夜のBAR恋古都。
カウンターの端で、ミサキとユウカが並んでグラスを傾けていた。
ユウカ:ミサキさ。
ミサキ:何。
ユウカ:最近、恋してなくない?
ミサキ:……は?
ユウカ:恋してないよね。
ミサキ:二回言う必要ある?
ユウカ:いや、なんか急に気づいた。
ユウカ:最近のミサキ、男の話しないなって。
ミサキ:私を発情期の猫みたいに言わないで。
ユウカ:そこまで言ってない(笑)。
ミサキ:似たようなものよ。
ユウカはグラスの氷をくるくる回した。
ユウカ:でも前はもうちょっとしてたじゃん。
ミサキ:何を。
ユウカ:男の話。
ユウカ:あの人は顔はいいけど会話がつまらないとか。
ユウカ:あの人は優しいけど刺激がないとか。
ミサキ:……私、そんなことばっかり言ってた?
ユウカ:うん。
ミサキ:即答するな。
ユウカ:あと「悪くないけど私には足りない」とか。
ミサキ:もういい。
ユウカ:懐かしいなぁ。
ミサキ:勝手に過去の人にしないで。
ミサキはグラスを持ち上げ、一口飲んだ。
ユウカ:で?
ミサキ:何が。
ユウカ:今、好きな人いないの?
ミサキ:いない。
ユウカ:気になる人は?
ミサキ:いない。
ユウカ:ちょっといいなって人。
ミサキ:いない。
ユウカ:……大丈夫?
ミサキ:何がよ。
ユウカ:寂しくない?
ミサキ:別に。
ユウカ:嘘だ。
ミサキ:なんであんたが決めるのよ。
ユウカ:だって私、好きな人いないと暇だもん。
ミサキ:趣味を作りなさい。
ユウカ:恋愛が趣味。
ミサキ:一番金と精神力がかかる趣味ね。
ユウカ:でも楽しいよ?
ミサキ:知ってる。
ユウカ:じゃあ、ミサキは?
ミサキ:だから何が。
ユウカ:恋愛してない今、何が楽しいの?
ミサキの手が、グラスの途中で止まった。
ミサキ:……。
ユウカ:あ。
ミサキ:何。
ユウカ:今、考えた。
ミサキ:考えるでしょ。普通。
ユウカ:もしかして仕事?
ミサキ:違う。
ユウカ:早っ。
ミサキ:絶対違う。
ユウカ:仕事、楽しいんでしょ。
ミサキ:帰る?
ユウカ:ごめんなさい(笑)。
ユウカは笑いながらグラスを持ち上げた。
ミサキは少しだけ面倒そうな顔をして、そのグラスに自分のグラスを軽く当てる。
恋愛していないミサキ。
恋愛していない時間が苦手なユウカ。
二人の夜は、そんな小さな違いから始まった。
好きな人がいないと寂しくない?

ユウカ:でも、本当に分かんないんだよね。
ミサキ:何が。
ユウカ:好きな人がいない生活。
ミサキ:生活はできるでしょ。
ユウカ:できるけど、薄くない?
ミサキ:お酒の話?
ユウカ:人生の話。
ミサキ:急に大きくなったわね。
ユウカは少し考えてから、指を一本立てた。
ユウカ:好きな人がいると、朝起きてスマホ見るじゃん。
ミサキ:見るわね。
ユウカ:LINE来てたら嬉しい。
ミサキ:はい。
ユウカ:来てなかったら、ちょっと落ち込む。
ミサキ:面倒ね。
ユウカ:お昼くらいに来たら復活する。
ミサキ:忙しいわね。
ユウカ:夜、返信遅かったらまた落ち込む。
ミサキ:一日で何回上下するのよ。
ユウカ:でも楽しい。
ミサキ:今の説明で?
