告白のあとも、なぜか会っている

不思議な関係だと思う。
普通なら。
告白して。
振られて。
少し距離ができる。
それが自然だ。
でも僕たちは違った。
付き合っていない。
恋人ではない。
だけど時々会う。
カフェに行ったり。
公園を歩いたり。
他愛もない話をしたり。
ツムギは以前と変わらない。
むしろ。
少しだけ距離が近くなった気さえする。
もちろん。
僕だけがそう思っている可能性もある。
恋する男の主観は信用できない。
経験上。
本当に。
今日は駅前のカフェだった。
窓際の席。
ツムギはアイスティー。
僕はコーヒー。
いつもの組み合わせ。
ツムギはストローをくるくる回しながら言った。
ツムギ:そういえば聞きたいことがあるんです
嫌な予感がした。
この人の「聞きたいこと」はだいたい危険だ。
悪気がない分だけ危険だ。
ソウタ:なに?
ツムギ:私に告白した時のことです
危険だった。
予想以上に危険だった。
僕はコーヒーを飲む。
時間稼ぎだ。
もちろん意味はない。
ツムギ:あの時ってどんな気持ちだったんですか?
ツムギ:やっぱりすごく緊張したんですか?
ツムギ:告白するってどんな感じなんですか?
質問が三連続で飛んでくる。
ツムギは真剣だった。
まるで珍しい生き物を観察する研究者みたいな顔をしている。
たぶん本人は無自覚だ。
だから困る。
ソウタ:なんで今それ聞くの?
ツムギ:だって気になるからです
ツムギ:恋に落ちるってまだ分からないので
そう言って首を傾げる。
悪気ゼロ。
本当にゼロ。
だから怒れない。
むしろ少し笑ってしまった
僕が好きになったのは、たぶんこういうところだ。


そ一目惚れって、どんな感じなんですか?

ソウタ:どんな気持ちって……
困る。
本当に困る。
だって。
好きな人本人に説明するものじゃないだろう。
普通は。
でもツムギは普通に聞いてくる。
まるで天気の話みたいに。
ツムギ:気になります
ツムギ:ソウタさん、一目惚れだったんですよね?
ソウタ:そうだけど……
ツムギ:どんな感じだったんですか?
どんな感じ。
どんな感じか。
僕は少し考えた。
考えて。
結局正直に答えることにした。
ソウタ:最初に会った時
ソウタ:すごく可愛い人だなと思った
ツムギ:へえ
ソウタ:でも見た目だけじゃなくて
ソウタ:なんか楽しそうだったんだよね
ソウタ:話してみたいなって思った
ツムギは真面目な顔で聞いている。
本当に授業みたいだ。
ツムギ:それで好きになったんですか?
ソウタ:いや
ソウタ:その時はまだかな
ソウタ:でも会うたびに楽しくて
ソウタ:気づいたら好きになってた
ツムギ:気づいたら?
ソウタ:うん
ソウタ:好きになろうと思って好きになったわけじゃないから
ソウタ:いつの間にかって感じ
ツムギさんは少し考え込んだ。
ストローを指でくるくる回している。
ツムギ:不思議ですね
ツムギ:私それがまだ分からないです
ソウタ:うん
ツムギ:誰かを見て可愛いとか格好いいとかは分かります
ツムギ:でも好きになる感覚が分からない
ソウタ:そっか
ツムギ:だから聞いてみたかったんです
そして。
ツムギは何気ない顔で続けた。
ツムギ:じゃあ今も好きなんですか?
……。
……。
危険球だった。
今日一番の危険球だった。
僕は思わず天井を見た。
逃げ場を探した。
もちろん無かった。
ツムギ:あ
ツムギ:もしかして聞いちゃダメでした?
ソウタ:いや……
ソウタ:別にダメじゃないけど……
ダメじゃない。
ダメじゃないけど。
本人に聞く質問ではないと思う。
たぶん。
いや絶対そうだ。
でも。
ツムギは本気で知りたいだけなのだ。
だから僕は笑った。
少し困りながら。
少し照れながら。
ソウタ:……まだ好きだよ
私のどこが好きなんですか?

