たぶん、そろそろだと思う。
……いや、“たぶん”じゃないな。
そろそろ、ちゃんと伝えていいタイミングだと思う。
ここ最近、何度かご飯に行っている。
会話も、最初よりずっと自然になってきた。
沈黙も、前みたいに気まずくならない。
むしろ——
ちょっと落ち着くくらいにはなってきた。
……うん。
これって、悪くない状態だと思う。
というか。
ここまで来て、何も言わないのは違う気がする。
「また会いましょう」って言ってくれて。
実際に何回か会って。
ちゃんと時間を一緒に過ごして。
……。
いや。
これ、少なくとも嫌われてはないよな。
そこは大丈夫だと思う。
たぶん。
……たぶん。
スマホの画面を見る。
メッセージの履歴。
やり取りは、ちゃんと続いてる。
返信も来る。
途切れてない。
……。
うん。
ここで動かない方が、むしろ変だと思う。
決めた。
次に会ったとき、ちゃんと伝えよう。
……。
いや、ちゃんとっていうか。
ちゃんと、ってなんだ?
……。
……一回、聞いた方がいい気がする。
ミサキさんに。


告白の仕方、教えてあげるわ
ミサキ:で?何を聞きに来たの?
ソウタ:あ、いや……その
一瞬、言葉に詰まる。
でも、ここで引いたら意味がない。
ソウタ:今度、ちゃんと伝えようと思ってて。気持ちを
ミサキは少しだけ目を細める。
……ああ、この顔。
何かを“決意したときの顔”だ。
ミサキ:あら。いいじゃない
ミサキ:ようやくそこまで来たのね
ソウタ:いや、まだ全然わかんないですけど。タイミングとか、どういう風に言えばいいのかとか。正直、自信なくて
ミサキ:当然ね。そういうのは最初から上手くできるものじゃないわ
ミサキは軽く腕を組む。
そのまま、少しだけ考えるような間を置いて——
ミサキ:いい?
ミサキ:告白ってね、言葉だけじゃないの
ミサキ:“流れ”で決まるものよ
ソウタ:流れ……?
ミサキ:そう。それまでの会話、空気、距離感。全部が積み重なって、初めて成立する
ミサキ:いきなり言葉だけ投げても、響かないわ
ソウタ:……たしかに
ミサキ:だからまずは、“いい空気を作ること”に集中しなさい
ミサキ:自然に会話して、無理に盛り上げようとしない。相手が心地いいと思う状態を作るの
ソウタ:はい
ミサキ:その上で、タイミングが来たらシンプルに言う
ミサキ:余計な言い訳も、前置きもいらない。ストレートに
ソウタ:……好きです、って
ミサキ:ええ、それでいい。むしろ、それ以外いらないわ
……。
すごく、しっくりくる。
複雑に考えていたものが、整理された感じがする。
ソウタ:……なんか、いける気がしてきました
ミサキ:でしょうね
ミサキは、少し笑った。
でも——
その笑い方が、なんだか引っかかった。
ミサキ:まあ、頑張りなさい。応援してるわよ
ソウタ:はい
……。
ソウタが去ったあと。
ミサキは静かに息を吐く。
ミサキ:……さて
ミサキ:楽しみね
いい流れだと、思ってしまう時間
店に入って、席につく。
何度か来ている場所。
だから、最初の頃よりは落ち着いている……はずなんだけど。
やっぱり、少し緊張する。
ソウタ:今日、ちょっと混んでますね
ツムギ:そうですね。時間帯的にピークかもしれません
ツムギは周りを軽く見渡す。
その視線は、やっぱりどこか“観察”に近い。
でも——
それが気にならなくなってきている自分もいる。
……慣れてきた、のかもしれない。
⸻
少し離れた席。
帽子、メガネ、マスク。
どう見ても怪しい女がひとり。
ミサキ(内心):……ふふ、いい空気じゃない
ミサキ(内心):ちゃんと“流れ”は作れてるわね
テーブルの陰から、そっと視線を送る。
……少し前のめりになりすぎて、店員と目が合う。
ミサキ(内心):……危ないわね
さりげなくメニューを開いて、何事もなかった顔をする。
⸻
ソウタ:最近、どうですか?観察は
ツムギ:面白いです。人によって全然違うので
ツムギ:同じ状況でも、反応が変わるのが興味深くて
ソウタ:ああ……たしかに
うなずきながら、安心する。
スムーズに会話が続いている。
無理に繋いでいる感じじゃなくて、自然に。
……うん。
悪くない。
ミサキ(内心):ええ、悪くないわ
ミサキ(内心):ただし——相手が普通なら、ね
⸻
ツムギ:ソウタさんは、どういうときに“距離が縮まった”って感じますか?
