正解屋|人生の正解を売る店【ナツメ式】

正解屋に入るナツメとワニオ。

商店街のはずれ。

少し古い店があった。

看板には、 こう書かれていた。

正解屋

人生の正解、 売ります。

ナツメは、 思わず立ち止まった。

「なんやこれ」

「めっちゃ気になるやん」

小さな虹色の猫、 ナツメは店を見上げた。

旅の途中、 変わった店を見つけるのが好きだった。

隣では、 ワニオが看板を眺めている。

「正解屋です。」

「珍しいですね。」

店の前には、 長い行列ができていた。

若い人。

お年寄り。

学生。

みんな、 順番を待っていた。

一人、 店から出てきた女性が笑う。

「これで安心。」

「もう迷わなくていい。」

別の男性も笑う。

「やっぱりあっちで正解だった。」

ナツメは、 首をかしげた。

「何売っとるん?」

ワニオは答える。

「人生の正解です。」

「進学。」

「転職。」

「結婚。」

「告白。」

「どちらを選べばよかったのか。」

「その答えを教えてくださるそうです。」

ナツメは、 思わず目を丸くした。

「そんなもん売ってええん?」

ワニオは、 静かに店を見つめる。

「繁盛しておりますので。」

「欲しい方は多いのでしょう。」

ナツメも、 長い行列を見つめた。

みんな、 少しだけ不安そうで。

少しだけ、 期待した顔をしていた。

目次

二つの人生

転職すべきか正解を聞くミユ。

その日。

店を訪れたのは、 ミユだった。

店の中には、 白髪の店主が一人だけ座っていた。

店主は、 ゆっくり顔を上げる。

「今日は、 どんな正解をお探しですか。」

ミユは、 少し笑ってから答えた。

「転職です。」

「今の職場に残るか。」

「新しい会社へ行くか。」

「ずっと悩んでて。」

「どっちが正解なんでしょう。」

店主は、 一枚の紙を見る。

そして、 迷うことなく言った。

「転職はしない。」

「それが正解です。」

ミユは、 少し驚いた。

「そうなんですね。」

「ありがとうございます。」

頭を下げ、 店を出ていく。

その背中を見送るナツメ。

虹色のしっぽが、 不思議そうに揺れた。

「終わり?」

その瞬間だった。

店の前の景色が、 水面みたいに揺れる。

ナツメは、 思わず目を丸くした。

「なんやこれ……」

目の前に、 二つの景色が現れた。

右側。

左側。

まるで、 二本の映画だった。

ワニオは、 静かに言う。

「正解の人生と。」

「選ばれなかった人生です。」

右側では、 ミユが編集部で笑っていた。

転職はしなかった。

仕事にも慣れ、 後輩もできた。

忙しい日はある。

失敗もする。

それでも、 みんなで笑っていた。

ミユは言う。

「ここに残ってよかった。」

景色は、 穏やかだった。

一方。

左側。

ミユは、 新しい会社へ入っていた。

慣れない仕事。

帰りは毎日遅い。

上司にも怒られる。

ある夜。

公園のベンチで、 一人泣いていた。

「転職なんて……」

「しなければよかった。」

そのとき。

一人の女性が、 隣へ座る。

温かい缶コーヒーを、 そっと差し出した。

「今日も怒られた?」

ミユは、 少し笑う。

「うん。」

「私も。」

二人は、 顔を見合わせて笑った。

景色が流れる。

春。

夏。

秋。

冬。

仕事を辞めても。

結婚しても。

子どもが生まれても。

おばあちゃんになっても。

二人は、 ずっと笑っていた。

映画は、 同時に終わる。

ナツメは、 しばらく動けなかった。

「これ……。」

「どっちも。」

「ええ人生やん。」

ワニオは、 静かにうなずく。

「はい。」

「どちらも。」

「正解だったのかもしれません。」

ナツメは、 首をかしげた。

「でも。」

「正解は一つなんやろ?」

ワニオは、 二つの景色が消えた場所を見つめる。

「人生の正解と。」

「幸せの正解は。」

「少し違うのかもしれません。」

ミユの正解の人生ともう一つの人生を見るナツメとワニオ。

リクの正解

次に店を訪れたのは、 リクだった。

店主は、 静かに顔を上げる。

「今日は、 どんな正解をお探しですか。」

リクは、 少し照れくさそうに笑った。

「好きな人がいます。」

「でも。」

「告白したら。」

「今の関係が壊れる気もして。」

「どうするのが正解ですか。」

店主は、 迷わなかった。

「告白はしない。」

「それが正解です。」

リクは、 ゆっくりうなずく。

「分かりました。」

そう言って、 店を出ていった。

