
その日、こいこと。編集部では。
SNS用の写真撮影が行われていた。
春っぽいカフェ。
自然光。
ゆるめの私服。
「仲良し感あるやつお願いしまーす」
というイツキの軽い一言で。
ミユとミサキは、並んで写真を撮ることになった。
ミユ:
え〜、なんか照れるんだけど♡
ミサキ:
はいはい。
変顔だけはやめなさいよ。
ミユ:
え、逆にミサキって変顔できるの?
ミサキ:
舐めてくれるわね。
そんな感じで。
撮影自体は普通に楽しかった。
ミサキとは仲がいい。
テンポも合うし、一緒にいると面白い。
だからミユも、いつも通り笑っていた。
問題は、その後だった。
共有チャットに送られてきた写真を見て。
ミユは、少し固まる。
ミユ:
……え。
そこに写っていたのは。
“完成された女”だった。
ミサキは、自然体なのに華がある。
髪の流れ。
笑い方。
横顔。
なんか全部、“ミサキ”として完成している。
対して自分は。
隣でニコニコしている。
なんというか。
“親しみやすい一般通過人類”感がすごい。
ミユ:
待って。
ミサキ強すぎない?
ミサキ:
なによ。
人の顔じろじろ見て。
ミユ:
なんかさ。
同じ写真なのに、ミサキだけ“ドラマのワンシーン”なんだけど。
あたし、“たまたま映り込んだカフェの常連客”みたいになってる。
ミサキ:
意味わかんないわよ。
でも。
ミユは少しだけ、落ち込んでいた。
ミサキは綺麗だ。
企画も強い。
頭の回転も速い。
なんというか、“完成度”が高い。
対して自分は。
感情で動くし。
すぐテンパるし。
妄想するし。
空回りも多い。
そんなことを考えていた時だった。
編集部の電話が鳴る。

“完成された人”を見ると、自分だけ未完成に思える

ミユ:
あ、はーい!こいこと。編集部です!
電話を取った瞬間だった。
ミユの顔が、みるみる固まっていく。
どうやら記事についての問い合わせらしい。
しかも相手は、少し怒っている。
ミユ:
えっ、あっ……。
す、すみません……!
あ、いや、そういう意味じゃ……。
声が小さくなる。
焦る。
頭が真っ白になる。
言葉がまとまらない。
ミサキが少し心配そうに見る。
その横で、ユウカが静かに立ち上がった。
ユウカ:
ミユ、一回代わるね。
ミユ:
あ……ごめん。
ユウカは自然な動作で受話器を受け取る。
ユウカ:
お電話代わりました。
この度は、不快な思いをさせてしまい申し訳ありません。
……はい。
はい、確認させていただきますね。
声は落ち着いていた。
相手の話をちゃんと聞きながら、必要な部分を整理して返している。
空気が、少しずつ安定していく。
数分後。
無事、電話は終了した。
ユウカ:
大丈夫だった?
ミユ:
……ありがとうございます。
ユウカ:
最初のクレーム対応って、みんなテンパるから。
気にしなくていいよ。
ユウカは優しく笑って、自分の席へ戻っていく。
ミサキ:
まぁ、慣れよ慣れ。
ミユ:
ミサキ絶対テンパらなそう……。
ミサキ:
わたしだって昔はしてたわよ。
たぶん。
最後ちょっと曖昧だった。
でも。
ミユは余計に落ち込んでしまった。
ミサキみたいに綺麗でもない。
ユウカさんみたいに機転がきかない。
電話対応ひとつ、まともにできない。
なんか。
自分だけ“未完成”みたいだった。
編集部の窓の外は、少しずつ夕方の色になっていく。
ミユはスマホを持って、そっと席を立った。
なんとなく。
あのワニに会いたくなった。
多分、公園にいる。
だいたい、いつもいる。
夕方の公園には、だいたいワニがいる
夕方の公園は、少しオレンジ色だった。
犬の散歩をしている人。
部活帰りの学生。
コンビニ袋をぶら下げた会社員。
いろんな人が、ゆっくり横を通り過ぎていく。
そしてベンチには。
やっぱりワニオがいた。
ミユ:
いた。
ワニオ:
います。
ワニオは、いつものようにお茶を持っていた。
たぶん昼からここにいる。
ミユ:
ワニオってさ。
もしかして公園に住んでる?
