ミユから相談を受ける
その日。
編集部で珍しく、ミユが静かだった。
いつもなら誰かしらに話しかけているのに。
パソコンの画面を見ながら、ため息ばかりついている。
これは。
なにかある。
ナナ
「どうしたのよ」
ミユ
「え?」
ナナ
「いや、今日ずっと元気ないじゃない」
ミユ
「そんなことないよ」
ナナ
「あるわよ」
ナナ
「わたし、あんたが元気ないとすぐ分かるわよ」
ミユが少し笑う。
そして。
ミユ
「じゃあさ」
ミユ
「ナナさん、ちょっと相談していい?」
来た。
恋愛相談である。
たぶん。
顔で分かる。
ナナ
「いいわよ」
ミユ
「好きな人がいるんだけど」
ほら来た。
ミユ
「脈があるのか全然分からなくて」
ミユ
「連絡していいのかなとか」
ミユ
「迷惑じゃないかなとか」
ミユ
「考え始めると止まらなくて」
なるほど。
よくあるやつだ。
恋愛における。
考えすぎ問題。
ナナ
「よし」
ナナ
「カフェ行くわよ」
ミユ
「え?」
ナナ
「長くなるから」
ミユ
「長いんだ……」
ナナ
「姉御なめんじゃないわよ」
ナナ
「恋愛相談なら一時間は最低コースよ」
ミユ
「美容院みたいな言い方しないで」
姉御、全力で語る

近所のカフェ。
ミユの前にはカフェラテ。
わたしの前にはブラックコーヒー。
そして。
恋愛相談が始まった。
ミユ
「連絡してもいいのかな」
ナナ
「いいわよ」
ミユ
「でも迷惑かな」
ナナ
「分からないわよ」
ミユ
「脈なかったらどうしよう」
ナナ
「知らないわよ」
ミユ
「雑じゃない?」
ナナ
「恋愛なんて最初はみんな分からないのよ」
そこからだった。
わたしのエンジンがかかったのは。
ナナ
「いい?」
ナナ
「脈があるかないかなんて、考えても分からないの」
ナナ
「だって相手の頭の中なんて見えないじゃない」
ミユ
「うん」
ナナ
「だから結局、自分がどうしたいかなのよ」
ナナ
「会いたいなら会えばいい」
ナナ
「話したいなら話せばいい」
ナナ
「傷つくのが怖いからって何もしないと、後で余計にモヤモヤするの」
ミユが真面目に聞いている。
よし。
もっと話そう。
ナナ
「わたしなんてね」
ミユ
「あ、始まった」
ナナ
「若い頃なんて失敗だらけよ」
ナナ
「今思い出しても穴に入りたい恋愛いっぱいあるわ」
ミユ
「聞きたい」
ナナ
「聞かなくていい」
ミユ
「聞きたい」
ナナ
「ダメ」
そこから。
恋愛。
人生。
後悔。
タイミング。
なぜか焼き鳥の話。
さらに人生。
気づけば。
一時間以上経っていた。
ナナ
「——というわけで」
ナナ
「恋愛は考えるより動け」
ミユ
「うん」
ナナ
「どう?」
ミユ
「スッキリした」
よし。
勝った。
なにに勝ったのかは分からないけど。
姉御として。
たぶん勝った。
翌日、ワニオは3分だった