……まだ好きだよ。
言ってしまった。
言った瞬間。
少しだけ後悔した。
いや。
後悔というより。
恥ずかしかった。
本人を目の前にして言うことじゃない。
普通は。
でも。
ツムギは少し驚いたあと。
なぜか嬉しそうに笑った。
ツムギ:そうなんですね
ソウタ:そうなんです
ツムギ:へえ
へえじゃない。
へえじゃ。
でも。
たぶん本人もどう反応していいか分からないのだろう。
それは何となく分かる。
ツムギは少し考え込んでから言った。
ツムギ:じゃあ聞いてもいいですか?
ソウタ:まだ聞くの?
ツムギ:はい
ツムギ:私のどこが好きなんですか?
……。
僕は思わず笑った。
本当にすごい人だ。
普通なら聞けない。
でもツムギは聞く。
悪気もなく。
照れもなく。
純粋に知りたいから。
ソウタ:全部
ツムギ:それはズルいです
ソウタ:ズルくないよ
ツムギ:ちゃんと教えてください
ツムギ:恋愛の勉強です
恋愛の勉強。
その教材が僕でいいのかは分からない。
でも。
ここまで来たら正直に答えるしかなかった。
ソウタ:一緒にいると楽しいところかな
ツムギ:楽しい?
ソウタ:うん
ソウタ:ツムギといると元気になる
ソウタ:話してるだけで楽しいし
ソウタ:笑ってるとこ見ると嬉しくなる
ツムギは黙って聞いている。
本当に真面目に。
だから余計に照れる。
ソウタ:あと優しいし
ツムギ:優しいですか?
ソウタ:優しいよ
ソウタ:自分では気づいてないかもしれないけど
ソウタ:そういうところも好き
しばらく沈黙。
窓の外を人が歩いていく。
カップの氷が小さく鳴る。
ツムギはストローを指で回しながら考えていた。
そして。
ツムギ:変ですね
ソウタ:何が?
ツムギ:そんなに言われても
ツムギ:まだ好きが分からないんです
その言葉は少しだけ切なかった。
でも。
不思議と嫌じゃなかった。
だってそれは。
告白した時から知っている答えだから。
ソウタ:うん
ソウタ:知ってる
ツムギ:ごめんなさい
ソウタ:謝らなくていいよ
ソウタ:分からないものは仕方ないし
すると。
ツムギは少しだけ笑った。
ツムギ:でも聞くのは楽しいです
ツムギ:恋を知ってる人の話
ツムギ:面白いです
その笑顔を見て。
僕は思った。
たぶん。
簡単には諦められそうにないな、と。
好きが分かったら、一番最初に言いますね

カフェを出る。
外はもう夕方だった。
風が涼しい。
駅までの道を二人で歩く。
会話は途切れたり続いたり。
いつも通り。
付き合っているわけじゃない。
でも。
今日も一緒に帰っている。
不思議な関係だった。
ツムギ:でも少し分かった気がします
ソウタ:何が?
ツムギ:好きっていうのが
僕は思わず足を止めそうになった。
ソウタ:え?
ツムギ:少しだけですけど
ツムギ:たぶん好きって気持ちは人によって違うんですね
ソウタ:うん
ツムギ:みんな同じだと思ってました
ツムギ:でもソウタさんの話を聞いてたら違う気がして
ツムギは空を見上げる。
考え事をする時の癖だった。
ツムギ:だから余計に分からなくなりました
ソウタ:分からなくなったの?
ツムギ:はい
ツムギ:でも前より面白いです
面白い。
ツムギらしい表現だと思った。
困ったでもなく。
怖いでもなく。
面白い。
だからこの人は特別なのかもしれない。
普通なら恋を知らないことを不安に思う。
でもツムギは違う。
知らないことを知りたがる。
子どもみたいに。
まっすぐに。
ツムギ:ねえ
ソウタ:ん?
ツムギ:もしですけど
ツムギ:もし私が好きって分かったら
ソウタ:うん
ツムギ:一番最初にソウタさんに言いますね
……。
僕は少し黙った。
心臓が変な音を立てる。
ソウタ:それはなんで?
ツムギ:だって先生ですから
ソウタ:先生?
ツムギ:恋愛の先生です
ソウタ:そんなの初めて言われた
ツムギ:ふふっ
ツムギ:ソウタ先生
ソウタ:なんか嫌だなあ
二人で笑う。
駅が見えてくる。
そろそろ別れの時間だった。
ツムギ:今日はありがとうございました
ソウタ:こちらこそ
ツムギ:また教えてくださいね
ソウタ:何を?
ツムギ:恋のことです
そう言って手を振る。
僕も手を振り返した。
そして。
改札へ向かう後ろ姿を見ながら思う。
正直。
まだ好きだった。
たぶん簡単には諦められない。
でも。
今日はそれでよかった。
少なくとも今は。
ツムギはまだ僕の隣にいる。
恋人ではない。
でも他人でもない。
その距離がいつか変わるのか。
それとも変わらないのか。
まだ分からない。
ただ。
続きは、まだありそうだった。