ワニオ:
たまに編集部にもいます。
ミユは隣に座った。
しばらく無言。
でもワニオ相手だと、その沈黙はそこまで気まずくない。
ワニオ:
人類は、元気がない時ほど静かになりますね。
ミユ:
今日ちょっと、自分が嫌になった。
ワニオ:
ほう。
ミユ:
ミサキ見てるとさ。
なんか、“完成されてる人”って感じするんだよね。
綺麗だし。
強いし。
仕事もできるし。
ワニオ:
ミサキさんは、“画面映えする人類”ですからね。
ミユ:
そう!
しかも今日、電話対応までテンパってさぁ……。
ユウカさんめっちゃ落ち着いてるし。
なんかもう。
あたしだけ、ずっと半人前みたいで。
ワニオは少しだけ池を見る。
夕方の光が、水面に揺れていた。
それから静かに言った。
ワニオ:
ですが。
“完成度が高いこと”と、“人が集まること”は、少し別です。
ミユ:
……え?
“完成された魅力”と、“愛されやすさ”は少し違う

ミユ:
……どういうこと?
ワニオ:
ミサキさんは、“完成度”が高いです。
かなり華があります。
人類は、だいたい見ます。
ミユ:
うん……めちゃくちゃ見る。
ワニオ:
ですが。
最初から気軽に近づけるかというと、少し別です。
ミユ:
あー……。
ワニオ:
実際。
ミサキさんは最初、
「怖そう」
「お高く止まってそう」
「近寄りづらい」
と勘違いされやすいです。
ミユ:
たしかに第一印象めちゃ強いもんね。
ワニオ:
ですが。
ちゃんと話すと、面白いです。
優しさもあります。
わりと人間臭いです。
ミユ:
うん。
ミサキ、普通に友達としてはかなり面白い。
ワニオ:
ですがそこに辿り着く前に、“強そうオーラ”で距離を取られることがあります。
一方で。
ミユさんは、最初から人類が近づいてきます。
ミユ:
えぇ。
ワニオ:
話しかけやすい。
リアクションが柔らかい。
失敗を隠さない。
なので人類が、安心して近づいています。
ミユ:
なんか小動物みたいな分析されてるんだけど。
ワニオ:
愛嬌です。
かなり強い能力です。
ミユは少し黙った。
ワニオ:
人類は、“すごい人”に憧れます。
ですが、“感じのいい人”をかなり好きになります。
ミユ:
……。
ワニオ:
しかも。
“愛されやすい人”ほど、自分の価値を軽く見積もります。
なぜなら。
本人にとって自然すぎるからです。
ミユ:
なんか今日のワニオ、ちょっと刺さるなぁ。
ワニオ:
夕方は湿度がありますので。
ミユ:
感情を天気で説明するのやめて。
人類は、“安心できる人”のところへ戻っていく
夕方の風が、公園をゆっくり抜けていく。
ミユはベンチにもたれながら、小さくため息をついた。
ミユ:
でもさ。
結局みんな、“すごい人”の方が好きなんじゃないの?
ワニオ:
憧れはします。
ミユ:
ほらぁ。
ワニオ:
ですが。
“長く一緒にいたい人”は、少し別です。
ミユ:
……別?
