午後の編集部。
アカリがスマホを見ながら、なんとも言えない顔をしていた。
アカリ: ねえ、ちょっと聞いていい?
ミカコ: その顔、面倒な話でしょ
アカリ: いや、うちの友達じゃないんだけどね
ソウタ: その前置き、だいたい友達の話じゃない?
アカリ: 違うって(笑)。友達の知り合い。ほんとにそのくらい遠い人
少し離れた席で資料を見ていたワニオも、顔だけこちらに向けた。
ワニオ: かなり安全な距離から始まりましたね
アカリ: で、その人が二股してるらしいの
ソウタ: 二股って、二人とも好きってこと?
ミカコ: まずそこからなんだ
アカリ: たぶん普通に二人と付き合ってるっぽい。お互いには内緒で
ソウタ: あ、それは二股だ
ミカコ: 今ちょっと理解した顔したね
アカリ: それ聞いてさ。もし自分の友達が二股してるって知ったら、みんなどうするのかなって
ミカコ: 本人に言うかってこと?
アカリ: それもあるし、普通に引くのかとか、友達やめるのかとか
ソウタ: 友達なら、まず理由聞くかも
アカリ: え、優しい
ミカコ: まだ何も聞いてないのに評価早いな
ワニオ: 僕はまず、なぜ自分がその情報を知ってしまったのかが気になります
アカリ: そこ?
ワニオ: 知らなければ平和だった可能性が高いので
ミカコ: それはちょっと分かる
アカリ: でも知っちゃったらどうするの?
ワニオ: そこからが面倒ですね
ただの人づての話だったはずなのに、いつの間にか四人とも少しだけ真面目な顔になっていた。
好きな人が二人いる。
それと、二人に内緒で付き合う。
同じように見えて、たぶん少し違う。
そんなところから、午後の恋バナが始まった。
まず友達に言う?言わない?

アカリ: うちだったら、たぶん聞いちゃうな
ミカコ: 本人に?
アカリ: うん。え、ほんとに二股してんの?って
ソウタ: 直球だね
アカリ: だって友達なら気になるじゃん。なんでそんなことしてるのかも聞きたいし
ミカコ: 私はそこまで踏み込まないかな
アカリ: 何も言わない?
ミカコ: 本人の恋愛でしょ。こっちに何か求めてこないなら、わざわざ説教はしない
アカリ: でも友達が二股してるんだよ?
ミカコ: 嫌だなとは思うよ。でも、嫌だと思うことと、私が止めることは別
アカリ: ミカコさん、ドライだなあ
ミカコ: アカリが入り込みすぎなんじゃない?
アカリ: えー、でも絶対モヤるって
ソウタ: おれは聞くかも
アカリ: ほら!
ソウタ: でも怒るっていうより、どうしたの?って聞くかな
ミカコ: ソウタっぽいね
ソウタ: 二人とも好きになったなら、本人も困ってそうだし
アカリ: え、二股してる側を心配してる?
ソウタ: だって二人好きって、頭の中ずっと忙しそうじゃない?
ミカコ: 心配する場所が独特なのよ
ソウタ: デートの日とか間違えそう
アカリ: そこまで行くと自業自得(笑)
三人が笑う。
ワニオは少し離れたところで水を飲んでいた。
アカリ: ワニオは? 友達が二股してたらどうする?
ワニオ: 観察します
アカリ: まず観察なんだ
ワニオ: はい。二人と同時に付き合う人を近くで見る機会は、そう多くありません
ミカコ: 珍しい生き物みたいに言わないで
ワニオ: 人間は恋愛すると行動パターンが増えるので、興味深いです
アカリ: 恋愛そのものには興味ないのに?
ワニオ: 恋には興味ありません。恋をしている人には興味があります
ソウタ: そこ違うんだ
ワニオ: かなり違います
アカリ: じゃあ止めたりはしない?
ワニオ: 僕が止める理由はないですね
アカリ: えー、友達でも?
ワニオ: 友達でも、その人の恋愛はその人のものです
ミカコ: そこは私と近いね
ワニオ: ただし、巻き込まれたら話は変わります
ソウタ: 巻き込まれる?
ワニオ: 例えば、今日は僕といたことにしてください、と頼まれるとか
アカリ: あー、アリバイ!