ユウカ:うん。
ユウカは迷いなく頷いた。
ユウカ:次いつ会えるかなって考えたり。
ユウカ:会う日に何着ようかなって服見たり。
ユウカ:友達にLINEのスクショ送って、「これどういう意味だと思う?」って聞いたり。
ミサキ:相手の個人情報を大切にしなさい。
ユウカ:名前は隠すよ。
ミサキ:そういう問題じゃない。
ユウカ:とにかくさ。
ユウカ:恋してると、毎日なんか起きるの。
ミサキ:半分くらい自分で起こしてるけどね。
ユウカ:そうかも(笑)。
ユウカはグラスを一口飲んだ。
ユウカ:だから、好きな人がいなくなると急に静かになる。
ミサキ:静かでいいじゃない。
ユウカ:嫌なの。
ミサキ:なんで。
ユウカ:生活の通知が全部オフになった感じする。
ミサキ:……。
ユウカ:何。
ミサキ:ちょっとだけ分かりやすかった。
ユウカ:でしょ?
ミサキ:ちょっとだけね。
ユウカ:ミサキは通知いらないの?
ミサキ:今は別に。
ユウカ:前は?
ミサキ:……。
ユウカ:前は?
ミサキ:二回聞く癖やめなさい。
ユウカ:前は欲しかったんでしょ。
ミサキ:まあね。
ユウカ:ほら。
ミサキ:でも、今はそうでもない。
ユウカ:なんで?
ミサキ:知らない。
ユウカ:絶対なんかあるじゃん。
ミサキ:ないわよ。
ユウカ:仕事?
ミサキ:またそれ?
ユウカ:だって最近、編集部にいる時間長いし。
ミサキ:仕事だからね。
ユウカ:企画にもめっちゃ口出すし。
ミサキ:出来が悪いと気になるの。
ユウカ:ツムギちゃんのことも気にしてるし。
ミサキ:あの子は放っておくと危なっかしいのよ。
ユウカ:人の恋愛にも首突っ込んでるし。
ミサキ:それは前から。
ユウカ:……仕事、楽しいんでしょ。
ミサキ:だから違うって。
ユウカ:じゃあ、つまらない?
ミサキ:それは……。
ユウカ:ほら!
ミサキ:うるさい。
ユウカ:今、認めかけた!
ミサキ:認めてない。
ユウカ:ミサキが仕事楽しいって!
ミサキ:声が大きい。
ミサキは少し眉を寄せながら、グラスに口をつけた。
ユウカはそんなミサキを見て、楽しそうに笑っている。
ユウカ:でもさ。
ユウカ:何かが楽しくなると、恋愛っていらなくなるものなの?
ミサキはグラスを置いた。
ミサキ:いらなくなるんじゃない。
ユウカ:じゃあ何?
ミサキ:……恋愛しかなかった場所に、他のものが入っただけじゃない?
ユウカが少しだけ目を丸くした。
仕事が楽しいと、恋愛の優先順位は下がる?

ユウカ:恋愛しかなかった場所に、他のものが入った……。
ミサキ:何よ。
ユウカ:ミサキがすごくまともなこと言ってる。
ミサキ:失礼ね。
ユウカ:前のミサキなら、「いい男がいないだけ」って言いそう。
ミサキ:それもある。
ユウカ:あるんだ(笑)。
ミサキ:事実は事実でしょ。
ミサキは何でもない顔でグラスを傾ける。
ユウカ:でもさ。
ユウカ:仕事が楽しいと、本当に恋愛の優先順位って下がるの?
ミサキ:人によるんじゃない。
ユウカ:ミサキは?
ミサキ:……質問がしつこい。
ユウカ:二人しかいないんだから答えてよ。
ミサキ:店員さんに聞けば。
ユウカ:店員さん、困るでしょ。
ミサキ:私も困ってる。
ユウカ:じゃあ同じじゃん。
ミサキ:違う。
ユウカは笑いながら、ミサキの空いたグラスを指さした。
ユウカ:次、何飲む?
ミサキ:赤。
ユウカ:私もそうしようかな。
ミサキ:好きなの飲みなさいよ。
ユウカ:こういうとこだよね。
ミサキ:何が。
ユウカ:人には自分で決めろって言うのに、自分のこと聞かれると全然答えない。
ミサキ:……。
ユウカ:ほら、黙った。
ミサキ:ワイン来るまで黙ってて。
新しいグラスが二つ、カウンターに置かれる。
ミサキは一口飲んだ。
ミサキ:楽しいわよ。
ユウカ:え?