ワニオ:
人類は。
緊張する相手の前では、ずっと気を張ります。
ちゃんとしようとします。
変なことを言わないようにします。
ですが。
安心できる相手の前では、少し力を抜きます。
雑な話をします。
くだらない話をします。
失敗も見せます。
つまり。
“一緒にいて疲れない”は、かなり大きな魅力です。
ミユは少し黙った。
ワニオ:
実際。
編集部でも、人類はわりとミユさんのところへ来ています。
ミユ:
え、そう?
ワニオ:
雑談。
相談。
愚痴。
変な話。
だいたい集まっています。
ミユ:
まぁ、たしかにみんな急に話しかけてくるかも。
ワニオ:
それは。
“ここなら大丈夫そう”と思われているからです。
ミユは、少しだけ目を丸くした。
ワニオ:
人類は、“安心できる場所”をかなり求めています。
ですが。
その役割をしている本人ほど、価値に気づきません。
なぜなら。
本人にとって自然すぎるからです。
ミユ:
……。
ワニオ:
なので。
“自分には何もない”と思ってる人類ほど。
わりと誰かの居場所になっています。
夕方の池が、静かに揺れていた。
“自分には何もない”と思ってる人ほど、わりと必要とされている

しばらく。
ふたりは黙って池を見ていた。
夕方の空気は、少しやわらかい。
ミユはなんとなく、スマホを開く。
すると。
LINEが一件届いていた。
送り主は、ミサキ。
ミユ:
……あれ。
ワニオ:
どうしました。
ミユ:
なんかミサキから愚痴きてる。
画面には。
『今日の打ち合わせ、全員ちょっとフワフワしてて疲れたんだけど』
『あとイツキが謎のタイミングでコーヒー倒した』
『人類、今日ちょっと雑』
などと書かれていた。
ミユは思わず笑う。
ミユ:
なんでこういう時だけ、あたしに送ってくるんだろ。
ワニオ:
安心して愚痴れるからでは。
その時だった。
公園の入り口から、アカリが顔を出す。
アカリ:
いたいた!
ミユいると思って会いに行ったのにー。
どうやら編集部へ遊びに行った帰りらしい。
アカリはふたりを見つけると、小さく手を振った。
アカリ:
なにしてんの?
ミユ:
人生会議。
アカリ:
重っ。
ワニオ:
夕方なので。
アカリ:
なにその理由。
アカリは笑いながら、ミユの隣に座った。
ミユはスマホを見る。
さっきまで、“差”ばかり見えていたツーショット写真。
でも今は。
隣で笑っている自分も、少しだけ自然に見えた。
ワニオは静かに池を見たまま言う。
ワニオ:
“愛される人”ほど、自分の価値を過小評価しがちです。
ミユ:
……また急に刺してくるじゃん。
ワニオ:
仕様です。
夕方の風が、やわらかく吹いていた。
比べてしまう日があっても、それでいい
空は、少し暗くなっていた。
公園の街灯が、ぽつぽつ灯り始める。
アカリ:
てかミユ、なんか今日しおしおしてない?
ミユ:
まぁ、ちょっとね。
アカリ:
えー、珍し。
でもミユいないと編集部ちょっと静かだったよ?
ミユ:
……え。
アカリ:
なんか空気違うっていうか。
イツキくんとか普通にソワソワしてたし。
ワニオ:
人類は、“安心できる存在”がいなくなると少し落ち着かなくなります。
ミユ:
それ、ペットみたいな言い方してない?
ワニオ:
かなり愛されています。
ミユは少し笑った。
スマホの画面には、ミサキからの追加LINE。
『あと帰りにプリン買ってきて』
『ミユのおすすめのやつ』
ミユ:
……人使い荒くない?
でも。
そのメッセージが、少しだけ嬉しかった。
比較して落ち込む日なんて、たぶんこれからもある。
ミサキを見て、「すごいな」って思う日も。
ユウカさんを見て、「大人だな」って思う日も。
きっと普通にある。
でも。
“自分には何もない”と決めつけるのは、少し違うのかもしれない。
夕方と夜の間みたいな風が、公園を静かに通り過ぎていった。



