あの子とは、どうなったの?
昼休みの編集部。
休憩室では、ミユとイツキが向かい合って昼食を食べていた。
ミユはコンビニで買ったサンドイッチ。イツキはおにぎりとカップスープ。
特に何かを話すために集まったわけでもない。
たまたま休憩に入る時間が重なっただけだった。
ミユ:あ。
イツキ:なんですか?
ミユ:思い出した。
イツキ:嫌な予感するな。
ミユ:この前紹介した子。
イツキ:ああ……。
ミユ:その「ああ……」で、だいたい分かった。
イツキ:いや、別に悪かったわけじゃないですよ。
ミユ:でも、うまくはいかなかった。
イツキ:まあ……そうですね。
ミユ:そっかー。
ミユは少し残念そうにサンドイッチをかじった。
イツキ:なんでミユさんがそんな顔するんですか。
ミユ:だって紹介した側としては、ちょっと期待するじゃん。
イツキ:付き合いました報告を?
ミユ:そうそう。「ミユのおかげです」みたいな。
イツキ:恩人ポジション狙ってたんですか。
ミユ:ちょっとだけ。
イツキ:正直だなあ。
ミユ:で、何がダメだったの?
イツキ:ダメっていうか……。
ミユ:うん。
イツキ:普通に話しやすかったし、いい人でしたよ。
ミユ:じゃあいいじゃん。
イツキ:でも、なんかお互いに違ったんでしょうね。
ミユ:恋愛的に?
イツキ:たぶん。
ミユ:ふーん。
イツキ:何回か連絡はしたんですけど、自然に減っていって。
ミユ:なるほどね。
イツキ:別に気まずくなったとかじゃないですよ。
ミユ:じゃあ友達にはなれそうじゃない?
イツキ:友達?
ミユ:うん。
イツキ:紹介で会った男女が、そのまま友達になるってあります?
ミユ:あるでしょ。
イツキ:そうですか?
ミユ:恋愛にならなかったら、もう会わないしか選択肢ないの?
イツキ:いや、そこまで言ってないですけど。
ミユ:普通に気が合えば友達になればいいじゃん。
イツキ:でも男女ですよ。
ミユ:男女の友情なんて普通にあるでしょ。
イツキ:……本当に?
ミユ:あるよ。
イツキ:じゃあミユさん、男友達います?
ミユ:いるよ。
イツキ:誰ですか?
ミユ:……。
ミユはサンドイッチを持ったまま、少し考えた。
イツキ:今、めちゃくちゃ考えてません?
ミユ:うるさいな。
イツキ:普通にいるんですよね?
ミユ:いるって。
イツキ:だから誰ですか。
ミユ:……ワニオ。
イツキ:ワニオさんかあ。
ミユ:何その反応。

ワニオは男友達に入るのか

イツキ:ワニオさんかあ。
ミユ:だから何、その反応。
イツキ:いや……。
ミユ:なによ。
イツキ:ワニオさんって、男友達なんですか?
ミユ:え?
イツキ:いや、友達なのは分かりますよ。
ミユ:うん。
イツキ:むしろかなり仲いいですよね。
ミユ:親友だと思ってる。
イツキ:ですよね。
ミユ:でも男友達じゃないってこと?
イツキ:だってワニオさん、ワニじゃないですか。
ミユ:…………。
イツキ:…………。
ミユ:確かに。
イツキ:そこ今まで気づいてなかったんですか。
ミユ:いや、ワニなのは知ってたよ。
イツキ:それは知っててください。
ミユ:でも普通に喋るし。
イツキ:はい。
ミユ:一緒にご飯食べるし。
イツキ:はい。
ミユ:公園にも行くし。
イツキ:行ってますね。
ミユ:相談もするし。
イツキ:してますね。
ミユ:私のくだらない話も聞いてくれる。
イツキ:めちゃくちゃ友達ですね。
ミユ:でしょ?
イツキ:でも、男友達ではない。
ミユ:なんか納得いかない。
イツキ:じゃあ聞きますけど。
ミユ:なに。
イツキ:ワニオさんを誰かに紹介するとき、「私の男友達です」って言います?
ミユ:……。
イツキ:ほら。
ミユ:「私の友達のワニオ」って言う。
イツキ:でしょ。
ミユ:じゃあ何なの。
イツキ:友達です。
ミユ:だから、その友達のカテゴリー。
イツキ:ワニ友。
ミユ:急に飼育員みたいになった。
イツキ:親友。
ミユ:それはしっくりくる。
イツキ:じゃあ親友でいいじゃないですか。
ミユ:でも今、男女の友情の話してるんだよ。
イツキ:そうなんですよ。
ミユ:ワニオ使えないじゃん。
イツキ:友情の証明としてはかなり強いんですけどね。
ミユ:男女の部分だけ満たしてない。
イツキ:致命的ですね。
ミユ:しかもワニオ、恋愛に興味ないし。
イツキ:そこも特殊なんですよ。
ミユ:でも私とワニオが二人でご飯食べても、誰もデートだと思わないでしょ。
イツキ:まあ……。
ミユ:公園のベンチで二人で話してても。
イツキ:デートには見えないですね。
ミユ:なんでそこ即答なの。
イツキ:ワニオさん、多分ミユさんより池のカモ見てそうですもん。
ミユ:見てる。
イツキ:見てるんだ。
ミユ:私が真剣な話してる途中でも見てる。
イツキ:親友なんですよね?
ミユ:親友。
イツキ:すごい関係だな。
ミユは残っていたサンドイッチをひと口食べた。
そして、少し考える。
ミユ:じゃあさ。
イツキ:はい。
ミユ:ワニオは一回、置いとこう。
イツキ:置くんですか。
ミユ:男女の友情について考えるのに、ワニを連れてきた私が悪かった。
イツキ:ようやく気づきましたね。
ミユ:じゃあ普通に、お互い恋愛する可能性がある男と女だったらどうなの?
イツキ:ああ。
ミユ:恋愛対象になり得る男女でも、友達って成立すると思う?
イツキ:それなら……ちょっと話が変わってきますね。

