた相談する。

「もう本当に終わりにする」

そう宣言する。

その友達は多分。

もう何も信じていない。

でも話は聞いてくれる。

大事にしろ。

その友達。

男より長く残る。

そして。

ある日。

あんたは本当に「もういい」と思う。

何か大きな事件が起きるとは限らない。

彼にひどいことを言われるわけでもない。

別の女が乗り込んでくるわけでもない。

ドラマみたいな修羅場もない。

ただ。

スマホを見ながら。

ふと思う。

「あ。もう疲れた」

多分、それだけだ。

恋が終わる時って。

案外そんなものなのかもしれない。

あれだけ好きだった。

連絡を待った。

会えるだけで嬉しかった。

友達の正論にも腹を立てた。

それなのに。

ある日突然。

もういい。

そう思う。

正確には。

突然じゃない。

小さな「つらい」を。

ずっと見ないふりしてきた。

寂しい。

会いたい。

なんで連絡くれないの。

私のことどう思ってるの。

全部飲み込んだ。

飲み込んで。

飲み込んで。

腹いっぱいになった。

だから。

もう食えない。

恋愛を食事に例えるのはどうかと思うけど。

私は酒と飯の話が多いから仕方ない。

昔の私。

あんたに言いたいことは一つだ。

好きなら、もう少し好きでいればいい。

無理やり嫌いにならなくていい。

友達に「やめな」と言われたからって、明日から忘れなくていい。

恋愛コラムを読んで。

「自分を大切にしましょう」

なんて言葉を見て。

できない自分を責めなくていい。

分かってる。

自分を大切にした方がいい。

そんなこと。

多分、あんたも知ってる。

知っていてできないから苦しいんだろ。

だから。

正論で自分を殴るな。

ただし。

自分が泣いていることだけは、見ないふりするな。

楽しいなら笑え。

嬉しいなら喜べ。

好きなら好きでいろ。

でも。

つらいなら。

ちゃんと「つらい」と思え。

寂しいなら。

「私は寂しいんだ」と認めろ。

それを全部。

「私は理解のある女だから」

なんて言葉で隠すな。

あんたは別に。

いい女じゃなくていい。

余裕のある女じゃなくていい。

面倒くさくてもいい。

少なくとも。

自分にまで格好つける必要はない。

昔の私へ。

今夜は私がおごる。

好きだった男の話。

好きなだけすればいい。

うん。

優しかったんだね。

楽しかったんだね。

分かった。

あんたは本当に好きだったんだ。

それでいい。

一杯目は。

全部聞く。

否定しない。

笑わない。

だから。

飲め。

今日は私のおごりだ。

ただし。

二杯目からは説教する。

覚悟しろ。

――ナナ

2杯目からは昔の自分に説教するナナ。
よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次