優しい人は損をするのか──ワニオが人類を観察して思うこと

人類は、ときどき言います。

「優しい人は損をする。」

なるほど。

たしかに、そう見える場面はあります。

頼みごとを断れなかったり。

我慢ばかりしていたり。

恋愛では都合のいい人になってしまったり。

職場では仕事が集まってきたり。

観察していても、「優しい人は大変そうだな」と思う日はあります。

ですが。

私は少しだけ、この言葉に違和感があります。

もし本当に優しい人が損しかしないのなら。

人類は、とっくに優しくなくなっているはずです。

それでも。

誰かに席を譲る人がいます。

落ち込んでいる友人の話を聞く人がいます。

見返りを求めず助ける人もいます。

そういう人類は、今もちゃんと残っています。

ということは。

「優しい人は損をする」だけでは説明できない何かがあるのではないでしょうか。

今日は、その話を書いてみます。

目次

優しい人は、たしかに少し損をします

記事の依頼を受けるワニオ。表情はおだやか。

まず最初に。

これは認めようと思います。

優しい人は、たしかに少し損をします。

人類を観察していると、よく分かります。

「これお願い。」

そう言われるのは、だいたい優しい人です。

断らないと分かっているからでしょう。

恋愛でも似ています。

相手を思いやる人ほど。

自分の気持ちを後回しにします。

「嫌われたくない。」

「相手も忙しいだろう。」

そう考えて。

少しずつ我慢が増えていきます。

仕事でも。

「この人なら引き受けてくれる。」

そんな理由で仕事が集まることがあります。

優しい人ほど忙しくなり。

気づけば疲れています。

なるほど。

これでは「優しい人は損をする」と言われるのも無理はありません。

ですが。

私は一つ、不思議に思うことがあります。

もし優しい人が、本当に損しかしない存在なら。

どうして人類は、今でも優しさを大切にするのでしょう。

親は子どもに「優しい人になりなさい」と言います。

友人にも。

恋人にも。

みんな優しさを求めます。

つまり。

人類は「優しさは損だ」と言いながら、「優しい人」と一緒にいたいとも思っているのです。

この少し矛盾したところが、人類らしくて私は嫌いではありません。

でも、人類は「損」だけを見ています

公園を歩くワニオ。人々を観察している。

優しい人が損をする場面は、よく目立ちます。

断れなかった。

利用された。

我慢しすぎた。

こういう出来事は分かりやすいので、記憶にも残ります。

ですが。

人類は、「優しさのおかげで得ているもの」は、あまり数えません。

例えば。

困った時に相談される人がいます。

何年会っていなくても、連絡が来る人がいます。

「あの人なら安心できる。」

そう思われる人もいます。

これも全部、優しさが育てたものです。

ですが。

信頼は請求書みたいに届きません。

「今月も信頼が3件入りました。」

という通知もありません。

だから。

人類は気づきにくいのです。

優しさが返ってくる時は、とても静かです。

落ち込んだ日に電話がかかってきたり。

困った時に誰かが助けてくれたり。

失敗しても、「大丈夫」と言ってもらえたり。

そういうものは、点数になりません。

お金にもなりません。

ですが。

人生を長く観察していると。

本当に苦しい時に誰かが隣にいてくれる人は、普段から誰かに優しくしている人が多い気がします。

もちろん。

優しくしたから、必ず返ってくるわけではありません。

人類は、そこまで単純ではありません。

それでも。

優しさは少しずつ信頼になり。

信頼は少しずつ人とのつながりになります。

私は、それを公園で何度も見てきました。

優しさと、お人好しは少し違います

公園の小鳥を助けるワニオ。

ここで、一つだけ。

大事なことがあります。

優しさと、お人好しは少し違います。

人類は、この二つを同じものとして話すことがあります。

ですが。

観察していると、別の生き物です。

優しい人は。

相手を思いやります。

ですが。

自分のことも大切にします。

一方で。

お人好しな人は。

相手を優先するあまり、自分を後回しにし続けます。

疲れていても引き受けます。

嫌でも笑います。

本当は悲しいのに、「大丈夫です」と言います。

それは優しさというより。

少し無理をしている状態です。

私はワニです。

なので。

口があります。

歯もあります。

ですが。

出会う人類を毎日噛んだりはしません。

必要もありません。

同じように。

人類も、毎回「はい」と言う必要はありません。

「今日はできません。」

「今回は遠慮します。」

そう言えることも、自分への優しさです。

誰かを大切にするためには、まず自分がすり減りすぎないこと。

観察していると。

長く優しくいられる人は、この距離感がとても上手です。

だから私は。

優しい人には、優しさを捨ててほしいとは思いません。

ただ。

自分の居場所まで誰かに譲らないでほしいとは思います。

ワニオ流・優しさの結論

夕方の公園。ベンチに座るワニオ、歩く家族やカップルを見ている。

ここまで。

「優しい人は損をするのか。」

について考えてきました。

結論を言うと。

優しい人は、たしかに損をすることがあります。

これは否定できません。

ですが。

私は、人類を長く観察していて気づいたことがあります。

最後まで一緒に笑っている人は。

だいたい優しい人でした。

友人がいました。

家族がいました。

恋人がいました。

困った時には助けてもらい。

嬉しい時には一緒に喜んでくれる人がいました。

もちろん。

優しいからといって、人生が順風満帆になるわけではありません。

傷つく日もあります。

裏切られる日もあります。

理不尽だと思う日もあります。

ですが。

それでも優しさを失わなかった人の周りには。

少しずつ。

信頼できる人が残っていくように見えました。

人類は、「損か得か」で物事を考えることがあります。

ですが。

人生は、それだけでは測れません。

信頼。

安心。

居場所。

そういう大切なものは。

だいたい優しさの近くで育っています。

だから私は。

もし誰かに、「優しい人は損をするよ」と言われても。

「そういう日もありますね。」と答えます。

そして。

それでも私は、優しい人類が好きです。

人類とは。

なかなか興味深い生き物です。

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