俺は昔から音楽が好きだ。
だから音楽好き同士の会話も好きなんだが、長く聴いていると何度も出会う言葉がある。
「売れる前は好きだった」
「昔は良かった」
「有名になってから嫌いになった」
もちろん、本当に音楽性が変わって好みじゃなくなることはある。
昔の荒々しさが好きだった人もいるだろうし、初期の空気感に惹かれていた人もいるだろう。
だからそういう感想そのものを否定するつもりはない。
ただ、俺は昔から少し不思議だった。
作品の中身ではなく、「売れたこと」そのものに腹を立てているように見える人がいるからだ。
そしてもう一つ不思議なのは、そういう人に限って「自分は分かっている側」だと思っていることが少なくないことだ。
売れていない頃は応援する。
世間が気づいていない才能を見つけた気分になれる。
ところが世間がその価値に気づき始めると、今度は距離を置く。
ひどい場合には叩き始める。
一方で、何かが流行るととりあえず否定する人もいる。
人気があるというだけで嫌う。
みんなが好きと言うから嫌いになる。
そういう人も昔からいる。
俺はどちらも、音楽そのものではなく別のものを見ているように思うんだ。
売れているか。
有名か。
流行っているか。
通ぶれるか。
そんなことばかり気にしてしまう。
でも本来、音楽ってもっと単純なものじゃないだろうか。
好きなら好き。
嫌いなら嫌い。
それで十分なはずだ。
今回は音楽好きの一人として、そして少し長く人生をやってきたおっさんとして、なぜ人は売れた音楽を嫌うのか、そしてなぜ人気のあるものを叩きたくなるのかについて考えてみたい。
売れる前は好きだった、売れたら嫌いになる心理

「売れる前は好きだった」
この言葉には、少しだけ寂しさが混じっている。
小さなライブハウスで見ていた頃。
まだ誰も知らなかった頃。
自分だけが見つけたような気がしていた頃。
そういう時期の音楽には、特別な思い入れが生まれやすい。
それ自体は悪いことじゃない。
むしろ、そういう熱いファンがいるから音楽は育っていく。
でも、その音楽が多くの人に届き始めた瞬間、気持ちが変わる人がいる。
「遠くへ行ってしまった」
「自分だけのものじゃなくなった」
「みんなが好きになったから冷めた」
そう感じることもあるだろう。
俺は、その寂しさまでは否定しない。
ただし、その寂しさを理由に相手を叩き始めたら、それはもう音楽の評価ではない。
自分の中の特別感を失った怒りを、相手にぶつけているだけになる。
売れる前に好きだったことは、誇っていい。
人より早く見つけた感性も大事にしていい。
でも、売れたあとも好きでいられるかどうか。
そこに、その人が本当に音楽を聴いていたのか、それとも「まだ誰も知らないものを知っている自分」が好きだったのかが出る気がする。
音楽は、聴く人が増えたからといって急に薄くなるわけじゃない。
小さなライブハウスで鳴っていた音が、大きな会場で鳴るようになっただけだ。
もちろん変わるものもある。
音作りも、歌詞も、ライブの見せ方も変わるかもしれない。
それが合わなくなったなら、静かに離れればいい。
でも、「売れたから」という理由だけで石を投げるのは違う。
売れたことは、裏切りじゃない。
むしろ、誰かに届いた証拠だ。
売れているものを叩きたくなる人たち

もう一つ、俺が昔から気になっている人たちがいる。
それは「売れる前は好きだった人」じゃない。
最初から売れているものを嫌う人たちだ。
映画でもそう。
漫画でもそう。
音楽でもそう。
何かが流行ると、とりあえず否定する。
人気が出ると、とりあえず粗探しを始める。
世間が褒めるほど、不機嫌になる。
そんな人を見かけることがある。
もちろん、本当に面白くないと思うならそれでいい。
好き嫌いは自由だ。
でも、まだ聴いてもいない。
見てもいない。
触れてもいない。
それなのに「どうせ大したことない」と決めつける人もいる。
あれは何なんだろうなと昔から思う。
たぶんだが、その人たちは作品と戦っているんじゃない。
世間と戦っているんだ。
みんなが好きと言う。
だから自分は違うと言いたくなる。
みんなが評価する。
だから欠点を探したくなる。
その気持ち自体は、人間なら誰にでもあると思う。
俺にもある。
流行っているものを見ると、「本当にそんなに良いのか?」と思うことくらいある。
でもそこで大事なのは、自分の耳で聴くことだ。
自分の目で見ることだ。
誰かが褒めているから好きになるのも違う。
誰かが褒めているから嫌いになるのも違う。
結局、自分がどう感じたかしか残らない。
音楽好きというのは、本来そういうものだと思う。
人気ランキングを競うことでもなければ、通ぶることでもない。
自分の心が動いたかどうか。
それだけで十分なはずなんだ。
だから俺は、売れているという理由だけで音楽を嫌う人を見ると少しもったいないと思う。
もしかしたら、その人が本当に好きになれる一曲だったかもしれないんだからな。
本当に浅い音楽なら、そこまで届かない