ミサキ:仕事。
ユウカ:……。
ミサキ:何。
ユウカ:もう一回言って。
ミサキ:二度と言わない。
ユウカ:録音すればよかった。
ミサキ:消すわよ。
ユウカ:何を?
ミサキ:全部。
ユウカ:怖い(笑)。
ユウカは嬉しそうに笑った。
ミサキ:ただ。
ユウカ:うん。
ミサキ:別に仕事だけじゃないのよ。
ユウカ:そうなの?
ミサキ:記事考えたり、人の話聞いたり。
ミサキ:ツムギに余計なこと教えたり。
ユウカ:余計なことって自覚あったんだ。
ミサキ:黙って。
ミサキ:ミユがまた変なことで悩んでたり、ソウタが分かりやすく落ち込んでたり。
ユウカ:よく見てるね。
ミサキ:見えるのよ。
ユウカ:リクくんは?
ミサキ:何でそこでリクが出るの。
ユウカ:元カレだから。
ミサキ:雑な理由で混ぜないで。
ユウカ:はい(笑)。
ミサキは小さく息を吐いた。
ミサキ:なんていうか。
ミサキ:前は、自分の人生で何か面白いことが起きるとしたら、恋愛だと思ってたのよ。
ユウカ:あー。
ミサキ:男と出会う。好きになる。付き合う。揉める。
ユウカ:最後、絶対揉めるんだ。
ミサキ:大体揉めるでしょ。
ユウカ:ミサキはね。
ミサキ:あんたもよ。
ユウカ:否定できない。
ミサキ:でも今は、それ以外にも結構ある。
ユウカ:面白いこと?
ミサキ:まあ。
ユウカ:だから恋愛しなくても平気?
ミサキ:平気っていうか。
ミサキ:恋愛の優先順位が下がったんじゃなくて、他のものの順位が上がったのかもね。
ユウカは少し考える。
ユウカ:それ、同じじゃない?
ミサキ:違う。
ユウカ:どう違うの?
ミサキ:恋愛がつまらなくなったわけじゃないから。
ユウカ:あ。
ミサキ:ただ、恋愛だけが面白いわけじゃなくなった。
ユウカ:……なるほど。
ミサキ:何よ。
ユウカ:ちょっと分かった。
ミサキ:そう。
ユウカ:でも私、まだ恋愛が一位だな。
ミサキ:知ってる。
ユウカ:圧倒的一位。
ミサキ:それも知ってる。
ユウカ:二位以下に五ゲーム差くらいつけてる。
ミサキ:何のリーグよ。
二人は笑った。
同じように恋愛を楽しんできた二人。
けれど、いつの間にかミサキの中では、少しだけ置き場所が変わっていた。
恋愛が小さくなったわけではない。
その隣に、面白いものが増えただけだった。
恋愛は、退屈しないための刺激だったのかもしれない

ユウカ:でもさ。
ミサキ:何。
ユウカ:ミサキって、そんなに恋愛好きだったっけ?
ミサキ:……今までの話をひっくり返すのやめてくれる?
ユウカ:いや、今さら思った。
ユウカ:私みたいに「彼氏欲しい」「好きな人欲しい」って言ってるタイプではなかったよね。
ミサキ:あんたと一緒にしないで。
ユウカ:ひどい(笑)。
ミサキ:私は別に、恋愛してないと死ぬわけじゃないもの。
ユウカ:じゃあ、何だったの?
ミサキ:何が。
ユウカ:男の話は結構してたじゃん。
ミサキ:面白いからよ。
ユウカ:面白い?
ミサキ:男を見るの。
ユウカ:言い方が研究者なのよ。
ミサキ:面白いじゃない。
ミサキ:最初は余裕ある顔してた男が、こっちに気があるって分かった瞬間ちょっと変になるとか。
ユウカ:楽しんでるねぇ。
ミサキ:「俺、束縛しないよ」って言ってた男が、三か月後には誰と飲んでるのか聞いてきたり。
ユウカ:いる(笑)。
ミサキ:恋愛って、人間の変なところが出るのよ。
ユウカ:ミサキ、自分の恋愛を観察番組みたいに見てない?