恋愛対象になり得る男女でも、友達になれる?

イツキ:俺は、成立すると思いますよ。
ミユ:ほら。
イツキ:まだ何も言ってないじゃないですか。
ミユ:結論出たじゃん。男女の友情はある。
イツキ:でも、ずっと友情のままとは限らないと思います。
ミユ:ああ、そういうことね。
イツキ:最初は本当に友達だったとしても、途中でどっちかが好きになることはあるじゃないですか。
ミユ:まあ、それはあるだろうね。
イツキ:二人でよく遊んで、何でも話せて、一緒にいるのが楽しくて。
ミユ:うん。
イツキ:ある日、「あれ、俺この子のこと好きかも」って。
ミユ:ありそう。
イツキ:そうなったら、もう友情じゃなくないですか?
ミユ:でも、それまでは友情だったんでしょ?
イツキ:まあ。
ミユ:じゃあ成立してたじゃん。
イツキ:あ。
ミユ:途中で変わっただけで。
イツキ:なるほど。
ミユ:友達から恋人になる人なんて普通にいるんだから、友情が恋愛に変わること自体は変じゃないでしょ。
イツキ:確かに。
ミユ:逆だってあるんじゃない?
イツキ:逆?
ミユ:最初ちょっといいなと思ってたけど、話してみたら恋愛じゃなかったとか。
イツキ:ああ。
ミユ:でも人としては好きだから友達になる。
イツキ:それ、今回の紹介の子もそうなる可能性ありますね。
ミユ:そうそう。
イツキ:でもなあ。
ミユ:まだ何かあるの?
イツキ:どっちかに恋人ができたら、難しくなりません?
ミユ:あー。
イツキ:自分は友達だと思ってても、彼女からしたら「なんで女友達と二人で会うの?」ってなるかもしれない。
ミユ:それはありそう。
イツキ:だから男女の友情って、二人だけの問題でもない気がするんですよね。
ミユ:おお。
イツキ:なんですか。
ミユ:イツキがちゃんとしたこと言った。
イツキ:俺を何だと思ってるんですか。
ミユ:彼女ほしい人。
イツキ:間違ってないけど。
ミユ:でも、それは確かにそうだね。
イツキ:でしょ。
ミユ:友情があるかないかより、どう付き合うかの方が大事なのかも。
イツキ:相手に恋人がいたら距離を考えるとか。
ミユ:変な期待を持たせないとか。
イツキ:どっちかが好きになったら、もう今までと同じではいられないかもしれないし。
ミユ:うん。
イツキ:そう考えると、結構ややこしいですね。
ミユ:人間関係なんてだいたいややこしいよ。
イツキ:急に達観しましたね。
ミユ:ワニオと親友やってるからね。
イツキ:それで人生経験値上がるんですか。
ミユ:変な方向には上がる。
イツキ:変な方向。
イツキは笑いながら、残っていたおにぎりをひと口食べた。
その様子を見ていたミユが、ふと動きを止める。
ミユ:……あれ?
イツキ:どうしました?
ミユ:ちょっと待って。
イツキ:はい。
ミユ:今、恋愛対象になり得る男女でも友達になれるかって話してるんだよね。
イツキ:そうですね。
ミユ:私、女じゃん。
イツキ:はい。
ミユ:イツキ、男じゃん。
イツキ:はい。
ミユ:……いるじゃん。
イツキ:何がですか。
ミユ:ここにちょうどいいサンプルが二人。
イツキ:俺たちで検証するんですか?
ところで、私たちは友達なのか