ここまで書くと、こう言われるかもしれない。
「でも売れてるだけで中身のない音楽もあるだろ」
確かにある。
世の中に完璧な作品なんてないし、俺だって好きになれないヒット曲はある。
ただな。
俺は昔から一つ思っていることがある。
本当に中身がなかったら、そこまで売れない。
一瞬話題になることはある。
運良く注目されることもある。
でも何年も売れ続ける。
何枚もヒットを出す。
ライブに何万人も集める。
そんなことは簡単じゃない。
世の中には、売れた人を語る時だけ「運が良かった」で済ませる人がいる。
でも売れなかった人に対しては「実力が足りなかった」と言う。
俺はあれが少し不公平だと思う。
成功した時だけ才能を無視するんだ。
もちろん運はある。
タイミングもある。
時代との相性もある。
でも、それだけで何万人もの心は動かない。
誰かの人生の思い出になることもない。
何年も聴き続けられることもない。
人を感動させるには、やっぱり何かが必要なんだ。
俺は音楽を長く聴いてきたから思う。
売れている音楽には、売れている理由がある。
自分がその理由を理解できないことはある。
好みに合わないこともある。
でも、理解できないことと価値がないことは別だ。
そこを混同し始めると、音楽を楽しむより先に音楽を裁くようになる。
そして不思議なことに、そういう人ほど音楽そのものを語らなくなる。
売上だ。
知名度だ。
SNSの評判だ。
ファンの質だ。
そんな周辺の話ばかりするようになる。
でも本当に大事なのはそこじゃない。
その曲を聴いて何を感じたか。
そのライブを見て心が動いたか。
結局、音楽の価値はそこにしかないと俺は思うんだ。
結局、人は音楽ではなく自分自身を語っているのかもしれない

ここまで偉そうに書いてきたが、俺は別に聖人じゃない。
若い頃は俺だってひねくれていた。
流行っているものを斜めから見たこともある。
みんなが好きと言うものを疑ったこともある。
だから分かるんだ。
売れた人を嫌う気持ちも。
流行りものをバカにしたくなる気持ちも。
あれは音楽の問題じゃない。
実は自分自身の問題だったりする。
世の中が自分を認めてくれない。
頑張っているのに評価されない。
自分にはないものを持っている人がいる。
そんな時、人は他人の成功を素直に見られなくなる。
だから売れたミュージシャンを見てイライラする。
人気者を見ると欠点を探したくなる。
俺はそれ自体を責める気はない。
人間なんだから、そういう感情は誰にでもある。
問題は、その感情を正義だと思い始めることだ。
嫉妬は自然だ。
でも嫉妬を正論に変換し始めると厄介なんだ。
「あいつは売れているだけだ」
「ファンのレベルが低い」
「昔の方が良かった」
そんな言葉の中には、本当は音楽と関係ない感情が混ざっていることがある。
だから俺は、売れている音楽を叩いている人を見るとこう思う。
その人は本当に音楽に怒っているんだろうか。
それとも、自分の人生のどこかにあるモヤモヤを音楽にぶつけているんだろうか。
音楽は不思議だ。
人の価値観を映す鏡みたいなところがある。
好きな曲を語る時、人は自分自身を語る。
嫌いな曲を語る時も、案外自分自身を語っている。
だから俺は、音楽の話をしている時ほど、その人自身が見える気がするんだ。
好きなら好きでいい。それが一番かっこいい
結局のところ、俺が言いたいことはそんなに難しくない。
好きなら好きでいいんだ。
売れていようが。
売れていまいが。
流行っていようが。
誰も知らなかろうが。
そんなことは本当はどうでもいい。
自分の心が動いた。
何度も聴きたくなった。
落ち込んだ時に救われた。
人生の思い出になった。
音楽の価値なんて、それで十分だと思う。
ところが人は、だんだん余計なものを背負い始める。
周りの評価。
売上。
再生回数。
ランキング。
ファンの数。
そういうものを見ているうちに、自分が本当に好きだった理由を見失ってしまう。
俺はそれが少しもったいないと思うんだ。
若い頃、ある先輩が言っていた。
「音楽はな、理屈じゃなくてまず好きかどうかだ」
当時はよく分からなかった。
もっと深い意味があると思っていた。
でも歳を取って思う。
あれは案外、本質だったんだなって。
好きなものを好きと言える人は強い。
みんなが笑っていても好き。
流行が終わっても好き。
誰も知らなくても好き。
そういう人は、他人の評価に振り回されない。
逆に、自分の好き嫌いを世間に委ね始めると苦しくなる。
人気だから嫌う。
不人気だから好きになる。
そんなことを繰り返していると、最後には自分の耳より他人の声の方が大きくなる。
俺は音楽好きとして、それが一番つまらないと思う。
だからもし、今好きなアーティストがいるなら大事にしてほしい。
売れてもいい。
売れなくてもいい。
世間が何と言おうと、自分の中で価値があるならそれで十分だ。
音楽は本来、誰かと戦うためのものじゃない。
自分の人生を少し豊かにするためのものなんだからな。