ミサキ:多少は。
ユウカ:認めた。
ミサキはワインを一口飲んだ。
ミサキ:刺激だったのかもね。
ユウカ:恋愛が?
ミサキ:そう。
ミサキ:誰かと知り合って、ちょっと気になって。
ミサキ:向こうがどう出るか見て、自分もどうするか考える。
ミサキ:うまくいっても面白いし、失敗しても……。
ユウカ:ネタになる。
ミサキ:そう。
ユウカ:最低(笑)。
ミサキ:何よ。
ユウカ:普通、失恋したら泣くところだからね。
ミサキ:泣く時は泣くわよ。
ミサキ:泣いた後にネタにするの。
ユウカ:強い。
ミサキ:転んだなら、何か拾って帰りたいじゃない。
ユウカ:それはちょっと分かるかも。
ユウカはグラスを持ったまま、少し考えた。
ユウカ:じゃあ、最近は刺激いらないの?
ミサキ:いるわよ。
ユウカ:でも恋愛してないじゃん。
ミサキ:他にあるからじゃない。
ユウカ:仕事?
ミサキ:……。
ユウカ:仕事だ。
ミサキ:その嬉しそうな顔やめて。
ユウカ:だってミサキが仕事に目覚めた。
ミサキ:目覚めてない。
ユウカ:編集部に来て、記事考えて。
ユウカ:ツムギちゃん捕まえて余計なこと教えて。
ミサキ:余計なことじゃない。
ユウカ:ソウタくんの恋愛見て楽しんで。
ミサキ:楽しんではない。
ユウカ:本当に?
ミサキ:……興味深くはある。
ユウカ:ほぼ楽しんでる(笑)。
ミサキは少し面倒そうにワインを揺らした。
ミサキ:前は、自分が当事者にならないと面白くなかったのかも。
ユウカ:恋愛の?
ミサキ:うん。
ミサキ:自分が誰かを気にして、自分が口説かれて、自分が悩む。
ミサキ:その方が刺激は強いでしょ。
ユウカ:主役だもんね。
ミサキ:そう。
ミサキ:でも最近は、別に自分が主役じゃなくても面白いのよ。
ユウカ:へえ。
ミサキ:人の話聞いて、記事にして。
ミサキ:「この人、何でそこでそんなことするの?」って考えたり。
ユウカ:やっぱり人間観察じゃん。
ミサキ:悪い?
ユウカ:いや。
ユウカ:ミサキっぽい。
ミサキは少しだけ笑った。
ミサキ:だから、恋愛がつまらなくなったわけじゃない。
ミサキ:自分が恋愛しなくても、退屈しなくなっただけ。
ユウカ:……それ、結構変わったね。
ミサキ:そう?
ユウカ:前のミサキ、自分で事件起こしてたもん。
ミサキ:人聞き悪いわね。
ユウカ:今は人の事件を見てる。
ミサキ:もっと人聞き悪くなった。
二人は笑った。
恋愛が嫌いになったわけではない。
仕事だけに夢中になったわけでもない。
ただ、自分が恋の真ん中に立たなくても、ミサキの毎日は以前より少し騒がしくなっていた。
恋愛が人生の真ん中でもいいじゃん

ユウカ:でも私は、やっぱり恋愛してたいけどな。
ミサキ:すれば。
ユウカ:軽い(笑)。
ミサキ:何て言ってほしいのよ。
ユウカ:いや、今の流れだとさ。
ユウカ:「恋愛以外にも目を向けなさい」とか。
ユウカ:「仕事に打ち込みなさい」とか。
ミサキ:言わないわよ。
ユウカ:なんで?
ミサキ:あんた、恋愛してる時楽しそうだもの。
ユウカ:……そう?
ミサキ:楽しそうよ。
ミサキ:会う前の日から服並べて。
ユウカ:うん。
ミサキ:当日は朝から髪巻いて。
ユウカ:うん。
ミサキ:帰ってきたら私に電話して。
ユウカ:うん。
ミサキ:二時間喋る。
ユウカ:そんなに喋ってる?