翌日。
編集部。
朝からミユの様子が妙に明るい。
昨日の相談が効いたのね。
当然である。
一時間話したんだから。
むしろ効いてもらわないと困る。
ナナ
「どう?」
ミユ
「うん!」
ミユ
「昨日はありがとうナナさん」
よし。
気分がいい。
ミユ
「ワニオにも相談したし」
……ん?
ナナ
「誰に?」
ミユ
「ワニオ」
嫌な予感がした。
ものすごくした。
ナナ
「なんて言われたのよ」
ミユ
「えっとね」
ミユ
「ワニオに、その人と話したいんですかって聞かれて」
ナナ
「うん」
ミユ
「話したいって言ったら」
ミユ
「じゃあ話せばいいですって」
……。
……。
終わり?
ナナ
「終わり?」
ミユ
「終わり」
ナナ
「それだけ?」
ミユ
「それだけ」
一時間。
対。
三分。
いや。
三分もかかってない気がする。
そのとき。
観葉植物の近くから声がした。
ワニオ
「二分くらいでしたね」
本人がいた。
ナナ
「短縮するんじゃないわよ」
ワニオ
「正確性は大事ですから」
ナナ
「わたし一時間話したのよ?」
ワニオ
「すごいですね」
ナナ
「褒めてないのよ」
ミユ
「でもね」
ミユが笑う。
ミユ
「ナナさんの話聞いたあとだったから、ワニオの言葉が入ってきた気もする」
……。
ワニオ
「たぶんそうですね」
ワニオ
「僕は最後の一押ししかしてません」
ナナ
「……」
ワニオ
「たぶんですけど」
その“たぶん”が気になるのよ。
でも。
まあ。
悪い気はしない。
ナナ
「……ならいいわ」
ワニオ
「許されました」
ミユ
「よかったねワニオ」
ワニオ
「危なかったです」
全然危なそうな顔してないけど。
なんだか少しだけ。
腹が減ってきた。
今夜の姉御めし|一時間の姉御と二分のワニ

帰宅。
バッグをソファに放る。
靴を脱ぐ。
冷蔵庫を開ける。
そして思い出す。
二分。
あのワニ。
ナナ
「二分て何よ」
一時間である。
わたしは一時間話した。
人生も語った。
恋愛も語った。
後悔も語った。
途中で焼き鳥の話までした。
なのに。
ワニオ。
二分。
ナナ
「タイパ良すぎるのよ」
腹が立つ。
少しだけ。
でも。
なんとなく笑えてもくる。
こういう日は姉御めしだ。
冷蔵庫からご飯を出す。
茶碗に入れる。
レンジ。
終わり。
次。
カップスープ。
コーンポタージュ。
お湯を入れる。
混ぜる。
そして。
ご飯へドン。
以上。
ナナ
「これ料理?」
知らない。
でも食べ物ではある。
スプーンで混ぜる。
なんとなくリゾットっぽくなる。
リゾットと言った者勝ちだ。
ナナ
「雑リゾット完成」
完成まで三分もかかっていない。
……。
ワニオと同じくらいである。
なんか腹立つ。
一口食べる。
うまい。
いや。
ちゃんとうまい。
コーンポタージュとご飯って、思ったより仲がいい。
二口目。
三口目。
止まらない。
ナナ
「なんなのよもう」
一時間の姉御。
二分のワニ。
三分のリゾット。
今日は数字のバランスがおかしい。
でも。
ミユが元気になったなら、それでいいか。
そう思いながら、最後の一口を食べた。
……。
明日ワニオには一回くらい文句を言おう。
それくらいは許されると思う。
姉御とワニ、それぞれの仕事
翌日。
編集部。
コーヒーを飲みながら、わたしはワニオを見ていた。
観葉植物の横にいる。
相変わらずである。
ナナ
「ねえ」
ワニオ
「はい」
ナナ
「二分だったわよね」
ワニオ
「二分でしたね」
ナナ
「わたし一時間だったのよ」
ワニオ
「長かったですね」
ナナ
「腹立つわね」
ワニオ
「でも」
ワニオが少し首を傾げた。
ワニオ
「ミユさん、最初に相談したのナナさんですよね」
ナナ
「そうだけど?」
ワニオ
「じゃあ、僕じゃなくてナナさんに聞いてほしかったんじゃないですか」
……。
ワニオ
「僕はたぶん」
ワニオ
「最後に背中を押しただけです」
ワニオ
「姉御業はできませんから」
姉御業。
そんな言葉あるのかしら。
いや。
たぶんない。
でも。
少しだけ。
悪くない響きだった。
ミユ
「そうそう」
いつの間にかミユがいた。
ミユ
「ナナさんに話聞いてほしかったんだよ」
ミユ
「答えが欲しかったというより」
ミユ
「話したかったの」
……。
それを先に言いなさいよ。
ナナ
「まあ」
ナナ
「それなら許す」
ワニオ
「昨日も許してましたよ」
ナナ
「二回許すの」
ワニオ
「豪華ですね」
ナナ
「そういうことにしときなさい」
編集部に笑い声が広がる。
姉御は語る。
ワニはまとめる。
たぶん。
それぞれの仕事なのだ。