ワニオ: はい。その瞬間、僕の役職が友人から偽装工作員に変わります
アカリ: 役職(笑)
ミカコ: それは断る?
ワニオ: 断ります。業務内容に同意していませんので
ソウタ: 業務じゃないけどね
ワニオ: 報酬もありません
アカリ: 報酬あったらやるみたいに聞こえるからやめて(笑)
ワニオは気にした様子もなく、水をもう一口飲んだ。
アカリ: でもさ、二股してるって知ったら、その友達の見え方は変わらない?
ワニオ: 少し変わると思います
アカリ: やっぱり?
ワニオ: 二股をしていることより、その状態をどう扱っているかを見ますね
ミカコ: どう扱ってるか?
ワニオ: 困っているのか。楽しんでいるのか。誰かを雑に扱っているのか。それでだいぶ違います
ソウタ: ああ、それは分かるかも
ワニオ: 好きな人が二人いること自体は、僕にはよく分かりません
アカリ: 恋しないもんね
ワニオ: はい。一人もいない側から見ると、二人いる時点でかなり景気がいいです
ミカコ: 景気って言うな(笑)
アカリ: そこ羨ましがってるわけじゃないよね?
ワニオ: いえ。供給過多だなと思っています
ソウタ: 恋愛を市場みたいに言うね
ワニオ: 人間は恋愛になると、急に在庫管理が苦手になります
アカリ: 人を在庫にするな!(笑)
友達だから聞く人。
本人のことだから踏み込まない人。
まず事情を知りたい人。
そして、少し離れた場所から人間観察を始める人。
同じ二股の話でも、四人の反応はきれいに分かれていた。
好きな人が二人いるのはアリ?

ソウタ: でもさ、二人とも好きになること自体はあるんじゃない?
アカリ: え、ソウタくんそれアリ派?
ソウタ: アリっていうか、気持ちは勝手に出てくるじゃん
ミカコ: それはそうね
アカリ: でも付き合ってる人いるのに、もう一人好きになるのはちょっと嫌じゃない?
ソウタ: 嫌だけど、起きることはあるのかなって
ミカコ: 好きになるだけなら止められないでしょ。問題はそこからじゃない?
アカリ: そこから?
ミカコ: 二人とも好きになったからって、二人に内緒で付き合う必要はないってこと
アカリ: あー、それはそう
ソウタ: 気持ちが二人に向くのと、二股するのは別ってことか
ミカコ: そう。感情までルールで縛れないけど、行動は選べるから
アカリ: ミカコさんこういうとこ急に大人だなあ
ミカコ: 急にって何よ
アカリは少し考えるようにスマホを伏せた。
アカリ: でもさ、自分が二股される側だったら絶対イヤだよね
ソウタ: うん。それはイヤだと思う
アカリ: 相手が「どっちも本気で好きなんだ」って言っても?
ソウタ: それ言われたら……困るね
ミカコ: 本気なら許されるわけでもないしね
アカリ: だよね
ソウタ: でも、二人とも好きってどんな感じなんだろ
アカリ: 知らないよ(笑)
ソウタ: 朝はAさん好きで、夜はBさん好きとか?
ミカコ: シフト制じゃないから
アカリ: 恋心を勤務表みたいにするな(笑)
その横で、ワニオが静かに首を傾けた。
ワニオ: 僕には少し不思議です
アカリ: 何が?
ワニオ: 好きな人が二人いる状態です
ソウタ: ワニオは一人もいないもんね
ワニオ: はい。ゼロから見ると、二はかなり大きい数字です
アカリ: 算数みたいに言うな(笑)
ワニオ: 一人を好きになるだけでも、人間はかなり忙しそうです
ミカコ: まあ、それはそう
ワニオ: それを二人分やるとなると、感情の二交代制ですね
アカリ: また勤務表になった(笑)
ソウタ: でも二人とも同じくらい好きだったら、選べないこともありそう
ワニオ: 選べないことと、隠して両方持つことは別です
ミカコ: お、そこはちゃんとしてる
ワニオ: 僕は恋愛の正解は分かりませんが、情報の非対称は揉めやすいです
アカリ: 急に経済っぽい言葉出てきた
ソウタ: 情報の非対称?