ミサキ:喋ってる。
ユウカ:ごめん。
ミサキ:別にいいけど。
ユウカ:いいんだ。
ミサキ:面白いから。
ユウカ:やっぱりネタとして聞いてるじゃん。
ミサキ:半分ね。
ユウカ:半分も(笑)。
ユウカは笑いながらワインを飲んだ。
ユウカ:私さ。
ミサキ:うん。
ユウカ:好きな人できると、楽しいんだよね。
ミサキ:知ってる。
ユウカ:服買う理由もできるし。
ユウカ:行ったことない店も行くし。
ユウカ:興味なかった映画も観たりする。
ミサキ:影響されやすいわね。
ユウカ:いいじゃん。
ユウカ:自分一人だったら知らなかったものを知れるんだよ。
ミサキ:……まあね。
ユウカ:もちろん、振られたら泣くし。
ユウカ:付き合っても揉めるし。
ミサキ:あんたも大体揉めるわね。
ユウカ:そこはお互い様でしょ。
ミサキ:一緒にしないで。
ユウカ:似てるよ、私たち。
ミサキ:帰る?
ユウカ:すぐ帰ろうとする(笑)。
ミサキは呆れたように笑った。
ユウカ:でもね。
ユウカ:私、振られて「もう恋愛なんてしない」って思う時あるよ。
ミサキ:三日くらいね。
ユウカ:一週間くらい。
ミサキ:盛ったわね。
ユウカ:でも、また誰か好きになると楽しい。
ユウカ:だから私は、恋愛が人生の真ん中でもいいかなって思う。
ミサキ:いいんじゃない。
ユウカ:……本当に否定しないね。
ミサキ:何で否定するのよ。
ユウカ:だってミサキ、変わったから。
ミサキ:だからって、あんたまで変わる必要ないでしょ。
ユウカ:……。
ミサキ:恋愛以外に面白いもの見つけなさいなんて、私は言わない。
ミサキ:あんたにとって恋愛が面白いなら、それでいいじゃない。
ユウカ:ミサキ。
ミサキ:何。
ユウカ:やっぱり今日、優しい。
ミサキ:酔ってるんじゃない?
ユウカ:ミサキが?
ミサキ:あんたが。
ユウカ:まだ二杯目。
ミサキ:じゃあ元からおかしいのね。
ユウカ:ひどい(笑)。
ユウカは笑った。
ユウカ:でも、ちょっと安心した。
ミサキ:何が。
ユウカ:私だけずっと同じ場所にいるのかなって、ちょっと思ったから。
ミサキがユウカを見る。
ユウカ:ミサキは仕事とか記事とか、いろいろ面白くなって。
ユウカ:私は相変わらず、好きな人できたとか、返信遅いとか言ってる。
ミサキ:いいじゃない。
ユウカ:そうかな。
ミサキ:同じことを楽しめなくなるのが成長とは限らないでしょ。
ユウカ:……。
ミサキ:あんたが十年後も男の返信速度で騒いでたら、それはそれで面白いわよ。
ユウカ:急に嫌な未来見せないで(笑)。
ミサキ:私は記事にする。
ユウカ:やめて。
ミサキ:タイトルは「40代女性、既読から三時間で情緒崩壊」。
ユウカ:絶対取材受けないからね。
ミサキ:もう十年分の資料あるけど。
ユウカ:怖っ。
二人の笑い声が、静かな店内に少しだけ響いた。
ミサキは変わった。
ユウカは、まだあまり変わっていない。
でも、変わることだけが前に進むことではない。
好きなものを、変わらず好きでいる。
それもきっと、その人なりの生き方だった。
じゃあ、もう恋愛しないの?

ユウカ:じゃあさ。
ミサキ:何。
ユウカ:ミサキ、もう恋愛しないの?
ミサキ:するわよ。
ユウカ:……。
ミサキ:何。
ユウカ:するんだ。
ミサキ:するでしょ。
ユウカ:今までの話は?
ミサキ:恋愛を引退したなんて一言も言ってない。
ユウカ:いや、なんか。
ユウカ:仕事の面白さに目覚めたミサキが、恋愛を卒業する話かと。
ミサキ:勝手に最終回にしないで。
ユウカ:じゃあ、いい男がいたら?