……来た。
これは、結構大事な質問な気がする。
ソウタ:えっと……やっぱり、会話が楽になってきたときとか
ソウタ:あとは、沈黙が気まずくなくなったときかな
ツムギ:なるほど……それは主観的な変化ですか?それとも相手の反応も含めてですか?
……。
少しだけ詰まる。
でも、考えて答える。
ソウタ:たぶん……両方、ですかね
ソウタ:相手も自然になってる感じがしたら、距離が縮まってる気がするというか
ツムギ:……。
ツムギは、少しだけ考える。
そのまま、小さく頷いた。
ツムギ:興味深いです
……。
ミサキ(内心):はい、出た
ミサキ(内心):“興味深い”は共感じゃないのよ
⸻
料理が運ばれてきて、会話は続く。
笑うタイミングが合ったり。
視線が合って、そのまま少し続いたり。
……。
ソウタ(内心):こういうの、前より増えてる気がする
ミサキ(内心):増えてないわよ
⸻
ふと、思い出す。
ミサキの言葉。
“流れで決まるものよ”
……うん。
今、この空気は。
悪くない。
むしろ——
いいタイミングなんじゃないかと思う。
ミサキ(内心):ええ
ミサキ(内心):“あなたの中では”、ね
その一言で、全部が変わると思っていた

食事が終わって、少しだけ外を歩く。
夜の空気が、ちょうどいい。
会話は、途切れていない。
むしろ、自然に続いている。
……。
ソウタ(内心):今だと思う
ミサキの言葉が、頭の中に浮かぶ。
“流れで決まるものよ”
……うん。
この流れは、悪くない。
ソウタ:あのさ
ツムギ:はい?
足を止める。
ツムギも、少し遅れて立ち止まる。
こっちを見る。
まっすぐに。
……。
ソウタ:その……
言葉が、一瞬詰まる。
でも、ここで止まるわけにはいかない。
ソウタ:好きです
ソウタ:よかったら、付き合ってほしいです
……言った。
ちゃんと、言えた。
変に飾らず、シンプルに。
ミサキの言った通りに。
……。
ツムギは、すぐには答えなかった。
間が開く。
その表情は、驚きでもなく。
困っている感じでもない。
ただ——
“処理している顔”だった。
ミサキ(内心):ああ、そう来るのね
⸻
ツムギ:……ありがとうございます
ツムギ:すごく嬉しいです
……。
その一言で、救われる。
でも。
次の言葉を、待ってしまう。
ツムギ:ただ
……来た。
ツムギ:わたし、恋愛的な意味で人を本気で好きになったことがなくて
……。
頭の中で、少しだけ整理が止まる。
ツムギ:だから今は、その気持ちに応えられないと思います
……。
ソウタ(内心):あ、これは……
……そうか。
いや、でも。
まだ、完全に終わったわけじゃない気がする。
ツムギは、少しだけ間を置いた。
そして——
ツムギ:でも
……。
顔を上げる。
ツムギ:もし、ソウタさんが“好き”ってどういうものか教えてくれるなら
ツムギ:……そのときは、お付き合いしてみたいです
……。
……え?
ソウタ(内心):え?
頭の中で、何かが止まる。
いや、止まるというより——
処理が追いつかない。
ミサキ(内心):……最高ね
⸻
振られた、はずだ。
でも。
完全に終わった感じもしない。
むしろ——
続きがあるような気もする。
ソウタ:あ、えっと……
ソウタ:それって……どういう……
ツムギ:まだわからないことが多いので
ツムギ:ちゃんと知ってから判断したいなって思ってます
……。
その顔は、真剣だった。
でも——
恋の顔ではなかった。
⸻
少し離れた場所。
帽子とマスクの奥で、ミサキは小さく笑う。
ミサキ(内心):予想以上ね
ミサキ(内心):これは長く楽しめそうだわ
夜の空気が、静かに流れる。
そして——
何も終わっていないまま、全部が始まった。
これは、まだ終わらない
夜の空気が、静かに流れていく。
少し離れた場所。
帽子とマスクの奥で、ミサキは小さく息を吐いた。
ミサキ:……なるほどね
視線の先には、まだ言葉を探しているソウタと。
変わらない温度で立っているツムギ。
その距離は、近いようで遠い。
でも——
完全に切れているわけでもない。
ミサキは、わずかに口元を緩める。
ミサキ:恋を知らない女と
ミサキ:恋を知ったつもりの男
その組み合わせは、歪で。
だからこそ——
とても、面白い。
ツムギはまだ知らない。
“好き”という感情が、どれだけ厄介で。
どれだけ人を変えるものなのか。
そしてソウタも、まだ知らない。
自分の“好き”が、どこまで通用しないのかを。
……。
ミサキ:最高の教材ね
ミサキ:これは、しばらく楽しめそうだわ
誰にも気づかれないまま、ミサキはその場を離れる。
物語は、まだ終わらない。
むしろ——ここからが本番だ。