ワニオ: 一人だけ二股していることを知っていて、残りの二人は知らない状態です
アカリ: ああ、そういうことね
ワニオ: 三人とも知っていて納得しているなら、僕が口を出すことではありません
ミカコ: それは確かに二股とはちょっと違うね
ワニオ: はい。全員が説明書を読んでいる状態です
アカリ: 恋愛に説明書つけるな(笑)
ソウタ: でも分かりやすいかも
アカリ: じゃあ結局、好きな人が二人いるだけなら責められないってこと?
ミカコ: 私はそう思う
ソウタ: おれもかな
ワニオ: 僕はまず、なぜ二人いるのか観察します
アカリ: 結局そこなんだ
ワニオ: はい。珍しい現象は、理由を知りたくなります
ミカコ: 本人の恋愛なのに、研究対象みたいになってる
ワニオ: 恋愛は人間観察の資料が豊富です
アカリ: ワニオだけ恋バナの楽しみ方が違うんだよなあ
二人を好きになる気持ち。
二人に内緒で付き合うこと。
話してみると、やっぱりそれは同じではないらしい。
そしてワニオだけは、今日も少し遠いところから恋愛を見ていた。
アリバイ作ってって頼まれたら?

アカリ: でもさ、一番イヤなのって巻き込まれることじゃない?
ミカコ: 例えば?
アカリ: 今日うちと一緒にいたことにして、とか
ソウタ: ああ……それは嫌だな
アカリ: でしょ? うち絶対無理。なんでそっちの恋愛のために嘘つかなきゃいけないのってなる
ミカコ: 私も断るね。その時点で一気に面倒になる
ソウタ: おれも断ると思う
アカリ: ソウタはもっと悩むかと思った
ソウタ: いや、だって相手の人に嘘つくことになるんでしょ?
アカリ: そうそう
ソウタ: それはちょっと違うかな
ミカコ: 好きな人が二人いるのは仕方ないって言ってたけど、ここは線引くんだ
ソウタ: 気持ちは勝手だけど、嘘は自分でつくものじゃない?
アカリ: おお
ミカコ: 意外としっかりしてる
ソウタ: 意外って言わないでよ(笑)
アカリはそのままワニオを見る。
アカリ: ワニオはさっき偽装工作員って言ってたけど、本当に頼まれたらどうする?
ワニオ: 断ります
アカリ: 即答だ
ワニオ: 僕は恋愛に参加していないので、急に裏方だけ担当するのは不自然です
ミカコ: 裏方(笑)
ソウタ: 恋愛にスタッフいるんだ
ワニオ: 二股を続けるには、かなり多くの周辺協力が必要そうです
アカリ: 必要そうって、分析しないで(笑)
ワニオ: 予定管理、連絡管理、目撃対策。人間は恋をすると仕事が増えますね
ミカコ: 普通はそこまで増えないから
ワニオ: 二股は恋愛というより、運用ですね
アカリ: 運用(笑)
ソウタ: ちょっと忙しい会社みたい
ワニオ: しかも担当者が一人です
ミカコ: そりゃ事故るわ
四人が笑う。
アカリ: でも、もし親友にめちゃくちゃ真剣な顔で頼まれたら?
ミカコ: それでも断る
アカリ: 強い
ミカコ: 真剣な顔をすれば嘘ついてもらえるなら、みんな真剣な顔するでしょ
ソウタ: それはそうだね
アカリ: うちも断るけど、ちょっと怒るかも
ミカコ: 何て言うの?
アカリ: なんでうちまで共犯にすんの?って
ワニオ: 共犯という言葉を使うと、かなり犯罪感が出ますね
アカリ: ワニオが最初に偽装工作員とか言ったんでしょ!
ワニオ: 役割としては近いです
ソウタ: でもさ、アリバイを頼んでくるってことは、本人も悪いことしてるって分かってるのかな
ミカコ: 少なくともバレたら困るとは思ってるよね
アカリ: そこなんだよ。堂々とできないならやめればいいのにって思っちゃう
ワニオ: 人間は、やめたいことと、やめられないことを同時に持てるようです
ソウタ: それ恋愛だけじゃないかも
ワニオ: そうですね。夜中のお菓子と似ています
アカリ: 二股とポテチ並べないで(笑)
ミカコ: でもちょっと分かりやすい
ワニオ: 分かっているのに続ける、という構造は近いです
アカリ: じゃあ友達に頼まれたら、「自分でなんとかして」って感じ?