ナツメは、 虹色の耳をぴくりと動かした。

「また始まる。」

景色が、 二つに分かれる。

右側。

正解の人生。

リクは、 告白しなかった。

好きな人とは、 友達のまま。

笑って話す。

相談もされる。

誕生日も祝う。

関係は、 壊れなかった。

何年たっても、 友達だった。

左側。

もう一人のリクは、 勇気を出した。

「好きです。」

返事は、 首を横に振るだけだった。

それから一年。

二人は、 会わなくなった。

リクは、 何度も後悔した。

「あんなこと。」

「言わなければよかった。」

景色が流れる。

春。

夏。

秋。

冬。

ある日。

街角で、 二人は偶然再会した。

「久しぶり。」

お互い、 少し大人になっていた。

もう一度、 話すようになる。

今度は、 前より自然だった。

数年後。

結婚式。

リクは、 少し照れながら笑っていた。

二つの景色は、 静かに消えた。

ナツメは、 腕を組む。

「なんやこれ。」

「振られても。」

「幸せになっとるやん。」

ワニオは、 小さくうなずく。

「はい。」

「遠回りが。」

「近道になることもございます。」

ナツメは、 しばらく考えた。

「ほな。」

「正解って。」

「未来の保証書ちゃうんやな。」

ワニオは、 静かに答えた。

「はい。」

「一つの未来を選ぶ。」

「それだけなのかもしれません。」

リクの選んだ未来と選ばなかった未来を見るナツメとワニオ。

ミサキの正解

夕方。

一人の女性が、 正解屋の扉を開けた。

ミサキだった。

店主は、 静かに微笑む。

「今日は、 どんな正解をお探しですか。」

ミサキは、 少しだけ迷っていた。

「東京へ行こうと思っています。」

「大きな会社から、 声をかけてもらいました。」

「ずっと夢だった仕事です。」

「でも。」

「地元を離れるのが、 少し怖くて。」

「行くべきですか。」

店主は、 少しも迷わなかった。

「東京へ。」

「それが正解です。」

ミサキは、 ゆっくり息を吐いた。

「ありがとうございます。」

その表情は、 どこか吹っ切れていた。

店を出る。

ナツメは、 虹色のしっぽをふわりと揺らした。

「また見えるんやろ?」

景色は、 二つに分かれた。

右側。

正解の人生。

ミサキは、 東京へ出た。

慣れない街。

慣れない仕事。

何度も失敗した。

泣きながら、 終電で帰る夜もあった。

それでも、 諦めなかった。

十年後。

雑誌の表紙。

テレビ出演。

街を歩けば、 声をかけられる。

子どもが言う。

「ミサキさんだ。」

夢は、 叶っていた。

左側。

もう一人のミサキは、 東京へ行かなかった。

地元に残る。

小さな会社で働く。

派手な毎日ではない。

ある休日。

父親が、 庭の植木を切っていた。

「手伝うよ。」

二人で笑う。

母親が、 縁側から麦茶を持ってくる。

「休憩しなさい。」

三人で笑った。

景色が流れる。

春。

夏。

秋。

冬。

ある冬の日。

父親が、 病気で倒れた。

病室。

ミサキは、 毎日見舞いに来ていた。

父親は、 少し笑う。

「お前がおって。」

「よかった。」

数日後。

父親は、 静かに旅立った。

最後まで、 家族は一緒だった。

二つの景色が、 静かに消える。

ナツメは、 しばらく空を見ていた。

「これ……。」

「選べへんわ。」

「どっちも。」

「幸せそうや。」

ワニオは、 静かに答える。

「はい。」

「夢を選べば。」

「失う時間があります。」

「誰かを選べば。」

「届かない夢があります。」

ナツメは、 小さく息を吐いた。

「人生って。」

「選ぶことより。」

「手放すことなんかもしれんな。」

ワニオは、 少しだけ笑った。

「その考え方も。」

「正解かもしれません。」

ミサキが選んだ未来と選ばなかった未来を見るナツメとワニオ。

正解を買わない人

夕方。

正解屋の前を、 一人の青年が通りかかった。

ソウタだった。

ナツメは、 虹色の耳をぴくりと動かす。

「あ。」

「ソウタや。」

ソウタは、 店の前で一度だけ立ち止まった。

看板を見る。

そして、 静かに歩き出した。

店には入らない。

ナツメは、 慌てて追いかけた。

「なんで?」

「聞かへんの?」

ソウタは、 少し笑う。

「気になるよ。」

「すごく。」

「でも。」

空を見上げた。

「知っちゃったら。」

「選ぶんじゃなくて。」

「答え合わせになる気がする。」

ナツメは、 首をかしげる。

「それあかん?」