ミユ:ちょうどいいじゃん。
イツキ:何がちょうどいいんですか。
ミユ:男女。
イツキ:それはそうですけど。
ミユ:年齢も近い。
イツキ:まあ。
ミユ:普通に喋る。
イツキ:喋りますね。
ミユ:今も二人でご飯食べてる。
イツキ:休憩時間がかぶっただけですけどね。
ミユ:細かいな。
イツキ:大事なところです。
ミユ:じゃあ聞くけど。
イツキ:はい。
ミユ:私たちって友達だよね?
イツキ:……。
ミユ:え。
イツキ:……。
ミユ:待って。
イツキ:なんですか。
ミユ:なんで今、考えたの。
イツキ:いや。
ミユ:即答するとこじゃない?
イツキ:俺たちって、友達なんですかね。
ミユ:ええ!?
イツキ:そんな驚きます?
ミユ:ちょっとショックなんだけど。
イツキ:いやいや、嫌いとかじゃないですよ。
ミユ:じゃあ何。
イツキ:普通に同僚じゃないですか?
ミユ:同僚。
イツキ:はい。
ミユ:私、イツキに女の子まで紹介したんだけど。
イツキ:それはありがとうございます。
ミユ:友達でもない男に女友達紹介してたの、私。
イツキ:言い方が怖いですよ。
ミユ:私の中では普通に友達だった。
イツキ:じゃあ友達でもいいですけど。
ミユ:その言い方も腹立つな。
イツキ:じゃあ何て言えばいいんですか。
ミユ:「もちろん友達ですよ」くらい言えないの?
イツキ:友達って、そんな申請制でしたっけ。
ミユ:今から申請して。
イツキ:嫌ですよ。
ミユ:なんでよ。
イツキ:変じゃないですか。「本日付でミユさんと友達になりました」って。
ミユ:会社の辞令みたい。
イツキ:だから同僚でいいじゃないですか。
ミユ:でも仕事以外の話もするじゃん。
イツキ:しますね。
ミユ:恋愛の話もする。
イツキ:します。
ミユ:彼女ほしい話なんて、何回聞いたと思ってるの。
イツキ:そこは忘れてください。
ミユ:女の子も紹介した。
イツキ:はい。
ミユ:これで同僚だけって、同僚の範囲広すぎない?
イツキ:じゃあ……。
ミユ:うん。
イツキ:仲のいい同僚。
ミユ:一段階しか上がってない。
イツキ:結構上がりましたよ。
ミユ:ケチだなあ。
イツキ:でも、こういうことなのかもしれませんね。
ミユ:何が?
イツキ:男女の友情って。
ミユ:どういうこと?
イツキ:「今日から男女の友情です」って始まるわけじゃない。
ミユ:ああ。
イツキ:普通に知り合って、話すようになって、気づいたら仲良くなってる。
ミユ:うん。
イツキ:それを友達って呼ぶ人もいれば、仲のいい同僚って呼ぶ人もいる。
ミユ:なるほどね。
イツキ:だから、男女の友情が成立するかって考えること自体、ちょっと変なのかも。
ミユ:お。
イツキ:なんですか。
ミユ:今日二回目の、イツキがちゃんとしたこと言った。
イツキ:カウントしなくていいです。
ミユ:でも確かに、男とか女とか考える前に仲良くなってることもあるもんね。
イツキ:そういう関係なら、普通に友情ってあるんじゃないですか。
ミユ:じゃあ私たちも友情成立してるじゃん。
イツキ:だから、仲のいい同僚です。
ミユ:まだ言うか。
友情か恋愛か、最初から決めなくてもいい