ミサキ:行くわよ。
ユウカ:即答(笑)。
ミサキ:何で見逃すのよ。
ユウカ:安心した。
ミサキ:何が。
ユウカ:ミサキがミサキだった。
ミサキ:失礼ね。
ユウカは笑いながら、残っていたワインを飲んだ。
ユウカ:でも、前とは違うんでしょ?
ミサキ:何が。
ユウカ:恋愛の仕方。
ミサキ:……どうかしらね。
ユウカ:例えばさ。
ユウカ:ちょっと顔が良くて、話も面白くて、ミサキのこと好きそうな男が現れました。
ミサキ:悪くないわね。
ユウカ:ほら。
ミサキ:何よ。
ユウカ:もう興味持ってる。
ミサキ:条件を聞いただけ。
ユウカ:じゃあ、その男が「今夜会えない?」って急に言ってきたら?
ミサキ:予定による。
ユウカ:前なら行ってた。
ミサキ:……そう?
ユウカ:行ってた。
ミサキ:あんた、私の過去の行動データ持ちすぎじゃない?
ユウカ:付き合い長くなってきたしね。
ミサキ:消去して。
ユウカ:無理。
ミサキは少し考えるようにグラスを眺めた。
ミサキ:前はさ。
ユウカ:うん。
ミサキ:面白そうなことがあったら、とりあえず行ってたのよ。
ユウカ:知ってる。
ミサキ:恋愛もそう。
ミサキ:この男、面白そう。
ミサキ:ちょっと見てみたい。
ミサキ:そう思ったら、自分から入っていった。
ユウカ:うん。
ミサキ:今も別に、それが悪かったとは思ってない。
ユウカ:ミサキ、結構楽しんでたもんね。
ミサキ:楽しかったわよ。
ミサキ:失敗も多かったけど。
ユウカ:ネタも増えた。
ミサキ:増えた。
ユウカ:そこは認めるんだ(笑)。
ミサキ:でも今は。
ユウカ:うん。
ミサキ:面白そうってだけで、全部見に行かなくてもいいかなって。
ユウカ:……へえ。
ミサキ:別の面白いことしてる時に、わざわざ途中でやめてまで行く必要ないでしょ。
ユウカ:恋愛より仕事を選ぶってこと?
ミサキ:そういう二択にするから面倒なのよ。
ユウカ:違うの?
ミサキ:仕事してる時は仕事する。
ミサキ:飲んでる時は飲む。
ミサキ:いい男がいたら見る。
ユウカ:見るんだ(笑)。
ミサキ:見るでしょ。
ユウカ:その後は?
ミサキ:本当に欲しくなったら行く。
ユウカ:……。
ミサキ:何。
ユウカ:前より面倒な女になってない?
ミサキ:どこがよ。
ユウカ:前のミサキは「面白そう」で来た。
ユウカ:今のミサキは「本当に欲しい」まで待つんでしょ?
ミサキ:そうね。
ユウカ:ハードル上がってるじゃん。
ミサキ:知らないわよ。
ユウカ:未来の男、大変だなぁ。
ミサキ:余計なお世話。
ユウカ:でも、その人すごいね。
ミサキ:まだいないから。
ユウカ:ミサキが今やってる面白いこと全部止めてでも、会いたいって思わせるんでしょ?
ミサキ:……。
ユウカ:あれ。
ミサキ:何。
ユウカ:ちょっと想像した?
ミサキ:してない。
ユウカ:した顔だった。
ミサキ:ワイン追加するわよ。
ユウカ:話そらした(笑)。
ミサキは店員にグラスを二つ頼んだ。
恋愛をやめたわけではない。
男に興味がなくなったわけでもない。
ただ、「面白そう」というだけで飛び込んでいた頃より、少しだけ自分の毎日が忙しくなった。
次にミサキが恋をする時。
それはきっと、暇を埋めるためでも、刺激を探すためでもない。
今ある面白いものの隣に、それでも置きたくなる誰かが現れた時なのかもしれない。
恋愛してない時期を「何も起きてない」と思わなくなった

新しいワインが運ばれてきた。
ユウカはグラスを受け取ると、少しだけミサキの方へ向けた。
ユウカ:じゃあ、乾杯。
ミサキ:何に。
ユウカ:未来のすごい男に。
ミサキ:やめて。
ユウカ:ミサキの全部を止める男。
ミサキ:話を大きくするな。
ユウカ:会ってみたいなぁ。
ミサキ:私もまだ会ってないのよ。
ユウカ:会ったら教えてね。
ミサキ:嫌。
ユウカ:なんで!