ワニオ: はい。自分で始めた恋愛は、自分で運用してください
ミカコ: また運用(笑)
ソウタ: 今日ずっとその言葉気に入ってるね
ワニオ: 二股という仕組みに、かなり合っています
友達の恋愛を止めるかどうかは、人によって違う。
でも、自分まで嘘をつくかとなると、四人の答えは意外と同じだった。
恋愛は自由でも、その後始末まで友達に配るのは、さすがに違うらしい。
友達をやめるほどではない?

アカリ: じゃあさ、最後にこれ聞きたい
ミカコ: まだあるの?
アカリ: 友達が二股してたら、その子とはもう友達やめる?
ソウタ: うーん……
ミカコ: 私は一回でそこまではいかないかな
アカリ: 意外
ミカコ: なんでよ
アカリ: ミカコさん、信用なくしたらスパッと切りそう
ミカコ: 二股してるから即絶縁、まではしないよ。ただ、何回も同じことしてたり、周りまで平気で巻き込むなら距離は置く
アカリ: あー、それは分かる
ソウタ: おれも、ちゃんと終わらせるなら友達のままだと思う
アカリ: ちゃんと終わらせるって?
ソウタ: どっちか選ぶとか、二人にちゃんと話すとか。ずっと隠したまま続けるんじゃなくて
ミカコ: ソウタ、今日思ったより現実的ね
ソウタ: また思ったよりって言った
アカリ: うちは……嫌にはなると思う
ミカコ: 友達やめる?
アカリ: そこまでは分かんない。でも「え、この子こういうことできるんだ」って思っちゃうかも
ソウタ: 見え方は変わるよね
アカリ: そう。二股そのものもイヤだけど、普通に相手に嘘ついて会ってるわけじゃん? そこがちょっと引っかかる
ミカコ: 結局、恋愛より信用の話になってくるのかもね
そこで、アカリがワニオを見る。
アカリ: ワニオは?
ワニオ: 僕も、二股だけでは友達をやめないと思います
アカリ: お、そうなんだ
ワニオ: 恋愛の失敗と、友情の失敗は別なので
ソウタ: でも二股って失敗なの?
ワニオ: 本人が成功だと思っている場合もありそうですね
ミカコ: そこ怖いな(笑)
ワニオ: ただ、僕に嘘をつかせたり、都合よく使ったりするなら、それは恋愛ではなく僕との関係の問題になります
アカリ: あー、なるほど
ワニオ: 二股そのものより、友達として僕をどう扱うかの方が重要です
ミカコ: そこは結構はっきりしてるね
ワニオ: 恋愛には参加していませんので、恋愛の採点はできません
アカリ: 採点(笑)
ワニオ: ただし、友情の採点表は別です
ソウタ: あるんだ、採点表
ワニオ: 今作りました
アカリ: 今かよ(笑)
ミカコが少し笑いながらコーヒーを飲む。
ミカコ: でも結局、友達が二股してたからって、それだけで全部嫌いになるわけじゃないんだね
アカリ: うん。イヤだけど、理由は聞きたいかも
ソウタ: おれも
ワニオ: 僕は理由より経過が見たいです
アカリ: 観察続行なんだ
ワニオ: はい。始めた二股を人間がどう終わらせるのかは、少し興味があります
ミカコ: 本人からしたら見守られたくないだろうなあ
ソウタ: ワニオに知られたらずっと観察されそう
ワニオ: 記録はしません
アカリ: 記録しないだけなんだ(笑)
しばらく笑ったあと、アカリがふと思いついたようにワニオを見る。
アカリ: でもさ、ワニオが二股してたら一番びっくりするかも
ミカコ: それはびっくりする
ソウタ: まず一人目がいたことに驚くね
ワニオは少しだけ首を傾けた。
ワニオ: 僕は一股も始まっていません
アカリ: 一股って言うな(笑)
ワニオ: 現在ゼロです。非常に安定しています
ミカコ: 恋愛を経営状態みたいに報告しないで
ソウタ: でも平和そう
ワニオ: はい。運用コストもゼロです
アカリ: 最後までそれか(笑)
午後の編集部に、また笑い声が広がった。
友達が二股していたら、止めるのか。放っておくのか。距離を置くのか。
四人の答えは少しずつ違った。
でもどうやら、二股そのものよりも、その人が誰かをどう扱うのか。
友達として気になるのは、案外そこなのかもしれない。



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