ちょっとふざけた記事を書いてみた

その日、リクは自宅のデスクで記事を書いていた。
テーマ自体は、いつもとそれほど変わらない。
恋愛と人間関係。
ただ今回は、少しだけ書き方を変えてみた。
リク:……ここ、もう少しふざけてもいいか。
普段なら、丁寧に説明を入れるところ。
リクは一度書いた文章を消した。
そして、少し大げさな例えに書き直す。
リク:……。
読み返す。
リク:ふっ。
自分で笑った。
リク:いや。自分の記事で笑うのはどうなんだ。
そう言いながら、その文章は消さなかった。
さらに書く。
いつもなら三行使って説明するところを、一言で落とす。
真面目な話の途中に、どうでもいい例えを挟む。
リク:……これも入れてみるか。
キーボードを打つ。
少し戻る。
読み返す。
リク:ふふっ。
また笑った。
リク:……楽しいな。
思わず口から出た。
リクは椅子にもたれる。
いつもの記事が嫌いなわけではない。
調べる。
整理する。
分かりやすく伝える。
それはリクの得意なことだった。
でも。
リク:こういう文章も、意外と書けるんだな。
少しだけ嬉しかった。
知らなかった自分の引き出しを見つけたような気がした。
記事を書き終える。
最後まで読み返したリクは、小さく頷いた。
リク:うん。悪くない。
むしろ。
リク:……結構、面白いんじゃないか。
誰もいない部屋で、少しだけ得意げになる。
この時のリクは。
翌日、同じような言葉を三回聞くことになるとは知らなかった。

「リクらしくない」が三回続いた

翌日。
こいこと。編集部。
公開した記事の反応は悪くなかった。
むしろ、いつもより少しコメントが多い。
リク:……。
リクは何度目か分からないアクセス解析を閉じた。
別に。
気にしているわけではない。
ただ確認しているだけだ。
ミユ:リクさん!
リク:はい。
ミユ:昨日の記事読んだ!
リク:ああ。どうでした?
聞き方は平静。
でも少しだけ期待していた。
ミユ:面白かった!
リク:ありがとうございます。
よし。
ミユ:でも、なんかリクさんらしくないね。
……。
リク:そうですか?
ミユ:うん!
即答だった。
ミユ:途中で名前見直したもん。
リク:そこまでですか。
ミユ:でも面白かったよ!
褒められている。
間違いなく褒められている。
そこへナナがやってきた。
ナナ:ああ、あの記事。
リク:読みました?
ナナ:読んだわよ。
ナナ:へえ。あんた、ああいうの書くのね。
……。
リク:たまには。
ナナ:いいんじゃない?
ナナ:らしくないけど。
二回目。
リクはコーヒーを飲んだ。
そのとき。
少し離れた席で記事を読んでいたミカコが顔を上げた。
ミカコ:私も最初、別の人が書いたのかと思った。
三回目。
リク:……そんなにですか?
ミカコ:そんなに。
リク:でも、内容は悪くないですよね。
ミカコ:面白いよ。
リク:ですよね。
ミカコ:リクらしくないだけで。
リク:……。
ミユ:リクさん?
リク:なんですか。
ミユ:ちょっと気にしてる?
リク:気にしてません。
ナナ:気にしてるわね。
リク:気にしてません。
ミカコ:気にしてる顔。
リク:……。
記事は褒められた。
新しいこともできた。
なのに。
なぜか少しだけ面白くない。
リク:……僕らしいって、なんだ?
誰にも聞こえないくらいの声でつぶやいた。
僕らしさって、何だ?
帰り道。
リクは電車の窓に映る自分を見ていた。
別に落ち込んでいるわけではない。
記事は褒められた。
反応も悪くない。
新しい書き方にも、少し手応えがあった。
それなのに。
リク:リクらしくない、か。
その言葉だけが、妙に残っている。
真面目。
丁寧。
ロジカル。
分かりやすい。
たぶん、それが自分の文章なんだと思う。
それは悪いことじゃない。
むしろ、大事にしてきたことだ。
でも。
リク:……面白くない人みたいじゃないか。
誰もそんなことは言っていない。
完全に自分で勝手に言っている。
分かっている。
分かっているけど。
一度気になり始めると、止まらない。
いつも通りが褒められると嬉しい。
でも、いつも通りじゃないことをしたら「らしくない」と言われる。
じゃあ。
僕らしさって、何なんだろう。
変わらないことなのか。
変わってはいけないことなのか。
それとも。
周りが思っている“僕”に、僕が合わせにいっているだけなのか。
……。
考えすぎだ。
たぶん。
でも、こういうときのリクは止まらない。
駅を降りる。
家までの道を歩きながら、リクは静かに決めた。
リク:今夜は、誠実めしが必要だ。
ただし。
今日はいつもの誠実めしじゃない。
あえて。
自分らしくないものを作ってみる。
今夜の誠実めし|今日はハムを切らない