ミサキ:あんた絶対うるさいもの。
ユウカ:静かにする。
ミサキ:無理。
ユウカ:見守るだけ。
ミサキ:一番信用できない。
ユウカは不満そうにワインを飲んだ。
ユウカ:でもさ。
ミサキ:何。
ユウカ:最初の話に戻るけど。
ミサキ:うん。
ユウカ:本当に寂しくないんだね。
ミサキは少しだけ考えた。
ミサキ:……そうね。
ユウカ:前も?
ミサキ:前は。
ミサキ:寂しいっていうより、つまらなかったのかも。
ユウカ:つまらない?
ミサキ:好きな男もいない。気になる男もいない。
ミサキ:そういう時期って、「最近何もないな」って思ってた。
ユウカ:あー。
ミサキ:誰かに最近どうって聞かれても、「別に何も」って。
ユウカ:分かる。
ユウカ:私も恋愛の話なかったら、何話せばいいか分かんない時ある。
ミサキ:それは少し問題ね。
ユウカ:今、否定しないって言ってたじゃん。
ミサキ:限度はある。
ユウカ:急に線引かれた(笑)。
ミサキは笑いながらグラスを置いた。
ミサキ:でも今は。
ユウカ:うん。
ミサキ:別に、何もないとは思わないのよね。
ユウカ:恋愛してないのに?
ミサキ:してないけど。
ミサキ:記事考えて。
ミサキ:人の話聞いて。
ミサキ:ツムギに呆れて。
ユウカ:可愛がってるくせに。
ミサキ:呆れてるの。
ミサキ:ソウタ見て、何でそうなるのって思って。
ユウカ:楽しそう。
ミサキ:ミユは放っておいても何か起こすし。
ユウカ:それは分かる(笑)。
ミサキ:で、たまにこうやって飲んで。
ユウカ:うん。
ミサキ:十分うるさいのよ、毎日。
ユウカ:……いい意味で?
ミサキ:まあね。
ユウカは少しだけ笑った。
ユウカ:じゃあミサキ、今楽しいんだ。
ミサキ:……。
ユウカ:今楽しいんだね。
ミサキ:二回言うな。
ユウカ:認めればいいじゃん。
ミサキ:まあ。
ユウカ:まあ?
ミサキ:悪くない。
ユウカ:ミサキの「悪くない」出ました。
ミサキ:何よ。
ユウカ:かなり楽しい時のやつ。
ミサキ:うるさい。
ユウカは笑った。
ミサキ:前はさ。
ユウカ:うん。
ミサキ:恋愛してない自分を、「何も起きてない」と思ってたのよ。
ユウカ:今は?
ミサキ:今は、そう思わなくなった。
ユウカは少し黙った。
ユウカ:……それ、大人になったってこと?
ミサキ:知らない。
ユウカ:仕事が楽しいってこと?
ミサキ:それも認めたくない。
ユウカ:面倒くさ。
ミサキ:あんたに言われたくない。
二人は笑って、グラスを軽く合わせた。
恋をしている時間は、きっと面白い。
誰かの一言で浮かれて、勝手に悩んで、時々泣く。
ユウカは、今もそんな毎日が好きだった。
ミサキだって、恋愛を嫌いになったわけではない。
ただ、自分が恋をしていない時間にも、ちゃんと何かが起きていることを知った。
仕事をして。
誰かの恋を眺めて。
余計な口を出して。
友人と酒を飲む。
恋愛がなくても、人生は案外うるさい。
そして今夜も。
二人のグラスは、また空になった。





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