ミユ:でもさ。
イツキ:はい。
ミユ:こうやって考えると、最初に決めなくてもいいのかもね。
イツキ:何をですか?
ミユ:この人は友達、この人は恋愛対象って。
イツキ:ああ。
ミユ:最初から仕分けする必要ある?
イツキ:でも俺、結構しちゃうかもしれないです。
ミユ:仕分けを?
イツキ:初対面で「この人は恋愛としてアリなのかな」って。
ミユ:彼女ほしがりすぎ。
イツキ:ほっといてください。
ミユ:女の人を見るたびに審査してるの?
イツキ:そんな嫌な言い方しないでくださいよ。
ミユ:一次審査。
イツキ:してません。
ミユ:二次面接。
イツキ:就活じゃないんだから。
ミユ:最終面接。
イツキ:もういいですって。
ミユは笑いながら、サンドイッチの袋を小さく畳んだ。
イツキ:でも、ミユさんに紹介してもらったときは、やっぱり恋愛を意識して会いましたよ。
ミユ:そりゃそうだよね。「彼氏ほしい子いるけど会ってみる?」って紹介したんだから。
イツキ:だから、恋愛にならなかった時点で終わりなのかなって。
ミユ:そこがもったいない気がする。
イツキ:もったいない?
ミユ:だって、話しやすかったんでしょ?
イツキ:はい。
ミユ:いい人だったんでしょ?
イツキ:そうですね。
ミユ:だったら、恋人にならなかっただけじゃん。
イツキ:……ああ。
ミユ:恋愛にならなかったからって、その出会いまでハズレにしなくてよくない?
イツキ:それは確かに。
ミユ:また何かの機会に話すかもしれないし、そのまま会わなくなるかもしれないし。
イツキ:友達になるかもしれない。
ミユ:そうそう。
イツキ:そこから、また好きになる可能性もある。
ミユ:それもある。
イツキ:じゃあ結局、何でもありじゃないですか。
ミユ:人間関係なんてそんなもんじゃない?
イツキ:ミユさん、さっきから妙に達観してますね。
ミユ:だからワニオと親友やってるから。
イツキ:そこに戻るんだ。
ミユ:人間だけ見てたら得られない視点がある。
イツキ:なんか壮大になってきた。
ミユ:ワニと友達になると、男女とかどうでもよくなるよ。
イツキ:それを一般化しないでください。
二人は笑った。
休憩室の時計を見ると、昼休みも残りわずかだった。
イツキ:でも、ちょっと気が楽になりました。
ミユ:紹介した子のこと?
イツキ:はい。うまくいかなかったって思ってたんですけど。
ミユ:うん。
イツキ:恋人にならなかった。それだけなのかもしれないですね。
ミユ:そうだよ。
イツキ:じゃあ、次に会うことがあったら普通に話します。
ミユ:それでいいんじゃない?
イツキ:友達になるかもしれないし。
ミユ:うん。
イツキ:そこから恋愛になるかもしれない。
ミユ:うん。
イツキ:その子の友達を紹介してもらえるかもしれない。
ミユ:急に欲が出たな。
イツキ:可能性の話です。
ミユ:彼女ほしすぎ。
イツキ:だからほっといてくださいって。
じゃあ、友達ってことで

休憩室の時計が、昼休みの終わりに近づいていた。
ミユ:そろそろ戻るか。
イツキ:ですね。
イツキは空になったカップスープの容器をまとめ、ミユもテーブルの上を片付け始める。
ミユ:結局さ。
イツキ:はい。
ミユ:男女の友情、普通にあるじゃん。
イツキ:まあ、あるんじゃないですか。
ミユ:最初からそう言ってる。
イツキ:ワニを証拠に出してきた人が言います?
ミユ:ワニオは友情については完璧な証拠だったんだけどなあ。
イツキ:男女の「男」だけが欠けてました。
ミユ:惜しかった。
イツキ:かなり根本的に惜しいです。
二人は笑いながら立ち上がった。
ミユ:でも私たちもいるしね。
イツキ:またその話ですか。
ミユ:普通に仲いいじゃん。
イツキ:はい。
ミユ:恋愛感情ないじゃん。
イツキ:はい。
ミユ:二人で喋ってても何も起きないじゃん。
イツキ:はい。
ミユ:なんか三回も「はい」って言われると、それはそれで腹立つな。
イツキ:どうしてほしいんですか。
ミユ:いや、別に恋愛感情持ってほしいわけじゃないけど。
イツキ:じゃあいいじゃないですか。
ミユ:そうなんだけどさ。
イツキ:面倒くさいなあ。
ミユ:今なんつった。
イツキ:何も言ってません。
ミユはじっとイツキを見る。
イツキは目をそらしながら、ゴミを捨てた。
ミユ:まあいいや。
イツキ:はい。
ミユ:じゃ、友達。戻ろ。
イツキ:仲のいい同僚です。
ミユ:まだ言う!?
イツキ:そこは大事なので。
ミユ:私、女の子まで紹介したのに。
イツキ:それは本当に感謝してます。
ミユ:じゃあ友達。
イツキ:それとこれとは別です。
ミユ:ケチ。
イツキ:友達ってケチとかあるんですか。
ミユ:友達じゃないんでしょ。
イツキ:あ。
ミユ:ほら、引っかかった。
イツキ:……面倒くさ。
ミユ:今度は聞こえたぞ。
そんなことを言い合いながら、二人は休憩室を出ていった。
友情なのか、仲のいい同僚なのか。
本人たちですら、どうやら呼び方は一致していない。
でも、昼休みに一緒にご飯を食べて、くだらない話をして、笑いながら仕事に戻れる。
関係に名前をつけることより、案外そういう時間の方が大事なのかもしれない。



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