ソウタは、 道端の花を見つめた。

「昔ね。」

「好きだった人がいたんだ。」

「告白できなかった。」

「今でも。」

「あのとき言ってたらって思う。」

少し笑う。

「でも。」

「正解屋で。」

「告白しない方が正解でした。」

「って言われたら。」

「きっと安心する。」

少し沈黙が流れた。

「でも。」

「もし。」

「告白した人生の方が。」

「幸せだったら。」

「その人のこと。」

「一生考えちゃう気がする。」

ナツメは、 黙って聞いていた。

ソウタは、 少し笑う。

「だったら。」

「知らないままでいい。」

「自分で選んで。」

「自分で後悔した方が。」

「なんか。」

「自分の人生って感じがする。」

そう言って、 歩いていく。

ナツメは、 その背中を見送った。

「なんか。」

「ソウタらしいな。」

ワニオは、 静かにうなずく。

「はい。」

「知らないことも。」

「時には勇気なのかもしれません。」

正解屋の主人

日が暮れた。

商店街には、 人影が少なくなっていた。

正解屋も、 最後のお客さんが帰っていく。

店主は、 「ありがとうございました。」

そう言って、 静かに暖簾を下ろした。

ナツメは、 虹色のしっぽを揺らしながら店へ入る。

「なあ。」

「聞いてええ?」

店主は、 にこりと笑う。

「どうぞ。」

ナツメは、 少し考えてから言った。

「ミユも。」

「リクも。」

「ミサキも。」

「どっちも幸せそうやった。」

「なんで。」

「そっちを正解にせえへんかったん?」

店主は、 しばらく黙っていた。

棚には、 無数の白い箱が並んでいる。

その一つを、 そっと手に取った。

「私は。」

「幸せを売っているわけではありません。」

「え?」

「売っているのは。」

「その人が、一番後悔しにくい選択です。」

ナツメは、 首をかしげた。

「幸せとは違うん?」

店主は、 静かに笑う。

「幸せは。」

「あとから育つものです。」

「でも。」

「後悔は。」

「選ぶ前に、人を止めてしまいます。」

ナツメは、 少し考え込む。

「ほな。」

「正解屋やなくて。」

「後悔屋やん。」

店主は、 声を出して笑った。

「そうかもしれません。」

ワニオは、 店の奥を見つめていた。

壁一面に、 白い箱が並んでいる。

箱には、 名前だけが書かれていた。

誰も、 開けたことがないような箱。

ナツメは、 一つ指差す。

「この箱は?」

店主は、 少し寂しそうに答えた。

「選ばれなかった人生です。」

「誰も。」

「開けることはありません。」

店の中が、 静かになった。

選ばなかった方の人生の箱を見せる店主。

選ばなかった人生

店を出る。

商店街は、 夕焼け色だった。

シャッターが、 一つ、 また一つと閉まっていく。

正解屋の暖簾も、 静かに店主が下ろした。

ナツメは、 虹色のしっぽを揺らしながら歩く。

しばらくして、 ぽつりと聞いた。

「なあ。」

「選ばんかった人生って。」

「幸せやったんかな。」

ワニオは、 夕焼け空を見上げる。

「分かりません。」

「誰にも。」

「答え合わせはできませんので。」

ナツメは、 少し笑った。

「ほな。」

「正解屋も分からへんの?」

ワニオは、 静かにうなずく。

「はい。」

「店主にも。」

「分かりません。」

「見えるのは。」

「選ばれた人生と。」

「選ばれなかった人生。」

「それだけです。」

二人は、 歩きながら振り返る。

正解屋には、 もう灯りだけが残っていた。

昼間あれほど並んでいた行列は、 もうない。

静かな店先で、 店主が一人、 暖簾をたたんでいる。

ナツメは、 小さくつぶやく。

「みんな。」

「幸せになりたいんやな。」

ワニオは、 ゆっくり答えた。

「はい。」

「ですが。」

「幸せは。」

「選ぶものではなく。」

「選んだあと、育てるものなのかもしれません。」

ナツメは、 少し立ち止まる。

夕焼けが、 商店街を赤く染めていた。

「ほな。」

「正解って。」

「最初からあるもんやないんやな。」

ワニオは、 静かに歩き出す。

「はい。」

「人生は。」

「選んだ道を、正解にしていく旅なのでしょう。」

ナツメも、 そのあとを歩く。

虹色のしっぽが、 夕日に照らされて七色に光った。

正解屋の灯りは、 二人が角を曲がるまで、 静かに商店街を照らし続けていた。

閉店する正解屋を後にするナツメとワニオ。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする

目次