帰宅。
手を洗う。
着替える。
冷蔵庫を開ける。
ここまでは、いつもの僕だ。
リク:……。
今日は違う。
あえて。
僕らしくない飯を作る。
冷蔵庫からハムを取り出した。
普段なら。
まな板を出す。
包丁を出す。
ハムを重ねる。
食べやすい大きさに切る。
でも。
リク:今日は切らない。
袋から一枚。
ベロン。
ご飯の上にのせる。
……。
リク:雑だ。
まだ一枚目なのに、もう落ち着かない。
二枚目。
ベロン。
少しずれた。
直したい。
リク:……。
直さない。
今日はそういう日だ。
次。
スライスチーズ。
袋を開ける。
普段なら、少しちぎって全体に散らす。
今日は。
リク:そのままいきます。
ペタッ。
ハムの上にのせる。
ご飯。
ハム。
チーズ。
ここまで全部、四角い。
リク:……。
最後。
マヨネーズ。
キャップを開ける。
リク:今日は量も気にしない。
ぐるぐる。
ぐるぐるぐる。
ぐるぐるぐるぐる。
リク:……多いな。
自分でやった。
誰のせいにもできない。
完成。
ご飯の上に。
ハム。
スライスチーズ。
大量のマヨネーズ。
リク:これは……。
料理なのか。
いや。
今夜は考えない。
リク:完成です。
料理名は。
ない。
今夜の誠実めし。
名前のない雑な飯。
リクは椅子に座った。
目の前の皿を見る。
……。
リク:落ち着かないな。
まだ一口も食べていなかった。
悪くない。でも、落ち着かない

リク:いただきます。
箸を入れる。
ハム。
チーズ。
マヨネーズ。
そして、ご飯。
全部まとめて口に入れた。
……。
リク:悪くない。
当然といえば当然だった。
ハムはおいしい。
チーズもおいしい。
マヨネーズもおいしい。
ご飯もおいしい。
おいしいものを四つ集めた。
それなりにおいしい。
リク:……。
もう一口。
リク:うん。
リク:悪くないんだけどな。
箸が止まる。
ハムが大きい。
一口で噛み切れない。
チーズも一緒についてくる。
マヨネーズは一部分に集中している。
リク:……落ち着かない。
結局。
リクは箸でハムを小さくちぎった。
チーズも分ける。
マヨネーズが多いところと少ないところを混ぜる。
少しずつ。
食べやすく整えていく。
リク:……。
リク:何をしてるんだ、僕は。
自分で雑に作って。
自分で整えている。
思わず笑った。
でも。
記事を書いているときは楽しかった。
いつもと違う言葉を使う。
いつもなら書かない例えを書く。
自分で自分の文章に笑う。
あれは。
無理をしていたわけじゃない。
リク:あれも僕なんだよな。
真面目な文章を書く自分。
丁寧に説明する自分。
たまに、ふざけたくなる自分。
そして。
ハムを切らずにのせたくせに、結局ちぎって整える自分。
リク:……最後のは、かなり僕らしいな。
もう一口。
今度は食べやすい。
少しだけ安心した。
自分らしくないことをするのは、悪くない。
むしろ、楽しいこともある。
でも。
戻ってきて落ち着く場所があるなら。
それもきっと。
自分らしさなんだと思う。
リクは、きれいに整った残りのご飯を食べた。
今日は普通の記事を書こう

翌日。
こいこと。編集部。
リクはパソコンを開いた。
新しい記事を書く。
テーマを確認。
資料を確認。
構成を確認。
そして、キーボードに手を置く。
ミユ:リクさん。
リク:はい。
ミユ:今日も面白い記事書くの?
リク:……。
少し考える。
リク:書くかもしれません。
ミユ:おお!
リク:でも今日は、普通の記事を書きます。
ナナ:戻ったわね。
リク:戻ってないです。
ナナ:戻った人はみんなそう言うのよ。
リク:どこから戻った設定なんですか。
ナナは笑いながらコーヒーを飲む。
少し離れた席から、ミカコが顔を上げた。
ミカコ:ハムは切った?
リク:……。
ミユ:え? 何の話?
リク:なんでもないです。
ミカコ:切った顔してる。
リク:どんな顔ですか。
ナナ:あんたは切るでしょ。
リク:……切りました。
ミユ:何を!?
また少し笑い声が広がる。
リクはパソコンの画面に戻った。
キーボードを打つ。
いつもの文章。
丁寧に。
分かりやすく。
一文ずつ。
でも。
途中で、少しだけ手が止まった。
リク:……。
書いた文章を読み返す。
そして。
一つだけ、どうでもいい例えを加えた。
リク:ふっ。
小さく笑う。
その文章は。
消さなかった。
自分らしさは、ずっと同じでいることじゃない。
たまには違うことをして。
少し遊んで。
それでも最後に。
自分が落ち着く場所へ帰ってこられればいい。
リクは、またキーボードを打ち始めた。
昨日より少しだけ。
その音は軽かった。




